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与那国島が危ないhttp://sankei.jp.msn.com/politics/policy/091014/plc0910140856006-n1.htmという2009.10.14日付けの産経新聞に触発されて過去の沖縄旅行を振り返ってみた。<br /><br />http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/091015/plc0910150726005-n1.htm 【与那国島が危ない】(中)「やられてから、という姿勢」<br /><br />http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/091016/plc0910160740004-n1.htm  【与那国島が危ない】(下)「ここは日本。屈辱的」<br /><br />沖縄へは過去四回行っているが旅の記録は平成10年4月12日に夫婦で旅行した時のものしか残っていない。<br /><br />この時の旅では西表島まで行っているが与那国島へは立ち寄っていない。そして単なる気楽な観光旅行客という意識しか持っていなかったので国の安全、領土の保全にまで意識が廻っていなかった。<br /><br />鳩山新政権が発足して以来その外交政策にはあやふやなものを感じているだけに今回の「与那国島が危ない」という産経新聞の企画は日本の社会に対する時宜を得た警鐘として評価したい。<br /><br /><br /><br /><br />平成10年4月12日(日)<br />京都から横浜へ引き上げてきてから初めての夫婦二人での遠出である。鶴見駅より京浜急行で羽田空港まで行った。<br />婿殿と次女は留守番である。彼らは15日からベルギ−へ旅行の予定である。<br />那覇空港ではバスが迎えに来ていたが乗客は僅か7人だから極めて贅沢な旅行といえよう。<br /><br />守礼の門を横手に見て首里城へは木曳門から入って通常とは反対の経路で城内へ入った。<br /><br />ここは三回目である。<br /><br />最初は硝子メーカーに在職中、求人のため高砂工場から出張できたとき。本土復帰一年前のことだからパスポ−トを持ってきたものであった。<br /><br />次は4〜5年前転職後の会社の幹部旅行できたとき。<br /><br />そして今回。<br /><br />玉泉洞王国村へ行く途中で通った村で見た昔ながらの建物ではヒンプンまたはヒ−プンと称する衝立のようなものが表門を入ったときに入り口を塞ぐように置かれているのがもの珍しかった。<br /><br />鍾乳洞は前回みたときの印象が残っており「王様の杯」を見たときは懐かしい思いがした。<br /><br />但し鍾乳洞の上にある琉球村は全然記憶にない。これは多分その後に客寄せのために出来たものであろう。<br /><br />ひめゆりパ−クでは沢山のサボテンを見学した。ひめゆりの塔、琉球硝子村と見学してから那覇空港を経て石垣空港へ到着。<br /><br />空港へはタクシ−が迎えにきており、軽井沢倶楽部ホテル石垣島へ投宿する。まあまあの部屋である。<br />夕食は和食であったが伊勢海老がついたデラックスなものであった。修子は洋食をとったが料理が出てくるのが遅くて、御機嫌斜めであった。<br />地ビ−ルの石垣島を飲もうと思ったが置いてないのでしかたなくオリオンビ−ルを飲んだ。家内が「体によくない」と小言を言った。<br /><br />平成10年4月13日(月)<br />雨が降りそうな天気である。今日は石垣港から船で西表島まで渡るのだが、春になって海の荒れがすくなくなったので船浦港へ直接接岸するので島内の移動時間が節約できるため、1時間遅く出発するとの説明があった。<br />従ってホテル出発が9時50分といかにものんびりしている。時間をもてあまして家内はいらいらしている。<br />折から雨足が強くなってきたようだ。バスには今日から合流する人達も含めて20人ほどに増えた。<br /><br />水中ジェット船に乗り込んだが沖合が荒れているので欠航になるかもしれないという情報が流れた。<br />「悪い冗談は止めてよ」などと乗客は呑気なことを言っている。そのうちやはり沖合が荒れているので、航路を変更して大原港へ向けて出航するという。