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あさの散策 徳島鳴門編<br /><br /> 夕方、 ホテルから見渡す山の頂に城郭のようなものが聳え立つ。<br />「城かな、確かこの辺には撫養(むや)城が、でも取り壊されたはずでは」と想いいつ、朝出かけることにした。<br /><br />あさこは疲れたのかよく眠っている。<br />あさこはもっともわたしを理解している存在である。人は自分を理解してくれる人のために生きなければならない。<br />あさこの口癖は「人はワハハハハわははは」のある家庭に育つことが大事だという。<br />そんな あさこの寝顔を見ながら、そっと扉を開けて廊下にでた。<br /><br />朝の鳴門の街は静かである。<br />撫養川は静かに流れている。途中出会った街の<br />おばさんに「あの向こうに見えるのは城ですか。」<br />と問いかけると「あれは鳥居龍蔵さんのは博物館です。とても有名な方ですよ。妙見神社もあります。300段の階段がありますよ。」<br />「ようぞう さんですか。」と幕末水野忠邦時代の<br />妖怪、鳥居耀蔵(ようぞう)が頭をよぎる。<br />「竜蔵さんです。モンゴルなどの史跡を発掘した。知りませんか。」<br /><br />確かに妙見神社、徳島県立鳥居記念博物館と 入り口に明記してある。<br />森閑とした緑に覆われた小高い丘には<br />少し肌寒い風が木々の枝を揺らすように強く吹いている。<br />木々の間に山つつじが花一輪の風情を添えている。急勾配の階段を上ると、年のためか<br />多少息切れを起こしたが、目指すは山頂である。<br /> 階段を上りきると 目の前には小さな城と静かなたたずまいを見せる妙見神社が建っている。 この山城にも長い歴史があり、また鳥居竜蔵博士にも偉大な足跡と歴史があり、いまは<br />静かに山の木々に囲まれひっそりとしている。<br />撫養城の歴史も鳥居耀蔵博士の歴史もここでは詳しく書くつもりはない。<br />民族学の世界的先駆者鳥居龍蔵博士の、空前絶後の行動力は、中国遼東半島、千島・台湾・中国南部・同東北部・朝鮮・モンゴル・シベリア・南米に及び、その考古学的・人類学的先駆的業績として再び各方面から見直されている。同時代には植物学者の牧野富太郎博士、粘菌学の南方熊楠がおり、三偉人として知られる。<br />その研究のために家族で走破した過去はまさに金字塔にも匹敵する苦難と苦闘の歴史そのものであり、熱く胸を打つ想いがこみ上げる。<br />静寂なとき 独り 眼を閉じて山の風景を想像しながら、沈思黙考すれば 時の流れは瞬間的に止まる。<br /><br />過去の様々の出来事を静かに振り返ると<br />いま 私はなぜここにいると問いかける<br />もう独りの自分がいる。<br /><br />親兄弟親戚友達すべての人間関係の中で<br />昔、ある人に言われた「孤高」という言葉が<br />ふと思い起こされた。現世来世と人はいう。<br />鳥居耀蔵さんは世界を駆け巡り、人類考古学の先駆的役割を果たし、其の功績は現世においても多くの慕う人々を持ち 其の肉体は滅びても魂は厳然と生きている。<br /> これこそがまさに偉大な人なのだろう。<br />凡人には計り知れない尺度がそこにある。