2005/12/11 - 2005/12/12
96位(同エリア105件中)
重兵衛さん
2005年12月11日と12日,越前の国を歩いてきました。この季節には珍しい(と思う)雪に阻まれながらも,司馬遼太郎の「街道をゆく18 越前の諸道」(朝日文庫)を片手に,越前のそこかしこを,いつもながらの史跡巡りと,信仰を巡って旅をしました。
1日目(12月11日)
白山神社・平泉寺(表紙写真)
前日に,加賀温泉で4班忘年会をして,この日の午前は安宅の関など,加賀の南を歩いた後,みんなと別れて,私の国宝の師匠であるY氏とともに,一路高速道路を越前へ。丸岡ICで降りて,九頭竜川沿いを東の白山の方へと下る。だんだん雪が多くなっていくのがわかる。
勝山のコンクリート造りの城と大仏殿に脱力した後,白山神社・平泉寺へと向かう。
白山神社・平泉寺は,戦国時代までは越前でもかなりの隆盛を誇っていたとのことだが,一向宗との闘争により衰微。それでも,現在でも白山信仰の重要な神社といえる。
司馬さんの本によれば,京都の苔寺などよりも見事な苔が菩提林一面に広がっているというので期待していったら,ごらんの通りの一面雪。まあ,この雪が苔をはぐくむとのことなので,今度は夏にでも来てみようと思ったのでした。
問題は,拝殿までの除雪が一切なされていないこと。15センチほど降り積もった雪の中を,文字通りかいくぐってようやっと拝殿へ。白山神も御照覧あれ。やっぱり今度は夏に来ようと決意したのでした。
宝慶寺
白山神社から麓の勝山に降りて,遅めの昼食を取る。「福そば」で,越前そばとソースカツ丼のセット。
その後,今回の旅のメインでもある曹洞宗・宝慶寺へと向かう。田んぼや集落を抜けて,時期に林の中を通る道へと続く。宝慶寺は,地図を見ると,冬季通行止め区間の近くであったため,行けるかどうか危ぶまれたが,途中の道には,ほとんど雪がなかったため,楽勝!と思っていたら,最後の最後で,雪の坂道。それでも,レンタカーのヴィッツで何とかたどり着きました。水の流れる坂を上ると,そこには確かにお寺がありました。境内もごらんの通りの雪。午後も遅い時間であったためか,あたりは静寂に満ちあふれていて,これぞ禅の修行のためのお寺,という感じ。
宝物館があるということだったが,そこまでは雪が積もっている。あきらめて帰ろうとも思ったのだが,せっかくだからと声をかけたところ,雲水さんが出てきて,なんと4,5人で雪かきまでしてくれて案内していただきました。ここには,道元禅師直筆の自画像(教科書などに載っている)があるのです。また,開山の寂円禅師の頂相もある。
その後,本堂の座禅堂と位牌堂まで案内していただく。「冬は来客がほとんどないので,座禅に専念できるのです。」とのこと。本当に,おじゃましてすいませんでした。「次は夏に座禅にいらしてくださいね。」と誘われました。ここの座禅修行は,永平寺などよりもずっと厳しいとのことなので,覚悟を決めて,やりたいなと。今度は夏に来ようと決意したのでした。
Y氏とは福井で別れ,その日は福井泊まり。夕食はお寿司でもと思ったのだが,日曜日のため,めぼしいところはお休み。そこで,名物のソースカツ丼を食べることに。(まあ,最初から,寿司を食べたあとに行くつもりではいたのだが)。薄目の小さいカツが6枚ほど,それがウスターソースに漬けてあって,ご飯の上に乗っている。見た目が卵とじのカツ丼ほど華やかではないので,少し馬鹿にしていたのだが,これが飽きが来ないでうまいのである。もっとも,大野で食べた方が,米がおいしかった。
そのあとで,居酒屋に入り,鯖寿司など。焼き鯖寿司がうまかったです。
2日目(12月12日)
福井市内
朝早く起きて,小雪が舞い散る中を朝食前に福井城のあたりを散策。石垣には,昭和27年の福井地震の傷跡が残されている。しかし,大手門跡付近にある,結城秀康像は,なんというか,不細工?
