2008/10/04 - 2008/10/04
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riverwillさん
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2008年9月23日~10月6日までのトルコ・シリア・ヨルダンの中近東3ヵ国をバス・タクシーを駆使して渡り歩いた放浪記です。今回は死海~アンマンを訪問した第12日目編です。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 高速・路線バス タクシー
- 航空会社
- カタール航空
-
本日は、急遽、ホテルのオーナーが手配してくれた乗り合いタクシーで「死海ツアー」(というか、死海を経由してアンマンまで戻るだけ)が決定。
07:00起床 07:30 朝食ブッフェ
ブッフェといっても、写真の通り、ホブスとマーマレード、ハム(着色料バッチリ、でも結構美味しい)、クリームチーズ、コーヒー ぐらい。
単なる平たいホブス(パン)でも、おそらく作る人によって違う。
昨晩バーベキューで頂いたホブスはとてももっちりして肉厚で塩味が効いて美味しかった。こちらは、ちょっとパサパサして薄っぺらく味は、そこそこ。
8:00 乗り合いタクシーに乗るメンバー4名集合。
昨日の時点では25JDぐらいと言っていたのに、当日、一人35JDと言われ、10JDも跳ね上がった。何故?!
しかし、もう交渉するのは億劫だったので言い値で承諾。
メンバーは、ドバイから来たエリート風サラリーマン、イギリスからバケーションで来たカップル。 -
ドライバーが気を利かせてくれて、ヨルダンの観光地の一つ、「ショーバック要塞」に連れて行ってくれる。
入場料は無料。ただし、受付で記帳だけ必要。
ここは、紀元11世紀、エルサレムの十字軍がはじめてヨルダン側に進出し、城を築いたところとして知られているそうです。
荒涼とした深い峡谷に囲まれ、陸の孤島のように丘の上にそびえ建つお城。 -
到着したのは8:30頃、さすがにこの時間に観光客は誰もいなかったのですが、それから30分後、欧米系の、しかも、40〜50代に見える白髪交じりのご年配の男女が、いかにもやる気の超かっこいいプロ仕様スタイルで、マウンテンバイクをトラックに載せてゾロゾロ現れました。
(左端に少し写ってます)
これから、この要塞を起点に走り始めるのかは不明。
炎天下の上、結構、急坂が多いのに、欧米系の方々は本当にパワフル。 -
要塞内。
城には教会や浴場などが整備されていたそうです。
「兵(つわもの)どもが夢の跡」という松尾芭蕉の句を髣髴とさせる、荒れ果てた瓦礫の山の要塞跡。
特に、どこが教会跡でどこが浴場などという標識はない。
ところどころによっては保存状態がいい。
ある場所で、ここを管理している人たちの作業場らしき場所で大声で話しているおじさんと目が合い、チャイを飲んでいけと手招きされるが、ごめんなさい、シカト。 -
ショーバック要塞の入り口付近に咲いていた朝顔。
今回の旅で、はじめてお花を撮影。
乾燥した砂漠の地でもけなげにたくましく咲いている、かわいらしい朝顔を見ていたら、何だかいとおしくなり、つい撮り収めてしまいました。 -
ショーバック要塞を後にして、キングス・ハイウェイをずっと北上すると、今度は「ダーナ自然保護区」という、希少動物や野鳥、植物などの有名な自然保護区が見えてきた。
標高の低いところにあるのでさすがに寄れず、上から眺めるだけ。
本来はツアールートに入っていて、保護区内にビジターセンター、キャンプサイトが整備されており、宿泊やトレッキングなどが出来るそうです。
近くには、旧約聖書にも記されている6000年前の銅鉱山跡が残っているとか。すごい。
この保護区に近いダーナ村は、オスマン・トルコ時代に築かれた歴史ある村だそうですが、今は廃村だそうです。 -
いよいよ、死海に到着。ここはアンマンビーチ。
リゾートホテルが不自然なほど一箇所に集中して建ち並ぶ。
ここで、イギリス人カップルはお別れ。
マリオットホテル(高級リゾートホテル)にお泊り、と。見た目バックパッカーの二人でしたが、やっぱりそこはブリティッシュ出身、セレブ〜でした。
