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やっと、本にすることができました。<br /><br />『アジア山地社会の民俗信仰と仏教』<br />―タイ北部と雲南の宗教人類学的研究―<br /> 著者 菅原壽清   平成22年11月出版<br /> 出版社 岩田書院 337頁 定価7900円<br />序<br />第一部 タイ北部と中国雲南における民俗信仰<br />第一章 タイ北部と雲南西双版納―アカ(哈尼)の人びと<br />第二章 雲南元陽―哈尼の人びと<br />第二部 大理白族の人びとの本主信仰と仏教<br />第一章 本主信仰の成立と仏教<br />第二章 本主廟に祀られた神々の神統とその構造<br />第三章 本主信仰を支える祭祀組織<br />第四章 大理白族の葬送儀礼<br />第五章 大理白族の巫師<br />終わりに<br /><br /><br />雲南大理紀行−大理白族の本主信仰・大理貴州エリア<br />1997年1月3日〜14日雲南調査(1月8日〜12日大理白族調査)<br />  1月 3日 出国 成田─上海 <br />  1月 4日 上海─昆明 <br />  1月 5日〜7日 雲南大学シンポジウム、大理調査 <br />  1月 8日 昆明─大理<br />  1月 9日 大理の観音寺、&#27953;源県牛街の調査、剣川県石鐘山石窟へ <br />  1月10日 剣川−大理周城 <br />  1月11日 喜洲−大理シャーマン<br />1月12日 大理─昆明<br />  1月13日 昆明─上海 <br />  1月14日 帰国 上海─成田 <br />2000年8月7日〜27日雲南調査(8月8日〜15日・25日大理白族調査)<br />  8月 7日 羽田 ─ 関空 ─昆明 <br />  8月 8日 大理普賢寺調査、本主廟調査 <br />  8月 9日 大理の葬列 <br />  8月10日 大理の洪さんの村、無為寺 <br />  8月11日 喜州の慶洞村・国王の本主廟調査、朝陽村の本主廟 <br />  8月12日 「チーボー(先祖)供養の儀礼」の見学 <br />  8月13日 &#27953;源県・シャーマンの調査、中元先祖送り、跳神婆 <br />  8月14日 中元最終日の先祖送り<br />  8月15日〜24日 楚雄大学にてシンポジウム、モソ調査 <br />8月25日 城皇廟調査<br />8月26日 昆明<br />8月27日 昆明─関空─羽田 帰国 <br />2001年8月8日〜23日大理白族調査<br />  8月 8日 羽田 ─ 関空 ─ 昆明 <br />  8月 9日 昆明・雲南大学 <br />  8月10日 昆明 ─ 大理 <br />  8月11日 小岑村本主廟の祭り ─ 城隍廟 <br />  8月12日 小岑村のお葬式 ─ 馬久邑村の本主廟祭り <br />  8月13日 龍鳳村龍王廟 ─ 城隍廟・本主廟の祭り <br />  8月14日 周城 ─ 段思平 ─ 松明祭り <br />  8月15日 巍宝山・道教寺院 <br />  8月16日 巫師アショカー <br />  8月17日 &#27953;源県の本主廟 <br />  8月18日 大理 ─ 麗江 <br />  8月19日 剣川の本主廟 <br />  8月20日 麗江 ─ 昆明 <br />  8月22日 昆明 ─ 関空 ─ 羽田 <br />2004年8月13日〜29日雲南調査(14〜16日、26〜27日大理白族調査)<br />  8月13日 出国 <br />  8月14日 昆明から大理へ <br />  8月15日 大理市内調査 <br />  8月16日 巫師の調査 <br />  8月17日〜24日 怒江にてシンポジウム <br />  8月25日 大理から&#27953;源県へ <br />  8月26日 &#27953;源県ツピー湖の観音調査  <br />  8月27日 大理から昆明へ <br />  8月28日 昆明 <br />  8月29日 帰国 <br />

