2009/03/13 - 2009/03/22
30位(同エリア111件中)
藤岡靖洋さん
カナリア諸島、訪問記
旧友ドイツ人、ハラルド・ダヨット(Harald Dayot)がリタイヤーして、
フランクフルトからスペイン領カナリア諸島のラス・パルマス(Las Palmas)へ移住してから6年余り。
いつかは行ってみたいと思っていたこの島国へ、遂に行くチャンスが到来。
ハラルドの嫁さんリンダと大の仲良しのぼくの母(77歳)が、
「パスポートの期限が切れるまでに、リンダとパイヴィさん(パリ在住)に会いに行きたい」
と言う。パスポートの期限は2009年6月末。
で、今回の旅が実現。
2009年3月13日
関空発フランクフルト経由マドリッド行きに乗る。
母が、車椅子が必要で、長距離フライトが困難と言うことで、
一夜マドリッドで一泊することにした。
マドリッドの空港から、無料シャトルバスでHilton Madrid Airport Hotelへ。
このホテルがまた快適。
なぜかと言うとNW(ノースウェスト航空)が、無料でヒルトン・ホテルのゴールドカードを贈ってくれたから。
昨年7月、ミュンヘン(独)、9月、ローリー・ダーラム(米ノースキャロライナ州)の2度利用し、
いずれもエクゼクティヴ・ルームへ無料アップグレード、
エクゼクティヴ・ラウンジも使用(アルコール飲料、スナックの無料提供など)出来て、
ミール(朝食)も付く。
それで料金が二人でUS$100と、安い!
こんなおいしい話は無い。
快適な滞在を一晩楽しみ、翌朝、MAD-LPS行きのスパンエアーに乗る。
が、実はこの便は昨年墜落しているのだ!
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%91%E3%83%B3%E3%82%A8%E3%82%A2%E3%83%BCJK5022%E4%BE%BF%E9%9B%A2%E9%99%B8%E5%A4%B1%E6%95%97%E4%BA%8B%E6%95%85
3月14日(土)は無事に飛び、グラン・カナリアのラス・パルマス(LPS)空港へ着陸。
ハラルドの出迎えを受け、
一路彼の自宅が在る南部のモンタナ・ラ・ダータ(Montana La Data)へ30分のドライヴ。
3月15日(日)
なぜか晴れているのに空気が淀んでいるようで、スッキリしない。
で、判ったのが“カリマ(Calima)”と言う現象。
ここの東隣はアフリカ大陸、モーリタニア。
そのサハラ砂漠から風に吹かれて細かい砂塵が飛んで来てこのカナリア諸島に降り注ぐと言う。
日本に降り注ぐ中国の黄砂と同じと思えば判り易い。
そう言えば昨年10月30日、西アフリカ、セネガルのダカールへ旅した時も、
空港に着いたらぼんやり煙っていたなぁ。
ちなみに、セネガルはモーリタニアの南隣り。
島の南西には、美しいビーチが点在する。
そこに欧州からの資本が投入され一大リゾートになっている。
その中のひとつ、アマドレス(Playa de Amadores)に海水浴に行く。
水はまだ冷たいが、みんな楽しく泳いでいる。
そして美しい砂浜には、これまた美しいトップレスがわんさか、ウハウハ状態。
昨年は、
2月にニュージーランド(太平洋)、
7月にモナコ(地中海)、
8月にトルコ(エーゲ海)、
9月にNY(大西洋)、
10月にセネガル(大西洋)、
11月にモナコ(地中海)、
今年は、
2月にトリニダード(カリブ海+大西洋)、
世界中のいろんな海岸にトップレスを求めて彷徨したが、
遂にパラダイスを発見!
