1996/06/30 - 1996/07/29
43678位(同エリア51688件中)
ひでっくさん
グレイハウンドバスで29日間のアメリカ1周旅行
目的はLAドジャースで活躍する野茂選手を見ること。
大好きな映画ロッキーの舞台フィラデルフィア訪問
さらにはアトランタオリンピックの開催中のアトランタを訪れ、
なんでもいいからオリンピック観戦。
そして旅のハイライトはオーランドでのオリンピックサッカー
日本五輪代表の試合観戦。
不安いっぱいの中、初の海外一人旅。
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6月30日 (サンフランシスコ)
午前9時45分、10分遅れのサンフランシスコ行きバスでアルケーターを出発。これからの旅への不安と期待で胸がふくらむ。S.F.で夕食のためダウンタウンへ向かう。途中、ゲイの行列に遭遇する。びっくりしたが、これからの旅が面白くなるような気がした。22:00発のロスアンゼルス行きのバスに乗り込む。初めての夜行バスなので、少し緊張した。バスターミナルを出ると、満月だった。ベイブリッジがライトアップされていて、とてもきれいだった。
7月1日 (サンディエゴ)
早朝ロスに到着。まだ真っ暗だった。スペイン語ばかり聞こえる。そのままサンディエゴへ、部屋を取ってさっそく市内観光。バスツアーに参加するが、1度も下車しなかった。そしてジャックマーフィースタジアムへ、試合前の練習で野茂見た。感激。試合前なぜかテコンドーの演舞をやっていた。試合は3本のホームランの飛び出したDODGERSの圧勝だった。帰りのバスのりばを聞いたら。日本語で「シタマチですか?」と言われた。ダウンタウンの日本語訳は「下町」らしい。宿に戻ると部屋中ごきぶりだらけだった。2泊するつもりだったが、明日出ることにする。 -
7月2日 (ティファナ、メキシコ)
メキシコの国境の町ティファナへ、アメリカ出国、メキシコ入国ともにノーチェックだった。必要ないのにメキシコペソに両替し、使い切るのたいへんだった。切手求め歩き回るが見つからず。おまけに、バスストップ前でおもいっきりこけた。歩いていると、「コンニチワ、チョットマッテ、ミルダケタダ、シャチョウサン」とどの店の前でも声をかけられた。どうやらこの4つの日本語だけはみんな覚えているらしい。やはりアメリカの街とは雰囲気が違った。ロスに戻り、フラッグスタッフをめざす。
7月3日 (グランドキャニオン)
朝7時フラッグスタッフ着。バンでグランドキャニオンへ。日本人7人、オーストラリア男性、ドイツ人女性、メキシコ人女性の計9人のツアー。約2時間で到着。ケイイチと一緒に歩いた。彼は1年間ロスに語学留学していて、学校を終えて、帰国前に1ヶ月アメリカ国内を旅している。27歳。この日で出発して4日目らしい。昨晩バス泊のせいか、歩き回ったのでかなり疲れて頭痛くなってきた。そのうえ3時頃から、風が強くなりほこりまみれになった。帰りのバンの中で残りの日本人女性5人組と仲良くなった。彼女たちはバンクーバーでのワーキングホリデー中で今回アメリカ西海岸をバスで1週間旅している。ラスベガス、グランドキャニオン、そしてディズニーランドという予定で、なんとバンクーバーを出てまだ1回しか泊まってないらしい。つまり1回しかシャワー浴びてないと言っていた。実にたくましい。7人とも同じバスに乗るので、それまで一緒に過ごす。怪しい中華料理屋でチキンチャウメンおいしかった。ディーポに戻ると、頭痛と疲れがピークになりつらかった。0時前フェニックス行きのバスに乗る。 -