『アジア山地社会・・・』雲南大理紀行−本主信仰? 喜州エリア 07-2剣川・洱源の本主廟

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2004/08/13 - 2004/08/29

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Yunnan

Yunnanさん

やっと、本にすることができました。

『アジア山地社会の民俗信仰と仏教』
―タイ北部と雲南の宗教人類学的研究―
 著者 菅原壽清   平成22年11月出版
 出版社 岩田書院 337頁 定価7900円
序
第一部 タイ北部と中国雲南における民俗信仰
第一章 タイ北部と雲南西双版納―アカ(哈尼)の人びと
第二章 雲南元陽―哈尼の人びと
第二部 大理白族の人びとの本主信仰と仏教
第一章 本主信仰の成立と仏教
第二章 本主廟に祀られた神々の神統とその構造
第三章 本主信仰を支える祭祀組織
第四章 大理白族の葬送儀礼
第五章 大理白族の巫師
終わりに


雲南大理紀行−大理白族の本主信仰・大理貴州エリア
1997年1月3日〜14日雲南調査(1月8日〜12日大理白族調査)
  1月 3日 出国 成田─上海
  1月 4日 上海─昆明
  1月 5日〜7日 雲南大学シンポジウム、大理調査
  1月 8日 昆明─大理
  1月 9日 大理の観音寺、洱源県牛街の調査、剣川県石鐘山石窟へ
  1月10日 剣川−大理周城
  1月11日 喜洲−大理シャーマン
1月12日 大理─昆明
  1月13日 昆明─上海
  1月14日 帰国 上海─成田
2000年8月7日〜27日雲南調査(8月8日〜15日・25日大理白族調査)
  8月 7日 羽田 ─ 関空 ─昆明
  8月 8日 大理普賢寺調査、本主廟調査
  8月 9日 大理の葬列
  8月10日 大理の洪さんの村、無為寺
  8月11日 喜州の慶洞村・国王の本主廟調査、朝陽村の本主廟
  8月12日 「チーボー(先祖)供養の儀礼」の見学
  8月13日 洱源県・シャーマンの調査、中元先祖送り、跳神婆
  8月14日 中元最終日の先祖送り
  8月15日〜24日 楚雄大学にてシンポジウム、モソ調査
8月25日 城皇廟調査
8月26日 昆明
8月27日 昆明─関空─羽田 帰国
2001年8月8日〜23日大理白族調査
  8月 8日 羽田 ─ 関空 ─ 昆明
  8月 9日 昆明・雲南大学
  8月10日 昆明 ─ 大理
  8月11日 小岑村本主廟の祭り ─ 城隍廟
  8月12日 小岑村のお葬式 ─ 馬久邑村の本主廟祭り
  8月13日 龍鳳村龍王廟 ─ 城隍廟・本主廟の祭り
  8月14日 周城 ─ 段思平 ─ 松明祭り
  8月15日 巍宝山・道教寺院
  8月16日 巫師アショカー
  8月17日 洱源県の本主廟
  8月18日 大理 ─ 麗江
  8月19日 剣川の本主廟
  8月20日 麗江 ─ 昆明
  8月22日 昆明 ─ 関空 ─ 羽田
2004年8月13日〜29日雲南調査(14〜16日、26〜27日大理白族調査)
  8月13日 出国
  8月14日 昆明から大理へ
  8月15日 大理市内調査
  8月16日 巫師の調査
  8月17日〜24日 怒江にてシンポジウム
  8月25日 大理から洱源県へ
  8月26日 洱源県ツピー湖の観音調査 
  8月27日 大理から昆明へ
  8月28日 昆明
  8月29日 帰国

