2008/12/21 - 2008/12/21
222位(同エリア267件中)
福の海さん
中国を離れて海外に居住する中国系住民“華人”について研究するY先生御一行様が福建を訪問されました。
私、福の海も華人について興味があり、2008年12月21日(日)、数時間ですが先生方と行動を共にさせて頂きました。
先生方の福建滞在予定は約1週間、研究が順調に進みますように!
写真は五一広場から見た福州の街並みです。
-
先生方とお会いしたのは福州市鼓楼区東大路の両岸珈琲
当日は福清出身の呉さん(現在日本の大学院生、右から2人目)も参加され、福建の人達がどのような動機、目的を持ち日本に入国しようとしているのか等、現地の実情について2時間余りディスカッション。
福の海、とても勉強になりました。 -
話が白熱してくるとお腹がすきます、ということで、東大路にある福州大酒家で昼食を御一緒させて頂くことになりました。
-
このビル外側から見ると古い感じでぱっとしませんが、
-
レストラン部門は海産物も充実していてとても豪華な雰囲気でした。
-
華僑と華人
「華僑」という言葉は1870、80年代、清国が条約に基づく外交関係に入った時に、
在外居留の商民を定義する必要に迫られて「僑居華民」という四字句を用い、二字熟語に倒置して「華僑」という用語を新造したことに始まる(華僑華人事典 弘文堂 可児ほか編、2002年、105頁〜106頁)。
第二次世界大戦後には、「僑」が意味する「僑居(仮り住まい)」=海外出稼ぎ者、という意識はすでになく、居住地の社会に定着するようになり、
彼ら自身も「華僑」と呼ばれることを好まず「華人」という呼び方が一般化してきているということです。 -
食事は海産物系が中心でした。
たこ -
貝
-
海老
-
このお魚もおいしかったです。
-
お肉系 豚肉のカルビ
中国人の海外移住
中国から海外への大量移住はアヘン戦争(1840〜42年)以後である。
ヨーロッパ列強による熱帯での植民地経営には、大量の中国人苦力(肉体労働者)を必要とした。
またアメリカのカリフォルニアやオーストラリアにおけるゴールドラッシュも多くの華人を惹きつけたようです。 -
野菜系
-
この料理は、魚料理だと思っていたのですが
先生方に確認したところ
なんと蛇、しかも毒蛇。
ひぇ〜
でも味はなかなか良かったです。
新座市にて勤務されているM先生はふた切れ頂いておられました。
“骨がたくさんあって食べにくいけど、なかなかいけますよ、これ”
鉄道にも詳しいM先生はあちこち観光地をまわられているようでした。 -
主食は餃子で楽しい食事も終了となりました。御馳走様でした。
この時点で14時前、
次の予定は15時でしたので私はお先に失礼し、運動がてら街を歩くことにしました。 -
五一北路→古田路
目的地はシャングリラホテル(写真奥の建物)です。 -
于山
向かい側には -
五一広場
-
広場は市民が集まる空間でもあります。
-
歩くこと40分
レクチャー会場となったホテルに到着 -
先生方の名刺交換
-
15時より福州市政府経済顧問の杉崎覚先生(後列中央)から福州に関するレクチャー
杉崎覚先生の紹介
http://ryukeimi2.jugem.jp/?search=%BF%F9%BA%EA%B3%D0
当日は華人や現在居住する福州について多くのことを学ぶことが出来、とても勉強になりました。先生方ありがとうございました。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
福州(中国) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
20