2010/06/02 - 2010/06/02
3位(同エリア7件中)
ベームさん
6月2日、9日目。
ノルマンディ最後の日。カーンから午前中バイユーに行き、カーンに戻りパリに帰ります。
バイユーは有名なバイユーのタピスリーと大聖堂が楽しみです。
写真はバイユーのタピスリー部分、上の方の左にハレーすい星が飛んでいます。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス
- 航空会社
- ANA
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カーンから8:14の列車でバイユーへ行く。15分で到着。終点まで行くと映画「シェルブールの雨傘」の舞台シェルブール。
きれいなローカル鉄道の車内。フランスでは、ドイツもそうだが、ロングシートの車両を見かけない。 -
バイユー駅。
Bayeuxと書き、バイユーと発音するのかバユーというのか分からない。
ここで若い日本人の女性が二人降りて前を歩いていく。こんなマイナーな観光地で日本人を見るのは嬉しいことだ。どんよりとした天気。
駅を出ると右手に大きな尖塔が見える。あれが大聖堂かと通りすがりの人に聞くと、ノン、いや違う、と左のほうを指し示す。そちらのほうへ歩き出す。 -
バイユー。
駅から大聖堂に向かう途中で見かけた瀟洒な家。 -
駅から約15分、公園みたいなところを通り抜けるとバイユー大聖堂の高い塔が見えてくる。11世紀に着工され15世紀にほぼ今の形に。
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バイユー大聖堂。
バイユーは今でこそ小さな町であるが、建設当時ここの司教をしていたオドンがノルマンディ公ギヨームの異母弟であり、その威勢でこの大聖堂が造られた。
左の建物にフジカラーの看板が。 -
バイユー大聖堂。
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バイユー大聖堂。
なかなか厳めしい。 -
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バイユー大聖堂。
2本の塔は11世紀当時のもの。 -
正面ファサード。
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バイユー大聖堂。
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バイユー大聖堂。
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バイユー大聖堂。
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バイユー大聖堂。
身廊。 -
バイユー大聖堂。
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バイユー大聖堂。
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バイユー大聖堂。
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バイユー大聖堂。
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バイユー大聖堂。
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バイユー大聖堂。
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バイユー大聖堂。
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バイユー大聖堂。
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バイユー大聖堂。
地下のクリプタ。11世紀当時のもの。 -
石棺だろうか。
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バイユー大聖堂。
クリプタ。大司教オドン? -
バイユー大聖堂。
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バイユー:タピスリー博物館。
バイユーのタピスリー:1066年のノルマンディ公ギヨーム(ノルマンコンケスト、イングランド征服後はイングランド王ウイリアム1世)のイングランド征服の物語を幅50cm、長さ70mの亜麻布に毛糸で刺繍したもの。
大聖堂でなにか催しがあるときに聖堂内に張り巡らされたらしい。 -
バイユー:タピスリー博物館。
”王妃マチルドのタピスリー”とあるが通称で、正式にはバイユーのタピスリー。以前は王妃マチルドが作ったと考えられていたが、現在は王の異母弟バイユー司教オドンが作らせたとされている。 -
バイユー:タピスリー博物館。
前庭にはノルマン(ヴァイキング)の船が置かれている。 -
バイユー:タピスリー博物館。
割と小さく喫水の浅い船、ヴァイキングはパリまでセーヌ川を遡り攻め込んだというがその時はこのくらいの船だったのかな。馬を乗せるにはちと小さいと思うが。 -
バイユーのタピスリー。
全58場面。
イングランド・エドワード懺悔王の後継者指名の場面から始まり、王の義弟ハロルドとノルマンディ公ギヨームの後継者争い、ギヨームのイングランドへの出陣、ノルマン勢(ギヨーム)とサクソン勢(ハロルド)の激しい戦い、ハロルドの討ち死にとノルマンの勝利、で終わっている。実際はさらにギヨームのウエストミンスター寺院でのイングランド王ウイリアム1世としての戴冠まで続くのだが終わりのほうが失われているらしい。 -
バイユーのタピスリー。
ノルマン軍の船。実物は撮影禁止で、これはパネル写真です。 -
バイユーのタピスリーのパネル。
中央が司教オドン。坊主のくせにギヨームの片腕で勝れた武人だったらしい。 -
バイユーのタピスリーのパネル。
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タピスリーのパネル。
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バイユー:タピスリー博物館。
後ろのパネルにはイギリス王ギヨーム、イギリス王ウイリアムと説明されている。 -
バイユー:タピスリー博物館。
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バイユー:タピスリー博物館。
盾の形が面白い。 -
タピスリー博物館。
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両軍の戦いは1066年10月イングランドの南部、ヘイスティングスで始まり、ハロルドの死で一日で決着した。ヘイスティングスの戦いという。
タピスリーの撮影は出来ないので以下パンフレットからの借用です。
左:ハロルドはボシャム教会において旅行への天の加護を求める。
右:陸上での最後の食事。 -
バイユーのタピスリー部分。
左部分:髪をなびかせ、鉄の甲冑を着けた二人の騎士がボーランに向かう。
右部分:使者に指示を与えるノルマンディ公ギヨーム。 -
ギヨームは使者に指示を与える。
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ギヨームとハロルドの正式交渉。
