2010/05/10 - 2010/05/13
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oneonekukikoさん
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両親は長春(当時は新京)で終戦を迎えました。
当時、父はシベリアへ抑留。
母は前年にに生まれたまだ乳飲み子の姉とともに1945年9月に博多港へ入港。
引き揚げの心労からか、重病で入院との報を受け、兄弟が福岡の病院へ向かい、1ヶ月近くを共に過ごし、帰郷。
その後健康を回復したものの、1948年女児出産後死去。
父は後添えを迎え、長春での生活の模様は日常会話から封印されました。
1982年父死去。
その後、母が妹に新京から宛てた封書が見つかりました。
新京市順天区同光路403 満州銀行舎宅第18号の6
2010年2月。
継母の1周忌を終え、「新京へ行こう」と急遽長春行きが決まりました。
1933年新天地新京にに職場を求めて単身渡満。
1937年母と結婚。
新天地、新京でどんな生活があったのか。
シベリアでの抑留生活。
多くを語らない父でした。
母の妹のところに残った数枚の写真と封書がその手がかりです。
その上当時を知る人は他界しており、すべて想像の世界。
もっと、きちんと話を聞いておけばよかった。
後の祭り・・・・。
しかし、新京へ行かなければ何も始まらない。
積年の思いがかないそうな予感です。
oneonekukikoのセンチメンタルジャーニーへの幕開け。
よろしかったらお付き合いください。
- 同行者
- その他
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- タクシー
- 航空会社
- 中国南方航空
-
まずは長春までの足。
仙台に住む姉が「仙台ー長春」の直行便を発見。
しかし、何も仙台まで行かなくても、成田発があるでしょうと、検索開始。
しかし、調べていく内に仙台発が一番便利なことが判明。
何しろ、仙台ー長春間を2時間で結びます。
成田発だと直行便は週に1便。あとは、北京、上海などの乗り継ぎ便で6時間近く掛かります。
姉も住んでいることだし、仙台発に決定。 -
長春行きの第1の目的は両親の足跡を探し出すこと。
新京市順天区同光路403
どうやって探し出そうか。
夫は住居表示が違っているからまず無理だと言い放ちます。
「市役所」で調べればいいじゃない。
ところで「中国」に「市役所」はあるのでしょうか?
雲をつかむような話ですね。
まずはいつもの旅の検索のように4トラ頼みです。
真@TOKYOさんのところで父の勤務していた「満州中央銀行」が今も「中国人民銀行」として機能していることを発見。
小躍りして喜ぶoneonekukikoをご想像ください。
早速書き込みをしたら丁寧に教えてくださいました。
甘えついでに住所をお知らせしたら調べてくださいました。
さらに地図も添付していただき、雲をつかむようだった長春行きが一気に現実となりました。
これがその地図の写真です。
こんなコメントもくださいました。
なお、地図の原典は「満州国の首都計画」越沢明著 (ちくま学芸文庫)だそうです
当時の長春計画図です。
図中央の順天公園は東は住宅になっています。順天大街の西は公園として残っています。
順天公園の南に「中央銀行舎宅」として広い区画が黒で囲まれています。
「同光路」という文字(赤紫アンダーライン)が確認できます。
この中で「403」を赤紫で囲いました。
確認願います。
交差点の斜め前は順天小学校です。oneonekukikoさんがもう少し早くお生まれになられていたらば、この学校に通われたことでしょう。
周辺は諸官庁の官舎が連なっています。
by 真@TOKYO
真@TOKYOさんの長春はこちらです
http://4travel.jp/traveler/nychito/album/10051354/ -
さて、ここまできたら航空券の予約とホテルの手配です。
航空券は先の理由から「中国南方航空」
仙台ー長春
月曜日と木曜日の週2便ですから
5/10(月曜日)仙台発16:00長春着17:005/13(木曜日)長春発12:00仙台着15;00
諸費税込みで68,000円弱
ホテルは・・・・。
いろいろあたりましたが中国語は全然分からず
長春では日本語は皆無、英語はホテルなら少しという情報を得て、1室当り300元のホテル相場のところ、シャングリラは1000元以上。ずいぶん迷いましたが保険と思って「シャングリラホテル」に決定!
