1994/12/24 - 1994/12/29
560位(同エリア733件中)
北風さん
「ガンガーの聖なる水で沐浴すれば、全ての罪は清められ、ここで死んで遺灰がガンガーに流されれば、輪廻からの解脱を得る!」
と、ガイドブックには載っていた。
ヒンドゥーの聖地中の聖地、年間100万人に及ぶインド人の巡礼者が集うシヴァ神の聖都「ベナレス」は、全ての小道が街の存在意義であるガンガーへ通じていた。
毎日、複雑に入り組んだ小道で、モルモットのIQテスト並みにさまよい走り回っても、南東を目指せばガンガーに脱出できる。
そう、ガンガーは、迷子になる事が日常化しているツーリストにとっても聖なる道標になっていた。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 船
-
この街の存在理由のガンジス川、通称ガンガーへ向かうのに地図はいらなかった。
人々の大きな流れに身を任せた後、街のあちこちに祭られているヒンドゥーの神々の小さな祠を見れば、お供え物の花輪の増え具合で川に近づいているのがわかる。 -
10分前に立ち寄った祠では、ガネーシャが申し訳程度の花を背負っていた。
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そして、この祠では、シヴァ神?がよろめきそうなほど花飾りで武装していた。
・・・つまり、ガンガーはすぐそこだ。 -
旅日記
『Manikarnika ガート』
細い路地裏の先にガンガーの川面が見え隠れするようになると、髪の毛を焼いた様な匂いが漂う場所があった。
道端にゴロゴロと丸太やその切れ端が山積みされている寺院の中からは、パチパチと火がはぜる音が聞こえてくる。
背後から、男達が小さな神輿のような物を担いで通り過ぎると、その寺院の中へと消えて行った。
このManikarnika寺院では、毎日死体が焼かれていた。
ヒンドゥー教徒は生涯をまっとうした後、この寺院で焼かれ、灰を聖なるガンガーに流される事を願うと言う。
しかし現実は、一体につき500本必要とされる、薪のお金5000円を工面できる者だけがそれを許されていた。
寺院の中では、やぐらに組んだ薪の上で死体が焼かれていた。
辺りには顔を覆いたくなるような匂いが立ち込めている。
包帯でぐるぐる巻きにされた死体から、かすかに煙が上がり始める頃、突然死体の腕が上がった。
筋肉の反射だと知ってなかったならば、心臓が止まっていたかもしれない。
人という物体が、土に還る瞬間を俺は観ていた。
どれぐらい時間が経ったんだろう?
炭となって崩れ落ちるやぐらの上で、その身体はまだ原形を留めたままだった。
人はなかなか燃え切れないものらしい。
と、傍の男達が、いきなり手に持った棒で、その身体を砕き始めた!
こうすると、燃えやすいらしいのだが、なんともいえない気持ちがこみ上げてくる。
昨日遭った乞食が、今朝になると胎児のように丸まりながら道端で死んでいるこの世界では、死というものはほんの身近に存在している。
俺はインドに来て、「人の儚さ」というものを考えるようになった。 -
大きな人の流れの終着点には、延々と続きそうな階段が待っていた。
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階段沿いには、土産物や、宗教グッズを売る屋台がひしめきあっている。
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そしてその先に、聖なる川が横たわっていた。
大きい!
対岸がかすんでいる。
とうとう、俺は「聖なる河」にたどり着いた! -
ボブ・マーリーの陽気なレゲエ・リズムがどこからか流れてくる川岸の土手では、洗濯屋が牛の糞を日干していた。
人の汚れた物を扱う不浄の職業だからと言う理由で、洗濯屋はカースト制度の中では、最も低い位に位置する職業らしい。(乞食は、位が高い)
先進国の文化が怒涛のごとく流れ込んできているこの国で、カースト制度が今も生き残っているのは、不思議が支配しているこの国でも特に理解できない事実だった。 -
ネパールで初めて目にしたが、「牛糞は燃える!」
薪や燃やす物がない山中では、乾かした牛糞が「ボン!」という破裂音と共に燃えていた。
牛糞はインドの冬を越す為の火種として、ガンガーからの聖なる風で静かに乾きつつあった。 -
まるで、テレビで観た中世の城が、ガンガー沿いにそびえていた。
これが、普通の民家だと言われてもなぁ・・・ -
これ程の建築物がヨーロッパにあったとしても適材適所として受け入れられるのだが・・・
「何故、インドに?」
「何故、城壁が?」
と、眺めるたびに不思議に思ってしまう。 -
ガンガー沿いにそびえる城の城壁は、どうやらガンガーの氾濫にそなえて石造りで頑丈に作った基礎らしい。
乾季と雨季では、その水位が劇的に変わるこの河は、雨季には水面がこの城壁のような壁の上まで上がるとの事。 -
それにしてもすごい景観だ。
まさかインドでこれほど見事な城?が見れるとは! -
旅日記
『聖なる地にて沐浴して、ヒンズー・スクワット!』
ただでさえ好奇心が服を着て歩いている様な、インド人の視線に囲まれながら、俺はパンツ一枚になっていた。
バラナスィで一番有名なガート(沐浴場)、ダシャ−シュワード(DASASHWAMEDH)だけあって見物人も半端な数じゃない。
「ヒンドゥー教徒なら、一度はバラナスィで沐浴を!」
と言われているこの街で最も有名な沐浴場。
つまり、沐浴場のBest of Best になるであろうこのガートで、俺は沐浴デビューをするつもりだった。 -
何故かビキニ・パンツが多い、インド人のむさい親父の集団に混ざって川に足をつける。
意外なほど暖かい。
水中まで続いている石段を降りて、腰まで水につかった時に、隣の親父が、いきなり「ザバッ」と水中に消えた!
次の瞬間、「ザバッ」と水面から顔を出す!
親父は、何度も何度もこれを繰り返し始めた。
これが、沐浴の作法なのだろうか?
どう見ても、プロレスラーがやるスクワットにしか見えないのだが・・・
「もしかして、ヒンズー・スクワットの語源はここからきたのでは?」などと、雑念に心を奪われかけた時、背中に突き刺さる視線に気がついた。
ガートには、いつしかギャラリーが集まっていた。
娯楽の少ないこの世界では、東洋人の水浴びでも立派な見世物になるらしい。
とにかく、俺も見よう見まねでヒンズー・スクワットをしなければならなくなった。
頭から、「ザバッ」と川につかった。
途端にヌルヌルとした川の感触が身体中を包みこむ。
昨日見た、川に浮かぶ死体の姿や、ウンチをしていた子供の光景が心に浮かんできた。
次の瞬間、ばね仕掛けの人形顔負けの速さで、「ザバッ」と川から顔が上がる。
なるほど、やりたくなくてもスクワットのスタイルになるらしい。
俺は、背後のギャラリーの視線を受けながら、次のスクワットに入らなければならなかった。
耳の奥では「猪木ボンバイエ」のテーマソングが鳴り響いている。 -
ガンガーは、ザバザバ、ヒンズー・スクワットをかましている、ヒンズー教徒の為だけに存在しているわけではなかった。
ガートを少し離れると、おばちゃんがゴシゴシ洗濯をしている。その横で、子供が立小便をしており、そのまた横では、おばあちゃんが米研いでいる。
この街では、ガンガーは生活の場としてもかかせない。 -
夕暮れになると、水浴びに興じていた牛が、名残惜しそうに川辺に這い上がってきた。
遠くでは、淡水イルカの優雅に背びれが、夕陽を浴びて赤く染まる。
聖なる川は、静かに静かに流れ続けていた。
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