“カリマ”に煙りながら水平線に沈む夕陽もまた、
格別の趣が有る。
3月16日(月)
今日も“カリマ”で景色は霞んでいるが、
朝から山手の方をドライヴ。
モンテ・レオン(Monte Leon)、言ってみればライオン山である、
アヤガウレス(Ayagaures)は人工湖。
午後になってグラン・カナリア島南部の景勝地でありリゾート地であるマスパロマス(Maspalomas)に。
灯台(Faro)から東へ海岸沿いにずっと砂丘が続き、終点がプラヤ・デル・イングレーセ(Playa del Ingles)。
この間、トプレスだけでなく、ボトムレス、すなわち上下無しのスッポンポン、ヌーディスト・ビーチが有るのだぁ!
これには参った。
しかも数人ではなく、何十人、何百人いるやら判らない凄い数である。
次回はじっくり滞在して、自分もスッポンポンに挑戦してみようかなあ…(苦笑)
マスパロマスとプラヤ・デル・イングレーセには、
そこら中に「RIU」など、カリブ海〜大西洋沿岸にリゾートを展開する大型リゾート・ホテルが見える。
こう言う所は、「オール・インクルーシブ」
すなわち宿泊に全食事が付くパッケージがとても安い!
2007年1月、ドミニカ共和国のプエルト・プラータの「RIU Mambo Hotel」に泊まった時は、
海岸沿いに建ち並ぶ3軒続きの系列ホテルの何処で朝昼晩食べてもOK、
しかもプールサイドのバー、部屋の中の冷蔵庫もすべて飲み放題、全て込み、
一泊二人で80ドル!超激安!
ただし、「リゾート」と言うのは、第三世界のような未開地、
特に大西洋、カリブ海沿岸諸国に、欧米型の大型ホテルを無理やり作っているので、決してその国の文化、風俗などに触れる機会は少ない。
こう言ったリゾートは、何処へ行ってもほとんど同じ欧米型、特に食事のメニューは欧米人向けのバーガーや、チキン、サンドイッチなどなど、地元の料理は皆無である。
今回ぼくの場合は、友人ハラルドの奥さんリンダの手料理が素晴らしく美味いので、
こう言ったホテルは基本的に必要ない。
スーパーマーケットで、ハモン・イベリコ(イベリコ豚のハム)を購入し、早速ディナーで頂くと、これがさすがに美味い!!!
3月17日(火)
グヮヤデケ(Guayadeque)と言う所には、かつて原住民が住んでいた洞窟が、今も山の斜面にたくさん見ることが出来る。
外敵から身を守るため、急な斜面に出来た「穴」の中で生活していた人々が居たのだ。
いまでは、電気を引いて文明的な生活を送る人がいるし、レストランとして利用されている所もある。
このグラン・カナリア島は、火山の噴火で出来た島で有り、
地中に溜まった火山性ガスの気泡が、その後冷えて洞窟となり、人々の家として利用されたらしい。
ミイラを作る技術も持ち合わせ、きわめて高度な文明をもった原住民は、
ほとんど現在では途絶えてしまったと言う。
帰路、アグィメ(Aguimes)と言う町に立ち寄る。
石を効果的に配した家のデザインがユニークで、この一角だけが小人さんの国のような特殊な街並みを形成している。
で、環境の為、犬のうんこ用の紙袋も街角に設えてある。
パリなどは、こう言うのを見習ってほしいものである。
未だにうんこを放置する人が多いのは困ったもんだ。
3月18日(水)
島の南西部のリゾート地は、モーガン(Mogan)。
「グラン・カナリア島のサントロペ」と呼ばれる景勝地である。
雨に降られながらも、一日ゆっくりと観光。
3月19日(木)
グラン・カナリア島の首都、ラス・パルマスへ。
道中、風力発電の風車が至る所に見受けられたが、この強い貿易風を利用して、クリストファー・コロン(Christopher Colon)ことコロンブスは、
1942年8月3日、スペインのパロス港を出港し、航海に出て行ったのだ。
途中、舵(かじ)の修理のためにラス・パルマスへ寄港、南端のマスパロマス沖を通過して、西隣のガメラ島から船はさらにアジアを目指して西進する。
サンタ・アナ教会の隣には、そのコロンブスの全4回にわたる航海の全貌を解説する博物館《Casa de Colon》が在り、実に興味深い。
彼は、南米大陸を発見し、自分の名にちなんでコロンビアと名付けたが、最後までアジアを発見したと思いこんでいたようだ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%83%96%E3%82%B9