7月4日 アメリカ独立記念日(ロサンゼルス)
午前3時前にフェニックス着。ケイイチはヒューストンへ向かうのでここで別れた。ロサンゼルス行きは3時20分発だったが、2時間遅れでバスがきて、しかも定員オーバーで乗れなかった。次の6時15分発に乗れたがもう明るくなっていた。サボテンが見えたり、いかにもアリゾナ州といった風景だった。途中でくさいヒッピー風ばばあ降ろされた。本当にくさかったよあの人は。15時50分やっとのことでロスアンゼルス到着。ここでバンクーバーの5人と別れる。彼女たちはディスにーランドへ、この旅最初で最後の連泊だと言っていた。STUDIUM INN MOTELにチェックイン。ドジャースタジアムまで歩いてチケット買いに行くがSOLD OUTだったので、明日のだけ買う。売場の人が「NOMO should pitch tomorrow.」と言ってくれた。
7月5日 (ロサンゼルス)
リトルトーキョーへ行く。紀ノ国屋書店で立ち読みし、定食屋でそうめん食べた。あまりの暑さに髪を切ることに、リトルトーキョー中の床屋にいく。ここのおじさんはもう30年近くここでやっているらしい。17時前ドジャースタジアムへ行くためにバスストップへ、が、待てども待てどもバスは来ず。ついに待ちきれなくなり、DASH route B でチャイナタウンまで行き、そこから走り回って、試合開始15分前にやっとスタジアムに 到着。ほっとしたのもつかの間、球場の中でまた迷う。恥を捨て、日本人の案内係にたずね、席に着いたとき、国歌斉唱始まった。NOMOへの歓声の大きさと、日本人の多さには驚いた。ドジャースタジアム生のNOMOを見られてかなり興奮した。いままでテレビで見ていた場所に実際にいるのだと思うと感動した。試合は8対1でドジャースの勝ち、NOMOは八回一失点で勝利投手に。大大満足でモーテルに戻る。
7月6日 (ロサンゼルス)
ロッカーでまたトラブル、レシート出てこなくてあけるとき10ドル必要。今日もドジャースタジアムへ、おみやげ$68も買ってしまった。ポストカード1枚2ドルもするとは思わなかった。試合は8回裏にPIAZZAの逆転2ランホームランが飛び出し、3対2でドジャースの勝ち。内容、興奮度では今までの中で1番だった。その後再びリトルトーキョーへ行き、天丼とぜんざい食べた。20時発のバスでいざラスベガスへ!! -
7月7日 (ソルトレイク)
1時30分ラスベガス着。眠たくて夜景よく見られなかった。街には出ずに6時30分のバスに乗る。隣の席のおじさんはコリアンのようだが日本語が話せる。途中の景色はすばらしく、グランドキャニオンの下を通っているようだった。とても眠たかった。16時40分ソルトレイクシティー到着。マウンテンタイムゾーンに入ったので、時計を1時間進める。20分ほど歩いて6人部屋のドミトリーにチェックイン。スイス人男性としばらく話をする。彼はホテルマネージメントの学校を卒業して、現在求職中。この後ミネアポリス、トロントへ行く。英語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語を話せるらしい、すごい!