  • *056 &#27953;源県の地図<br />

    *056 洱源県の地図

  • *057  略地図<br />

    *057 略地図

  • *058 2000年8月13日、&#27953;源地域へ巫師のいる村の調査に行く。2000メートルの高地に開かれた村。<br />

    *058 2000年8月13日、洱源地域へ巫師のいる村の調査に行く。2000メートルの高地に開かれた村。

  • *059  村の本主廟。<br />

    *059 村の本主廟。

  • *060 同じ。<br />

    *060 同じ。

  • *061 別の集落の本主廟。<br />

    *061 別の集落の本主廟。

  • *062 97年の調査の時見た山の上にある本主廟か、道教廟。<br />

    *062 97年の調査の時見た山の上にある本主廟か、道教廟。

  • *063 同じ。<br />

    *063 同じ。

  • *064 村の洞経会の老人。<br />

    *064 村の洞経会の老人。

  • *065 同じ。<br />

    *065 同じ。

  • *066 洞経会が用いている経典。<br />

    *066 洞経会が用いている経典。

  • *067 同じ。「般若心経」が最初に。<br />

    *067 同じ。「般若心経」が最初に。

  • *068  2004年8月24日、&#27953;源県のツービ湖畔の河村で巫師の調査を行う。そのときに見た村の本主廟。<br />

    *068 2004年8月24日、洱源県のツービ湖畔の河村で巫師の調査を行う。そのときに見た村の本主廟。

  • *069 本主廟入り口。<br />

    *069 本主廟入り口。

  • *070 同じ。<br />

    *070 同じ。

  • *071 本主。<br />

    *071 本主。

  • *072 脇神。<br />

    *072 脇神。

  • *073 脇神、子育ての神。<br />

    *073 脇神、子育ての神。

  • *074 脇神。<br />

    *074 脇神。

  • *075 村の女性に巫師について尋ねているところ。村の女性はぺー語しか喋れないので、白族の運転手さんを通じてぺー語を漢語に通訳、さらに漢語を日本語に通訳してもらっているところ。間に二人の通訳を入れての調査。<br />

    *075 村の女性に巫師について尋ねているところ。村の女性はぺー語しか喋れないので、白族の運転手さんを通じてぺー語を漢語に通訳、さらに漢語を日本語に通訳してもらっているところ。間に二人の通訳を入れての調査。

  • *076 2004年8月24日、慶元村にて。村の本主廟。<br />

    *076 2004年8月24日、慶元村にて。村の本主廟。

  • *077 訪ねてみると、仏寺と本主廟が隣接して建てられていた。<br />

    *077 訪ねてみると、仏寺と本主廟が隣接して建てられていた。

  • *078 仏寺。<br />

    *078 仏寺。

  • *079 お釈迦さんと観音。7月23日が観音の祭り。<br />

    *079 お釈迦さんと観音。7月23日が観音の祭り。

  • *080 垣根一つで隣接して村の本主廟が。<br />

    *080 垣根一つで隣接して村の本主廟が。

  • *081 まだ、囲いが出来ていなかった。<br />

    *081 まだ、囲いが出来ていなかった。

  • *082 2004年8月24日、&#27953;源にあるツービー湖の対岸に観音を祀った廟がある。旧暦の7月には観音祭があり、周辺の村から400人位の人たちが集まるという。その祭りには、日本の恐山と同じように巫師もやって来てホトケ降ろしも行われ、また歌垣も行われるという。時期では無かったが、下調べの調査を行う。<br />

    *082 2004年8月24日、洱源にあるツービー湖の対岸に観音を祀った廟がある。旧暦の7月には観音祭があり、周辺の村から400人位の人たちが集まるという。その祭りには、日本の恐山と同じように巫師もやって来てホトケ降ろしも行われ、また歌垣も行われるという。時期では無かったが、下調べの調査を行う。

  • *083 湖畔周辺の様子。<br />

    *083 湖畔周辺の様子。

  • *084 同じ。観音廟に行くには、対岸から渡し船に乗って15分かかる。現在は道が整備され、車でも行くことが出来る。<br />

    *084 同じ。観音廟に行くには、対岸から渡し船に乗って15分かかる。現在は道が整備され、車でも行くことが出来る。

  • *085 船上から、観音廟を望む。<br />

    *085 船上から、観音廟を望む。

  • *086 同じ。<br /><br />

    *086 同じ。

  • *087 同じ。<br />

    *087 同じ。

  • *088 同じ。<br />

    *088 同じ。

  • *089 同じ。<br />

    *089 同じ。

  • *090 同じ。

    *090 同じ。

  • *091 同じ。<br />

    *091 同じ。

  • *092 同じ。<br />

    *092 同じ。

  • *093 同じ。<br />

    *093 同じ。

  • *094 同じ。<br />

    *094 同じ。

  • *095 同じ。湖に近い、二階建ての建物は船に待合室。その上、中段は龍王廟と村の本主廟。さらに、その上に見える小さな建物は&#27953;源の観音堂。最上に見える極小さい祠は土地神か山神を祀った祠のようだ。<br />