夕方、ハラルドの友人の店(車椅子屋さん)で、母の手押し車の部品を修理してもらう。
母は大喜び。
ACホテルの最上階から北を望むと、
左に美しいカンテラス(Playa de las Canteras)ビーチが見え、
夕食はそこに新しくできたレストランでシーフードに舌鼓。
3月20日(金)
グラン・カナリア島の山並みは、火山の噴火した溶岩が、急激に固まって奇妙な形を形成し、それが名所として人々の来訪が絶えない。
ヌブロ岩(Roque Nublo)、ニーヴェ頂(Pico de las Nieves)など、ユニークな形が目を引く。
しかも雲の絡まり方も奇怪で、ドラマチックである。
面白いことにここカナリア諸島は、
イギリスからの移民が15%、
ドイツ人10%と、
ハラルドらのようにリタイヤーした人々が、温暖な気候を求めて移住する。
中でもドイツ人やスカンジナビア人はサイクリングが大好きで、
この険しい急な坂道を自転車で踏破する人々をたくさん見かけた。
3月21日(土)
この島にやって来てから1週間以上たって、ようやくサハラ砂漠からの砂塵“カリマ”が治まり、
ブルースカイの下、遠望が利くようになった。
15日の写真との比較で一目瞭然。
再びマスパロマスの灯台(Faro)からプラヤ・デル・イングレーセに続く海岸沿いのヌーディスト・ビーチへ行って目の保養。
もっとも、年配が多く、期待するほどの若い人々は皆無であった…(涙)。
スペインに来たのにパエリアを食べていないのは片手落ちと言う訳で、コスタ・メロネラス・ホテルへパエリアを食しに出かける。
味はいまいちで、期待が大きすぎた分、落胆も大きかった…(涙)
カーニバル
食後、この旅のハイライトのひとつ、カーニバル(Carnaval:カルナバル)へ。
プラヤ・デル・イングレーセのクイーンを先頭に、綺麗所がオープンカーに乗って行進。
そこまでは良かったが、スペインと言う国は、ゲイが市民権を得ており、ゲイ、おかまの類も大挙出演、行進。
いったい誰が女性で誰が男か、見分けがつきにくい時もあって困る。
トリニダードのような大音量の音楽は無く、
むしろコロンブスに由来するコスチュームや、
海賊の恰好が多く、
皆それぞれに凝らした工夫の跡が楽しい。
TVやDVDの普及で、家庭でも気軽に、いつでも世界中のニュースや株価情報、映画、音楽と言った娯楽を楽しめる時代になった今日でも、
カーニバルはやっぱり目の前で展開される参加型娯楽の筆頭であり、実に楽しいものである。
この島でも町ごとにカーニバルが有るようで、我々が見たプラヤ・デル・イングレーセのより、首都ラス・パルマスの方が、(ぼくらは見ていないがハラルドが撮影したビデオから判断しても)相当規模が大きいようだ。
先月、カリブ海のトリニダード・トバゴで見たカーニバルは、
さすがに世界三大カーニバルのひとつであった。
(「トリニダード・トバゴのカーニバル」を参照)
こことの大きな違いは、アフリカから奴隷として連れて来られた黒人が90%以上であり、大音量で踊り狂うところであろう。
今日はその点、90%までが白人であり、しかもオカマ、ゲイが3分の一ほども居るかのように思うし、
どちらかと言えばおとなしく行進する。
キャンディをまき散らしたり、紙吹雪が舞い散ったり、そのたびになぜか手が伸びて、子供のようにはしゃいだ。
カーニバルは目の前で展開されるので、迫力満点、最高の体験であった。
3月22日(日)
朝、5時に起床して、6時に家を出たのに、途中で検問(昨日からのカーニバルで酔っ払い検問かな?)、事故(カーニバルで酒酔い運転によるものかな?)で、途中のハイウエイは大渋滞。やきもきしながら1時間遅れで空港へ到着、何とか滑り込みセーフ。
これ以降は、
欧州激安航空会社の口コミ情報参照。
- 同行者
- 家族旅行
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空
-
旧友ハラルド(右)
リンダ(中央)
母(左)
リンダの作ってくれたウエルカムディナーは、
鱸(すずき)のソテーにポテトとトマト添え、
流石スペイン!
