2010/05/20 - 2010/05/21
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kskspiyoさん
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フランクフルトからストラスブールに入り、そこからレンタカーでプロバンスまで南下しました。この日はオランジュからアヴィニョン、アルル、さらにサン・マリー・ド・ラ・メールへ向かいます。
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 鉄道 レンタカー
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空
-
オランジュの古代劇場 Theatre Antique D'Orange
入場料 オーディオガイド付で大人8ユーロ
オーディオガイドは日本語もあって、内容がとても詳しい。全部聞いていると一時間以上かかる。
しかし、中央の皇帝の大理石像の首が、皇帝が替わると取り外して新しい人の首とすげかえられるようになっている、など興味深い解説が聞ける。 -
観客席の内側には映写室があって、ローマ時代の演劇の様子、オランジュで行われたオペラ名舞台のさわり、70−80年代に行われたロックコンサートの様子、などを立体映像をまじえて見せてくれる。
70年代フラワーチルドレンが町に溢れている映像を見て、オランジュの開放性、それが現在の住民の人種の多様性につながっているのだと、わかる。 -
ローマ劇場のチケットで、道路をはさんで向かいにある博物館にも入れる。
時間がないので、ざっと見て出てくる。そういえば、ここの駐車場ではパーキングメーターの前で戸惑っていると、フランス人が「これ使う?」といって、14時までの駐車券をくれた。旦那が推測するに、長い時間を買ったが、予定が変わって必要なくなったんじゃないか、というもの。とにかくラッキー。
パン屋でパンとキッシュを買ってアヴィニョンに向かう。 -
オランジュからアヴィニョンまでは半時間くらいなのだが、駐車場を探して手間取る。
城内には入らないことにして、川に沿って城壁の外を回ったのだが、法王庁に一番近い駐車場は観光バス専用、ルール門の南の無料駐車場は空きが皆無で、本来なら通路の部分にも車が違法駐車している状態。ルール門すぐ南に入り口がある地下駐車場に入るが、なんと地下4階まで降りないと空きがなかった。ここは一時間2ユーロするフランス相場ではかなり高い有料駐車場なのに。フランス人もびっくりしている様子。
駐車場の出口は城壁の中にあり、そこから歩いて聖エティエンヌ通りを経由して、教皇庁広場に向かう。 -
ベネゼ橋との共通券は大人13ユーロ。アヴィニョンパスをくれるが、これを先に持っていれば割引で10ユーロくらいになったらしい。
チケットにはオーディオガイドがついていて、これが過剰に詳しい。全部聞いていると3時間くらいになるのではないか。教皇庁は現在、内部にはほとんど何も残っておらずがらんとした状態なので、ただ音声解説をじっと聞いていることになる。
内容はとても面白い。実際、わたしは教皇庁が今回の旅行でいちばん面白かった。しかし旦那は耐え切れなくなり、半分ほどで外に出て行った。わたしもさすがに最後三分の一はとばした。
写真は教皇の広間。ここで大夕食会が繰り広げられたらしい。天井は青く塗られ星が描かれ、壁には色鮮やかなタペストリーが・・・、あった。 -
17時直前にプティ・パレ美術館に入る。入場料は大人6ユーロだが、アヴィニョンパスを持っていたので半額に。
教皇が持ってきたとおぼしきイタリア絵画を収蔵。一点、ボッティチェリがあり、やはり際立っていた。
閉館まで一時間しかなく、ミュージアムショップも早めに閉まってしまったので、旦那は、「教皇庁なんて飛ばしてこっちに来ればよかった」と悔しがる。
ベネゼ橋でもオーディオガイドは過剰に詳しく、全部聞くと40分かかる。その日はミストラルが吹きつけ、橋に立っていると飛ばされそうに感じた。
教皇庁広場に戻ってきて、ノートルダム聖堂に入る。 -
この教会は元からあったロマネスク教会を、アヴィニョン2代目教皇ヨハネ22世が大きくしたみたいですね。カオールの出身で、『薔薇の名前』で攻撃されているあの金貨を溜め込んだ教皇ですよ。
フランス革命のときは監獄になって、19世紀に修復されて、屋根のてっぺんの黄金色のマリア像も据え付けられた、と。
入場したのが19時近くて閉館間近だったので、出るときに、若くて長身で映画女優のような尼僧が出口のドアを支えてくれていて、あまりの美貌に見とれてしまった。
旦那は別の尼僧さんが、メダル販売機に投入されたお金を回収しているのを見て、「こういう人たちも、金勘定は重要なのか」という別の感想を抱いていた。 -
