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天平13年(741年)3月24日、聖武天皇により詔が発せられた国分寺建立。曰く、<br /><br />「宜しく天下諸国をして各七重塔一区を敬造し、其れ造塔の寺は兼ねて国の華たり<br /> 必ず好処を択んで実に長久たるべし」とあります。<br /><br />これを受けて全国68ヶ寺が一斉に造られました。<br />武蔵の国は北の蝦夷たちに対峙する前線基地ということもあって、とりわけ国威を強調するような壮大な寺となりました。<br /><br />本当は殿ヶ谷戸庭園の紅葉を見にいったのに、天平の七堂伽藍を偲ぶ散策になってしまいました。(^^;<br /><br /><br />

まほろば紀行・武蔵国分寺

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2010/11/21 - 2010/11/21

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もろずみ

もろずみさん

天平13年(741年)3月24日、聖武天皇により詔が発せられた国分寺建立。曰く、

「宜しく天下諸国をして各七重塔一区を敬造し、其れ造塔の寺は兼ねて国の華たり
 必ず好処を択んで実に長久たるべし」とあります。

これを受けて全国68ヶ寺が一斉に造られました。
武蔵の国は北の蝦夷たちに対峙する前線基地ということもあって、とりわけ国威を強調するような壮大な寺となりました。

本当は殿ヶ谷戸庭園の紅葉を見にいったのに、天平の七堂伽藍を偲ぶ散策になってしまいました。(^^;


交通手段
JRローカル
  • 都立庭園で紅葉と言えば後楽園と六義園ですが、殿ヶ谷戸庭園も忘れてはいけない。<br />とは言え、ちょっと早かったようです。

    都立庭園で紅葉と言えば後楽園と六義園ですが、殿ヶ谷戸庭園も忘れてはいけない。
    とは言え、ちょっと早かったようです。

  • 殿ヶ谷戸庭園は三菱財閥の岩崎彦弥太の別邸でした。<br />こんな所に三菱の紋が残っています。

    殿ヶ谷戸庭園は三菱財閥の岩崎彦弥太の別邸でした。
    こんな所に三菱の紋が残っています。

  • ちょうど職人さんが雪吊りを掛けていました。<br />広場の紅葉はこれからというところ。

    ちょうど職人さんが雪吊りを掛けていました。
    広場の紅葉はこれからというところ。

  • 場所によっては赤く色づいています。<br />物足りなさは残りますが・・・。

    場所によっては赤く色づいています。
    物足りなさは残りますが・・・。

  • 殿ヶ谷戸庭園の特徴は国分寺ハケの斜面にあること。<br />紅葉亭が一番上で谷に向かって急傾斜で落ち込んでいます。<br />

    殿ヶ谷戸庭園の特徴は国分寺ハケの斜面にあること。
    紅葉亭が一番上で谷に向かって急傾斜で落ち込んでいます。

  • その紅葉亭からの景色は絶景ですね。<br />まるで深山にいるような気分になれます。

    その紅葉亭からの景色は絶景ですね。
    まるで深山にいるような気分になれます。

  • 山の中の紅葉は程よく色づいて、そろそろ見頃。<br />こうでなくちゃ来た甲斐がないですよね。<br />

    山の中の紅葉は程よく色づいて、そろそろ見頃。
    こうでなくちゃ来た甲斐がないですよね。

  • 続いては谷へ下りて見上げてみます。<br />木々はそこそこ樹齢があるので高木が多いです。<br />枝が重なり合って空を覆うほど。

    続いては谷へ下りて見上げてみます。
    木々はそこそこ樹齢があるので高木が多いです。
    枝が重なり合って空を覆うほど。

  • 庭園内は変化に富んだ散策路が巡っています。<br />駅前の繁華な場所にあるとは思えない景色が連なります。

    庭園内は変化に富んだ散策路が巡っています。
    駅前の繁華な場所にあるとは思えない景色が連なります。

  • 日本庭園らしく地味な花が多いですが、秋の七草も終わってしまって見るものはなし。<br />辛うじてツワブキだけ咲いていました。

    日本庭園らしく地味な花が多いですが、秋の七草も終わってしまって見るものはなし。
    辛うじてツワブキだけ咲いていました。

  • 風情もあって結構楽しい。<br />本当はしばらく行ってない京都の紅葉でも見に行きたいところですが、今年は都内で我慢だな。

    風情もあって結構楽しい。
    本当はしばらく行ってない京都の紅葉でも見に行きたいところですが、今年は都内で我慢だな。

  • 何となく古都の風景をイメージしたショットを狙ったりして。(^^;<br />

    何となく古都の風景をイメージしたショットを狙ったりして。(^^;

