2008/11/23 - 2008/11/23
7位(同エリア91件中)
obaqさん
第12日目11月23日(日)○ビラトナガル→ジャナカプール 210km 晴れ
ネパール南部、ビラトナガルとジャナカプールの間に流れるコシ河が、今夏氾濫。甚大な被害をもたらしました。未だに5万人以上の人が、写真のような避難生活をおくっています。道路沿いには、延々と連なるテントの列、そして列。我々も夏前までは畑だった氾濫源を船で渡りました。
日本ではほとんど報道されていませんが、実際に現場を見た事もあり、今回のツアー中では、テロより、空港閉鎖より最も衝撃的でした。
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08:00 ホテル発 今年(2008年)7月大型モンスーンの襲来で川が氾濫し、バスが通れないということで地元のバスをチャーター
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★地元のぼろバスでコシ河の渡しまで行くことに・・・ それにしても凄いボロボロ・・
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ところがホテルを出てすぐ、近くで学生の暴動があるので回り道をすることに
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あの先で学生たちが・・・ 話を聞いてみると、昨日のクリケットの試合結果に腹が立っておこしたものとか。 クリケットってそんなにおもしろいのかな?
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こんなおんぼろでもバスのオーナーにとっては大事な商売道具。 車体が傷をつけられないよう、バイクで誘導します。既に傷だらけなんだけど・・・
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裏道をあちこちめまぐるしく曲がって・・・
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やっと街を抜けました。
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ネパール南部、ビラトナガル、ジャナカプール間に流れるコシ河が、今夏氾濫。
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甚大な被害を・・
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車窓にはその傷跡が次々と
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一部残った家です。 住んでいますが・・・
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このあたりは家々と田や畑があったところでした
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難民のキャンプ 未だに5万人以上の人がテントで避難生活を送っています。
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日本ではほとんど報道されませんでしたが、ミャンマーの被災に勝るとも劣らない被害です
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新しい川が出来て臨時の橋が造られています。
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09:50 バスで行けるところまで来ました。
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このあたりも街並みのあった場所でした。
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歩いて先端の方を見に行きました。
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渡し船の発着所があります
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沢山の人が舟を利用して向こう側へ渡ります
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重量超オーバーと違う?
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二次災害がなければいいけど・・・
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被災する前、ここには全く川がなかったのです。
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コシ河の堤防が決壊して流れが変わり、元畑だった場所に河が流れて川の地形が変わってしまったということでした
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道路が途中で壊れて無くなっている
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渡船の仕事をしている人たちにとってむしろ今の方が収入が多いことでしょう
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現在堤防の修復工事中、でも夜の内に地元民が壊してしまうそうです
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バス発着所から渡し場までの荷物を運ぶ商売。 この人たちにはずっとこのままの状態でいて欲しいわけです。
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道路沿いにバスの所へ戻ります。 この間に私たちの渡航の交渉がされていて
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09:50〜10:20 トイレ・コシ河渡しの打ち合わせ 地元のぼろバス終了
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どうやらバスのすぐ傍から舟で渡ることになったようです。
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荷物の積み替えが始まりました。
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この舟のようです 私たちも乗り込みました
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むき出しの船でゴザの上に、人もスーツケースも載せる
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私たちだけで1艘をチャーターです。
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離岸 ちょっと怖い!
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10:20〜10:35 船でコシ河を渡る
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着岸の場所が近づきました。 少しホッとしたかな
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下船 ポーターと警察も一緒に渡河 特別な警察の許可で堤防に到着。 警察の特別許可が必要ということでした
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荷物を堤防まで運び
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4トラのシールが張ってあるスーツケースが私のもの。とても探しやすいです
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もし4トラのスーツケースを持った人物を見かけたら声をかけてください。 それは私ですから(笑
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ポーターさんたちご苦労様
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堤防の反対側が元あった川です。 遠くの砂漠のように白くなった部分が川底でした
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10:35〜11:00 渡りきった堤防で、バスに乗り換え
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トヨタのコースター(22席)荷物は屋根に載せる 運転手)+助手
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一般人は別の箇所を渡船。 再び地元のバスで途中まで移動。この手間を省くため警察に依頼してあったとのこと。
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11:30 パンダバリに出る(出発より10km)
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ここから正規の道 ここまでは堤防を走る
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被災地から少し外れましたが、こちらの方も避難民であふれています。
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寄付は行き届いていないらしい 政府が水、食糧を援助
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インドの人間や山奥の人種が便乗して食物をもらいに来て住み着く人もいて、実際は50000人どころではないそうだ。 避難民のテントが続く
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11:35〜11:45 ダム上の橋の写真ストップ
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当初はこのダム上の橋が決壊したとの風評が流れる
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1943年建設
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このあたりは被災もなく人はのんびりしていた
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路線バスには渡河してきた人々が満載
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橋を渡ってきた家族
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私たちの目の前を通り過ぎ、去って行きました。
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再び出発 このあたりにも被災者のテントが。
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まだまだテントがありました
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その後、田園地帯が続き・・・
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被災を免れた農民の家々
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12:05〜13:00 昼食
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昼食が出来るまでの間、付近の農家を・・・
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「落ち穂拾い」を思い出しました。
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ネパールのこの辺で収穫した米は、インドに売るそうです。 カトマンズでは、インドから米を買う・・・・なぜだと思いますか?
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この地区はカトマンズより国境を越えたインドの方が近くて交通の便がいいからです。
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食堂の厨房を見せてもらいました。
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これを見てしまうとさすがに食欲もチョッピリ減少。
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ヒンズーの神棚?
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イスラム、ヒンズー、キリストなど各種の教会の写真。「当店はどんな宗教信者も受け入れます」の意思表示?
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ダールバート→ネパール風定食です 蝿が多い!
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14:35〜14:45 トイレ休憩 今日は長くなりそう まだ続きます
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この旅行記へのコメント (2)
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- がまだす@熊本さん 2010/04/14 15:29:03
- こ、こんな感じでした。
- ジャナクプールからダージリンに向ったバスは。
こんなので9時間ですよ、9時間。
ホテルの嘘つき従業員に騙され、ぼられました(爆)
今回唯一ぼったくられた!
ジャナクプールは、そんな苦々しい町でした。
- obaqさん からの返信 2010/04/15 10:04:23
- RE: こ、こんな感じでした。
- ジャナカプールほどの田舎になると、こんなバスばかりですものね。
私たちはコシ川までの2時間ほどだけでしたから・・
それじゃあまり良い思い出はなかったんだ。
すぐ近くの村では素朴でいい人達に出会ったのだけど、やはり人が多い町中では色々な人がいるんですね。
どうやらがまさんの中では、インドと比べて大きな差が出来てしまったようですね。
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