事前決済で1室980元。
結果とても安心して宿泊できました。
日本人スタッフが二人常駐していて、滞在中何かと相談に乗ってくれました。
1日通訳さんもお願いし、空港からホテルまでの送迎も頼んでいざ出発。 -
仙台空港
初めての利用です。
仙台駅から空港行きの電車で約30分。
天気予報では長春は雨。
中国南方航空。
初めての中国。
北京でも上海でもない長春。
「タクシーは危険」という通訳さんのアドバイスに従い、ホテルの送迎を頼みました。350元
4トラで検索するとタクシーは市外まで100元が相場。しかし、言葉も分からないババが二人ですので大奮発。
中国語が飛び交うゲートを抜けると赤い制服のホテルの従業員が「アウディ」で待ってくれました。
お絞りとお水のサービス。 -
「ホテルまで遠いので30分かかります」
遠くて30分?
成田から都心まで余裕で90分かかりますよー。
高速を下りると、車はこんな超高層ビルが建ち並ぶ郊外をぬけて市街地に向かって走ります。
しかし、現実は厳しかった。
高速を降りると早速巻き込まれた渋滞。
道路はとっても広くて3車線あるのですが、初めて経験しました。
渋滞及び車の横入り。
ちょっと詰まるとクラクションがピーピーーーーー。
でも、アウディのドライバーは紳士ですから、無謀な運転はしません。
というわけでホテルに着いたのは5時近くになっておりました。 -
事前に日本人スタッフとメールでやり取りしてましたので、ホテル前待ってでいてくれて、直ぐにチェックイン完了。
24階の、広場が見渡せる眺めのいい部屋を用意してくれておりました。
日本語が通じるというのはありがたいことですね。
さらに日本人宿泊者のためにこんなサービス。
「浴衣」「おつまみ」「アサヒビール」「日本語の市内案内」「お箸」
お箸がちょっと意味不明ですね。
でも、ありがたく持って帰りました。 -
雨も降っているし、夕食はホテルで。
というわけで、高そうなホテル内のレストラン「香宮」
エッ!これって香港の「シャングリラ」にもあった記憶が。
昼食も機内でつまんだので軽くていいねと
「ジャスミン茶」×2、「焼きそば」、「餃子」で154元也。
お兄さんがこんなパフォーマンスを見せてくれました。
お湯を後ろ手に持って遠くからお茶を注ぎます。
こぼれないで急須におさまった。
いつもながら食事の写真はないのです。 -
ホテルからの眺望
広い道路が碁盤の目のように走っています。
こんもり見えるのは「人民広場」
大きな大きなサークルになっています。
木々が植えられ整備されているのですが、くつろぐ人々の姿はあまり見かけません。
後日行ってみようと試みてそのわけが分かりました。
車の洪水を掻き分けて公園まで行くエネルギーがなくなりそうなくらい、クラクションと車と人の波。
渡るのに覚悟のいる公園でした。
信号、横断歩道があってもないようなもの。
車の間をすり抜けて、老いも若きも、子供連れもスイスイと渉って行きます。 -
24階の眺望の良い部屋が割り当てられました。
日本人スタッフのフォーローのお陰で快適に過ごすことが出来ました。
明日は9:00に通訳の曹さんとロビーで待ち合わせ。
「早く休みましょう」といいながら、70年前に思いを馳せてなかなか寝付かれない長春の第1夜でした。 -
広々としたロビー。
最近は3星ホテルばかりでしたので、久しぶりの5星。ゆったりゆっくり過ごしました。
しかし、日本語はもちろんのこと英語もなかなか通じず、もっぱら「筆談」と勘で勝負。 -
5/11。
朝食もそこそこに、曹さんと打ち合わせ。
ドライバーは物静かな宇さんです。
まずはホテルの直ぐ近くにある父が勤務した「満州中央銀行」。現在は「中国人民銀行」として機能しています。
長春駅からまっすぐ伸びる「人民大街」と「長春大街」が交差する「人民広場」に面してそれは建ってます。オーダーと呼ばれる10本の円柱が特徴だそうです。 -
近くで見るとこんなに太い円柱です
-
-
中に入りました。
oneone「写真とってもいいかしら」
曹さん「大丈夫でしょう」
パチッ
「ダメダメ」
あわてて警備員が飛んできました。
でも、カメラは取り上げられなかった。ホッ。
天井が高く、まるで古い映画を見ているよう。
70年前にタイムスリップ。
店内は薄暗く、計算間違えそう。
椅子、机などの調度品もしっかりしていて、カウンターはガラスの格子で仕切られていて、仕切りを通して行員と手続きをします。
まだ、9時を回ったばかりというのに、順番待ちの利用者で溢れていました。
