1977/07/09 - 1977/07/15
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くうさん
強い日差しに、街路樹はヤシの木、海の色も全然違う・・沖縄なんだなあ〜!
まだ返還されて6年しかたっていない沖縄。広い米軍基地と横文字の看板が印象的だった。
それに数々の戦争の慰霊碑・・戦争がとてもリアルに感じた。
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7月9日
羽田から那覇まで直行。
早速、観光タクシーに乗って戦争の痕跡が色濃く残っている沖縄本島の南部を廻った。 -
海軍戦没者慰霊の塔、黎明の塔、健児の塔、そしてひめゆりの塔など、戦没者を慰める記念塔をいくつか回った。
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上陸した米軍に追われた住民はこの海に飛び込み集団自決したそうだ。
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米軍に見つからないよう、こんな穴に隠れていた。
他に旧海軍指令壕・・地下道に作られた指令壕が残されていた。 -
新治ビーチ・・グラスボートに乗って、珊瑚の間を行きかう熱帯魚たちに出会った。
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沖縄の家にはどの屋根にも、こんな守り神が。(玉泉洞のお土産屋さんで)
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7月10日
また観光タクシーに乗って沖縄の中部を廻る。
多幸山ハブセンター・・ハブとマングースの戦いが見られたのだけど、マングースがあまり可愛かったので、戦う様子なんて見ていたくなくて外で待っていた。
写真は真栄田岬 -
万座毛・・昔は崖の先に鳥居が立ってたけど、台風で飛ばされたそうだ。
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東南植物楽園・・鮮やかなハイビスカス♪
他に珍しい花がたくさん咲いていた。 -
7月11日
バスに乗って北の方の沖縄海中公園へ行った。
海中展望塔があって、目の前で熱帯魚が泳いでいるのが良く見えた。
それから近くの海水浴場で泳ぐ。
やっと沖縄の海に入ることが出来た♪
人はあまり居なくて水も綺麗。 -
7月12日
朝、那覇港から大きな船に乗って沖縄本島から沖永良部島へ向かう。 -
途中、伊江島、水納島、そして人気の与論島が見えた。
本当はこの与論島に泊まりたかったのに、あまりの人気で宿泊施設が満員だったのだ・・。 -
与論島は珊瑚礁の島なので、大きな船が近づけず、小さな船に乗り換えていた。
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午後、沖永良部島に到着。
まだ日が高かったので、ワンジョ海岸で海水浴。
見渡す限り誰も居なかったので、その辺の岩の陰で着替えた。 -
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7月13日
観光タクシーに乗って島巡りへ。
大山展望台・世之主の墓など。
沖永良部島はあまり観光地化されていなくて、どこへ行ってもサトウキビ畑、ソテツの原生林・・自然がいっぱいで良かった。 -
昇竜洞・・小規模ながらすごかった!
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越山展望台・・360度のパノラマ!沖永良部島全島が手に取るように見渡せた。
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夕方、沖永良部島を出港して奄美大島へ。
途中の徳之島で。
船に乗るのを嫌がっている牛達・・。 -
東シナ海の日没
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7月14日
前の日、夜遅く奄美大島に到着。 この日は観光バスで島を一周。
西郷隆盛の住居跡はごく普通の島の家だった。
大島紬センターでは紬が染められていくのをじっくり見学。
名瀬湾ではグラスボートに乗って、珊瑚礁や熱帯魚を見た。
これはバシャ山・・だと思う。 -
石原熱帯植物園・・見慣れない南の植物がいっぱい!向こうは真っ青な海。
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あやまる岬・・奄美大島も珊瑚礁で出来た島
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7月15日
帰る日。飛行機は午後の便なので、それまで海に行って遊んだ。
足元に、小さな魚がいっぱい泳いでいた。 -
本当に小さな奄美大島空港から鹿児島経由で羽田へ。
上空から見えた種子島。
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