2009/06/13 - 2009/06/13
451位(同エリア522件中)
貝坊主。さん
かねてから行きたい行きたいと
熱望しとった大久野島に渡りました。
悲しい歴史のあるこの島に
かわいい野うさぎがたくさん暮らしていると
聞きました。
広島在住の旅の相方も
過去に訪れたことがあるとかで。
ぼくらの私たちの。
過去の歴史を振り返る旅覗く旅の
始まり始まりー。
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 船 JRローカル
-
山陽本線は今だ乗り方がよくわからないのです。
平行して走っている列車があったりなかったり。
間違いながらも走る列車に乗るというのは
旅をする者の特権とさえ感じてしまいます。 -
三原駅から呉線に乗り換えます。
瀬戸内の写真とタコを模した駅の看板。
なんだかやっぱし・・・瀬戸内だ。三原駅 駅
-
その三原駅のホームの先端部からは
瀬戸の島と海が眺めることができるのです。三原駅 駅
-
呉線広行き列車。
床屋さんのくるくるポール?のような配色。
ワンマン運行です。
開くドアに注意が必要です。 -
広島ったらカープっしょ。
カープカステラ400円。
小技が効いてるカステラ。
グローブ・帽子・ボールなどなど。
9個も入っておりましたので
2人分のおやつには最適です。
こいのぼり風のきんちゃくの口から
取り出すということがちょっとエグイです。(笑 -
大久野島へは呉線忠海駅から徒歩5分の場所にある
忠海港からフェリーや船が出ています。
但し大久野島にはコンビニなどがないため
食べ物飲み物を調達する必要があります。
この先にセブンイレブンがあるので
我らはそこで昼食など調達。
そして忠海港ドックへ向かいます。忠海駅 駅
-
大久野島へは片道210円。
ここで往復の切符も購入できます。 -
我らの乗った船はこの小型旅客船でしたが
大型の車も乗り込めるフェリーもあるようです。
ただ大久野島は車は持ち込めません。
ちなみにペットも持ち込めないみたいです。 -
相方。瀬戸内海を眺める。の図。
近くの波を見ていると船の揺れに酔ってしまうので
なるたけ遠くの島を眺めると良いようですよ。 -
出航後の船内から本州忠海を。
絵になる後姿のこの男性は
自転車を持ち込んでいました。忠海駅 駅
-
船内はこんな感じ。
客室は操縦室の前側と後ろ側にあります。
定員100名。
出航するとすぐに救命胴衣の置き場所の説明放送があります。
念のため確認。
ちっちゃい子供連れの家族が多かったです。 -
大久野島到着。約15分の船旅です。
第二桟橋ドックをパチリ。
青いバスは島内唯一の宿泊施設休暇村行きのシャトルバス。 -
我らは日帰り旅行なので
桟橋付近の東屋を眺めてから
てくてく歩き出します。 -
この島の入り口付近からもううさぎさん登場。
用意していった人参3本、キャベツ1/4を入れた袋をガサガサするだけで。
寄ってきます。駆けて来ます。 -
いやぁ。ホント。
あちらこちらに。
うさぎの群れが。 -
食ってます人参。
エサは自由に与えることができるので
持っていくことをオススメします。
うさぎのペットフードも休暇村で販売してるようですがあらかじめうさぎが好みそうな野菜を用意するのがいいようです。
エサを与える際、注意していただきたいのは・・・
スナック菓子。小さな体のうさぎ達には塩分が強烈なので与えないほうが賢明ですね。 -
食べ終わると去るモノもおりますが・・・。
-
日陰を見つけて昼食をとる我らに近付いてくるモノも。
-
『食べたい人〜?』
そう声をかけると寄ってきました。 -
靴の匂いをクンクン。
ちょww今キャベツをあげるから!! -
キャベツを差し出すと・・・。
-
増えるうさぎたち。(爆
いやちょっと・・・靴に足をかけるのをやめたまえ。
などと自分達の昼食も忘れうさぎにエサを。 -
おう。おまえ強いな。
他のモノを寄せつけず。独占。 -
そんなほのぼの〜な昼食をとる我らの目の前は
瀬戸内の海。釣り船がゆったり浮かんでいます。
気温はグングン上昇。
でも海があるおかげで風は涼しいです。 -
昼食休憩をとった東屋。
この人影は相方です。足元にたくさんのうさぎが!!