  • しかし、関東の紅葉は京都のように赤くならないのが不満。<br />種類が違うのか、気候のせいかわかりませんけど。<br /><br />ということで殿ヶ谷戸庭園の紅葉はこれくらいにしましょう。<br />

    しかし、関東の紅葉は京都のように赤くならないのが不満。
    種類が違うのか、気候のせいかわかりませんけど。

    ということで殿ヶ谷戸庭園の紅葉はこれくらいにしましょう。

  • せっかく国分寺まで来たのでお鷹の道を歩くことにしましょう。<br />多摩の散歩道では定番中の定番。

    せっかく国分寺まで来たのでお鷹の道を歩くことにしましょう。
    多摩の散歩道では定番中の定番。

  • 国分寺ハケには湧水が無数にあります。<br />真姿の池湧水群はその中でも最大級。<br />

    国分寺ハケには湧水が無数にあります。
    真姿の池湧水群はその中でも最大級。

  • 湧水の脇の農家では野菜の即売をやってます。<br />今日は観光客も多いので結構売れているようです。

    湧水の脇の農家では野菜の即売をやってます。
    今日は観光客も多いので結構売れているようです。

  • 紅葉はまだまだの真姿の池の弁天堂。<br />これも期待するほど赤くはなりません。

    紅葉はまだまだの真姿の池の弁天堂。
    これも期待するほど赤くはなりません。

  • 反対側の家には大きな柿の木があります。<br />こちらでも即売会をやっている模様。

    反対側の家には大きな柿の木があります。
    こちらでも即売会をやっている模様。

  • 考えごとをしたり、写真を撮ったりしていると柿の実の直撃を受けます。<br />ご注意ください。

    考えごとをしたり、写真を撮ったりしていると柿の実の直撃を受けます。
    ご注意ください。

  • この辺から気分は奈良へとワープしていきます。<br />別に柿からの連想ではありません。(^^;<br />昨年開館した武蔵国分寺資料館です。

    この辺から気分は奈良へとワープしていきます。
    別に柿からの連想ではありません。(^^;
    昨年開館した武蔵国分寺資料館です。

  • 今回が2回目の訪問。前回はオープン初日に寄りました。<br />今年は頭の中が天平の昔に戻っているので見方も変わります。<br />上野の東大寺大仏展と同じくまずは軒瓦から。

    今回が2回目の訪問。前回はオープン初日に寄りました。
    今年は頭の中が天平の昔に戻っているので見方も変わります。
    上野の東大寺大仏展と同じくまずは軒瓦から。

  • 昔の国分寺伽藍のジオラマがあったり。<br />こうしてみると大きなお寺だったというのが良くわかります。

    昔の国分寺伽藍のジオラマがあったり。
    こうしてみると大きなお寺だったというのが良くわかります。

  • 七重塔の模型まであって、東大寺大仏展と展示内容が重なるものばかり。

    七重塔の模型まであって、東大寺大仏展と展示内容が重なるものばかり。

  • 資料館を出る頃にはすっかり大和路を歩いている気分。<br />このまま史跡巡りを続けることにしましょう。

    資料館を出る頃にはすっかり大和路を歩いている気分。
    このまま史跡巡りを続けることにしましょう。

  • さて、そうと決まれば国分寺に寄るしかありませんね。<br />江戸時代のものですが、立派な山門もあります。

    さて、そうと決まれば国分寺に寄るしかありませんね。
    江戸時代のものですが、立派な山門もあります。

  • 規模はずいぶんと小さいですが現在の国分寺です。<br />境内は万葉植物園があったりしますが、まずは普通のお寺。

    規模はずいぶんと小さいですが現在の国分寺です。
    境内は万葉植物園があったりしますが、まずは普通のお寺。

  • その国分寺の隣が凄い!<br />まずは迫力ある仁王門をくぐって石段を登ります。

    その国分寺の隣が凄い!
    まずは迫力ある仁王門をくぐって石段を登ります。

  • その上にあるのが薬師堂です。<br />建武2年(1335年)に新田義貞の寄進によって建てられたと言います。<br />簡素でありながら歴史の重みを感じます。<br /><br />どうやら義貞が戦乱の時、国分寺の伽藍を焼いた罪滅ぼしに寄進したらしい。<br />「あの時はごめんね」と言ったとか。