ドイツビール(Erdinger)もウマい!
流石、ドイツ人ハラルド! -
3月15日(日)
サハラ砂漠からの砂塵“カリマ”に煙る
モンタナ・デラ・ダータ
3月21日の写真と比較すると良く判る -
3月15日(日)
サハラ砂漠からの砂塵“カリマ”に煙る
モンタナ・デラ・ダータ
3月21日の写真と比較すると良く判る -
3月15日(日)
アマドレス(Playa de Amadores)に海水浴に行く。
水はまだ冷たいが、みんな楽しく泳いでいる。
そして美しい砂浜には、
これまた美しいトップレスがわんさか、
ウハウハ状態。 -
3月15日(日)
アマドレス(Playa de Amadores)に海水浴に行く。
水はまだ冷たいが、みんな楽しく泳いでいる。
そして美しい砂浜には、
これまた美しいトップレスがわんさか、
ウハウハ状態。 -
3月15日(日)
アマドレス(Playa de Amadores)に海水浴に行く。
水はまだ冷たいが、みんな楽しく泳いでいる。
そして美しい砂浜には、
これまた美しいトップレスがわんさか、
ウハウハ状態。 -
3月15日(日)
アマドレス(Playa de Amadores)に海水浴に行く。
水はまだ冷たいが、みんな楽しく泳いでいる。
そして美しい砂浜には、
これまた美しいトップレスがわんさか、
ウハウハ状態。 -
3月15日(日)
アマドレス(Playa de Amadores)に海水浴に行く。
水はまだ冷たいが、みんな楽しく泳いでいる。
そして美しい砂浜には、
これまた美しいトップレスがわんさか、
ウハウハ状態。 -
3月15日(日)
“カリマ”に煙りながら水平線に沈む夕陽もまた、
格別の趣が有る。 -
3月16日(月)
グラン・カナリア島南部の景勝地でありリゾート地であるマスパロマス(Maspalomas)
灯台(Faro)から東へ海岸沿いにずっと砂丘が続き、
終点がプラヤ・デル・イングレーセ(Playa del Ingles) -
3月16日(月)
ハモン・イベリコ(イベリコ豚のハム)を購入し、
早速ディナーで頂くと、
これがさすがに美味い!!!