うさぎ使いのようです。(笑 -
昼食後。島の裏側へ散策です。
いよいよ。見えてきました。
この島の過去の姿が。
ここは砲弾を格納していた場所のようです。 -
私たちの足音に気づいてか
叢から巣穴から。
エサ目当てのうさぎたちが駆けてきます。
ここ大久野島は野生のうさぎの島であるとともに
「地図から消された島」として第二次世界大戦戦時下において化学兵器を製造していた島とされています。
主に中国大陸で使用するためにいわゆる毒ガスを製造していた島です。
当時のジュネーブ議定書で化学兵器の戦争での使用が禁止されていましたが、開発保有は合法であったため日本軍はこの島に製造工場を建設し、また戦時下においては毒ガス工場の存在はトップシークレットとされ、陸軍が発行した地図においても大久野島一帯は空白地域として扱われたそうです。
もう一つの。ヒロシマの物語があるべき場所なんです。そして私たちの子孫に語るべき過ちが残る場所なんです。 -
あのかわいらしいうさぎたちは見当たらなくなってきました。
毒ガス貯蔵庫跡。 -
大戦後、GHQの米軍や豪軍による毒ガス撤去の際、火炎放射器などで焼かれたそうで。
高く強い炎の痕跡が今でもはっきり見て取れます。 -
暑い。
そんな風につぶやきながら振り返ると
今まで目の前にあった建物がなくなってしまったと錯覚を起こすほどの。キレイで。穏やかな。
瀬戸の海。
そんな遠くない昔に。ここで。 -
小高い山のてっぺんには送電線を支える鉄塔が。
高いな。
本州から海を渡ってここに。ここから海を渡ってこの先の大三島に。
電線が長く長く海の上を渡っています。 -
少し歩くと砲台跡へ。
-
急斜面を下って行くと。
見えたものは。 -
何に向かってここから攻撃していたのでしょう。
どこに向かってここから攻撃していたのでしょう。 -
初めて見る感覚。
戦闘のあとに生い茂る木々。
つわものどもがゆめのあと。 -
また少し先を行くと。
-
中部砲台跡へ。
焼けたような痕跡。
兵器が配されていたような痕跡。
暑い。汗がしたたる貝坊主の額。 -
徹底的な除毒措置も施されたというこの島。
しかし現在でも島内地下4〜5メートルの土壌で高濃度のヒ素が検出されているようで。
島内北部の木の幹は。何のせいなのかこんな風に山吹色をしていました。 -
ちょっと見えづらい写真ですが。
濃い黄色いそして小さな実をつけたビワの木もありました。 -
相方とともに真夏のようなおてんとうさまにさらされて負の遺産とでも言うべき島の北部を歩きます。
真夏のようなのに。静かです。セミや虫などの声がありません。
唯一我らを襲ったのは・・・。
大きな大きなスズメバチです。
『早くここから行け!!』とでも言っているような
羽音とともに向かってきます。
歩くにはちょっと注意した方がいいですね。 -
砲台のある小高い丘から下ったところにこんな建物が。
これは・・・。 -
発電場です。
毒ガスを製造するための電力を作り出していた場所です。
現在はまったくの廃墟になっています。 -
壁に張り付いている蔦の類が赤茶けていて。
言葉も失う景色なのです。 -
ここから先もヒ素で汚染されているとのこと。
-
それでも青々と繁っているのは
薬味などで使われる大葉。
ここでも得も言われぬ感覚が沸いてきます。 -
おいおまえ。
ここに住んでいるのか?
しばらく見かけなかったうさぎが一羽。
誰が置いたか皿から水を飲んでいました。
昔。昔戦争の本で見た原爆投下後のヒロシマの風景を思い出しました。 -
この発電場を隠すための人工山に。
ぽっかり開いたトンネルからは。
エメラルドグリーンの瀬戸内の海が見えました。 -
忠海港ドックに戻りました。
夕方でしたので。
やはり島で働いている方と同じ時刻の船での帰路。 -
忠海港付近の景色を。
なぜだか夢中にカメラに収めていた貝坊主です。 -
呉線の線路を渡るときも。
-
同じ船から下りて家路に向かう地元のおばあちゃんの後姿を眺めているときも。
-
夕暮れの忠海駅に到着しても。
忠海駅 駅
-
古いJRの列車の『オグリローマン』という懐かしい落書きを見つけても。
-
駅でJR西日本の胸躍るようなポスターを眺めても。
-
最後に思い出すのはコイツらのことと。
あの痛々しい姿をさらけ出した島のこと。
もっとずっと。色々なことを知りたい。
不謹慎かもしれないけども。
恋焦がれる感覚と良く似てる。
そんな。非日常を再び感じた梅雨の晴れ間。
いい日旅立ち。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
竹原(広島) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
55