2009/10/05 - 2009/10/05
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シュンスケさん
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2009年の国慶節、今年は中秋節と休みがつながって11連休に。学生時代からいつかは行ってみたかったフィリピンのコルディレラ山脈にある、イフガオの棚田を見に行った後、マニラから四川省の涼山まで一気に飛んで彝族の友人の結婚式に出席してきた。
この日はいよいよ彝族の友人の結婚式。彼とは2003年に僕がインターンをしていた職場の仕事で出会い、その後前の職場を辞める際に仕事を紹介した経緯があった。この山の中から出てきて、北京、上海で仕事をし、地元に帰ってきた彼は、言わば西昌の名士といってもいい。そんな彼にふさわしい豪華な結婚式だった。
【全日程】
□10/1
*CZ3295 南寧 8:00 ⇒ 広州 9:00(NW特典)
*CZ397 広州 11:40 ⇒ マニラ 13:55(NW特典)
マニラ ⇒(バス/車中泊)
□10/2 イフガオ観光、棚田を満喫(バナウェ泊)
□10/3 イフガオ観光、夜行バスでマニラへ(車中泊)
□10/4
*CZ398 マニラ 14:55 ⇒ 広州 17:15(NW特典)
*CZ3377 広州 20:15 ⇒ 成都 22:00(NW特典)
■10/5
*CA4467 成都 8:00 ⇒ 西昌 8:50
□10/6 西昌 ⇒(鉄道/車中泊)
□10/7 昆明
□10/8 昆明 ⇒(鉄道/車中泊)
□10/9 ⇒ 南寧
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 航空会社
- 中国国際航空
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8時のフライトがキャンセルになったため、10時半の飛行機に合わせてゆっくり起きて成都空港に向かう。
成都の空港は新しく、WiFiもばっちり無料。 -
四川航空の飛行機は50分ほどで西昌に到着。申し訳ない程度の水とクッキーがでた。
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あっという間に西昌の空港に到着。ここに初めて来たのは北京でインターンをしていた2003年のこと。
あれからもう6年になるけれどこの空港はまったく変わってないなあ。成都を出るときはもやがかった空だったけれど、標高1,600mほどの西昌に着いたら空が青い。 -
空港に迎えに来てくれていた李さんと半年ぶりの再会。西昌にある涼山民族中学で日本語教師をしている李さんは今年の3月に研修のため2週間ほど日本に滞在していて、そのときに一緒に東京見学に行ったっけ。
李さんに案内されて車で会場に急ぐ。前回2004年に来た時は空港まで細い道が続いていただけだったけど、今や片側二車線の立派な道路。中国での5年の歳月は今の日本の20年分くらいの違いがある。 -
こんなオシャレなマンションまで。聞くところによると西昌にもウォルマートがもうすぐできるとか。すごいなあ。
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とりあえず、まずホテルにチェックイン。疲れていたのでちょっと豪華に250元くらいのホテル、天喜花月酒店。部屋はおしゃれできれい、眺めもいい。
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部屋はおしゃれできれい、眺めもいい。
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12時過ぎに会場のレストランに到着。
今回結婚することになったのも同じ彝族の友人シンさん。何度かブログにも書いていたけれど、李さんと同じく2004年から涼山民族中学の職業クラスで日本語を勉強したあと北京で3年弱、上海で半年ほど働いた彼は、今回結婚を機に四川に戻ることになった。僕がインターンをした組織で彼も働いて、そのあと縁があって同じ会社の組織で一年ちょっと働いて今回結婚を機に涼山に戻ることになった -
会場は人・人・人の群れ。聞いたところ、500人以上参列しているとか。
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席についたらすぐに彝族のマントをはおった司会者が登場。彼もインターンをしていた仕事の関係者だ。
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ほどなく新郎・新婦がバージンロードを通って登場。新郎はスーツで、新婦は彝族の伝統衣装。Sさん、かなり緊張しているようで顔がこわばってる。
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Sさんのおじいさんのスピーチ。もちろん彝族語。面白いのは参加者のほとんどは彝族、あと漢族と日本人がちょこっと。彝族と漢族の一部は彝族語がわかって彝族語が分からない人は日本語がわかる。だから通訳も中国語(普通語)への通訳はなくて、彝族語から日本語のみだった。
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みんなうれしそう。そりゃ、めでたい日だもの。
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あいさつが一通り終わった頃で新郎新婦の親戚の子どもたちが花束を持って登場。この日は晴れ姿の民族衣装で花束贈呈。男の子はかなり緊張してたね。
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花束贈呈が終わったとこで、新郎新婦で乾杯!指輪の交換や愛の誓いみたいなものはなくて、グラスに注いだ酒を腕を交差させて飲み干す。
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このあとはお祭り騒ぎ。新郎新婦が各テーブルを回ってお酒を飲み干す。
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飲むのはビール。小さなグラスについでとにかく飲み干す。
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あの黄色いの、なんでみんなこんなにたくさん飲むんだろう…なーんてことを考えてるのかな。
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そのあとは友人たちによる出し物、っていうかカラオケ大会。僕ら日本人代表もみんなで"乾杯"を歌った。
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お店のスタッフもみんな民族衣装でお客に飲ませる。
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舞台に上がる職業訓練クラス時代の新郎の同級生。北京の日系企業で働いていたり、日本語教師になったり、5年が経ってみな立派になってる。
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ここは標高が高いこともあって、みんな肌の色は結構黒い。
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僕が会場で話した唯一の漢族の彼女。重慶からお疲れ!