手前は、ハモン・セラーノ -
3月17日(火)
グヮヤデケ(Guayadeque)と言う所には、
かつて原住民が住んでいた洞窟が、今も山の斜面にたくさん見ることが出来る。
外敵から身を守るため、急な斜面に出来た「穴」の中で生活していた人々が居たのだ。
いまでは、電気を引いて文明的な生活を送る人がいるし、レストランとして利用されている所もある。
このグラン・カナリア島は、火山の噴火で出来た島で有り、地中に溜まった火山性ガスの気泡が、その後冷えて洞窟となり、人々の家として利用されたらしい。
ミイラを作る技術も持ち合わせ、きわめて高度な文明をもった原住民は、ほとんど現在では途絶えてしまったと言う。 -
3月17日(火)
グヮヤデケ(Guayadeque)と言う所には、
かつて原住民が住んでいた洞窟が、今も山の斜面にたくさん見ることが出来る。
外敵から身を守るため、急な斜面に出来た「穴」の中で生活していた人々が居たのだ。
いまでは、電気を引いて文明的な生活を送る人がいるし、レストランとして利用されている所もある。
このグラン・カナリア島は、火山の噴火で出来た島で有り、地中に溜まった火山性ガスの気泡が、その後冷えて洞窟となり、人々の家として利用されたらしい。
ミイラを作る技術も持ち合わせ、きわめて高度な文明をもった原住民は、ほとんど現在では途絶えてしまったと言う。 -
3月17日(火)
グヮヤデケ(Guayadeque)と言う所には、
かつて原住民が住んでいた洞窟が、今も山の斜面にたくさん見ることが出来る。
いまでは、電気を引いて文明的な生活を送る人がいるし、
この写真のようにレストランとして利用されている所もある。 -
3月17日(火)
グヮヤデケ(Guayadeque)と言う所には、
かつて原住民が住んでいた洞窟が、今も山の斜面にたくさん見ることが出来る。
外敵から身を守るため、急な斜面に出来た「穴」の中で生活していた人々が居たのだ。
いまでは、電気を引いて文明的な生活を送る人がいるし、レストランとして利用されている所もある。
このグラン・カナリア島は、火山の噴火で出来た島で有り、地中に溜まった火山性ガスの気泡が、その後冷えて洞窟となり、人々の家として利用されたらしい。
ミイラを作る技術も持ち合わせ、きわめて高度な文明をもった原住民は、ほとんど現在では途絶えてしまったと言う。 -
3月17日(火)
アグィメ(Aguimes)と言う町に立ち寄る。
石を効果的に配した家のデザインがユニークで、
この一角だけが小人さんの国のような特殊な街並みを形成している。 -
3月17日(火)
アグィメ(Aguimes)と言う町に立ち寄る。
石を効果的に配した家のデザインがユニークで、
この一角だけが小人さんの国のような特殊な街並みを形成している。 -
アグィメ(Aguimes)と言う町は、石を効果的に配した家のデザインがユニークで、この一角だけが小人さんの国のような特殊な街並みを形成している。
で、環境の為、犬のうんこ用の紙袋も街角に設えてある。
パリなどは、こう言うのを見習ってほしいものである。未だにうんこを放置する人が多いのは困ったもんだ。 -
3月18日(水)
島の南西部のリゾート地は、モーガン(Mogan)。
「グラン・カナリア島のサントロペ」と呼ばれる景勝地である。
雨に降られながらも、一日ゆっくりと観光。
-
3月19日(木)
グラン・カナリア島の首都、ラス・パルマスへ。
道中、風力発電の風車が至る所に見受けられたが、
この強い貿易風を利用して、クリストファー・コロン(Christopher Colon)ことコロンブスは、
1942年8月3日、スペインのパロス港を出港し、
航海に出て行ったのだ。 -
3月19日(木)
グラン・カナリア島の首都、ラス・パルマスへ。
ACホテルの最上階から北を望むと、
左に美しいカンテラス(Playa de las Canteras)ビーチが見える。 -
3月19日(木)
グラン・カナリア島の首都、ラス・パルマスへ。
市営中央市場(Mercado Municipal Central)
タコ、イカなど新鮮な魚介類が豊富だ。 -
3月19日(木)
夕食は
プラヤ・デ・ラス・カンテラス(Playa de las Canteras)に