アルルへ行き、凱旋門近くの無料駐車場に車を停めて宿を探す。『地球の歩き方』にも載っているアカシアという二つ星のホテルに行くと、ここは満室だが、二つ星ならmuseeと川向こうのPorte de Camargueがいい、と教えてくれて、地図もくれる。
しかし、museeは市内中心部で駐車場もなさそうだったので、北部に戻ってきてvoltaire広場で宿を探す。二つ星のLe Belvedereも満室で、星無しのLe Voltaireは40ユーロ、朝食5ユーロ。電話もなくていかにも安宿、という感じだったが、旦那がここでいいというので、決める。
食事もそこでとる。定食は11ユーロ。けっこう美味しかった。宿の主人が親切で、夜、旦那が洗面所でコンタクトレンズを流して困っていたら、毒づきながらもちゃんとパイプの下部を開けて、回収してくれた。
翌朝、パリのホテルに夜遅く着くと連絡を入れるときも、タダで携帯を使わせてくれた。びっくり。
写真の右側の通りを行くと、ヴォルテール広場。
ゴッホもゴーギャンとこのそばに住んでいたそうだ。 -
聖トロフィーム教会
トロフィームは3世紀のアルルの初代司教。
ここはタンパンが有名ですが、中がもっとすごい。
聖遺物(聖人の遺体、骨や髪の毛など)をどっちゃり収めたチャペルがあるんです。
中世は聖遺物がもっとも高価で現在のお金で何億円もしたそうですが、この教会がいかに南仏においてキリスト教の重要拠点だったかがわかります。
修道院は教会の右手にあって、入場料大人3ユーロ(3.5ユーロだったかも?) -
聖ヤコブの像。サンティアゴ・コンポステーラの巡礼の出発地にあたっているので、多くの人が足などに触っていて、おびんずるさま状態に。
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修道院は改装中で、あまりよく見学できませんでした。
こういった柱頭のロマネスク彫刻を見ると、シリアの影響を受けているのがよくわかります。 -
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このホールは、フォントネーの修道院のホールとよく似ています。
階下の部屋にタペストリーが飾ってありましたが、画題は十字軍のエルサレム入城でした。 -
聖ステパノ殉教の場面だと思います。
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アルルの闘技場は、古代劇場との共通券で大人6ユーロ。
オランジュとちがい、オーディオガイドもないので、さらーっと見てしまいます。
この闘技場は、19世紀まで内部に教会や民家が建っていたそうで、競技場の部分を城壁として使っていて、だから取り壊されずに残ったのではないかと思います。
したがって、ローマの闘技場のような、地下の仕掛けの部分はすべて埋め立てられていると思われます。 -
アルルからさらに一時間ほど南下して、海に面したサン・マリー・ド・ラ・メールへ。
ここには同名の教会があり、マリアがサラと海を渡ってやってきたという伝説があり、黒いマリア像があります。
"The Holy Blood and the Holy Grail"や『ダ・ヴィンチ・コード』などのマグダラのマリアが海からフランスにやってきてキリストの血筋を残した、という話では必ずとりあげられる教会です。
この聖サラが、ロマ(ジプシー)の守護聖人で、5月24、25日の祭りには、ロマの人々がマリアとサラを載せた神輿をかつぎます。
そういうわけで、ロマの人々はこの時期、この土地に集まってきて、昔なら幌馬車、現在はキャンピングカーで暮らしています。
というわけなのですが、ここでロマの人と非常に不快な体験をしてしまいました。 -
ロマの人に指をさして笑われたこと、お金をせびられたこと、です。
教会の前で無理やり小さな青いバッジを胸につけられ、お金を要求されたので、2ユーロ渡したら、5ユーロくれ、といわれました。ちょっとそれは多すぎると思い、バッジを返しても、子供がいるから、と、お金を返してくれない。真剣な顔をして食い下がったら、ちょっとひるんで(怖かったんですかね)お金を返してくれました。
厳密な意味で犯罪ではないですが、やはり不愉快です。
駐車場をキャンピングカーで占領してその周辺を生活空間としているので、他の車が停められない、というのもあります。
彼らのお祭りだから、こっちが遠慮するしか、しかたがないのでしょうか。 -
というわけで、真夏の江ノ島のようにごったがえしているサン・マリー・ド・ラ・メールを早々に後にしたのでした。
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これが教会の地下にある聖サラの像です。
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