    *095 同じ。湖に近い、二階建ての建物は船に待合室。その上、中段は龍王廟と村の本主廟。さらに、その上に見える小さな建物は洱源の観音堂。最上に見える極小さい祠は土地神か山神を祀った祠のようだ。

  • *096 上陸して見学。帰りの船の時間が1時間しか無かったために、急いで要所を見学。廟に掲げられていた碑には「&#27953;河霊帝祠」と書かれていた。<br />

    *096 上陸して見学。帰りの船の時間が1時間しか無かったために、急いで要所を見学。廟に掲げられていた碑には「洱河霊帝祠」と書かれていた。

  • *097 村の本主廟。<br /><br />

    *097 村の本主廟。

  • *098 本主神。<br />

    *098 本主神。

  • *099 同じ、正面から。<br />

    *099 同じ、正面から。

  • *100 脇神。

    *100 脇神。

  • *101 待合室の観音。<br />

    *101 待合室の観音。

  • *102 廟の壁に描かれていた絵。<br />

    *102 廟の壁に描かれていた絵。

  • *103 本主廟から見た観音堂。時間が無くて、次回に調査することに。<br />

    *103 本主廟から見た観音堂。時間が無くて、次回に調査することに。

  • *104 岡部隆志先生提供。観音祭の様子。<br />

    *104 岡部隆志先生提供。観音祭の様子。

  • *105 同じ。巫師が依頼者に応えてホトケ降ろしを行っているところ。<br />

    *105 同じ。巫師が依頼者に応えてホトケ降ろしを行っているところ。

  • *106  1997年1月9日、白族の故郷である剣川県石鐘山石窟を見学。山上から麓の村を望む。<br />

    *106 1997年1月9日、白族の故郷である剣川県石鐘山石窟を見学。山上から麓の村を望む。

  • *107 同じ。<br />

    *107 同じ。

  • *108 門。<br />

    *108 門。

  • *109 石窟を望む。石鐘山石窟:剣川県にある。十六窟、百三十数尊の仏像が現存。唐・宋代に開かれ、南詔、大理国時代の政治、文化、宗教、民間習俗を反映した内容。白族の特色を基に、漢族、チベット族の特色も融合。<br />

    *109 石窟を望む。石鐘山石窟:剣川県にある。十六窟、百三十数尊の仏像が現存。唐・宋代に開かれ、南詔、大理国時代の政治、文化、宗教、民間習俗を反映した内容。白族の特色を基に、漢族、チベット族の特色も融合。

  • *110 同じ。剣川県石鐘山:白族の本主廟。南詔国の時代に王室の守護を祈願して建立。現在も、正月には多くの白族の参拝がある。<br />

    *110 同じ。剣川県石鐘山:白族の本主廟。南詔国の時代に王室の守護を祈願して建立。現在も、正月には多くの白族の参拝がある。

  • *111 石鐘山石窟。<br />

    *111 石鐘山石窟。

  • *112 南詔王国の時代、女性が男の子が欲しいと思ったとき、ここにお詣りした。また、胡麻の油を塗って安産祈願をした。<br />

    *112 南詔王国の時代、女性が男の子が欲しいと思ったとき、ここにお詣りした。また、胡麻の油を塗って安産祈願をした。

  • *113 六代目南詔国王の彫像:チベットとの関係を絶ち、唐の王朝と協調することを記念して建立。彫像は、国王が臣下を従えて、朝仏教の儀礼を行う様子を像として刻んだもの。千年以上の歴史があり、完全な形で保存されてきた。1949年に中国政府は国宝の第一号に指定。文化大革命のときも、紅衛兵の破壊から、軍隊を派遣して守ったという。<br />

    *113 六代目南詔国王の彫像:チベットとの関係を絶ち、唐の王朝と協調することを記念して建立。彫像は、国王が臣下を従えて、朝仏教の儀礼を行う様子を像として刻んだもの。千年以上の歴史があり、完全な形で保存されてきた。1949年に中国政府は国宝の第一号に指定。文化大革命のときも、紅衛兵の破壊から、軍隊を派遣して守ったという。