彼らを降ろしてすぐ、ドライバーが立ち去ろうとしたので、ドバイ人男性が「せっかく来たのだから、死海に入りたい。君もそう思わないか?」と訊かれ、まったくその通り!!とドライバーにお願いし、ちょっと立ち寄ってもらう。
というか、そもそも立ち寄る予定だったのでは?!ホテルのオーナーはいったい彼にどういう交渉をしたのか… -
アンマンビーチには入るだけで7JD(約1,100円)の入場料発生。おい、ぼったくりだ!まったくヨルダンは…
一応、リゾートなので、レストランや休憩所、お土産店など、一通り揃っています。
日帰り客はビーチ手前のお手洗いで着替え。
お手洗いの中には2つほどシャワーも完備されています。
ただし、水。使い勝手悪し。
トイレも、キレイとはいえなかった。
ビーチにもちょっとしたシャワーはあります。
男性はいいかもしれません。
シーズン的に、観光客はそれほどいませんでした。
この浮いてる兄ちゃんたちに「マダーム、マダーム」と手招きされましたが、これも無視。 -
Wikipediaより。
「海水の塩分濃度が約3%であるのに対し、死海は30%の濃度を有する。1リットルあたりの塩分量は230gから270gで、湖底では300gを超える。この濃い塩分濃度のため浮力が大きく、人が死海に入って沈むことは極めて困難である。」とのこと。
よくテレビで、どれだけ浮力があるかを表現するために、浮きながら新聞や本を読む人がいますが、冗談抜きで、バランス感覚さえあれば十分可能。
とにかく、面白いぐらい、浮く。
わたしはカナヅチではないですが、カナヅチの人は感動するかもしれないですね。間違いなく沈まないですから。
ただし、うっかり一滴でも死海の水が口に入ろうものなら、恐ろしい事になります。
しょっぱい通り越して、とにかく苦い。渋い。吐きそうになります。 -
浮いてるところを、ドライバーさんにわたしのカメラで撮ってもらいました。一応記念に。
ドバイ人のおじさんは、「死海の泥〜」とうろうろ探していました。
ミネラル豊富な死海の泥。そんなにすべすべになりたいのか?
結局、一箇所だけ泥がたまっているところがあり、そこを見つけて泥を塗りまくっていました。
ビーチには大小の塩の結晶がたくさん打ち上げられています。
比較的キレイな塩の結晶を拾ってきました。これはタダ。
そのあと、お土産物屋さんで、ちゃんと製品化されたバスソルトと泥パックを買って帰りました。
あいにく、死海の塩は料理には使えないそうです。 -
死海を後にし、後はひたすらアンマンを目指して走る。
アンマン郊外の高級ホテル前でドバイ人を降ろす。
やっぱり、この人もセレブエリートか…
わたしは、ムジャンマ・アブダリという空港行きバスが出ているというバスターミナルで降ろしてもらう。
このとき、はじめてドライバーに「チップはないの?」とあからさまにねだられた。ドバイ人が気前良く払っていたせいか? 仕方ないので1JDだけ上乗せして払うと、
「これだけ?」。カチン、後は無視。
大荷物を背負って道をウロウロしていると、通りすがりのおじさんに「困っているなら助けてあげようか?」と声をかけられる。
ツアーガイドをしていると言うおじさんは心底親切で、わたしの探すバスを必死で探してくれ、感謝感謝。
しかし、結局、空港行きのバスは、そこから6kmも離れたところに近年移転したと分かり、途方に暮れる。
そのおじさんとは、そこでお別れ。
飛行機の時間が翌早朝6:30だったので、この日は空港に寝泊りする気満々でいたので、とりあえず時間をつぶすために、荷物を預かってくれるホテルを探す。
そこで見つけたのが「SUNRISE HOTEL」。地球の歩き方にも乗ってます。ムジャンマ・アブダリの目の前。
そこのオーナーおじさんに相談すると、宿代も、朝のタクシーも知り合いに頼んで負けてやるから、今夜は泊まっていけ!疲れが取れないだろう?!と説得され、おじさんの勢いに押されてそこで宿泊することに。
しかし、案内されたシングル部屋は、辛うじてバス・トイレ付なものの、太陽光発電のため日中しかお湯が出ず、しかも出が悪い。
おまけにミニゴキも出現、ちょっと凹む。ま、負けてもらったのだから仕方ない。
あきらめて明るいうちにぬるいシャワーを浴び、荷物を整理して、15:30からアンマンを散策開始。
この写真は、ムジャンマ・アブダリから徒歩5分くらいのところにある「キング・アブドゥッラー・モスク」。