朝食後は,左内公園,柴田神社(北の庄城跡)などを回り,一路織田町へ。そういえば,福井の道路は,地下水をくみ上げて,スプリンクラーで撒くことで融雪をしている。これが盛岡ならば,撒いた水がすぐに凍るか,そもそも配水管が凍って,水が出ないかだろう。さすが越前。
織田剱神社
旧織田町(現在は越前町の一部)に入ったときには,雪がかなり降り積もってきた。目指すは織田剱神社,と思っていたら,カーナビが何を勘違いしたか,神社など何もない山間部へ。気を取り直して,地図を頼りにどうにか到着。
この織田剱神社は,越前二宮という由緒正しい神社であるが,織田信長の先祖がここの神官だったことで有名。織田家の先祖は,守護の斯波氏が成り上がりの朝倉に追い出された際に,これを守って,尾張に行ったのである。(もっとも,下克上でその後は織田氏が斯波氏を凌駕したが)。それ以来,朝倉と織田は仲が悪いとされている。 このような縁により,織田町は信長公祖先の地ということで,商工会議所前には信長の像まで建っている。
それはともかく,この織田剱神社,さすがにその社殿は立派で,社域の木も大きく,歴史を感じさせる。
越前陶芸村
その後,越前陶芸村へと向かう。途中「平等」という部落を通った際,司馬さんの本に出てくる輪積みの「藤田重良右衛門さん」の窯元でもないかなと思って歩いたが,さすがに見つけられなかった。その代わり,地域のコミュニティセンターのようなところで,輪積みと思われる大きな壺を見ることが出来た。
陶芸村は,冬のためか,ほとんどの施設が閉鎖され,駐車場も雪が降り積もっている状態だったので,おみやげ屋さんで,越前そば用の器を買っただけでした。
武生
司馬さんが立ち寄ったというそば屋がある武生市へ。町中をかなりぐるぐる回ったのだが,なかなか見つけられず,やっと見つけたと思ったら,本日休業。残念!
それでも,市内にある越前一宮と国府跡,国分寺跡などを見る。また,この武生は,いわさきちひろの生誕地だということを知り,生家跡にも行ってみる。(残念ながら,土日しか開いていないようだった。)
丸岡城
雪がかなり激しくなってくる中を,高速道路で丸岡まで戻る。1日目には見なかった丸岡城を見るためだ。高速のSAで越前そばを食べたのだが,少し足りなかったので,丸岡城の前の売店兼食堂で越前そばを食べる。ここの越前そばは,今まで食べた中でも,特にうまかった。
この丸岡城は,日本最古の天守閣ということで,(一部城マニアの間では)有名である。現存する天守閣は,小振りながらも優美で,しかも,丸岡の市内からでも結構見える。おらが町の城を誇りに思うのは全国どこでもあることだが,この丸岡の城はその中でも大切にされているのではないか,いや,大切にしなければならないのではないかと思う。
天守閣には登ったものの,雪と寒さのため,庭園までは見学するのは断念。
三国湊
飛行機までの時間が余ったので,その辺の温泉には行って時間をつぶそうとも思ったのだが,空が晴れてきたため,思い切って三国港まで行くことにした。岩手に住んでいる者からすれば,平地を20キロというのはたいした距離ではない。
三国湊では,九頭竜川が,海に注ぐところを見ようと思っていったのだが,到着したあたりから,強風と雹がすさまじく,写真を一枚撮るのがやっとであった。
さらに,丘の上にあるみくに龍翔館に行き,司馬さんが感心したという,千石船の模型を見学。確かに良くできている。前日に,加賀の千石船長者の家を見ていたので,感慨もひとしお。
ここで,結構いい時間になってきたので,一路空港に向かう。
心残りは,冬の越前まで来たのに,越前ガニを食べなかったことかな。まあ,それは次回の楽しみということで。
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