<br />静かに孤高をかみ締めたい情景なのである。<br /><br />鳥居さんの生まれたこの鳴門には所処には今でも古い木造の民家建築物が残り、いまでもかすかに当時の息吹を誰かに伝えようとしている。 <br />さわやかな風がそう語っている。<br /><br />青い鳥は 案外もつとも身近なところにいるのかも知れない。<br /><br />それから再び鳴門駅に向かった。<br />昨夜、あさこと散歩したとき見た鳴門ローカル線の電車に乗ることだった。<br />急ぎ足で駅の方向に向かった。<br /><br />朝の鳴門の商店街はシヤッターを下ろしたまま、通りにはほとんど人はいない。<br />静かな街の片隅の花壇には物言わぬ、つつじの花がきれいに咲いている。 <br /><br /> 時間があまりないのでJR鳴門から池谷まで<br />所要時間往復36分ほどのローカル線の旅を楽しむ。<br />徳島行きは学生や家族などでにぎわっている。<br />バスや他の乗り物と競合しているのでこの路線は赤字なのだろう。<br />基本的にキハ40・47系以外の車両は走らないそうだ。<br />車窓から眺める広い田園風景、もう、そろそろ田植えの時期であろうか、田には一面水が張られ陽の光に反射してまばゆく広がる平野がある。<br /> のどかな風景がすきである。<br />子供の頃の山や川の風景を重ねてみているのかも知れない。<br />わずかなときの流れは光のように早い。<br /><br /> そろそろ ホテルに帰らなきゃ。<br />あさこが待っている。<br /><br />ひとつの旅でふたつを楽しむ。<br />あさの散歩と あさことのボート。<br />旅はいつまで続くのだろうか。<br /><br /> 未来永劫だけはありませんもの。 <br />いつか 時に別れを告げる<br />其のとき、孤高に達することができるであろうか。<br /> <br /><br />2009年4月27日(月)  あさやん<br /><br /><br />撫養城と鳥居耀蔵博士のサイト参考<br />http://www.h7.dion.ne.jp/~qo-sez/photo.html<br />http://www15.ocn.ne.jp/~nestplan/ryozo/index.html<br />http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B3%A5%E5%B1%85%E9%BE%8D%E8<br />%94%B5<br />http://mai-bun.hosp.med.tokushima-u.ac.jp/hyousi/torii/toriiryuuzou62.html<br />http://www.khk.gr.jp/kaiin_column_corner/column-2.pdf<br />http://www15.ocn.ne.jp/~nestplan/ryozo/10_02.htm<br />http://members.jcom.home.ne.jp/kaskoba/36_006.htm<br />http://www.geocities.jp/ikomai4koku9syu/tokusima/muya.html<br /><br />