7月8日 (ソルトレイク)
モルモン教の総本山であるテンプルスクウェアーを見学。モルモン教徒は「人間は成長するために生きている。」と考えているそうだ。オルガンコンサート素晴らしかったが、眠くなってしまった。疲れがたまってきたのか体調あまりよくない。洗濯して寝る。
7月9日 (ソルトレイク)
今日はやることなく、1日中ショッピングモールをぶらつく。日本食のファーストフードで食べたSukiyaki Beefはとてもおいしかった。ディーポでスイス人とアドレス交換してデンバーへ。
7月10日 (デンバー、ロッキー国立公園)
7時15分デンバー着。ツアーバスでRocky Mountain National Parkへ。景色はとても素晴らしく感動した。途中、駐車場から展望台への階段があり、上まで行ったがすぐ息が切れた。かなり高いところだったので酸素が薄かったのだろう。デンバーで1泊するつもりだったが、やめて先に進むことにした。セントルイル行きのチケットを持ち、バスに乗り込む。 -
7月11日 (セントルイス)
昨晩は今までのバス泊の中で1番よく眠れた。熟睡できて、夢まで見た。だいぶ慣れてきたのだろう。バスから地平線が見えた。どこまでも続く大地を眺め、アメリカの大きさ、広さを感じた。12時30分カンザスシティー着。また時計を1時間進めた。7時前にセントルイス着。どうしてもアーチ見たかったので、タクシーチャーターしてアーチへ向かう。めちゃめちゃでかかった。写真撮ろうとしたが収まりきらないのでしばらく歩く。ポストカード買えなかった。タクシーでディーポに戻る。チケットもらいに行くが必要ないと言われ、シカゴ行きに乗ろうとしたら、チケットがないとだめと言われ乗れなかった。シカゴをとばし、一気にデトロイトに行くことにし、再度チケットカウンターに行くが、「Don’t worry」とか言ってくれなかった。つっかかったが相手にしてもらえず1時間後のニューヨーク行きで再びトライ。アメリパス見せると待っていろと言われ、最後の一人でなんとか乗れた。乗れたものの、降ろされるのではと不安になり、早く出発してくれと祈るような気持ちで出発を待つ。定刻1時間遅れの1時15分セントルイス脱出。
7月12日 (デトロイト)
バス泊にもすっかり慣れたようで、今朝も熟睡。8時30分デイトン着。聞いた事なかった町だが、かなり大きな町だった。デトロイト行きバスは10時発だから時間あるなと思っていたら、ディーポの時計は9時30分だった。ついにイースタンタイムの所まで来たなんて感慨にふけっているまもなく列に並ぶ。チケットもらう時間なかったので、アメリパスで挑戦、なんとかOK。14時30分過ぎにデトロイト着。しばらく町に中をぶらつく。ビジターインフォメーションのおばちゃんとてもいい人だった。川沿いでアイス食べながら、対岸のカナダの町を眺めていた。その後歩いてタイガースタジアムへ、試合はさすが現在ダントツ最下位のタイガースだけあってプレーに覇気がない。おめあてのフィルダーもいいとこなく面白くない。5回終了時Y.M.C.A.の音楽にのせてグランド整備が始まった。♪Y.M.C.A.♪のところになると整備員がふりつけをするというパフォーマンス、今日見ていて1番面白かった。試合途中だが歩いてディーポに帰り、トロント行きのバスを待つ。カナダドル全く持ってない、しかも明日は土曜日で銀行はやってない。まあなんとかなるでしょう。
7月13日 (ナイアガラ、カナダ)
1時20分デトロイト発。珍しく乗客はあまりいない。カナダのイミグレーションでスタンプ押してもらう。気がついたらトロントだった。今日も熟睡。カナダドル持たずに歩き始める。バンキングマシーンを発見、だめもとでBank of Americaのカードでトライしてみると、引き出せるやんけー。朝食食べる。8時45分ナイアガラへ向け出発。ついてみてびっくり。とにかく観光客が多く、また観光客相手の店の多いこと多いこと。とりあえず部屋を探す。4日連続バス泊なので今日はどうしても泊まりたかった。滝から離れたところにあるB&Bに泊まることに、部屋はとてもおしゃれ、男一人で来るところではないと思った。4日ぶりにシャワー浴び、滝観光。人が多くて頭が痛くなってきた。The Maid Of Mist号に乗り、滝の水を浴びる。6時頃部屋に戻り爆睡。
7月14日 (ナイアガラ → バッファロー)
久しぶりにベッドで寝て、本当によく眠れた。そして今回の旅で一番豪華な朝食。トーストにベーコン、トマトにスクランブルエッグ。クロワッサンにオレンジジュース、紅茶。いや〜満腹満腹。チェックアウト時オーナーに「昨日より元気になったね、昨日は本当に疲れていたね。」と言われた。レインボーブリッジを渡り、三度アメリカへ。バスでバッファローへ、昼食及び暇つぶしのため町を歩くとやたら人が多い。今日はお祭りの日のようだ。屋台がたくさんでていて、その名も”Taste Of Buffalo“フライドライスとホットドッグ食べた。今日は食事に恵まれている。次の目的地をボストンに変更、しかしバスがなかなか来なくてイライラした。 -
7月15日 (ボストン)
9時00分ボストン着。地下鉄のってウロウロするが面白くない。チェックインタイムの3時30分にユースに戻り、速効シャワー浴び、洗濯。ユースのまわりを散歩していたら、Ball Parkの照明が見えたので、早速行ってみる。立見のチケット$9しか買えなかた。REDSOX対YANKEESの伝統の一戦。西海岸の試合とは少し雰囲気が違った。7回裏まで見て席を立つ。明日はいよいよN.Y.だ!
