2009/09/26 - 2009/09/28
41487位(同エリア49433件中)
hanaさん
今回初めてとなる沖縄に行きました。
前々から行きたかった沖縄、静岡空港から全日空の旅作ツアーで2泊3日の旅行となりました。
私の壱の目的は、太平洋戦争で唯一内戦を体験した地、沖縄。南部地区にある資料館等で当時の事を少ない限られた時間ですが体感出来れば(奥様は違いますが…)
弐の目的は、本場の沖縄そばを食べること。美味しい泡盛を呑むこと。いわゆるグルメ。
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- レンタカー
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
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初沖縄に向けて定刻11:40出発です。
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沖縄到着です。
お出迎えの看板ですが、ようこそ!ってことかな? -
まづ初めに立ち寄った首里城近くにあるそば処:首里ほりかわ お洒落なカフェチックなそば屋でした。
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首里ほりかわ自慢のソーキさば
奥様がオーダーしましたソーキそばセット
お上品なお味で美味しゅう御座いました。
二人とも創造と違っていましたが… -
最初の観光地 おきまりの首里城
《守礼門》首里城の外にある門の一つ。
首里城の入り口です。
奥様は2回目の訪城ですが私は初めてです。お城好きな私には期待を膨らませ いざ!首里城って感じです。 -
《正殿》
見ての通り工事中 ちょっとガッカリ -
二階の「御差床(うさすか)」です。一階の「御差床」には椅子が置かれていなかったが、ここには黄金の装飾が施された椅子が置かれています。この「御差床」は国王の玉座として、ここで種々な儀礼、祝宴が行われたといいます。
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今回お世話になるホテル《リッチモンドホテル那覇久茂地》
立地は国道58号線沿い、国際通りまで徒歩10分内と観光拠点には大変便利でした。ホテルも綺麗でしたし、スタッフさんの対応がとても良かったです。 -
今晩の夕食食材探しに《第一牧志公設市場 》に出向き美味しい魚、カニ等々2回の食堂で調理してもらい食してきました。
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塩焼き
金千両 -
ボイルカニ
金千三百両 -
おさしみ ボリューム満点
金五百両 -
ラフテ−
やわらかく味が染みていて美味しかったです。
金七百両 -
《ひめゆりの塔》
ひめゆり学徒は沖縄師範学校女子部と第一高等女学校の生徒で構成されていた。 1945年5月25日に撤退命令が出た南風原陸軍病院からなんかしてきたひめゆり学徒は本部、太田、第一、第二、第三の各外科壕に配属された。6月18日ひめゆり学徒の解散命令がでた。翌19日、脱出のため、現在ひめゆりの塔がある第三外科壕に集合したが、ガス弾をぶちこまれ多数の死者を出した。 解散以前は軍とともに行動していたが、解散後は避難民の同じように砲撃の中を逃げ回る事になった。ひめゆり学徒の死者は解散後に多く出ている。 -
ひめゆりの塔資料館入口
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2日目の昼食は事前に調べていた『真壁ちなー』
お昼の時間を大分過ぎてはいましたが、お客さんが大変多く30分以上またされました。 -
お店の入り口です。
昔ながらの沖縄の民家(明治24年頃築)の沖縄そば屋さんです。
建物を良く見ますと、沖縄開戦時に受けた銃弾の跡が痛々しく残っています。戦争の恐ろしさ、凄まじさが伺えます。 -
私が注文した豆腐チャンプル定食
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奥様が注文したそば中
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お客さんがいっぱいで中では食べられず、写真左のお花の下でいただきました。
少し外は暑かったですが、いい記念に成りました。 -
おきなわワールド内に有る玉泉洞
非常に長い(長すぎると言っても過言ではなく、実際飽きます)洞窟です。 -
ボケピンですみません。
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綺麗!
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奥様に誘われ、出口付近で記念撮影
生まれて初めてこんなに大きな蛇を触りました。 -
2日目の夜は、タクシーの運転手さんに安くてお勧めの焼肉屋さんにとお願いしましたら、連れてこられたお店『安安』
老若男女、家族、問わず大勢のお客さんで埋まっていました。しかもかなりお安く美味しいときていて、お腹もお財布も最高に満足。 -
旨いの一言!!
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夜の国際通り
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最終日に訪れた《旧海軍司令部壕》
昭和19年8月10日着工、12月に完成した。約450mの壕に、司令官室、作戦室、幕僚室、通信室、暗号室、発電室などが配置された地下要塞。 -
司令壕入口 下に降りて行く長い階段
旧海軍司令部壕は、熾烈を極めた沖縄戦において、日本海軍沖縄方面根拠地隊司令部のあった所で、司令官大田実少将ほか約4000名の将兵が、この壕で壮烈な最後を遂げた。昭和20年6月13日午前1時頃のことである。
迷路のような壕内には、司令官室、作戦室、発電室などが当時のまま残され、将兵が鍬やツルハシで壕を掘った跡が、生々しく保存されている。
また司令官室の白壁には、『大君の御はたのもとに死してこそ人と生まれし甲斐ぞありけり』という大田少将の愛唱歌が当時のまま残されており、壕全体が、太平洋戦争末期の悲惨な歴史を伝える平和希求のモニュメントと言える。 -
この壕は、戦況に追い込まれこの壕の中で兵士さんが手榴弾で自決された時に飛散した時出来た痛々しい弾痕です。
実際に64年前に大勢の尊い命が亡くなった悲惨な事実が起きた場所に立ち、胸がせつなく成り涙が出てくる程痛感(実際には言葉では云い表せない)な思いでした。 -
壕の入口に展示してあった戦時下の写真
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戦争の恐ろしさ悲惨さが伺える写真です。
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司令室
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展望台から見た那覇市
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今回の旅で大活躍をしてくれたレンタカー
トヨタパッソ
今回の旅は、綺麗な海、美味しい食べ物、親切な人との触合いができ、充実した旅となりました。
また沖縄が体験した事に少し触れられ、少し自分自身を見直せたような思いがします。
昨今、普天間基地問題等でテレビなどで見ますが、早くこのような問題が解決し、平和な日本、争い事がない平和な世界になることを思い知らされたような旅で良い経験になりました。
乱筆乱文すみませんでした。
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