<br />そうすると船浦港で待機しているバスは陸路大原港まで1時間かけて我々を迎えにくることになるので大原港で若干待ち時間ができることになる。<br />これが全行程に影響を及ぼすことは避けられない。最初の予定通り進んでいればこのようなことはなかったのにと思うが、そこは気候条件の変化によるものだからしかたのないことである。<br /><br />船はかなり揺れて気持ちのよいものではない。乗客の中には吐き出す人もいたようでコンデションはあまりよくない。<br />それでも1時間ほどの航海で無事大原港に到着した。<br />船浦港までの道中「亀」「はぶ」等を路上に発見することができた。<br />浦内川ではシ−トを張った船に乗り込みマングロ−ブの原始林を眺めながら激しい雨の中を遊覧した。<br />「ひるぎ」の群生した状態をマングロ−ブというらしい。このあと激しい雨の中を星砂海岸に一時駐車した。<br />滝のように雨水が路上を流れる中を合羽を着て私ともう一人の男の乗客が海岸まで走った。<br /><br />手当たり次第砂浜の砂を掬って予め用意したビニ−ル袋へ詰め込んだ。僅か2〜3分の滞在で慌ただしくバスへ駆け込んだ。<br />浦内川遊覧に先だってレストラン浦内で伝統料理で昼食をした。赤米の御飯は美味かった。<br /><br />由布島へは水牛で遠浅の海を渡ったが何故か水牛がかわいそうに思えた。本来なら植物園を見学するところだが激しい雨なので、<br />土産物店で雨宿りしながら土産物を眺めているだけでここの島の観光は終わった。<br /><br />再び大原港から石垣島へ帰りホテル軽井沢石垣島で第二日目の夜を過ごした。<br /><br /> 平成10年4月14日(火)<br /> 石垣島港を9時に出発して船で竹富島へ行った。<br />水牛に引かせた車に乗って島内の観光をしたが、赤い瓦で方形の屋根は独特の風物である。<br /><br />人口は僅か280人程で牧歌的な雰囲気の漂う町並みである。<br />町並み保存がよく行われていてそのためには町で相当の補助金を出しているということである。<br /><br />この日はよく晴れて絶好の観光日和であった。<br /><br /> 再び石垣島へ戻り、唐人墓、八重山民族園、泡盛製造所、ミンサ−織等を見学して川内川のグラスボ−トに乗るべく川内湾まできたが昨日来の雨で水が濁っていて海底を見ることができないのでこれは取り止めとなった。このあと龍宮城鍾乳洞、ショッピングプラザを巡って石垣島空港から那覇空港へ帰ってきた。<br />空港には大田というタクシ−の運転手が迎えにきてくれており、ふみやという沖縄料理の店へ連れていってくれた。<br /><br />明日は彼の案内で島内観光をするよていである。この日はオ−シャンビュ−ホテルというのに泊まったが部屋の作りが面白かった。<br />部屋を仕切ってカウンタ−があるのである。 <br /><br /> 平成10年4月15日(水)<br /> 大田さんに明日の観光は任せることにしてあったので、8時50分にホテルへ迎えにきてくれた。ガラスボ−トに乗れなかったのでそれを第一の観光とした。新原ビ−チへ向かう途中、琉球漆器の店へ立ち寄ったがここが家内の気にいって長年求めていたほうじちゃ用の湯飲み茶碗と茶託をかいもとめた。<br /><br />ガラスボ−トに乗る場所は昔会社の旅行できたときに経験した場所であった。このあと、松山御殿を見学したが案内人がなかなかの名調子で説明してくれた。昼飯はチャンポンときゃべつの炒めものを運転手の推薦で食べたが美味かった。<br />那覇空港から帰ってきて沖縄旅行は終わった。運転手の人柄が印象に残っている。 <br /><br />  http://www.gyokusendo.co.jp/okinawaworld/ 玉泉洞王国<br />http://www.ishigaki-cave.com/  石垣島鍾乳洞<br />http://www.asahi-net.or.jp/~lk5k-oosm/war/himeyuri.html  ひめゆりの塔<br />http://www.painusima.com/ 竹富島<br />http://www.minzokuen.com/  八重山民族園<br />http://www.mi-baru.com/index.html 新原ビ−チ<br />http://www.bb-vec.com/j/47.okinawa/matsuyama/index.html 松山御殿<br /><br />           

