2003/04/20 - 2003/04/30
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その陰鬱な曇り空は、この島のやせて不毛な土壌とイギリスに収奪され続けた苦難の歴史を象徴しているかのよう。
けれども、夜になれば人々はその鬱憤を晴らすかのように飲み踊ります。
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アイルランドの旅
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2003年4月、アイルランドを旅しました。
バスでロンドンからダブリンに到着。
ニューグレンジやキャシェルに日帰りした後、列車でゴールウェイへ。船でアラン諸島のイニシュモア島へと向かいました。
ゴールウェイからダブリンに戻った後は、飛行機でパリへと向かいました。
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世界の旧市街42カ所ご紹介(アジア・中南米・アフリカ・ヨーロッパ:世界遺産33カ所)
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世界の美しい街並み・パノラマ風景37カ所(アジア・中南米・アフリカ・ヨーロッパ)
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- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス
-
4月20日(日)
ロンドンから夜行バスに乗って12時間、ダブリンに到着したのは朝6時半頃だった。
四月のダブリンは肌寒い。
空は灰色の雲に覆われ、時折降る雨が建物を冷たく濡らしている。
いくつかのユースを巡り、なんとかベッドを確保した後(Isaac Hostel 16.9?)、街を歩き始めた。
街を東西に貫くリフィ川、それと交差する大通りがメインストリートであるオコンネル通りである。
ダブリンの街は、ほとんどの建物が5階建て以下の高さで統一されている。
空は広く大きく感じられ、道幅が広いこと、人通りが少ないこともあって、街からはとても開放的な印象を受けた。
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アイルランドの首都「ダブリン」街歩き|ダブリンの見どころとアイルランドの歴史
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オコンネル通りの中央に立つ、「解放者」ダニエル・オコンネル像を見ながらリフィ川を渡ると、すぐ左手にトリニティ・カレッジが現れる。
トリニティ・カレッジは、1592年に設立されたというアイルランド最古の大学だ。
正門をくぐると、なるほど重厚な建築物が建ち並んでいた。
青々とした中庭の芝生、最高学府の学生たちが颯爽と歩いている。 -
カレッジを出て歩行者天国になっているグラフトン通りを抜け、セントスティーブンスグリーンへ。
園内のベンチでミートパイを食べた後、国立博物館へと向かった。
ここでは、先史時代やケルトの時代から、中世、独立に至るまでの歴史を様々な展示品を通して知ることが出来る。
私はまずここで、この国の大まかな歴史を俯瞰した。
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アイルランドの首都「ダブリン」街歩き|ダブリンの見どころとアイルランドの歴史
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博物館を出て川沿いに西へと進むと、テンプルバーエリアに入る。
テンプルバーから西へ。
英国支配の象徴であるダブリン城やプロテスタントの総本山であるクライスト・チャーチの姿を横目に見ながら南へしばらく歩くと、聖パトリック大聖堂にぶつかる。
灰色の石造りのこの聖堂は1225年の創建。
アイルランドで最も大きい聖堂だという。
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アイルランドの首都「ダブリン」街歩き|ダブリンの見どころとアイルランドの歴史
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聖パトリック大聖堂からリフィー川へと歩いて突き当りを左折、川沿いを西へ少し進んだ所にヨーロッパでも最も古いと言われるパブがある。
なんと1198年創業というのだから驚きだ。それに名前がふるっている。
「ブレイズン・ヘッド」、青銅の生首。
近くの食堂で軽い夕食を済ませた私は、夜9時頃、ノコノコとこの「青銅の生首」の中に入っていった。
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ヨーロッパで最も古いパブ「ザ・ブレイズン・ヘッド」(アイルランド・ダブリン)
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イチオシ
4月21日(月)
ダブリンからバスで約3時間(往復21?)。
アイルランド南東部、ティぺラリー州の緑の平原地帯のただなかに灰色の城塞が聳え立っている。
「ロック・オブ・キャシェル」である。
当日は小雨がぱらつく肌寒い日和だった。