7月16日 (ニューヨーク)
7時頃のバスにアメリパスとパスポート見せ乗り込む。途中渋滞に巻き込まれ、30分遅れの12時00分ニューヨーク到着。ついに来たぜニューヨーク。なにもかもがいままでの町とは違う。人の多さ、街の大きさ、活気、エネルギー、圧倒されてしまう。どこへ行っていいのか見当もつかない。とりあえず泊まる所をと思い歩き始めると、どこかで見た後ろ姿が、ケイイチだ!グランドキャニオンで会った。すぐにこえをかける。いや〜アメリカも広いようで狭いもんだ。しっかしこいつはたまげた。いっしょにユース行こうということになった。助かった。チェックインし、二人でチャイナタウン、リトルイタリーをぶらつきブルックリン橋からの夜景を見るために地下鉄に乗る。最初は怖かったが、別に危険は感じない。橋からの夜景はすばらしく、小さくはあるがThe Statue Of Libertyが見え感動。22時前に地下鉄に乗り、駅からも歩いたが全然OK、いまのところニューヨークの地下鉄は便利な乗り物という印象しかない。
7月17日 (ニューヨーク)
8時にケイイチとユースを出て、一路自由の女神へ、始発のフェリーに乗ったがすごい人の数だ。1時間半かけて自由の女神の王冠まで登ったが、こんなもんかって感じでがっかりした。その後ウォール街を歩き、一人になりエンパイアーステイトビルに登る。人が多くていやだったが、眺めはよかった。適当に歩いていると、ハーゲンダッツ食べたくなり、ご購入。N.Y.の街をダッツ食べながらユースに戻る。夜、ユースの近くにあったインド人の店でカレーたのむ。ソーダつけて$3.50は安い。それなりにインドカレーぽくっておいしかった。 -
7月18日 (フィラデルフィア)
朝、ポストオフィスに寄り、荷物を送って地下鉄でバスターミナルへ。2時間後、ついについに来たよフィラデルフィア。この旅の一番の目的は映画ROCKYの舞台を訪れる事。ディーポを出て最初にとびこんできたのは市庁舎タワー。街並みはさすがに歴史を感じさせる。はやる気持ちをおさえ、まずは部屋を確保。ペンシルベニア大学近くのホテルにチェックイン。バス付きシングルで$30ちょっと。フィラデルフィアではすこし贅沢したい気分だったので奮発した。歩き始めると雨が降ってきた。今まで一度も降らなかったのに、なんでよりによってここでと思いながらまずロッキーの銅像を見に行く。映画の中とは違う所にあるので「あ、あった。」ってかんじだった。誰かに写真とってもらおうとしたが、人通りが少なく苦労した。
7月19日 (フィラデルフィア)
朝、目覚めて外を見ると今にも雨が降り出しそうだった。かんべんしてくれとおもっていたら、降り出した。しかもかなり強く、雷までなりだした。なんてこっちゃ。10時頃小降りになったのででかける。ロッキーの舞台のハイライトともいえるフィラデルフィア美術館の前には晴れているとき行きたいので、まずはショッピングモールで昼食。Shrimp Tempura食べる。地下を歩いていると日が射してきた。外は、すっかりいい天気になっていたので、すぐに美術館に向かう。ついに長年の夢がかなう時がきた。美術館が自分の目に飛び込んできた、あとはひたすらまっすぐ歩くだけだ。頭の中ではロッキーのテーマがぐるぐる回っていた。はやる気持ちをおさえながら階段をのぼり、そして街を眺めた時の感動といったら言葉に表せないものがあった。ついにここに来た。小学生の時初めて見て、多大な影響を受けたROCKYの舞台にいま自分が立っているのだと思うと興奮せずにはいられなかった。写真撮りまくった。本当にアメリカに来てよかった。