与那国島が危ないという警鐘に触発されて沖縄旅行を回顧した。

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1998/04/12 - 1998/04/15

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早島 潮

早島 潮さん

与那国島が危ないhttp://sankei.jp.msn.com/politics/policy/091014/plc0910140856006-n1.htmという2009.10.14日付けの産経新聞に触発されて過去の沖縄旅行を振り返ってみた。

http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/091015/plc0910150726005-n1.htm 【与那国島が危ない】(中)「やられてから、という姿勢」

http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/091016/plc0910160740004-n1.htm 【与那国島が危ない】(下)「ここは日本。屈辱的」

沖縄へは過去四回行っているが旅の記録は平成10年4月12日に夫婦で旅行した時のものしか残っていない。

この時の旅では西表島まで行っているが与那国島へは立ち寄っていない。そして単なる気楽な観光旅行客という意識しか持っていなかったので国の安全、領土の保全にまで意識が廻っていなかった。

鳩山新政権が発足して以来その外交政策にはあやふやなものを感じているだけに今回の「与那国島が危ない」という産経新聞の企画は日本の社会に対する時宜を得た警鐘として評価したい。




平成10年4月12日(日)
京都から横浜へ引き上げてきてから初めての夫婦二人での遠出である。鶴見駅より京浜急行で羽田空港まで行った。
婿殿と次女は留守番である。彼らは15日からベルギ−へ旅行の予定である。
那覇空港ではバスが迎えに来ていたが乗客は僅か7人だから極めて贅沢な旅行といえよう。

守礼の門を横手に見て首里城へは木曳門から入って通常とは反対の経路で城内へ入った。

ここは三回目である。

最初は硝子メーカーに在職中、求人のため高砂工場から出張できたとき。本土復帰一年前のことだからパスポ−トを持ってきたものであった。

次は4〜5年前転職後の会社の幹部旅行できたとき。

そして今回。

玉泉洞王国村へ行く途中で通った村で見た昔ながらの建物ではヒンプンまたはヒ−プンと称する衝立のようなものが表門を入ったときに入り口を塞ぐように置かれているのがもの珍しかった。

鍾乳洞は前回みたときの印象が残っており「王様の杯」を見たときは懐かしい思いがした。

但し鍾乳洞の上にある琉球村は全然記憶にない。これは多分その後に客寄せのために出来たものであろう。

ひめゆりパ−クでは沢山のサボテンを見学した。ひめゆりの塔、琉球硝子村と見学してから那覇空港を経て石垣空港へ到着。

空港へはタクシ−が迎えにきており、軽井沢倶楽部ホテル石垣島へ投宿する。まあまあの部屋である。
夕食は和食であったが伊勢海老がついたデラックスなものであった。修子は洋食をとったが料理が出てくるのが遅くて、御機嫌斜めであった。
地ビ−ルの石垣島を飲もうと思ったが置いてないのでしかたなくオリオンビ−ルを飲んだ。家内が「体によくない」と小言を言った。

平成10年4月13日(月)
雨が降りそうな天気である。今日は石垣港から船で西表島まで渡るのだが、春になって海の荒れがすくなくなったので船浦港へ直接接岸するので島内の移動時間が節約できるため、1時間遅く出発するとの説明があった。
従ってホテル出発が9時50分といかにものんびりしている。時間をもてあまして家内はいらいらしている。
折から雨足が強くなってきたようだ。バスには今日から合流する人達も含めて20人ほどに増えた。

水中ジェット船に乗り込んだが沖合が荒れているので欠航になるかもしれないという情報が流れた。
「悪い冗談は止めてよ」などと乗客は呑気なことを言っている。そのうちやはり沖合が荒れているので、航路を変更して大原港へ向けて出航するという。
そうすると船浦港で待機しているバスは陸路大原港まで1時間かけて我々を迎えにくることになるので大原港で若干待ち時間ができることになる。
これが全行程に影響を及ぼすことは避けられない。最初の予定通り進んでいればこのようなことはなかったのにと思うが、そこは気候条件の変化によるものだからしかたのないことである。