新しくできたレストランでシーフードに舌鼓。 -
3月19日(木)
グラン・カナリア島の首都、ラス・パルマス
ここの典型的なコーヒーは、
コルタード(Cortado)
エスプレッソにミルクが入った熱い飲み物 -
夕方、ハラルドの友人の店(車椅子屋さん)で、母の手押し車の部品を修理してもらう。
母は大喜び。 -
3月19日(木)
グラン・カナリア島の首都、ラス・パルマス
サンタ・アナ教会 -
3月19日(木)
グラン・カナリア島の首都、ラス・パルマスへ
道中、風力発電の風車が至る所に見受けられたが、
この強い貿易風を利用して、
クリストファー・コロン(Christopher Colon)ことコロンブスは、1942年8月3日、スペインのパロス港を出港し、航海に出て行ったのだ。
途中、舵(かじ)の修理のためにラス・パルマスへ寄港、南端のマスパロマス沖を通過して、西隣のガメラ島から船はさらにアジアを目指して西進する。
サンタ・アナ教会の隣には、そのコロンブスの全4回にわたる航海の全貌を解説する博物館《Casa de Colon》が在り、実に興味深い。
彼は、南米大陸を発見し、自分の名にちなんでコロンビアと名付けたが、最後までアジアを発見したと思いこんでいたようだ。 -
3月19日(木)
グラン・カナリア島の首都、ラス・パルマス
《Casa de Colon》の中庭 -
3月19日(木)
グラン・カナリア島の首都、ラス・パルマス
コロンブスの全4回にわたる航海の全貌を解説する博物館《Casa de Colon》の中には、
ラ・ニーニャ号の艦橋のレプリカが有る。 -
3月19日(木)
グラン・カナリア島の首都、ラス・パルマス
コロンブスの全4回にわたる航海の全貌を解説する博物館《Casa de Colon》の中には、
サンタ・マリア号の模型が有る。 -
3月19日(木)
グラン・カナリア島の首都、ラス・パルマス
《コロンブスの家(Casa Colon)》
クリストファー・コロン(Christopher Colon)ことコロンブスは、
1942年8月3日、スペインのパロス港を出港し、
航海に出て行ったのだ。
途中、舵(かじ)の修理のためにラス・パルマスへ寄港、南端のマスパロマス沖を通過して、西隣のガメラ島から船はさらにアジアを目指して西進する。
彼は、南米大陸を発見し、自分の名にちなんでコロンビアと名付けたが、
最後までアジアを発見したと思いこんでいたようだ。
この地図は、実際の航路と
彼が思いこんでいた幻想航路を記しており
興味深い。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%83%96%E3%82%B9 -
友人ハラルドは、ジャズ好きの写真家。
60年代から南仏アンティーブに写真を撮りに出かけ
1995年ぼくと知り合う。
写真は1966年
“A列車で行こう”で有名な
デューク・エリントン(左)と
ハラルド(右)
指さしているのは、2009年のハラルド -
3月20日(金)
グラン・カナリア島の山並みは、火山の噴火した溶岩が、急激に固まって奇妙な形を形成し、それが名所として人々の来訪が絶えない。
ヌブロ岩(Roque Nublo)、ニーヴェ頂(Pico de las Nieves)など、ユニークな形が目を引く。しかも雲の絡まり方も奇怪で、ドラマチックである。 -
3月20日(金)
グラン・カナリア島の山並みは、火山の噴火した溶岩が、急激に固まって奇妙な形を形成し、それが名所として人々の来訪が絶えない。
ヌブロ岩(Roque Nublo)、ニーヴェ頂(Pico de las Nieves)など、ユニークな形が目を引く。しかも雲の絡まり方も奇怪で、ドラマチックである。 -
3月20日(金)
グラン・カナリア島の山並みは、火山の噴火した溶岩が、急激に固まって奇妙な形を形成し、それが名所として人々の来訪が絶えない。
ヌブロ岩(Roque Nublo)、ニーヴェ頂(Pico de las Nieves)など、ユニークな形が目を引く。しかも雲の絡まり方も奇怪で、ドラマチックである。 -
3月20日(金)