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始まってから一時間ちょっとして周りを見てみると、いつの間にかみんな姿を消していた。どうやら各席ごとに食べ終わったら席を立つらしいく、みな隣の建物に移って酒を飲んでいた。会場に取り残された我々と食べ終わった食器の山。
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このあとしばらくお茶を飲んで、西昌郊外にあるシンさん宅に移動して親族は朝まで飲み明かすとのこと。
もともと西昌からバスに二時間乗って、そこから歩いて三時間くらいかかるところに住んでいたのだけど、最近引っ越してきたらしい。僕も北京から駆けつけた友人と一緒に車に乗り込み、シンさんの実家へと向かった。
一次会で結構酒を飲んだため、車の揺れが心地よく気がついたら口をぽけーっと空けて豪快に寝ていた。ふと目が覚めると、「30分くらいで着くよ」とドライバーは言っていたのにもう出発から一時間が経っていて、空がさらに青くなり山が近づいていた。結局一時間ちょっとかけて山道を行き、シンさんの実家に到着。 -
家の軒先に収穫を終えたトウモロコシが干されていたのが印象的だった。豚のえさらしい。
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とうもろこしもこうやってみると迫力がある。
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そんなことを考えながら家の中にお邪魔したら、ここにもトウモロコシだらけだった。そんなトウモロコシの下でくつろぐシンさんの親戚たち。あまりにたくさんいるので、いったい誰が誰だかよくわからないけれど、とにかく多い。みな一家に4-5人は普通みたいだ。
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そしてしばらくすると、親族とトウモロコシをバックに家の中から丸々と太った豚が登場。お祝いの席、ということはこいつを…
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あーやっぱりさばくのか。途中から豚もいつもと違う空気を感じたようで、悲鳴とも聞こえる悲しい声をあげながら暴れまわる。だけど、ここはみんな手馴れたもの。男5、6人がかりで豚を押さえつける。
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そして紐で口をくくられた豚は家の前に連れていかれ、ナタでのどを切られて豚肉となった。
大学院で実際に生きているイノシシとヤギをさばくヤギコン、シシコンっていう行事があったのだけど、実際に生きている動物をさばくところなんてそれ以来だ。この動物をさばくのは若い男の仕事らしく、みな楽しそうに豚を捕まえていた。 -
おれ、あんまりさばくところ見るの好きじゃないんだよね。
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ヤギとイノシシは頚動脈を切ると結構すぐ絶滅したと思ったのだけど、この豚は頚動脈を切られても声にならない声をあげながらしばらくもがいていたが、ふっと足の力が抜け絶命した。
豚の毛を燃やすためトウモロコシの枯れ草を豚の上に乗せて火をつける。地面に流れた血が鮮やかだ。 -
えっ?このヤギはなんだって?そりゃ、決まってるだろ、明日の朝飯だよ。
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シンさんの話は日本テレビが何回かドキュメンタリーにして放映しているのだけれど、この日もテレビクルーが来ていて、豚を撮っていた。そんなテレビカメラにくぎづけの子どもたち。
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豚の火をバックに北京から来た日本人、Hさんの衣装が鮮やかだ。そういえば、こういう日本的な服って一着も持ってきてないなあ。なにか一着ほしい。
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ほーら、おいしそうな豚肉がもうすぐできるよー。
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どんどん枯れ草を追加され、しっかり毛を燃やされる豚。いや、ここまでくると以前豚だった豚肉か。
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ほーら、いいにおいがしてきたでしょ。とにかくめでたいめでたい。男性はとくに民族衣装を着ているわけではないのだけど、女性は普段から民族衣装を着ている人が多い。
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しばらくするときれいに体毛が焼け、つるつるの豚ができあがった。それを水洗いしてさばく。
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新婦(右)とそのお友だち。なんか緊張していた一次会とは違って、とても表情が生き生きしている。幸せそうだなあ。