ATMもあるようなのですが、年配の人はこちらの利用が多いそうです。
何処もこんな感じなのかと、他の銀行にも入ってみました。
ATMが並んでました。
でも、照明はちょっと暗い感じ。
省エネでしょうか・・・。
3日間の滞在で3回現れて、ぐるぐる回って帰る怪しい二人連れでした。 -
10本のオーダー。
1,2,3,4・・・・
数えてきました。 -
-
入り口です。
数箇所扉はあるのですが、開いているのはここだけでした。 -
次の日また行って、警備員のいない廊下をこっそり撮りました。
でも、やっぱり見つかってしまいました。
預金するわけでもなく、ぐるぐる回って「あやしい二人連れ」です。
あとは、目にしっかり焼き付けてきました。 -
何だか名残惜しく滞在中毎日通いました。
真@TOKYOさんからは、「ここで記念に両替もいいですね」と進められましたが、雰囲気にのまれてそれどころでは有りませんでした。 -
第二庁舎(現公安局)
中国風の屋根が特徴です。
19933年竣工 -
民生部(現石油加工設計研究院)
-
広々とした道路が続きます
-
両親が住んでいたと見られる同光路403付近
-
当時の都市計画図から想定される同光路403地点
同光路521
地番が違うのですが・・・。
住居表示も変わっていることですし、地図から見るとここが有力候補。 -
翌日もう1度近辺を訪ねました。
447と地番が少し近づきましたが403はとうとう見つかりませんでした。
古い写真に残る家は2階建てですし、70年近く前の家が残っているはずもなく、「きっとここからあの銀行まで通ったんだわ」と納得して帰路につきました。 -
同光路周辺の建物
寂れていて部外者がうろうろするのがはばかられました。
朽ちかけた家。
写真の家とドアの感じが似てるけど、平屋ですし、70年を経ているわけで・・・。 -
標識だけでも。
-
並木の樹の下の白いのが気になります。
ものの見事に一直線。
訳でもあるのかなぁ・・・。
「街灯が少なく夜になると車道の区別がつきにくいので、車のライトが当たる高さを白く塗って区別している」と帰国後の夫の説明です。
真偽は確かめていません。
スーポンドイツさん、真@Tokyoからの情報
白いのは害虫から樹を守る為の塗料だそうです。 -
総合法衛(現461病院)
-
-
-
真@TOKYOさんお勧めのホテル。
「南湖賓館」
南湖公園近くの森の中にひっそりと建ってます。
迷いそうになるほど広い敷地です。 -
お茶だけしてきました。
「菊茶」20元 -
ガードマンがいます
-
国務院(現吉林大学物医学大学院)
地下には長春駅まで続く地下道が作られているそうです。
3車線の広い地下道だそうです。
国務院から長春駅までは5キロメートル以上あると思われます。
現在見学不可。 -
ゆっくり目のお昼は曹さんお勧めの北京ダックの店。
このときは分からなかったのですが、ホテルの直ぐ近くでした。
タクシーで周ると本当に分かりませんね。
4人で北京ダックと3品頼んで380元。 -
マンホール
-
食事の後は「偽満州皇宮博物館」
入館料80元
広くて見ごたえのある施設でしたが、中国からみた日中戦争を強く感じ、曹さんと一緒の見学はつらいものがありました。
戦争という魔物に翻弄された人々の苦悩を改めて感じました。 -
帰りは宇さんの車ではなく町のタクシーを拾いました。
5キロくらいの距離を8元で交渉。
宇さんとは1日200元+ガソリン代80元でしたので、多少言葉の分かる人はその都度タクシーが経済的です。
しかし、どんなタクシーに当たるかは運次第。
姉はもうタクシーはいやだと宣言しました。
何しろ荒い運転でした。そのうえ、窓を閉めるのにハンドルを渡されました。つまり、ハンドルがとれちゃってるんですね。
でも、郷に入ったら郷に従え。
こんなタクシーを楽しむのも一考かと思います。
oneonekukikoも女二人でなければチャレンジしていたでしょう。 -
5/12
当初は、電車でハルビンに行こうかと思っていたのですが、昨日大急ぎで市内を回ったので、もう1度同光路を訪ねようと、半日ぐるりと歩き回りました。
18,000歩を超えてました。
両親の足跡をたどるゆったりとした3日間となりました。
5/13
長春12:00発仙台着15:00
この日も見納めに人民広場を出発間際まで歩き回りました。
日中戦争のことなどいろいろ感じることはありましたが、今回は両親の足跡をたどる長春に絞りました。
