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<br />JR引田駅を下りる。何の変哲もない小さな駅だが、高松から乗ってきたこの列車を含め、引田駅を始終発とする列車は多い。場所的には香川県の東端で、徳島の方が近いようなところだが、ここから東、徳島方面に向かう列車の数は少ない。<br /><br />引田に来ようと思った理由は、この街が古い町並みが残っているらしいということと、街そのものも瀬戸内の港町として栄えた歴史があるということで、なんとなく面白そうだから、という程度のきわめて薄弱なものである。いつものことだが、たいして下調べもせずに来ているので、まずは観光案内地図を探す。<br /><br />駅前にあった観光案内地図によると、引田の街は碁盤目状になっているが、駅前では斜めに国道が碁盤目を切り取っているので、国道に対して鋭角の道に入るか鈍角の道に入るかで結果が大きく異なりそうである。それは分かっているのだが、小さい街だから何とかなるだろう、と勇躍、適当に街歩きに踏み出す。<br /><br />…結果的に街並みからどんどん外れてしまい、明らかにこれは間違った、と思った頃には、田んぼの真ん中に立っていた。おまけに8月に強い日差しが容赦なく照りつけている。一応、帽子をかぶっているのと、乾燥した空気のおかげでそれほどばてることはないが、とりあえずこれから街歩きをしなければならないのに、いきなり無駄にエネルギーを消耗する。<br /><br />あとで判明したことだが、私が最初にいきなり間違って突っ込んで行ったのは、街の西側の、元は塩田だった場所らしい。てくてくもと来た道を戻ると、川にかかる橋に出た。これが小海川で、川より東側が街並みらしい。下流に向かって歩いていくと、朱色に塗られた橋が見えてきた。橋の対岸には、紅殻色の壁の建物が見える。これだけ書くとなにやらラブホのようだが、なまこ壁の蔵の、通常なら白壁となっている上半分が紅殻色に塗られているのだ。<br /><br />件の紅殻色の建物は、かめびし醤油という老舗の醸造家である。もう13代目になるらしい。端を渡った道路の両側に紅殻色の壁がある。右側は現在はうどんを食べられる場所になっている。左側はショップらしい。まずはうどんを食す。<br /><br />かめびし醤油に隣接した大きな屋敷が、井筒屋敷という。酒や醤油の醸造をやっていたというが、こちらはすでに醸造業はやめているのか、屋敷全体が観光センターになっている。お屋敷の見学を申し込むと、ボランティアの案内の人がスリッパを出してくれた。もとは町役場の職員だったという男性から、たっぷり一時間、邸内の説明を受ける。いわく、この街は、もとは城下町だったそうで、天正年間に街の東側の山に城郭が築かれたが、讃岐を治めるには東に偏りすぎているということで高松に城が移されたのだそうである。それ以前から港町として栄えていた場所で、特に大阪行きの船は、風待ち潮待ち(なにしろすぐ東には鳴門の渦潮がある)で立ち寄ることが多かったらしい。ほかにも伊能忠敬が滞在した客間があったり、探幽や鉄斎の画や有栖川宮親王(だったと思う)の水墨画が虫干しされてたりと、なんか土地の名家というレベルの斜め上をいく屋敷である。ここの当主は佐野氏といって、ほかにもいろいろ事業を手がけたらしい。私が先ほど迷子になった元は塩田だったという田んぼも、埋め立てたのはこの家らしい。(ガイド氏いわく、「戦後の農地解放でパーや」だそうである。)<br /><br />通りに面した家々の多くは、住居として現役だが、ところどころに休憩所やギャラリーとして使われているものがある。とあるギャラリーの前に、石の風鈴(要は石の薄板なのだが、叩くと硬質で金属的な音がする)があったのでいじっていたら、ギャラリーの人にぜひお立ち寄りなさい、と言われる。<br /><br />ギャラリーは画家(角川だか新潮文庫の装幀をしている人とのことである)と陶芸家と彫刻家の3人がシェアしているものだそうで、私が行ったときには、中村朝夫氏という陶芸家の人がいた。昨年、日展に入選したのだそうで、作品とともに写真に納まってもらう。<br /><br />もう一人いた男性も加わっていろいろ話を聞かせてもらったが、引田の街は、もとは風待ちの港町で、後に一時城下町になり、物資の集散地として栄えたほか、大阪から醸造技術が入ってきて、酒や醤油の醸造業が発達したのだそうである。また、上方とダイレクトに結ばれていたため、民俗学的にも建築学的にも興味深いと研究者が訪れることも多いという。また、坂出あたりに塩田を開いたのも引田の人なのだそうで、進取の気概に満ちた人も多かったのだろう。<br /><br />それが今はこんなありさまで、と男性が表通りを見やると、なるほど人通りも絶えて、陽射しがアスファルトを照り付けているだけである。10年くらい前までは、お盆の時期にはそれなりに人通りもあったものだが、今は若い世代はいなくなるし、最近は年寄りもデイサービスの送迎に乗るから、年寄りも歩いていない街になっちゃってねえ…という状態になっている。高速道路が1000円になって、関西方面からの観光客が増えたのではないですか、と訊いたが、どうやらその恩恵には与っていないようである。かたや、田んぼの中のうどん屋に2時間も3時間も並ぶほど人が訪れているのに、なんとももったいない話である。(たしかに当地のうどんは、わざわざ飛行機に乗ってまで食べに訪れる価値はあるが)<br /><br />さて、引田の街は碁盤目状に道が通じていると先に書いたが、メインストリートは海と並行にはしっている。そして、直交する路地からは、海が家並の間にちらりと見える。そのチラリズムに幻惑されつつ路地を海に向かう。<br /><br />小さな港である。お盆の今は人影もなく閑散としているが、みっしりと並んだ漁船をみると、ふだんは活気ある漁港なのかもしれない。<br /><br />港は、両サイドから半島が伸びていて、いかにも天然の良港と見受けられる。背後の山が風除けにもなるだろうし、湾に入り込めば鳴門の渦潮の影響もないだろうから、その昔は賑わうのも当然だろう。いまは、穏やかな海と、前面に枯山水のように配置された島を望む、静かな港である。水面に反射した光が、漁船の船腹にきらきらとマーブル模様を描いて揺らめいている。眠たくなるような午後の静けさを破って、一艘の漁船がエンジン音を湾内にとどろかせながら、防波堤の向こうに消えていった。<br /><br />

