2008/05/17 - 2008/05/17
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ひま人さん
柏原市は古代の要塞都市であった。地理的には、東の生駒山地と西の上町台地、南の大和川に囲まれ、生駒山麓から弥生時代に平野部に居住地を広げた。古墳時代には山麓部を中心に平野部にも多くの古墳が作られた。
古代から製鉄が盛んであり、雁多尾畑(かりんどばた)でその遺跡が出土していて、製鉄民が活動していたことが裏付けられている。
BC538年、百済から仏教と経典が持たされ、蘇我・物部氏の争いを経て、596年法興寺(飛鳥寺)が建立された。8世紀頃、600寺院があったと推定され、その内10分の1の66カ寺が柏原のある河内の国に集中していた。
応神・仁徳天皇の時代、大和王権が河内へ進出するとともに、朝鮮半島の百済・新羅・高句麗との関係も深くなり、多くの渡来人がやってきて定住した。
歴史的には、古から発展していた柏原であるが、文化財も多数出土し、歴史資料館も一見の価値がある。
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 観光バス
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河内国分寺塔跡が復元されている。(写真)塔は七重で、高さは50m以上と推定されている。
基壇は一辺19m、高さ1.54m。礎石の規模や配置から一辺の長さが10.36mの塔が建っていたと判明。本来17個の礎石が7個しか残っていないのが残念である。 -
鐸比古(ぬでひこ)鐸比売(ぬでひめ)神社。式内社、高尾山近辺から弥生時代の多紐細文鏡が出土しており、当地域の拠点的な大県遺跡で青銅器生産に関係した集団がいたと考えられる。
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観音寺、智識寺ゆかりの経机が伝わる。
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石神社、式内社で境内には、高さ18M、樹齢800年の楠(府天然記念物)があり、智識寺跡出土の四天柱礎石2個が移し置かれている。
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柏原市立歴史資料館、市内の古墳や古代寺院跡などの遺跡から発掘された考古資料、近世の柏原村を語る古文書等が展示されている。
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高井田横穴古墳、古墳時代後期に岩盤を掘りぬいた柏原市にしかない形態の古墳。線刻壁画を持つ横穴が特徴である。現在160数基が史跡指定されている。
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高井田横穴古墳に描かれている線刻壁画(レプリカ)ゴンドラ形の船、人物、家、鳥、花等が描かれている。
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金山彦神社、式内社、青谷の氏神として、素朴な檜材一本造りの神像八体と狛犬一対を祀る。
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金山媛神社、祭神は金山売命。社名から製鉄・鍛治生産を守護し、柏原市域の大規模な鉄器生産大集団との関連が考えられる。
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信貴山、朝護孫子寺。寺伝では聖徳太子が582年、蘇我馬子とともに物部守屋を討つとき、この山で毘沙門天を感得し、戦勝を祈願した。首尾よく守屋を討ったので、この地に毘沙門天を祀り、「信ずべき、貴ぶべき山」すなわち信貴山と号したという。
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龍田大社、2100年前、崇神天皇の時代、凶作・疫病が流行し騒然としている中で天皇の御夢に「吾が宮を朝日の日向かう処、夕日の隠る処の龍田の立野の小野に定めまつりて云々」と言うご信託があり、その通りに御宮を造営すると疫病は退散し、豊作になったとある。
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