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魔王の落とした岩の城「ロック・オブ・キャシェル」(アイルランド)
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「ロック・オブ・キャシェル」は、この地域を支配したマンスター王国(370〜1101)の王の居城であった場所であり、マンスターにおけるキリスト教の中心地でもあった場所だった。
12世紀中頃には、アイルランドの4司教座のひとつとして、ローマ教皇にも公認されたのだそうだ。
キャシェルの入場料は2€。雨の中観て回り、15時半のバスでダブリンへと戻った。 -
イチオシ
4月22日(火)
ダブリンの北方約55キロ、ボイン川の中流域から下流域にかけて広がる一帯に「ブルー・ナ・ボーニャ(ボインの宮殿)」という先史時代の遺跡群がある。
朝10時のバスでドロヘダへと向かい(往復9?)、そこからビジターセンター行きのバスに乗り換える(往復4.5?)。
ビジターセンターで11:45分発のニューグレンジとノウスを巡るツアー(4.5?)に参加した。
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緑の丘の上に立つ巨大古墳「ニューグレンジ」(ボイン渓谷の遺跡群)【アイルランド】
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ブルー・ナ・ボーニャの面積は、およそ780ha。
エリア内には40の羨道墳があるが、その中で最も重要な遺跡が、「ニューグレンジ」「ノウス」「ドウス」と呼ばれる墳墓である。
草原の丘に巨大な古墳がある。
あれが「ニューグレンジ」、ボイン渓谷にある最大の羨道墳だ。
ニューグレンジはケルト以前、紀元前3200年頃(新石器時代後期)建設されたといわれている。
これはエジプトのピラミッドよりも昔である。 -
これは「ノウス」。
ガイドの話では、ニューグレンジとドウスは冬至の太陽に対応しているのに対し、ノウスは春分の太陽に対応しているのだそうだ。
遺跡の入り口の巨石や、通路の壁面、天井には見事な渦巻き文様が描かれている。
この渦巻き文様が何を表すのかもわかっていないそうだが、太陽や雷や火など信仰の対象になっていたものを象ったものであるとか、いろいろな解読がなされているそうだ。
渦巻き文様の起源については、蛇のとぐろ、または、水の渦巻きであるというのが有力な説であるとのこと。 -
4月23日(水)
首都ダブリンから西部コノハト地方の中心都市ゴールウェイまでは列車で行った。
コノリー駅前のバス停で6時20分発の市バスに乗りヒューストン駅へ。
列車は7時20分発。ダブリン?ゴールウェイの往復で35?だった。
10時20分、ゴールウェイに到着。
駅を出た私は、さっそくインフォメーションセンターへ行き、本日の宿「Kinlei House」(ドミトリー 16.5?)を予約。アラン諸島行きのフェリー(13.5?)も予約した。
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ダブリンからゴールウェイへ列車の旅(アイルランドの鉄道)
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アイルランド西部コノート地方の中心都市ゴールウェイの町。
コノート地方は、失われつつあるゲール語文化の遺産を最も色濃く残している場所である。
ゴールウェイ市はそのうちでも東のダブリンに対する西の文化中心地として、伝統的なゲール語文化の保存や再生に積極的に取り組んでいる町として知られている。
市の人口は約5万3千人。ゴールウェイには大学や研究機関が多いそうだ。そのせいか、小ぢんまりとした中にもどこか華やぎが感じられる。
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アイルランド西海岸、ゲール語文化の中心地「ゴールウェイ」街歩き
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イチオシ
アイルランド島の西端、ゴールウェイの町の海岸。
町をぶらぶらと歩いた後、私は海を見に行った。
もう既に、日が傾きかけている。
ゴールウェイ港はアイルランド西海岸の中心となる港である。
ゴールウェイ港からは、最果ての島、アラン諸島への船が出ている。
コリブ川の河口には無数の白鳥がいた。 -
4月24日(木)
あいにくの雨である。
9時30分、フェリーは、ゴールウェイの近郊、ロッサビルの港からアラン諸島最大の島である、イニシュモア島へと出航した。所要40分である。
小さな船は強風のため揺れに揺れた。
島に着いた。
荒涼としている。強風が吹きすさぶ港。船から降りるまばらな人々を除いてほとんど人影がない。まさにさいはての島だ。
イニシュモア島は周囲約40キロ、人口は800人ほど。
ジャガイモなどの農業と漁業、そして、観光業が主産業となっている。 -
私は、島のインフォメーションセンターで、Mainster Hotelという小さなホステル(トイレシャワー共同ドミトリー 12?)を紹介してもらい、そこに宿を取ることにした。
島の観光はレンタサイクルを利用することにした。
2日間のレンタルで15?。
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断崖が連なる最果ての島「アラン諸島イニシュモア島」(アイルランド)