イングランド王エドワード懺悔王は継嗣がないことからノルマンディー公ギヨームを後継者と指名し、義弟ハロルドにノルマンディーに行きギヨームにその旨伝えるよう依頼する。 -
エドワード王の遺体がセント・ピーター教会に運ばれる。
ハロルドはエドワード王の指名に背き自らをハロルド2世と名乗り王位に就く。それに反発してノルマン軍/ギヨームがイングランドに攻め込みサクソン軍/ハロルド
との間に起ったのがヘイスティングスの戦い。 -
写真の左下にはエドワード懺悔王の死により王位に就いたハロルド。写真の右上、細い塔の上になにやら蛸みたいな、烏賊みたいなのが飛んでいるのが見えませんか。なんとこれはハレーすい星なんです。占星術師が王に不吉なすい星の出現を告げている場面です。
ノルマンコンケストの戦いがおこったのが1066年で、この年に事実ハレーすい星が現れているのです。勿論当時はハレーなんて名は付いてなかったでしょうが。
結局戦に負けたハロルドにはまさに凶兆だったのでした。 -
拡大。
占星術師たちがハロルドにとり凶兆である彗星の出現を知らせる。
上部に蛸みたいな彗星(ハレーすい星)が飛んでいる。 -
船に武器とワインを運び込むギヨーム軍。
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バイユーのタピスリー部分。
ギヨーム公の船団がハロルドを討つためイングランドに向け出発する。 -
ノルマン軍(ギヨーム)とサクソン軍(ハロルド)の激烈な戦い。
場面の上下には倒れた兵士が散乱している。 -
ハロルドの死。
右下に倒れているのがハロルドでしょう。 -
ノルマンの騎馬隊とサクソン軍の歩兵の戦い。ノルマン軍は馬も船に乗せてイングランドに運んでいます。
ところでヨーロッパ、特に中世のドイツ、フランス、イギリスの歴史はややこしい。
ノルマンのイングランド征服についていえば、ノルマンディー公ギヨームはフランス国王の臣下である。そのギヨームがイングランドを征服しイングランド国王ウイリアム1世になった。ではフランス国王の臣下にしてイングランド国王である者とフランス国王はどちらがえらいのか。イングランド国王としてのウイリアム1世はフランス国王と対等である。そのウイリアムがフランス、ノルマンディーに帰りノルマンディー公ギヨームと称すればフランス国王の臣下になる。国王同士として話するときはお互い「貴公」とか「貴殿」、国王と公として話しするときは「おぬし」、「ははっ」てなことだったのかな。
このような関係がやはり後に尾を引きイギリスとフランスの長年の対立、100年戦争に繋がって行ったのでは。 -
バイユー。
タピスリー博物館を出てお昼にしようと食べ物屋を物色していると小さなクレープ屋の入口を見つける。 -
こじんまりしていて美味しそうなので入る。時間が早いのか客は私一人。
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バイユーのクレープ屋で。
ガレットとシードル酒。ノルマンディ名物ということで、一度食べなければと思っていたものだが特に美味しいものでもない。こう謂うものかということ。シードルは飲みやすくおいしかった。
私の味覚がおそまつなのか、多分私がひねくれてるのだろう、フランスやドイツの郷土料理で美味しいと思ったものが無い。或いは醤油とか鰹節、昆布などの味付けに慣れすぎてしまっているからだろう。いや一つだけ有った、ドイツの旬の白アスパラ/シュパーゲルがある。これとビールがあれば、ああドイツの初夏だなあ、と思う。今回のフランス旅行ではお目にかかれなかった。
右のお椀のようなのがシードル酒。ほかで飲んだ時も同じような器で出てきたので、これはシードル酒独特のものか。 -
シードル用の器です。日本のお椀みたいなもの。
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バイユーの街。
お天気のせいかしっとりしている。 -
バイユー。
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バイユー。
静かな町をもっと散策したかったが今日中にパリに戻らなければならないのでこれにて終わり。 -
午後カーン駅に戻り再び市内散策。
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カーン市内シャノワーヌ通りにある何かの遺跡。
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カーン裁判所。
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カーンの教会、名は不明。
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カーン:サン・テチエンヌ教会と男子修道院。
1066年ギヨームのイングランド征服を記念して建設。修道院は現在市役所になっている。 -
カーン。
男子修道院。カーン城を挟んで女子修道院の対極に位置す。 -
カーン:サン・テチエンヌ教会と男子修道院・現市役所。
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カーン:サン・テチエンヌ教会と男子修道院。
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カーン:サン・テチエンヌ教会。
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カーン:サン・テチエンヌ教会。
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カーン:サン・テチエンヌ教会。
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カーン:サン・テチエンヌ教会。
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カーン:サン・テチエンヌ教会。
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カーン:サン・テチエンヌ教会。
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カーン:サン・テチエンヌ教会。
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カーン:サン・テチエンヌ教会。
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カーン:サン・テチエンヌ教会。
これでノルマンディの旅は終わり、パリに帰るためバスで駅に向かう。見所の多い四日間だった。
カーン発14:08、パリサン・ラザール駅着16:16。 -
パリ:レストラン ジャポネ ひぐま。
ノルマンディ3泊4日の旅を終えパリに帰ってきた。夕食は「ひぐま」でラーメンと半チャーハン、美味しかった。庶民の味。 -
パリ、メトロピラミッド駅近くサン・タンヌ通りの中華と日本料理店街。
日本料理、寿司、中華料理の店が並んでいる。ひぐま、国虎屋、来々軒など財布の軽い人でも大丈夫。日本人観光客だけでなく地元客も多い。器用に箸を使って食べている。
明日はパリから日帰りでアミアン、シャンティイへ。
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