2009/09/25 - 2009/09/25
25位(同エリア59件中)
みーままさん
アパメアはオロンテス川の中流、ハマの西セルビスやミクロバスで4~50分の所にあるセレウコス一世がBC3世紀の初めに建設した街。BC63年にセレウコス朝が倒れると、ローマ時代の建物が建てられ2世紀に最も繁栄したと言われている。ビザンチン時代にも栄えたが6〜7世紀に掛け侵略や地震により衰退して行った街である。
- 同行者
- 社員・団体旅行
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- レンタカー
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オロンテス川中流に広がるガ−ブ平原を縦貫する道の途中カラート・アルマディク(Qallat Almadiq)の町の高台にはマディク城(Madiq・Citadel)が有りその直下の道が遺跡の入り口であり道路右側には昔の建物を利用しアパメア遺跡から出土したモザイクを集めたモザイク館がある。入場料75SP(シリアポンド)=150円
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入り口のところにはモザイクが展示してある。博物館内は撮影禁止、アパメア遺跡のコンソールハウス等や神殿から出土したモザイクを展示してあるがまだまだ未完成。
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中庭には石柱などが展示してあり、背景の高台にはマディク城が見えるが、城の建物には現在でも人が住んでおり城と言うより住居地区と言った感じがする。
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モザイク館より坂道を登って行くと東側の高台に遺跡が見えて来る、これがアパメア遺跡だ。道が縦横(東西南北)に走り交差点の所にチケット売り場がある。入場料75SP
縦の道(東側)を行けばモザイクが発掘されたコンソールハウス(中庭も持つ家)や大聖堂に
行き着く。列柱通りが南北に伸びて居て南に進むと円形教会や聖コスモス&ダミアン教会が有った筈だが現在は原型を留めて居ない。 -
そのまま列柱通りを南に進むと商店街(スーク)がほんの少し其れらしい形で残っている。
石畳は轍が出来昔人が馬車や徒歩で通ったのだろう、昔人の生活が垣間見える様だ。 -
列柱通りを西側に進むと左側にアゴラ(広場)の一部が発掘されている。全体ではもっともっと色々な形のアゴラで有ったのであろう。
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ゼウス神殿にいたっては原型を留めて居ない。遙か遠くの高台に見えるのがマディク城。
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この列柱通り(Colonnaded Street)はマルクス・アウレリウス帝の時代(161〜180年)に建設された。世界で一番美しい列柱通りと言われており長さも1850mとシリア諸都市最長を誇り変化に富み見る者を魅了してやまない列柱通りだと思う。
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斜めに溝が切られた列柱がありアパメアの列柱の特徴である。何故斜めに溝が掘られているのだろうか?・・・多くの列柱を見てきたが溝が掘られた列柱は初めてだ。
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途中にはバッカス神を祀った屋根付きの柱廊、バッカス門が飛び出てそびえている。
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バッカス門の先、列柱通りの真ん中には奉納柱も天高くそびえている。
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列柱通りの途中にはハンマーム(スティーム風呂)の跡も有る
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かすかに残る商店街(スーク)の跡
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まだまだ未発掘の遺跡が沢山ある。
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列柱通りを北に向かうと北のゲートアンティオキア門だ。この門の傍にもチケット売り場がある。
注意:バイクに乗った地元民が「アンティーク」と言ってコインやローマングラス等を売りに来るが偽物である。それにシリアではアンティーク等の持ち出しが禁止されているので注意しましょう。 -
デッドシティ・セルジッラー
アレッポの周辺にはビザンチン時代に600以上の集落が有ったと言われている。しかし現
在では人の住まない廃墟デッドセティとなってあちらこちらに残っている。セルッジラも其の中の一つの廃墟の町である。 -