7月20日 (ワシントンDC)
予定より一本遅いバスでワシントンD.C.へ向かう。到着後すぐにケイイチが薦めていたFBIビルに向かう。観光客らしき人ぜんぜんいないのでおかしいと思ったら。今日は土曜日だ。土曜はやってないらしい。その後ホワイトハウス、リンカーン記念館、国会議事堂をへとへとになりながら歩いた。のどはカラカラ、足は疲れて動かない。なんとかユニオンステーションまでたどりつき、レモネードの一番大きいサイズを飲みほした。めちゃうま。次の目的地はいまオリンピック開催中のアトランタ。定員オーバーで乗れず、一瞬フェニックスでの悪夢が頭をよぎったが、すぐ次が出た。おかげで2席独占できた。Lucky! -
7月21日 (アトランタ)
アトランタには朝の8時に着いた。荷物持ったまま歩き出す。まだ朝早いからかオリンピック開催中の街とは思えないくらい静かだった。しばらく歩いていると公園があった。そこにオリンピックセンターみたいなのがあって、ベースボールと柔道そして念願のサッカーのチケットかうことができた。その後オリンピックグッズ買ったり、ワールド・オブ・コカコーラ行ってコーラ飲みまくった。夕方、日本対キューバの野球の試合を観戦。2回終わって6対1。しかしここから日本の反撃が始まって9回を終わって6対6の同点。10回表、日本が1点入れて大金星かと思われたがその裏キューバは2点を入れ、日本のサヨナラ負け。帰りは11時をまわっていたが歩いてディーポまで戻る。明日もオリンピックを見るつもりだがもちろん泊まるとこない、さてこれからどうしよう。
7月22日 (アトランタ)
朝までディーポですごすことにする、というかそうするしかない。メキシカンや所沢市民の日本人と話していたら5時になっていた。それからちょっとベンチの上で寝る。朝8時頃目が覚め、オリンピックセンターに向け歩き出す、途中英語の上手な韓国人と一緒になる。チケット売り場教えたところで別れる。柔道の会場へ、そういえば今日バレーボール女子「日本対ウクライナ」があることを思い出す。ダフ屋に聞くと$50とのこと、交渉し$5まけてもらい$45で購入(定価$22)。まず本日の初戦の柔道会場へ、バルセロナ五輪金メダリストの吉田選手の登場、ところがあっさり1回戦で1本負け、日本女子選手も1回戦負け。会場で見つけたソウル五輪金メダリストの斎藤氏と写真取り会場を後に、次はバレーボール。入場時韓国対中国の試合を行っていた。フルセットの接戦の末、どっちが勝ったかは覚えていない。そして日本の登場。大林、吉原等知っている選手が目の前でウォーミングアップしている。なかなか感動。試合は日本のストレート勝ち。本日の最後はウエイトリフティング。特に興味があったわけではないが決勝戦のチケット(表彰式が見たかった)を買えたのはこれだけだったので行ってみた。前半の予選はつまらなく、昨日の寝不足がたたり途中ウトウトしてしまった。しかし後半の本選は大接戦。一人が世界新を出し、これで金メダル確定かと思いきや、なんともう一人がそれよりさらに重いものを挙げ世界新記録。ところがところが最初の選手が5分前に自分が出した世界新をさらに塗り替える重さを持ち上げ大逆転金メダル、もちろん世界新記録。いやーほんとに凄かった、場内大興奮。表彰式も見られたし、なにより五輪史上に残る素晴らしい試合に立ち会えた満足感でいっぱいだった。バスターミナルに戻りオーランドへ向かうバスに乗る。 -
