2008/10/25 - 2008/10/25
11309位(同エリア12443件中)
ひらりんさん
紀伊山地の霊場と参詣道(伊勢路)を制覇しようとしたら当然内宮(皇大神宮)からスタートしなくてはならないのである。
古人たちはお伊勢参りを済ませたあと、熊野本宮、西国三十三箇所を目指したのである。
このルートは紀伊山地の霊場と参詣道(伊勢路)のうち、オペラに例えると「序章」に当たるモノではないかと思う。
世界遺産登録地域はないが、熊野巡礼を志す者は歩かねばならぬルートだと思う。
なお、見どころが当レポート以外にも多い地域なので、遠方の方は1泊2日で歩かれる事をお勧めしたい。
世界遺産登録地域:
なし
歩行距離 約14Km(神社参詣路を含まず)
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- JRローカル
-
内宮である。
熊野古道の起点である。
日本人の心の原点なのである。
昔は一般人の参拝は許されていなかったのである。
古人たちはどのような思いでアマテラスにお参りしたのだろうか...
「熊野へ参るには紀伊と伊勢路のどれ近し、どれ遠し。広大慈悲の道なれば、紀伊も伊勢路も遠からず。」
なのである。 -
荒祭宮である。
天照大御神の「荒御魂」を祀っているのである。
やはり、「和魂」の皇大神宮より、お参りしてる人は真摯な姿であった。
「荒御魂」である。いい加減な気持ちで伊勢参りしている人は決して近づかぬように。
今回、熊野古道(伊勢路)を歩く事にしたので、力を貸して頂く事としたのである。 -
宇治橋である。
内宮の神域の境界である。
次は外宮に向かうのである。
※他にも別宮等は多くこのルートに祀られているが時間のある向きは参られると良かろうと思う。 -
宇治橋を出ると「おはらい町」が待っているのである。
結構、おもしろい所(おかげ横町を含む)なのでのんびり物見遊山していると時間がドンドン過ぎるので注意されたい。 -
赤福である。
かつての騒ぎがウソのように賑わっていたのである。
オイラはあんこ系の食い物は苦手なので通過なのである。 -
猿田彦神社である。
天照大御神の先導役だったそうだ。
お伊勢参りの人々が多くお参りに来て賑わっていたのである。 -
猿田彦神社でみくじを引いた。
「末吉」であった。
オイラの人生そのものである。
「凶」でないだけ良しとするのである。 -
牛谷坂である。
牛谷坂 この牛谷坂という地名は、牛鬼という怪物がこの付近にいたからその名がついたと言われているのである。
険しい坂道で人一人がやっと通れるほどの細い道であったそうである。
現在でも、徒歩で登ると結構キツイのである。 -
伊勢の古図である。
(伊勢古市参宮街道資料館蔵)
当時の賑わいが伝わるようであった。 -
蘇民将来子孫家門...
伊勢を歩くと至る所で見かけるのである。
悪いことを追い払ってくれるお守り(詳細及び由来略)として玄関に一年中かけておくそうだ。 -
麻吉旅館である。
登録文化財に指定されているのである。
天明2年(1782年)の文書には記述があったそうである。
泊まってみたい旅館ではある。
古市地区は歓楽街だったそうだ。
ここで、散財して熊野へ行く事を断念した者も多かったと推測されるのである。
残念ながら、戦争期アメリカに燃やされてしまったそうである。
ある意味無念ではある。 -
油屋は日本三大遊郭(京の島原/江戸の吉原/伊勢の古市)の一つとされた伊勢古市の妓楼(部屋持ち遊女だけでも24人)であった。
油屋事件を知っている人も多いだろう。
現在に復刻出来ないものだろうか.... -
なぜか...
油屋の跡は「香港」になっていた。 -
お杉 お玉
現代で言うところのスーパーアイドルである。
コチラも現代に復刻出来ぬモノであろうか... -
小田橋である。
なんの変哲もない橋である。
昔は西国から来た人も東国から来た人もこの橋を渡ったのである。
このあたりは桜の名所であったそうだ。 -
昔の小田橋のイメージである。
妙に風流なのである。 -
外宮である。
内宮をお参りしたら外宮(豊受大神宮)もお参りせねばならぬのである。
全ての産業の守り神である。
特に農業系や製造業系の方はお参りすることを強く勧めたいのである。 -
豊受大御神荒御魂を祀る多賀宮にもお参りすることとするのである。
-
多賀宮である。
「豊受大御神荒御魂」をお祀りしているのである。
新規事業を興される方はお参り必須の神社である。
「荒祭宮」と同様、「荒御魂」を祀っているので中途半端なお参りなら、近づかぬ方がよろしいかと思われるのである。 -
山田旅館
なんかこう、歴史を感じさせる旅館ではある。
一度、泊まってみたいモノである。 -
神路通である。
夜、月夜見尊が豊受大御神に会いに行かれるとき通る道と言われているのである。
路上駐車など以ての外なのである。
なお、夜この道を通る時は隅の方を歩けと記されていた。 -
万金丹である。
現在でも営業しているとはチト驚いたのである。 -
リアカーの主張である。
う〜ん...コメントのしようのない世界ではあった。 -
筋向橋である。
何ともはや情けない姿である。
由緒ある橋なのであるが...
市教委はもう少し、道路行政側に圧力をかけて頂きたいのである。 -
度会橋である。
宮川を渡るのである。
だんだん熊野に向かう気持ちが強くなってきたのである。 -
柳の渡し
かつて、度会橋や参宮鉄道(現:JR参宮線)が出来る前は宮川を渡しで結んでいたのである。
このあたり、柳並木があった事から「柳の渡し」と呼ばれているようだ。
近くに尾崎咢堂記念館もあるので興味ある方は立ち寄られると良いであろう。 -
小洒落た住宅街が熊野街道沿いにあるのである。
-
道に有刺鉄線が飛び出していた。
危うく餌食になるところであった。
道路行政は「車」中心で「歩行者」への意識が欠けているように思えた。 -
田丸の中心地区である。
往事は伊勢参り熊野詣で賑わったのだろう。
オイラは熊野の方へ向かう事とするのである。 -
狭田国生神社である。
この神社をお参りするのは3回目である。
やはり、田丸は交通の要衝なであろう。
社頭入口に紀州藩の建てた「禁殺生(享保甲辰・1724)」の石柱がある。紀州藩領内の摂末社に建てられたようであることから、熊野のニオイが漂ってきたのである。 -
ここで、初瀬街道と分岐なのである。
-
田丸駅前に妙にリアルな人形があった。
夜には通りたくないのである。 -
田丸駅である。
一旦ここで、今回の巡礼の道の旅は終了するのである。
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