ヨルダン最大のモスクで、3000人が一度に礼拝できる規模だそうです。鮮やかな水色と青のブルーモスク。 -
ムジャンマ・アブダリからアンマン中心までキング・フセイン通りをひたすら歩く。ここでも町の人に強烈な視線を浴びる。
すると、突然、日本語で写真のような看板が。
サーメルさんとは、中東でバックパッカーをする日本人の間では超有名人。元はクリフホテルのオーナーで、ちょっと前までクリフホテルはバックパッカーの聖地だったそうです。
今は別のホテルに移ったという情報を聞いていましたが、ここだったとは。かなりまち外れなところにありました。
3階に上がってみましたが、さすがに中には入れず。客じゃないし。
サーメルさんは、イラクで殺害されてしまった香田さんにバクダッドへ行くことを強く引き止めた人。彼の殺害を知ったときはひどく落ち込んだそうです。
この看板の「ダ」の部分に「コウ」と小さく付け加えられているのは、香田さんを意味しているのでしょうか。 -
ホテルから歩いて30分、かなりかかりました。
見覚えのあるアンマンの中心街の景色が広がりました。
ここはキング・フセイン・モスク。
7世紀、ビザンチン時代に作られたフィラデルフィア大聖堂を改装して出来たモスクで、現在は、トランス・ヨルダンの初代国王、アブドゥッラー1世によってオスマン建築様式で修復されたものだそうです。
安宿街のあるキング・ファイサル・ストリートの突き当たりにあります。
ラマダンもすっかり明け、人出が増えた気がしました。
そして、どこまでも日本人は珍しいのか、とにかく突き刺さるような視線と「ハロー」の応酬に遭います。
でも、ヨルダン人は、トルコ・シリアよりも格段に親切なような気がしました。 -
一眼レフのバッテリーが赤で点滅し、アンマンのまちの風景はあまり撮れませんでした。あしからず…
これは食糧用の別のデジカメで撮影。
街頭で頂いた、葡萄系の絞りたてフレッシュジュース。0.5JD。渇いたのどを潤してくれました。
ついでに、また街頭でジャガイモのコロッケが入ったドネルサンドみたいなやつを食べました。0.25JD。ジュースより安い。
余談ですが、ヨルダンの硬貨はアラビア語で数字が記載されているので、何JD硬貨なのか、最後まで慣れませんでした。
どうして数字を書いてくれないのか、外国人に優しくないです。 -
街中のお菓子屋さんで。
トルコで見たシロップ漬けの伝統菓子に良く似ていました。
中東では広くメジャーなのでしょうか。
この先で、パンを購入。
割と大きめのものを3つも買ったのに0.1JD(約16円)。
パンは激安。
でも、いったいいつ焼いたのかと思うほど硬かった…
野菜市場ではフィリピンバナナぐらいの小さなバナナを半房0.5JDで購入。これは朝食用。
アンマンのまちは、わたしにとってはあまり興味の湧かない、見所の少ないまちでした。サラッと見て満足。
ただ、食事的にもう少しいろいろ郷土料理を食べてみたかったな、という悔いは残ります。 -
19:00過ぎ、ホテルに帰宅。
ホテルのロビーで日本人の新婚夫婦?に遭い、このとき、この旅ではじめて日本人とじっくり話す。
もう帰国となったら何だか気が抜けて、自分の持ちうる情報はすべてあげるぐらいの気前の良さに早変わり。
英語があまり堪能でない彼らに代わり(わたしも堪能ではないけれど)、旅行代理店も営むホテルのオーナーに彼らの要望を仲介する。
何故だかわたしも彼らのツアープラン構築に2時間ほどつき合う羽目に。彼らはアンマンから南下しつつエジプトに抜ける計画。どういったらより効率的で経済的かを試行錯誤していた。
このホテルにも情報ノートなるものがあり、わたしも負けてくれたお礼にホテルの感想やヨルダンの情報を記入。
ノートには、たくさんの日本人のコメントが載っていました。それを日本人宿泊客への売り込みツールにしているようです。
なお、ホテルのオーナーはマッサージ師でもあるそうですが、通常US$50のところをタダでやってくれると持ちかけられても、女性の場合は遠慮しといた方が賢明です。あまりお勧めできません。
ひとまず、わたしは明日が早いのでこの日は早めに就寝しました。
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