oneonekukikoと姉のSENTIMENTAL JOURNEY TO CHANGCHUNでした。
お付き合いいただき有難うございました。
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この旅行記へのコメント (12)
-
- muchunさん 2010/08/16 17:10:40
- 長春感動の旅
- はじめまして、私も長春感動の旅11〜15/8お盆やすみを利用して早速出かけてきました。oneonekukikoさんの足跡を少しでも踏襲すべく、駆け回ってきました。長春の歴史の本(近代の歴史)は半年ぐらいあとで出版されるそうです。軽軌(チンチン電車)にも乗ってきましたよ。それから、朝市にも、この朝市には本当にびっくりしました。
少用一次
多一点緑
街の軽軌(チンチン電車)のホームで見かけたキャッチフレーズです、感激しました。
一つのことを節約すれば、緑の木が一つ増えるという意味でしょうか。
- oneonekukikoさん からの返信 2010/08/16 21:10:30
- RE: 長春感動の旅
- 書き込みありがとうございました。
全く個人的な長春の旅を読んでいただきありがとうございます。
軽軌(チンチン電車)
朝市
共に未経験です。
muchunさんの長春はどんな旅だったのでしょうね。
oneonekukiko
-
- とんちゃん健康一番さん 2010/06/15 13:49:57
- 届いているかと思います。
- oneonekukikoさんへ
お邪魔します。
旅行記読ませて頂きました。
oneonekukikoさんの気持ち、届いているかと思います。
oneonekukikoさん目線の中国素敵でした。
また、ゆっくりお邪魔させて頂きます。
- oneonekukikoさん からの返信 2010/06/15 19:37:59
- RE: 届いているかと思います。
- とんちゃんさん
書き込みありがとう。
長年の思いがかなって
一区切りした感じです。
うれしいコメントありがとう。
19日からチュニジア・スイスを回ってきます。
出発まで体力温存の積りが
やっぱりあわただしく過ごしています。
oneonekukiko
-
- はんなりさん 2010/05/25 15:30:56
- ご両親を偲んで
- oneonekukikoさん
お姉さまとのご両親の足跡を辿る旅をなされて
想いを新たにされている事とおもいます。
整然として落ち着いた雰囲気の街に見受けられますが
>ちょっと詰まるとクラクションがピーピーーーーー
やはり
そこは中国ということでしょうか
車が超スピードで迫ってきて
怖くって横断できない経験が何度もありますねぇ。
お姉さまがお住まいの仙台から直行便が出ていると言うことですが
長春とご姉妹との不思議な縁を感じてしまいます。
思いを馳せる旅
良い供養になりましたね。 合掌
余談になりますが樹の白い塗料
害虫よけは勿論ですがご主人様の仰られている様な事も
北京、ホーチミンで聞いた記憶がありますので
あながち〜かもです。
- oneonekukikoさん からの返信 2010/05/25 20:38:36
- RE: ご両親を偲んで
- はんなりさん
書き込みありがとうございます。
以前から残された封書を見ては
いつか行ってみたいと思い描いていましたが
今年に入って急展開で実現した
長春行きです。
・長春とご姉妹との不思議な縁を感じてしまいます。
そうなんですね。
まさか後年仙台と長春が姉妹都市になるとは
思いも及ばなかったと思いますが
「仙台」に居を移した父
姉の夫は仙台と長春姉妹都市10年の記念行事として
長春の吉林大学の
砂時計の設置に携わりました。
そして今回の仙台発長春への直行便
何がしかの縁を感じます。
樹木の白い塗料
あながち夫の創作でもなかったのですねぇ。
ありがとうございます。
oneonekukiko
-
- obaqさん 2010/05/22 00:02:37
- 長春だったのですか
- いや〜、ロマンあふれるアルバムですね。
色々とご両親から聞かれていたことを確かめに、そして新しい発見もあったことと思います。
oneonekukikoさんとその御一家にある小説のようなお話、もっと聞きたいな(笑
そして今夏、2度目のドロミテと初めてのスイス、今年はoneonekukikoさんの旅行ラッシュの序章になる年でしょうか。
色々な面で楽しみです。
東欧から帰国したら又拝見に伺いますね〜
obaqa
