2004/11/08 - 2004/11/08
2155位(同エリア5910件中)
一歩人さん
恒例の秋祭り、『名古屋城菊人形』祭り。
2004年11月8日に名古屋城を訪れた時、目にして、
この菊人形の頭(かしら)に興味を覚えました。
菊の花びらで、人物や、動物、物語の場面などを
つくる、菊細工。
江戸時代、文化後期(1810年代)に江戸で最初の
ブームが起こった。
場所は、植木屋が多い、巣鴨、染井、駒込で
茶店や酒食の店が出てきてにぎわったとか。
弘化元年(天保15年、1844年)頃、
ブームが再燃し、秋の風物詩として、定着。
明治以降、団子坂で、「団子坂の菊人形」が
爆発的に流行。
安本亀八、山本福松らの生人形師が頭(かしら)の
製作にかかわった。
元来、「造菊」、「作り菊」、「菊の造り物」、
「菊の細工物」、「菊細工」などと呼ばれた。と。
(参考たばこと塩の博物館『大見世物』2003年11月)
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 新幹線
-
01 名古屋城の菊人形
2004年のテーマは、
『名古屋城絵巻』
2008年のテーマは、
『本丸御殿と将軍家光』 -
02 名古屋城の菊人形
加藤清正 -
03 名古屋城の菊人形
石曳 「武士」 -
04 名古屋城の菊人形
菊慈童 -
05 名古屋城の菊人形
徳川義直・春姫 -
06 たばこと塩の博物館の菊人形
歌舞伎『暫(しばらく)』
江戸時代の菊に関係する細工物は、菊で
何かを形づくる、または、接ぎ木して、
変わり咲きさせたりが、中心のようだった。
しかし、中には、『暫』のように、菊人形に
近いものもあったとか。
(撮影2003年11月6日) -
07 上野国立博物館の生人形
三代目安本亀八(1868〜1946)は、
初代の父、二代目の兄とともに、生人形制作の
興隆期に活躍。明治26年(1893年)、
浅草の生人形興行『西南戦争実説』で人形師として
デビュー。大正期に、各国の博覧会に出品された
等身大の風俗人形を多数製作。
(撮影2006年1月9日) -
08 上野国立博物館の生人形
寄贈者は、白木屋10代店主 木村彦太郎氏。
当時(明治40年1907年頃)、呉服店では、
生人形師の作った等身大人形をマネキンとして、
使用していた由。
女性の衣装は、正倉院の鳥毛立女屏風や絵因果経を参考に
作られた由。
三代安本亀八作。
(撮影2008年3月26日、以下同じ)) -
09 上野国立博物館の生人形
鎌倉時代女子 -
10 上野国立博物館の生人形
天平時代女子
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この旅行記へのコメント (2)
-
- マチャさん 2009/02/01 22:06:06
- 生クビ〜!
- 一歩人さん、こんばんは。
名古屋城の菊人形、小さい頃に1度見た様な…
今日も栄に行ったのになかなか名古屋城を見る機会がありません。
久々にフラリと行ってみたくなりました。
- 一歩人さん からの返信 2009/02/02 05:18:08
- RE: 生クビ〜!
- マチャさんへ
ご訪問ありがとうございました。
生人形は一時期マイブームでした。
私が踏み出した第一歩は、江戸山車。
種明かしは、実は、知人に山車研究家がいるもので、
山車人形は、生人形なんですよね。
江戸天下祭はこちら
http://www.edo-tomo.jp/nkdh/nsem/nsemi081016.html#ns227
失礼しま〜す。
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