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イニシュモア島は、島全体が石灰岩の岩盤だけでできている。つまり、もともと土がない島なのだ。
岩だらけのやせた土地。その上に肥料として薄く海草を敷き、強風に飛ばされないように畑や牧草地は石垣で囲われている。木はほとんどない。
島は断崖絶壁で囲まれ、絶えず荒波が押し寄せている。
島というより巨大な岩という感じだ。 -
4月25日(金)
さいはての島、イニシュモア島。
港の近くは小さな集落になっている。キルロナン村である。
コンビニが一軒(ホットスパー)、カフェが一軒、そして、アランセーターを売る店が一軒あった。
私は、島の南西にあるドン・エンガスの断崖を目指した。
島は南に進むにつれ徐々に標高が高くなっていく。
私はあまり乗り心地がよいとはいえない自転車で、アップダウンの続く砂利道をキコキコと走らせていった。 -
アラン諸島には、およそ5500年前から人が住んでいたとされているが、このイニシュモア島には、ケルト以前の古代人が造った大きな遺跡が2つ遺されている。
ドン・エンガス(Dun Aonghasa)とドン・ドゥカハー(Dun Duchathair)である。
ドン・ドゥカハーは、かなり行きづらいところにある。
この遺跡は島の南部にあるのだが、そこまではアップダウンの激しい未舗装の砂利道を進んでいかなければならない。
自転車に乗り続けることは難しく、押して行かざるを得ない。
しかも、途中で道がなくなってしまうので、遺跡の場所の見当をつけて岩場を歩いていかなければならない。
けれども、そこまで苦労して行く価値のある素晴らしい遺跡、景観だ。
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断崖が連なる最果ての島「アラン諸島イニシュモア島」(アイルランド)
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ドン・エンガスは、島の南西にある。
海面からの高さが100メートルにも達するという絶壁。
その向こうは永遠に続くかのような大海原、大西洋だ。
ドン・エンガスの入口へは、ドン・ドゥカハーとは違って、自転車だけでなくバスでも行くことができる。
入口から遺跡までは歩いていく必要があるのだが、入口にはThe Heritage Saviceがあり、喫茶店もあった。
ドン・エンガスに入るには、1ユーロの入場料が必要。 -
ドン・エンガスは、断崖を軸に4重の石垣が半円形に取り囲んだ遺跡で、約3500年前のものであると考えられている。
もともとは、円形またはD字型であり、崖の浸食によって現在の姿となったと推測されている。
この遺跡が何のために造られたのかは謎だが、アイルランド本土からの侵略を防ぐため、神に礼拝する儀式をするためなど、様々な説が唱えられているそうだ。
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断崖が連なる最果ての島「アラン諸島イニシュモア島」(アイルランド)
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4月26日(土)
今日も雨。
9:00発のフェリーに乗り、ゴールウェイへと戻る。
街をぶらついていると急に疲労が押し寄せてきた。
宿で仮眠する。
夜はパブをはしごしてギネスを飲む。 -
4月27日(日)
街を歩いているとダブリンで出会った日本人女性と偶然再会。一緒に大聖堂を見学した。
このゴールウェイ大聖堂は意外と新しく、1967年の完成だそうだ。
ルネサンス式、ラテン十字形式の聖堂で、内部は美しいバラ窓や壁画で彩られている。
床にはコネマラ地方産の有名な緑色の大理石が使われており、神秘的で落ち着いた風情を醸し出していた。 -
4月28日(月)
この日はゴールウェイ近郊のキンバラへと向かった。
旅行者のみならず、住民の姿もほとんど見掛けないような寂しい村。
村の人口は、2002年の統計調査によると945名だそうだ。
あまりに寂しかったのと、ちょうど昼飯時だったので、私は一件のパブに入ることにした。
店内はガラガラだった。
客は私ひとりだけ。
気のいいおばちゃんが注文を取りに来てくれる。
私はギネスをワンパイントと、ラム肉の料理をオーダー。
また、昼間っから飲んでしまった。
夕方、ゴールウェイからダブリン行きの列車に乗る。
出発は18:08分。
ダブリンに着いたのは21:20分頃だったが、ユースのベッドを確保することができた(Abby Cort Hostel 18ユーロ)。 -
4月29日(火)
この日はダブリンをうろついた後、ゴールウェイで出会った日本人女性とその仲間たちと一緒にランチ。
その後、夕方は女性とパプで飲んだ。
曇り空の寂しいダブリンの町では、パブで飲むに限る。
4月30日(水)
朝7時、ダブリンシティセンターから41番のバスで空港へ。
飛行機は1時間ほどで、パリ・ボーヴェー空港に到着した。
そこから専用バスで市内まで1時間。メトロに乗り換え東駅へ。チェコのプラハまでのチケットを購入した。
直行はなく、パリ→フランクフルト→ニュルンベルグ→プラハの乗り継ぎだ。到着は翌朝。
長い旅が始まった。
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