- oneonekukikoさん からの返信 2010/05/22 08:21:13
- RE: 長春だったのですか
- おはようございます
ご出発前のあわただしい時にコメントいただき
ありがとうございます。
実はobaqさんと東欧
ちょっと意外
砂漠と大自然というイメージですからね。
今までの大自然とちょっと違う東欧の旅の報告待ってますね。
ハイ、oneonekukiko
「事実は小説よりも奇なり」
これが分かるのはある年代以上でしょうね(笑)
の小説のような物語がありますよ〜。
夫が家にいるようになったので
年に1度はゆっくり出かけたいと企画しましたが
なんといっても×2になるので
資金調達が大変です。
でも、それに代えられない充実した時を過ごすことが出来るのは
幸せなことですね。
では、また。
oneonekukiko
-
- 真@tokyoさん 2010/05/18 08:59:33
- 最新長春情報ありがとうございます
- oneonekukikoさん
ご両親の街を訪ね、さぞ想いを新たにされたことでしょう。
シャングリラは日本人スタッフがいるのは助かりますね。
旧満州中央銀行は堂々とした建物です。
上海にはスエズ以東で最大といわれる銀行建築がありますが、これは東北一イコール満州一でしょう。
柱は上部の飾りからドリス式というギリシャでスタートした建築様式です。
柱には溝が彫られています。これもドリス式の特徴でギリシャの標準は20本です。大事なところが分かりやすく撮られています。
それから街路樹の下部の白い塗装は虫害を防ぐための塗料で、都市部でも農村部でも見かけられます。日本では見られない光景です。
仕事で来た当時を思い出しました。
また来ます。
- oneonekukikoさん からの返信 2010/05/18 20:04:26
- RE: 最新長春情報ありがとうございます
- 真@tokyoさん
書き込みありがうございました。
たくさんのアドバイスのお陰で
無事長春の旅を終えることが出来ました。
建築に詳しい真@tokyoさんとは視点が違いますが
何気なく撮った写真でしたが
改めて見直しますね。
街路樹の白い塗装のコメント訂正します。
oneonekukiko
-
- スーポンドイツさん 2010/05/17 09:56:18
- そうだったのですか・・
- oneonekukikoさん、Sentimentalですまないような重い旅でしたね。つらいけれど、いつかしなければならないような、確かめておきたい気持ち、、、、
伯父もシベリア抑留を体験していますが、あまり話しませんでした。
映画「戦争と人間」、中国のTV映画「末代皇帝」、TV「我が父・溥傑〜ラストエンペラーの弟・波乱の生涯〜」 等を見たり読んだりしてきたので、旧満州へのツアー広告を見ても、いまだにためらいの感情しか持てません。
戦争に翻弄された一般の人々・・どちら側にも偏ることのない歴史を知っておきたいものです。
建物は旧満州のものがそのまま使われているのですねぇ。”偽”ですか、なるほど。
自分という存在が今あるという意味を考えさせられました。
すーぽん
追記)木の白い塗りもの、ウズやトルコでも見ました。害虫が登ってくるのを防ぐと聞いたような。確かに夜は反射しますね。
- oneonekukikoさん からの返信 2010/05/17 14:26:41
- RE: そうだったのですか・・
- すーぽんさん
書き込みありがとう
全く個人的な目的の旅行でしたので
アップしようか躊躇したのですが
我々の年代の中には
似たような経緯の方もいらっしゃると思って
踏み切りました。
なるべくあっさり書いた積りだったけど
そうはいきませんでしたね。
しかし、今回の滞在で
いかに多くの人が翻弄されたか
日本人も、中国人も
「偽満州国」
何処にも付いてまわりました。
しかし、日本の建築のすばらしさも実感したわけで
なんとも複雑な気持ちです。
自分のルーツ
長春を歩いて、何が始まり、何が終わったか。
これからも続くでしょうねぇ
この、問いかけは。
しかし、私の好奇心旺盛なところは
この時代に外へ目を向けた両親の
DNAかと思っています。
あと1ヶ月でチュニジア出発です。
日差しが強いと聞いてますので
いままで日焼け対策なんてしたことないのですが
クリーム買いました。
oneonekukiko
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