  • *114 政治を行っている南詔王彫像。

    *114 政治を行っている南詔王彫像。

  • *115 登り口に祀られていた祠。霊樹。<br />

    *115 登り口に祀られていた祠。霊樹。

  • *116 祠、土地神か。<br />

    *116 祠、土地神か。

  • *117 入り口。崖の石窟:崖に窪みを作って、そこに仏像を刻み、仏像群を被うように寺院の建物が建造されている。仏像の様式は、中国国内のものとは異なって衣服が薄く繊細な表現からなり、チベットの影響を受けている。建物は仏像、観音、ペー族の女性崇拝を祀った三つの彫像群からなっている。<br />

    *117 入り口。崖の石窟:崖に窪みを作って、そこに仏像を刻み、仏像群を被うように寺院の建物が建造されている。仏像の様式は、中国国内のものとは異なって衣服が薄く繊細な表現からなり、チベットの影響を受けている。建物は仏像、観音、ペー族の女性崇拝を祀った三つの彫像群からなっている。

  • *118 同じ。石宝山:毎年 1回、旧 7月末(29〜31日のように)の三日間、ペー族の歌垣がこの山で行われる。近在の 8県、 500キロ以内の人びとが集まってくる。 <br />

    *118 同じ。石宝山:毎年 1回、旧 7月末(29〜31日のように)の三日間、ペー族の歌垣がこの山で行われる。近在の 8県、 500キロ以内の人びとが集まってくる。

  • *119 実相寺の額。祭には、かつて若い男女が多く集まり、歌で男女の心を歌って、将来のパートナーをさがしたといわれる。また、年輩の男女は別れた人を想って歌うという。向かい合って二つの高い岩山が、谷を隔ててあり、双方の頂上に登って相互に声をかけるという。金相寺のある山は整備され、中心となっている。岩壁に弥勒仏を祀ったお堂が建てられ、岩壁の回路を巡ってお詣りする仕掛けになっている。 <br />

    *119 実相寺の額。祭には、かつて若い男女が多く集まり、歌で男女の心を歌って、将来のパートナーをさがしたといわれる。また、年輩の男女は別れた人を想って歌うという。向かい合って二つの高い岩山が、谷を隔ててあり、双方の頂上に登って相互に声をかけるという。金相寺のある山は整備され、中心となっている。岩壁に弥勒仏を祀ったお堂が建てられ、岩壁の回路を巡ってお詣りする仕掛けになっている。

  • *120  崖に刻まれた仏像を巡拝。<br />

    *120 崖に刻まれた仏像を巡拝。

  • *121 崖上の布袋さん。弥勒菩薩か。<br />

    *121 崖上の布袋さん。弥勒菩薩か。

  • *122 山上では、祭りの日に歌垣が行われる。この歌垣の祭は、石碑の記録に依れば千年の歴史があり、一時は政府も禁止したが止 めることができなかった。今では年々盛んになってきているとのこと。近在からの人びとは、かつては食糧や寝具を背負って徒歩でやって来て祭の間は野宿したという。現在では、宿泊所もあり、またバスや自動車でやってくるという。<br />

    *122 山上では、祭りの日に歌垣が行われる。この歌垣の祭は、石碑の記録に依れば千年の歴史があり、一時は政府も禁止したが止 めることができなかった。今では年々盛んになってきているとのこと。近在からの人びとは、かつては食糧や寝具を背負って徒歩でやって来て祭の間は野宿したという。現在では、宿泊所もあり、またバスや自動車でやってくるという。

  • *123 自生していた椿の花。照葉樹林帯の西に位置していることがわかる。<br />

    *123 自生していた椿の花。照葉樹林帯の西に位置していることがわかる。

  • *124 帰りに見た夕暮れの石鐘山。<br />

    *124 帰りに見た夕暮れの石鐘山。

  • *125 こちらも。剣川へ:石宝山を後にして、夕暮れの山を下山。美しい石鐘山のシルエットが印象的であった。剣川の宿泊所に着いたのは夜の10時過ぎ。すでに夕食はなく、風呂も外にあるとのこと。寒い。冬の夜空の星が降るように輝いていた。<br />

    *125 こちらも。剣川へ:石宝山を後にして、夕暮れの山を下山。美しい石鐘山のシルエットが印象的であった。剣川の宿泊所に着いたのは夜の10時過ぎ。すでに夕食はなく、風呂も外にあるとのこと。寒い。冬の夜空の星が降るように輝いていた。

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