    その上にあるのが薬師堂です。
    建武2年(1335年)に新田義貞の寄進によって建てられたと言います。
    簡素でありながら歴史の重みを感じます。

    どうやら義貞が戦乱の時、国分寺の伽藍を焼いた罪滅ぼしに寄進したらしい。
    「あの時はごめんね」と言ったとか。

  • 続いて七重塔跡。<br />創建当時に建てられた大塔はほどなく落雷で焼失しました。<br />その後再建されたとか、されなかったとか今なお議論が続いています。<br />この辺りは史跡公園として整備されています。<br />

    続いて七重塔跡。
    創建当時に建てられた大塔はほどなく落雷で焼失しました。
    その後再建されたとか、されなかったとか今なお議論が続いています。
    この辺りは史跡公園として整備されています。

  • こちらが大伽藍のあった武蔵国分寺跡。ここには僧坊があったようです。<br />残念ながら発掘調査のため中には入れません。<br />10年位前までは自由に入れて、ここでお花見しました。

    こちらが大伽藍のあった武蔵国分寺跡。ここには僧坊があったようです。
    残念ながら発掘調査のため中には入れません。
    10年位前までは自由に入れて、ここでお花見しました。

  • 七重塔との間には奈良時代の官道が通っていました。<br />今はどこが官道なのかわかりませんが、この直線の道は何となく怪しいですね。

    七重塔との間には奈良時代の官道が通っていました。
    今はどこが官道なのかわかりませんが、この直線の道は何となく怪しいですね。

  • 国分寺跡からしばらく行くと、今度は国分尼寺跡に出ます。<br />国分尼寺は光明皇后の発願によって全国に建てられた尼寺のこと。<br />平城宮跡ほど広くありませんが雰囲気はそっくり。

    国分寺跡からしばらく行くと、今度は国分尼寺跡に出ます。
    国分尼寺は光明皇后の発願によって全国に建てられた尼寺のこと。
    平城宮跡ほど広くありませんが雰囲気はそっくり。

  • 発掘調査も進んで、ここもだいぶ整備されてきました。<br />こういう何もない史跡を歩いていると、いろんなことを調べてみたくなります。<br />今日は駆け足ですがいずれじっくり。

    発掘調査も進んで、ここもだいぶ整備されてきました。
    こういう何もない史跡を歩いていると、いろんなことを調べてみたくなります。
    今日は駆け足ですがいずれじっくり。

  • 国分尼寺跡の隣は黒鐘公園です。<br />国分寺跡にも良い桜がありますが、この公園も桜の本数が多く花見の名所です。<br />秋は少々殺風景かも。

    国分尼寺跡の隣は黒鐘公園です。
    国分寺跡にも良い桜がありますが、この公園も桜の本数が多く花見の名所です。
    秋は少々殺風景かも。

  • 公園から北に伸びる道は伝鎌倉街道。<br />ほんの100Mほど中世の道がそのまま残っています。

    公園から北に伸びる道は伝鎌倉街道。
    ほんの100Mほど中世の道がそのまま残っています。

  • 古道を抜けて天平時代から現代へと戻ってきました。<br />道の雰囲気も一気に現代風に。<br />

    古道を抜けて天平時代から現代へと戻ってきました。
    道の雰囲気も一気に現代風に。

  • このまま真っ直ぐ北に向かうと西国分寺の駅。<br />ふと見ると、この道は史跡通りと名付けられていました。<br /><br />ということで、今日もまた天平時代へタイムスリップの一日でした。

    このまま真っ直ぐ北に向かうと西国分寺の駅。
    ふと見ると、この道は史跡通りと名付けられていました。

    ということで、今日もまた天平時代へタイムスリップの一日でした。

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