あさの 散策 徳島鳴門編

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2009/04/25 - 2009/04/26

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浅山 (あさやん)

浅山 (あさやん)さん

あさの散策 徳島鳴門編

 夕方、 ホテルから見渡す山の頂に城郭のようなものが聳え立つ。
「城かな、確かこの辺には撫養(むや)城が、でも取り壊されたはずでは」と想いいつ、朝出かけることにした。

あさこは疲れたのかよく眠っている。
あさこはもっともわたしを理解している存在である。人は自分を理解してくれる人のために生きなければならない。
あさこの口癖は「人はワハハハハわははは」のある家庭に育つことが大事だという。
そんな あさこの寝顔を見ながら、そっと扉を開けて廊下にでた。

朝の鳴門の街は静かである。
撫養川は静かに流れている。途中出会った街の
おばさんに「あの向こうに見えるのは城ですか。」
と問いかけると「あれは鳥居龍蔵さんのは博物館です。とても有名な方ですよ。妙見神社もあります。300段の階段がありますよ。」
「ようぞう さんですか。」と幕末水野忠邦時代の
妖怪、鳥居耀蔵(ようぞう)が頭をよぎる。
「竜蔵さんです。モンゴルなどの史跡を発掘した。知りませんか。」

確かに妙見神社、徳島県立鳥居記念博物館と 入り口に明記してある。
森閑とした緑に覆われた小高い丘には
少し肌寒い風が木々の枝を揺らすように強く吹いている。
木々の間に山つつじが花一輪の風情を添えている。急勾配の階段を上ると、年のためか
多少息切れを起こしたが、目指すは山頂である。
 階段を上りきると 目の前には小さな城と静かなたたずまいを見せる妙見神社が建っている。 この山城にも長い歴史があり、また鳥居竜蔵博士にも偉大な足跡と歴史があり、いまは
静かに山の木々に囲まれひっそりとしている。
撫養城の歴史も鳥居耀蔵博士の歴史もここでは詳しく書くつもりはない。
民族学の世界的先駆者鳥居龍蔵博士の、空前絶後の行動力は、中国遼東半島、千島・台湾・中国南部・同東北部・朝鮮・モンゴル・シベリア・南米に及び、その考古学的・人類学的先駆的業績として再び各方面から見直されている。同時代には植物学者の牧野富太郎博士、粘菌学の南方熊楠がおり、三偉人として知られる。
その研究のために家族で走破した過去はまさに金字塔にも匹敵する苦難と苦闘の歴史そのものであり、熱く胸を打つ想いがこみ上げる。
静寂なとき 独り 眼を閉じて山の風景を想像しながら、沈思黙考すれば 時の流れは瞬間的に止まる。

過去の様々の出来事を静かに振り返ると
いま 私はなぜここにいると問いかける
もう独りの自分がいる。

親兄弟親戚友達すべての人間関係の中で
昔、ある人に言われた「孤高」という言葉が
ふと思い起こされた。現世来世と人はいう。
鳥居耀蔵さんは世界を駆け巡り、人類考古学の先駆的役割を果たし、其の功績は現世においても多くの慕う人々を持ち 其の肉体は滅びても魂は厳然と生きている。
 これこそがまさに偉大な人なのだろう。
凡人には計り知れない尺度がそこにある。
静かに孤高をかみ締めたい情景なのである。

鳥居さんの生まれたこの鳴門には所処には今でも古い木造の民家建築物が残り、いまでもかすかに当時の息吹を誰かに伝えようとしている。 
さわやかな風がそう語っている。

青い鳥は 案外もつとも身近なところにいるのかも知れない。

それから再び鳴門駅に向かった。
昨夜、あさこと散歩したとき見た鳴門ローカル線の電車に乗ることだった。
急ぎ足で駅の方向に向かった。

朝の鳴門の商店街はシヤッターを下ろしたまま、通りにはほとんど人はいない。
静かな街の片隅の花壇には物言わぬ、つつじの花がきれいに咲いている。 

 時間があまりないのでJR鳴門から池谷まで
所要時間往復36分ほどのローカル線の旅を楽しむ。
徳島行きは学生や家族などでにぎわっている。
バスや他の乗り物と競合しているのでこの路線は赤字なのだろう。
基本的にキハ40・47系以外の車両は走らないそうだ。
車窓から眺める広い田園風景、もう、そろそろ田植えの時期であろうか、田には一面水が張られ陽の光に反射してまばゆく広がる平野がある。
 のどかな風景がすきである。
子供の頃の山や川の風景を重ねてみているのかも知れない。
わずかなときの流れは光のように早い。

 そろそろ ホテルに帰らなきゃ。
あさこが待っている。

ひとつの旅でふたつを楽しむ。
あさの散歩と あさことのボート。
旅はいつまで続くのだろうか。

 未来永劫だけはありませんもの。 
いつか 時に別れを告げる
其のとき、孤高に達することができるであろうか。
 

2009年4月27日(月)  あさやん


撫養城と鳥居耀蔵博士のサイト参考
http://www.h7.dion.ne.jp/~qo-sez/photo.html
http://www15.ocn.ne.jp/~nestplan/ryozo/index.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B3%A5%E5%B1%85%E9%BE%8D%E8
%94%B5
http://mai-bun.hosp.med.tokushima-u.ac.jp/hyousi/torii/toriiryuuzou62.html
http://www.khk.gr.jp/kaiin_column_corner/column-2.pdf
http://www15.ocn.ne.jp/~nestplan/ryozo/10_02.htm
http://members.jcom.home.ne.jp/kaskoba/36_006.htm
http://www.geocities.jp/ikomai4koku9syu/tokusima/muya.html

同行者
カップル・夫婦
一人あたり費用
3万円 - 5万円
交通手段
自家用車

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