7月23日 (オーランド)
オーランド着、バスターミナル周辺にはなにもなく仕方なくタクシーでユースに向かう。タクシーに乗るのは初めてだったが中国系のドライバーが陽気で不安な気分が吹っ飛んだ。ユースにチェックイン。デポジット先払いと言われたがタクシー代払って現金が全くなくなってしまい急いでATMに行きお金下ろした。いよいよこの旅のメインイベントでもある五輪サッカー日本代表の試合だ、対ナイジェリア。会場は3分ほどしか埋まっていない、はるばる日本から駆けつけたサポーターがほとんど。席に着きびっくり、こんないい席日本じゃ絶対取れないと思うほどいい席だった。五輪なので試合前の国歌斉唱はなし。試合は2−0でナイジェリアの完勝。試合後バス、タクシーを探すが見つからず思い切って歩いて(走って)帰る。暗いし、誰もいないしめちゃくちゃ怖かったがなんとか無事ユースに到着。翌日現地人にその辺は昼でも近づくな、殺されるぞと言われぞっとした。
7月24日 (オーランド)
朝、ユースで同室だったナイジェリア人に「Japan is very good strong.」と言われ複雑だった。話を聞くと彼はナイジェリアのTV局のスタッフでオリンピックのナイジェリアチームの取材に来ているとのこと、取材に来ていながらユースに泊まっているのかと思うと考えさせられた。その後ケネディー宇宙センターのツアーに参加。それなりにおもしろかった。 -
7月25日 (オーランド)
今日はこの旅最後のイベント、オリンピックサッカー「日本対ハンガリー」戦観戦だ。これが終わると後は帰るだけ、昼前にチェックアウトし、バスでバスターミナルに行きロッカーに荷物預け試合会場へ、今日も23日同様たくさんの日本人サポーターが駆けつけていた。試合は前半、前園のPKで1点入れたものの後半終了間際まで2−1とハンガリーのリード、来る前の期待が大きかっただけに2試合通していまいちの試合内容にやるせなさを感じていたところ上村の同点ヘッド、さらにロスタイムに入っての前園の逆転ゴール。スタンドの日本人は大盛り上がり、最後の最後に大興奮させてもらった。心から満足しタクシーを待つ。日本人3人とシェア。2人組は市内のモーテルへ。その後もう一人の空港に行くという日本人と話をする。と、な、なんと「Number」のライターだった。名前を聞くとなんとあの金子達彦氏である。「ナンバーの記事楽しみにしています」と挨拶しタクシーを下りた。あとはひたすら帰るだけだ。バスの中で日本人女性と隣になった、少し話をしたが眠くなってきたので寝た。
7月26日〜29日(オーランド〜アルケータ)
フロリダからカリフォルニアへグレイハウンドバスに乗り続ける、ヒューストン、フェニックス、ロサンゼルスなどでバスの乗り換え。ロスのターミナルで体重計ったら1ヶ月前と比べ5kgもやせていた。オーランドを出て3日目の夜、サンフランシスコ着。ダウンタウンまで行この旅最後の夕食。日本食レストランでうどんとカレーライスのセットをいただく。レストランの読売新聞でアトランタのオリンピックパークで爆弾テロが起きたことを知る。つい数日前に訪れた場所だけに非常に驚いた。4日目の朝6:00過ぎオーランドを出発して78時間、アルケータに無事到着。
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