ビザンチン時代にはオリーブや葡萄が沢山栽培されオリーブオイルやワインの製造もされていた様で住居跡や建物が穏やかな丘陵地帯に沢山残って居て昔人の生活環さえ伺える。
入り口は墓所だったのだろうか大きな石棺がゴロゴロしており、その石棺には家紋の様な物が彫られて居る。 -
現代と同じようにスティームバスや足湯が有ったという共同風呂ハンマームの跡が
シッカリした形状のまま残り1500年もの間廃墟だったとは思えない -
建物側面にはスチームバスの跡が残る
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室内がどのように成っていたかと言う説明板。これを見るとこのハンマームは現代の健康センターの様な役目を果たしていた様だ。
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商隊宿・・・
下に馬やラクダを繋ぎ上の部屋には間仕切りが無く商人達や旅人は枕を並べて寝たようである。 -
住宅跡・・・立派な館である。
灰色や茶色の石が積み上げられた建物が多数あり、石棺に見られた家紋の様な印が建物の入り口に彫られて居る。 -
1500年経ってもシッカリと残る建物
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生活道具?なのか・・・・
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人々が穏やかに生活してたであろう此の町が何故廃墟になり、人々はどうなったのか?その理由は未だに定かではないが間違いなくデッドシティである事は確かなのだ。
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アレッポから南東に約100kmハイウエィ沿いに有る小さな町アル・マアッラ(AL-Ma’ara)
=マアッラト・アンノアマーン(Ma’arat No’aman)はビザンチン時代の廃墟デッドセティが多数点在するジャバル・ザウェイヤ(Jabal Zaweiya)への南の入り口の町である。
ハン・ムラド・バシャを転用したマアレット・モザイク博物館は此の町の中心に有る。 -
入り口を入ると前アサド大統領のモザイク画が壁面にかかっている。シリア人はこのモザイク館は世界一だと豪語する。
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中庭に飾られていたモザイク画、とても色も綺麗!その他に石棺や壷、生活道具などが
所狭しと展示されている。 -
内部は撮影禁止・・・内部のモザイク画は素晴らしく緻密、モザイク使いが良く色が綺麗で素晴らしいと豪語するだけの事は有るだろう。昔人の根気強さに敬服。ローマングラスなども数多く展示されている。
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この旅行記へのコメント (2)
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- ぱぶさん 2009/10/09 09:29:54
- 実にステキな列柱通りですね!
- みーままさん:
まだ普通の日本からの旅行者にはなじみの少ない素晴らしいシリアの観光サイトですね!ぱぶさんも初めて紹介を受けました。
ミーハーなぱぶさんからすると、この地がシリア地図の上でどの辺りなのか?(多分スタート地点とセルビスでの時間で解るのだとは思いますが、どこかに、地図でマークとか、普通の人でも分かる、アレッポとか、ダマスからの方角とか、大体何キロとかご説明があると、今後訪問を考える際の良い目安となるかと・・・)
無いものねだりのついでに、モザイク博物館等素晴らしい作品と言うより雰囲気が味わえる・うかがい知れる絵葉書からのデジカメ画像でもあれば・・・と欲張ります。 m(__)m
それにしても、列柱通りステキですね!ヨルダンのジェラッシやウムカイス、シリアのパルミラ等見ましたが、まだまだ沢山この様なローマ遺跡が各地に2000年以上もの歴史を経て残っているのですね!
ローマは一日にして成らずと同じく、ローマ遺跡も一日にしては消えないのですね。
また、どんどん、シリア便りを 4tra アップしてください。お待ちしています。ステキな報告を有難うございました。
- みーままさん からの返信 2009/10/10 02:38:35
- RE: 実にステキな列柱通りですね!そぉ〜なんですよ・・・
- 何時も応援・投票ありがとうございます。列柱はとっても素敵でした。もっとチャンと発掘して整備をしたらもっともっと素晴らしい遺跡に成るのではないかとも感じました。地図ですか・・・良いアイデアですね。私もどうしようかと(セルビスチャーターで行ったので)何と表現すれば・・・と思案した所でした。今度は地図で挑戦してみます。ありがとうございます。モザイクの件はアパメアは絵葉書になって有るのですが、実際とは色や全体の絵葉書が無く実際のと大分かけ離れていて、イメージには合いませんでしたので使用をやめました。なかなか思うように表現が出来ないですね。
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