2007/12/13 - 2007/12/29
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てあもーれさん
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2週間、キューバを旅した。
南国キューバで最も過ごし易い12月に行けたのは幸せだった。気温はいつも20〜24度で風は爽やか。。。
初めてキューバに行って驚いたことは山ほどある。黒いススを撒き散らしながら走る、50〜60年代の古いアメ車やトラック・バス。数々の豪華なコロニアル建築と、それが修理されることなく、ただただ朽ちていっている様子。社会主義下の店舗がいかに貧困か。。
でも、国民の平均所得が月収で20CUC(2400円)という究極の貧しさの中でも、人々が自分の国に誇りを持って、笑顔でハッピーな人生を過ごしているのは一番印象的だった。そして私たち旅行者にとっては社会主義のメリットも多大だった。なにしろ警官がいたるところに立っていて治安がいい。それから、島全体が国有地で保護されているので乱開発などは皆無で、街を少しでると手着かずの南国の自然な風景が残されている。
今回は首都ハバナのホテルに計5泊。残りはレンタカーでCienfuegos->Trinidad->Moron->Cayo Coco->Cayo Santa Maria->Santa Clara->Sonoa->Viniales->Rio del pinar->Habanaと、島の中央まで行き、西を周って戻るコースをとった。総走行距離2500km。パートナーのルイの方針で、この地方めぐりの間は夕方到着した街で民家を探して泊めてもらうという「行き当たりばったり型」。Casa Paticularesと呼ばれていて、自分の家の一室をB&Bのように提供する家が、島のあちこちにある。清潔だし、寝室にバスルームがついているので不自由なく、なんといっても地元の人達とお話して彼らの生活を垣間見ることが出来て、最高に楽しい旅になった。もちろん宿泊費も割安で、一部屋が平均で25CUC(3000円)程度。
写真はハバナの旧市街にあるラム美術館で。
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- レンタカー
- 航空会社
- エールフランス
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パリから約10時間のフライト後、首都ハバナに到着。空港は各国の国旗が天井から吊るされていて素朴な華やかさ。政敵アメリカの星条旗もちゃんと吊るされていた。
ロビーの店舗は小さな免税店が1つ、スウォッチの店が1つ、あとは土産物屋とか本屋とかギャラリーとか。。。かなり「かわいい」感じ。
空港からタクシーに乗って、ハバナの旧市街に向かう。パリの空港で知り合った2人のフランス人達と相乗りしたが、そのうちの1人が走り出してすぐに料金を値切ろうとしたら、運転手さん一言「また空港に戻りましょうか?」とフランス人を黙らせた。かっこいい。
空港ー>ハバナ旧市街は30分弱、25CUC(3000円)だった。 -
宿泊したHotel Floridaのロビー。1836年に建てられた大富豪の屋敷を改装したホテルで、一番賑やかなオビスボ通りに面していて立地は最高。
私達は旧市街に泊まりたかったので、事前に便利な場所にあるこのホテルをネットで予約して行ったけど、実は旧市街にもCasas Paticularesは結構あったので、節約型の旅行者には現地でCasaを探すことをお勧めします。最後の晩は私達もCasas Paticularesを探して泊まりました。英語の出来るマダムが居るコロニアル建築のCasaで超便利な立地にありました。↓
Casa Mercedes
http://casamercedes.awardspace.com -
ホテル2階の内バルコニーでくつろぐルイ。旧市街の建物の多くはスペイン・コロニアル建築。特徴は中庭、太い円柱、高い天井だそうで、本当に部屋の天井は4〜5mくらいあるかと思われるほど高く、広々とした雰囲気だった。
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到着した夜、ぶらぶら旧市街を歩いてMercaderes通りに見つけたレストラン。夜9時半ごろ着いたら、ちょうどフラメンコのショーが始まった。キューバでフラメンコに遭遇するとは思わなかったな。近くの客席では3歳くらいの女の子がフラメンコのダンサーの振りを真似て一生懸命踊ってる。ビデオで撮ったので載せられないのが残念なくらい、可愛かった。
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翌朝は時差ぼけのせいか6時ごろ目が覚めた。陽が登る前に旧市街をお散歩。ハバナの旧市街はユネスコの世界遺産に登録されているほどで、18世紀の繁栄した時期に建設された美しい建物の宝庫。
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散歩していると広場からワンちゃんが着いてきた。30分くらい付きっ切りで旧市街を案内してくれた。キューバには、小さな犬が道にたくさん住んでいて、みんなとっても痩せている。オープンエアのレストランに行くと、彼らはテーブルの横にお行儀良く座って、運よく優しい客が食べ物を分けてくれるのを待ってる。
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旧市街。美しい建物がたくさんあるけど、それらの多くは修繕されないまま朽ちていっている。多分、修繕する材料と経済的余裕が無いんだろう。。
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旧市街中心地にある劇場。ひときわ豪華な建造物。