讃岐の小さな港町へ

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2009/08/14 - 2009/08/15

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jsbach

jsbachさん


JR引田駅を下りる。何の変哲もない小さな駅だが、高松から乗ってきたこの列車を含め、引田駅を始終発とする列車は多い。場所的には香川県の東端で、徳島の方が近いようなところだが、ここから東、徳島方面に向かう列車の数は少ない。

引田に来ようと思った理由は、この街が古い町並みが残っているらしいということと、街そのものも瀬戸内の港町として栄えた歴史があるということで、なんとなく面白そうだから、という程度のきわめて薄弱なものである。いつものことだが、たいして下調べもせずに来ているので、まずは観光案内地図を探す。

駅前にあった観光案内地図によると、引田の街は碁盤目状になっているが、駅前では斜めに国道が碁盤目を切り取っているので、国道に対して鋭角の道に入るか鈍角の道に入るかで結果が大きく異なりそうである。それは分かっているのだが、小さい街だから何とかなるだろう、と勇躍、適当に街歩きに踏み出す。

…結果的に街並みからどんどん外れてしまい、明らかにこれは間違った、と思った頃には、田んぼの真ん中に立っていた。おまけに8月に強い日差しが容赦なく照りつけている。一応、帽子をかぶっているのと、乾燥した空気のおかげでそれほどばてることはないが、とりあえずこれから街歩きをしなければならないのに、いきなり無駄にエネルギーを消耗する。

あとで判明したことだが、私が最初にいきなり間違って突っ込んで行ったのは、街の西側の、元は塩田だった場所らしい。てくてくもと来た道を戻ると、川にかかる橋に出た。これが小海川で、川より東側が街並みらしい。下流に向かって歩いていくと、朱色に塗られた橋が見えてきた。橋の対岸には、紅殻色の壁の建物が見える。これだけ書くとなにやらラブホのようだが、なまこ壁の蔵の、通常なら白壁となっている上半分が紅殻色に塗られているのだ。

件の紅殻色の建物は、かめびし醤油という老舗の醸造家である。もう13代目になるらしい。端を渡った道路の両側に紅殻色の壁がある。右側は現在はうどんを食べられる場所になっている。左側はショップらしい。まずはうどんを食す。

かめびし醤油に隣接した大きな屋敷が、井筒屋敷という。酒や醤油の醸造をやっていたというが、こちらはすでに醸造業はやめているのか、屋敷全体が観光センターになっている。お屋敷の見学を申し込むと、ボランティアの案内の人がスリッパを出してくれた。もとは町役場の職員だったという男性から、たっぷり一時間、邸内の説明を受ける。いわく、この街は、もとは城下町だったそうで、天正年間に街の東側の山に城郭が築かれたが、讃岐を治めるには東に偏りすぎているということで高松に城が移されたのだそうである。それ以前から港町として栄えていた場所で、特に大阪行きの船は、風待ち潮待ち(なにしろすぐ東には鳴門の渦潮がある)で立ち寄ることが多かったらしい。ほかにも伊能忠敬が滞在した客間があったり、探幽や鉄斎の画や有栖川宮親王(だったと思う)の水墨画が虫干しされてたりと、なんか土地の名家というレベルの斜め上をいく屋敷である。ここの当主は佐野氏といって、ほかにもいろいろ事業を手がけたらしい。私が先ほど迷子になった元は塩田だったという田んぼも、埋め立てたのはこの家らしい。(ガイド氏いわく、「戦後の農地解放でパーや」だそうである。)