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すっかりきれいになって、豚の丸焼きのできあがり。
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さあ、いよいよ豚の解体が終わりレバーがまず客人である我々にふるまわれた。レバーがこの世で一番苦手な僕はちょこっとかじっただけだったけど、臭みがほとんどなかった。一緒にいたHさんはうまいうまいとバクバク食べる。
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女性は色鮮やかな布をうまく使っている。色づかいがとてもきれいだ。
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豚の解体も終わり、宴は盛り上がっていく。気がついたらなんか周りがすごい人だかりになっていた。その数ざっと見積もって50人くらい。
話して乾杯する人みながシンさんの叔父さんやら従兄弟やら自己紹介をするので、みんな親戚ということか。この二人はたしか…いやまったく覚えてないや。ごめんなさい。年配の女性はみんな黒くて大きな帽子をかぶっていてとても鮮やかだった。 -
そんなこんなで宴会はまったくのカオスのまま盛り上がっていき、気がついたら翌朝一番の飛行機に乗る予定のOさん夫妻はホテルに戻っていた。Hさん夫妻と僕は夜8時くらいにシンさん実家を離れることに。
ん…なんだこの写真は…?このおっちゃんと乾杯したのなんて記憶にないぞ。もう最後のほうは相当酔っぱらっていて何がなんだかよく覚えていないけれど、とにかくめでたいからよしとしよう。
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この旅行記へのコメント (4)
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- がおちんさん 2010/02/03 10:01:36
- 彝族の表情がイイ!
- シュンスケさん
はじめまして、がおちんと申します。
涼山彝族の風俗が伝わる、素晴らしい旅行記でした。
シンさんの実家での皆さんの表情が良いですね。
最後の写真、これぞ彝族の男っていう感じです。
いやー、イイ笑顔です。
ブログも拝見しました。
南寧にお住まいとのこと、その感性が光る写真と文章で、これからも楽しい中国の旅行記を期待しています。
- シュンスケさん からの返信 2010/02/03 11:03:57
- RE: 彝族の表情がイイ!
- かおちんさん
コメントありがとうございます。
先ほどかおちんさんの旅行記を拝見したら1989年の上海、昆明が。
いやー貴重な写真たちをありがとうございます!
私も初めての海外が1998年の上海、昆明、成都、ラサで、石坂浩二と本多勝一に騙された口です。
その後2000年から昆明の雲南民族学院で一年ほど留学しておりました。
その頃から比べても今の昆明は別の街になっていますが、1989年と比べるとなおさらですね。
シーサンパンナの写真も素晴らしかったです。
旧に雲南が懐かしくなりました。
南寧には2009年7月から駐在しています。
あと4年くらいはおりますので、お近くに来られることがございましたら、ぜひ連絡下さい。
シュンスケ
> シュンスケさん
>
> はじめまして、がおちんと申します。
>
> 涼山彝族の風俗が伝わる、素晴らしい旅行記でした。
> シンさんの実家での皆さんの表情が良いですね。
>
> 最後の写真、これぞ彝族の男っていう感じです。
>
> いやー、イイ笑顔です。
>
> ブログも拝見しました。
> 南寧にお住まいとのこと、その感性が光る写真と文章で、これからも楽しい中国の旅行記を期待しています。
- がおちんさん からの返信 2010/02/03 12:56:52
- RE: 雲南民族学院
- シュンスケさん
なんと、奇遇な!
私も1989年の旅で雲南から離れられなくなり、カラコルムへ行く予定を止めて、民院に留学したんですよ。当時は日本人が5人。そのうちの一人が今の妻です(笑)。
残念ながら最近は旅へ出る機会が少ないので、せめて昔の旅行記を載せようと思っています。
本来は焼豆腐でもつまみながら白酒で語らいたいところですが、南寧へ行くチャンスがあればお邪魔させていただきます。
これからもよろしくお願いします。
がおちん
- シュンスケさん からの返信 2010/02/03 13:14:34
- RE: 彝族の表情がイイ!
- がおちんさん
それはなんと奇遇な!
私も「世界一周してやる!」と大学を休学して旅立ったもの、雲南のあまりの居心地のよさに民院にいついてしまったクチです。
当時は日本人12、3人ほど。私は民院の先生と恋に落ち、その後日本に帰国後も二年半ほどお付き合いをしましたが、今の妻ではないのが残念です(いまだ独身…)
そういえば、この日記の後民院が出てくるので楽しみにしていて下さいね。
それでは、焼豆腐に白酒を準備して南寧でお待ちしています。
シュンスケ
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