グラン・カナリア島の山並みは、火山の噴火した溶岩が、急激に固まって奇妙な形を形成し、それが名所として人々の来訪が絶えない。
ヌブロ岩(Roque Nublo)、ニーヴェ頂(Pico de las Nieves)など、ユニークな形が目を引く。しかも雲の絡まり方も奇怪で、ドラマチックである。 -
3月20日(金)
グラン・カナリア島の山並みは、火山の噴火した溶岩が、急激に固まって奇妙な形を形成し、それが名所として人々の来訪が絶えない。
ヌブロ岩(Roque Nublo)、ニーヴェ頂(Pico de las Nieves)など、ユニークな形が目を引く。しかも雲の絡まり方も奇怪で、ドラマチックである。 -
3月20日(金)
グラン・カナリア島の山並みは、火山の噴火した溶岩が、急激に固まって奇妙な形を形成し、それが名所として人々の来訪が絶えない。
ヌブロ岩(Roque Nublo)、ニーヴェ頂(Pico de las Nieves)など、ユニークな形が目を引く。しかも雲の絡まり方も奇怪で、ドラマチックである。 -
3月21日(土)
この島にやって来てから1週間以上たって、ようやくサハラ砂漠からの砂塵“カリマ”が治まり、ブルースカイの下、遠望が利くようになった。
15日の写真との比較で一目瞭然。 -
3月21日(土)
この島にやって来てから1週間以上たって、ようやくサハラ砂漠からの砂塵“カリマ”が治まり、ブルースカイの下、遠望が利くようになった。
15日の写真との比較で一目瞭然。 -
3月21日(土)
再びマスパロマスの灯台(Faro)から
プラヤ・デル・イングレーセに続く海岸沿いのヌーディスト・ビーチへ行って目の保養。
もっとも、年配が多く、期待するほどの若い人々は皆無であった…(涙)。 -
3月21日(土)
スペインに来たのにパエリアを食べていないのは片手落ちと言う訳で、
コスタ・メロネラス・ホテルへパエリアを食しに出かける。
ぼくは基本的にホテルの大量生産型料理は嫌いだが
ハラルドが「どうしてもここがエエ」と、言うんで
渋々付いて行った。
やっぱり、
味はいまいちで、期待が大きすぎた分、
落胆も大きかった…(涙) -
3月21日(土)
この旅のハイライトのひとつ、カーニバル(Carnaval:カルナバル)へ。
プラヤ・デル・イングレーセのクイーンを先頭に、
綺麗所がオープンカーに乗って行進。 -
3月21日(土)
この旅のハイライトのひとつ、カーニバル(Carnaval:カルナバル)へ。
プラヤ・デル・イングレーセのクイーンを先頭に、
綺麗所がオープンカーに乗って行進。
そこまでは良かったが、スペインと言う国は、ゲイが市民権を得ており、ゲイ、おかまの類も大挙出演、行進。
いったい誰が女性で誰が男か、見分けがつきにくい時もあって困る。 -
3月21日(土)
この旅のハイライトのひとつ、カーニバル(Carnaval:カルナバル)へ。
プラヤ・デル・イングレーセのクイーンを先頭に、
綺麗所がオープンカーに乗って行進。
そこまでは良かったが、スペインと言う国は、ゲイが市民権を得ており、ゲイ、おかまの類も大挙出演、行進。
いったい誰が女性で誰が男か、見分けがつきにくい時もあって困る。 -
3月21日(土)
この旅のハイライトのひとつ、カーニバル(Carnaval:カルナバル)
90%までが白人であり、しかもオカマ、ゲイが3分の一ほども居るかのように思うし、どちらかと言えばおとなしく行進する。
キャンディをまき散らしたり、紙吹雪が舞い散ったり、そのたびになぜか手が伸びて、子供のようにはしゃいだ。
カーニバルは目の前で展開されるので、迫力満点、最高の体験であった。 -
3月21日(土)
この旅のハイライトのひとつ、カーニバル(Carnaval:カルナバル)
トリニダードのような大音量の音楽は無く、むしろコロンブスに由来するコスチュームや、海賊の恰好が多く、皆それぞれに凝らした工夫の跡が楽しい。 -
3月21日(土)
この旅のハイライトのひとつ、カーニバル(Carnaval:カルナバル)
美しく着飾った女性が目を引く、ウハウハ。
カーニバルは目の前で展開されるので、迫力満点、最高の体験であった。
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