通りに面した家々の多くは、住居として現役だが、ところどころに休憩所やギャラリーとして使われているものがある。とあるギャラリーの前に、石の風鈴(要は石の薄板なのだが、叩くと硬質で金属的な音がする)があったのでいじっていたら、ギャラリーの人にぜひお立ち寄りなさい、と言われる。

ギャラリーは画家(角川だか新潮文庫の装幀をしている人とのことである)と陶芸家と彫刻家の3人がシェアしているものだそうで、私が行ったときには、中村朝夫氏という陶芸家の人がいた。昨年、日展に入選したのだそうで、作品とともに写真に納まってもらう。

もう一人いた男性も加わっていろいろ話を聞かせてもらったが、引田の街は、もとは風待ちの港町で、後に一時城下町になり、物資の集散地として栄えたほか、大阪から醸造技術が入ってきて、酒や醤油の醸造業が発達したのだそうである。また、上方とダイレクトに結ばれていたため、民俗学的にも建築学的にも興味深いと研究者が訪れることも多いという。また、坂出あたりに塩田を開いたのも引田の人なのだそうで、進取の気概に満ちた人も多かったのだろう。

それが今はこんなありさまで、と男性が表通りを見やると、なるほど人通りも絶えて、陽射しがアスファルトを照り付けているだけである。10年くらい前までは、お盆の時期にはそれなりに人通りもあったものだが、今は若い世代はいなくなるし、最近は年寄りもデイサービスの送迎に乗るから、年寄りも歩いていない街になっちゃってねえ…という状態になっている。高速道路が1000円になって、関西方面からの観光客が増えたのではないですか、と訊いたが、どうやらその恩恵には与っていないようである。かたや、田んぼの中のうどん屋に2時間も3時間も並ぶほど人が訪れているのに、なんとももったいない話である。(たしかに当地のうどんは、わざわざ飛行機に乗ってまで食べに訪れる価値はあるが)

さて、引田の街は碁盤目状に道が通じていると先に書いたが、メインストリートは海と並行にはしっている。そして、直交する路地からは、海が家並の間にちらりと見える。そのチラリズムに幻惑されつつ路地を海に向かう。

小さな港である。お盆の今は人影もなく閑散としているが、みっしりと並んだ漁船をみると、ふだんは活気ある漁港なのかもしれない。

港は、両サイドから半島が伸びていて、いかにも天然の良港と見受けられる。背後の山が風除けにもなるだろうし、湾に入り込めば鳴門の渦潮の影響もないだろうから、その昔は賑わうのも当然だろう。いまは、穏やかな海と、前面に枯山水のように配置された島を望む、静かな港である。水面に反射した光が、漁船の船腹にきらきらとマーブル模様を描いて揺らめいている。眠たくなるような午後の静けさを破って、一艘の漁船がエンジン音を湾内にとどろかせながら、防波堤の向こうに消えていった。

同行者
一人旅
交通手段
JRローカル
  • 引田駅。小さなローカル駅から、街歩きが始まります。

    引田駅。小さなローカル駅から、街歩きが始まります。

  • かめびし醤油の建物。べんがら色の壁が特徴的です。

    かめびし醤油の建物。べんがら色の壁が特徴的です。

  • 香川とくればうどん! おいしくいただきました。

    香川とくればうどん! おいしくいただきました。

  • 伊能忠敬も滞在したという客間です。

    伊能忠敬も滞在したという客間です。

  • 引田の町の瓦屋根は、丸瓦が特徴的です。巴が逆回りになっているのが混じっていますが、分かりますか?

    引田の町の瓦屋根は、丸瓦が特徴的です。巴が逆回りになっているのが混じっていますが、分かりますか?

  • 中村朝夫氏。右にあるのが、日展に入賞した作品です。

    中村朝夫氏。右にあるのが、日展に入賞した作品です。

  • お盆で静まり返った漁港。魚市場の前の岸壁を、鳥が悠々と歩いていました。

    お盆で静まり返った漁港。魚市場の前の岸壁を、鳥が悠々と歩いていました。

  • 船腹に映える波の光が、とても印象的でした。

    船腹に映える波の光が、とても印象的でした。

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