船はかなり揺れて気持ちのよいものではない。乗客の中には吐き出す人もいたようでコンデションはあまりよくない。
それでも1時間ほどの航海で無事大原港に到着した。
船浦港までの道中「亀」「はぶ」等を路上に発見することができた。
浦内川ではシ−トを張った船に乗り込みマングロ−ブの原始林を眺めながら激しい雨の中を遊覧した。
「ひるぎ」の群生した状態をマングロ−ブというらしい。このあと激しい雨の中を星砂海岸に一時駐車した。
滝のように雨水が路上を流れる中を合羽を着て私ともう一人の男の乗客が海岸まで走った。

手当たり次第砂浜の砂を掬って予め用意したビニ−ル袋へ詰め込んだ。僅か2〜3分の滞在で慌ただしくバスへ駆け込んだ。
浦内川遊覧に先だってレストラン浦内で伝統料理で昼食をした。赤米の御飯は美味かった。

由布島へは水牛で遠浅の海を渡ったが何故か水牛がかわいそうに思えた。本来なら植物園を見学するところだが激しい雨なので、
土産物店で雨宿りしながら土産物を眺めているだけでここの島の観光は終わった。

再び大原港から石垣島へ帰りホテル軽井沢石垣島で第二日目の夜を過ごした。

 平成10年4月14日(火)
 石垣島港を9時に出発して船で竹富島へ行った。
水牛に引かせた車に乗って島内の観光をしたが、赤い瓦で方形の屋根は独特の風物である。

人口は僅か280人程で牧歌的な雰囲気の漂う町並みである。
町並み保存がよく行われていてそのためには町で相当の補助金を出しているということである。

この日はよく晴れて絶好の観光日和であった。

 再び石垣島へ戻り、唐人墓、八重山民族園、泡盛製造所、ミンサ−織等を見学して川内川のグラスボ−トに乗るべく川内湾まできたが昨日来の雨で水が濁っていて海底を見ることができないのでこれは取り止めとなった。このあと龍宮城鍾乳洞、ショッピングプラザを巡って石垣島空港から那覇空港へ帰ってきた。
空港には大田というタクシ−の運転手が迎えにきてくれており、ふみやという沖縄料理の店へ連れていってくれた。

明日は彼の案内で島内観光をするよていである。この日はオ−シャンビュ−ホテルというのに泊まったが部屋の作りが面白かった。
部屋を仕切ってカウンタ−があるのである。 

 平成10年4月15日(水)
 大田さんに明日の観光は任せることにしてあったので、8時50分にホテルへ迎えにきてくれた。ガラスボ−トに乗れなかったのでそれを第一の観光とした。新原ビ−チへ向かう途中、琉球漆器の店へ立ち寄ったがここが家内の気にいって長年求めていたほうじちゃ用の湯飲み茶碗と茶託をかいもとめた。

ガラスボ−トに乗る場所は昔会社の旅行できたときに経験した場所であった。このあと、松山御殿を見学したが案内人がなかなかの名調子で説明してくれた。昼飯はチャンポンときゃべつの炒めものを運転手の推薦で食べたが美味かった。
那覇空港から帰ってきて沖縄旅行は終わった。運転手の人柄が印象に残っている。 

  http://www.gyokusendo.co.jp/okinawaworld/ 玉泉洞王国
http://www.ishigaki-cave.com/ 石垣島鍾乳洞
http://www.asahi-net.or.jp/~lk5k-oosm/war/himeyuri.html ひめゆりの塔
http://www.painusima.com/ 竹富島
http://www.minzokuen.com/ 八重山民族園
http://www.mi-baru.com/index.html 新原ビ−チ
http://www.bb-vec.com/j/47.okinawa/matsuyama/index.html 松山御殿

           

同行者
カップル・夫婦
交通手段
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)
  • 首里城守礼の門<br />                               

    首里城守礼の門
                                   

  • 竹富島の星砂<br />           

    竹富島の星砂
               

  • 竹富島の民家<br />

    竹富島の民家

  • 竹富島の水牛車の上から後続の水牛車を見る<br />

    竹富島の水牛車の上から後続の水牛車を見る

  • 小さい猿<br />

    小さい猿

  • 松山御殿のマングローブ                     

    松山御殿のマングローブ                     

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