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旧市街で一番賑やかなオビスボ通りにある店舗。なんというか。。。日本では50〜60年前の店はこんなんだったのかな?というような雰囲気の品揃え。
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自転車タクシーをしている地元のお兄さん、色々と質問したら親切に答えてくれた。「フィデロが死んだら弟のラウルが国家元首になる。ラウルはフィデロよりリベラルなので、今より自由経済を取り入れるだろう」「国家公務員(この国では、ほとんどの人がそう)の所得はとても低くて、給料だけではお肉や魚を買うことが出来ない。お米や芋は配給だから手に入るけど。もう少しでいいから給料が上がれば、僕たちはもっと幸せに暮らせるんだけど。。。」と言っていた。
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中華街の門。世界の果てに行っても中華街はあるんだ〜。。。と感慨深い。
さっきの自転車タクシーのお兄さんによると、スペイン語を習得する中国人留学生はキューバに来るとか。同じ共産主義国であると同時に、教育が無料ということでキューバは留学生が来やすい国なんだろうな。 -
繁華街。ピザやアイスクリームや揚げパンみたいなものを売るお店に列をつくる人々。アイスクリームは頭が痛くなるほど甘かった。。。
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旧市街のカテドラル。中に入ってみると、教会とは思えないような豪華なシャンデリアが。。。やっぱりキューバって不思議な国。
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カテドラル前の広場Plaza de la Catedralには、美しいブーゲンビリア。この広場は夜はオレンジの照明でライトアップされてかなりロマンチックなので、カップルにはお勧めです。(ちなみに私達はPlaza Viejaという違う広場に入り浸っていましたが。。。)
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古い冷蔵庫を新しいものと交換しているトラック。冷蔵庫に限らず、電化製品のほとんどはかなり古いものを捨てずに直して使ってる。博物館の中に住んでるような感じです。でも、古くなったら捨てて新しいものを買う、という行為を繰り返す私達の生活に疑問を持ったのも事実。
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またまた、オビスボ通りのショーウィンドー。クリスマスシーズンだったので、プレゼントに下着どうぞ、って感じ?! ディスプレイが簡素で新鮮です。
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お気に入りのレストランを見つける前に試しに入ったホテル内のレストランで。。。
このホテル、Plaza Viejaの近くにあるんだけど入ってメニューを見て初めてユダヤ教のホテルだってことが判明。客は私達だけなのにオーダーして30分経ってもまだ食べ物が来ない。イライラし始めた頃、このバンドの2人が入ってきてテーブルの前で演奏し始めた。キューバの音楽をバイオリンで?と思ったけど、なかなかイケテいた。そのうちおじさんが卵型の楽器(中に砂みたいのが入ってて、サッサッって音がするやつ)を取り出して私に渡すので、一緒に演奏することに。。。なぜか妙に楽しかった。。。 -
私達が入り浸っていた、旧市街にある広場「Plaza Vieja」。ここは昔は市場でしたが、今は車が入れなくなっていて、静かで落ち着いた空間。
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Plaza Veijaにある古い建物。信じられないけど、中には人が住んでいます。メールボックスがたくさんあったから、結構な人数が住んでいそうです。地震の無い国で良かったね、って感じ。
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この広場には、私達がハバナ滞在中は食堂のように毎食通っていたビール工場レストラン「Taverna de la Muralla」があります。オープンエアの席の前では、バンドがいつも演奏していてとても楽しい雰囲気。
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レストランの中にはビール工場があって、3種類のおいしい生ビールを飲ませてくれます。
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南国での冷たいビール格別ですね。このレストランは、店の外でバーベキューをしておいしいお肉を食べさせてくれます。しかも安い!!お勧めしたいメニューは山のようにあるけど、例えば骨付きハムを焼いたものに、黒豆ライスと野菜とバナナチップの付いた「Sarten de la casa」は5.5CUC(660円)で、その美味しさとボリュームを考えると、この値段はかなり安いと思います。というのも、観光客向けの小奇麗なレストランは一皿平均10CUC(1200円)はするので、それに比べると半額です。ちなみにビールはジョッキで2CUC(240円。いいでしょ?
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ハバナの旧市街に計6泊もしたのに、いわゆる「名所旧跡」というものにあまり興味のない私達は、街をうろついたり、Plaza Viejaでお茶したり、レンタサイクルをして遠出したりして過ごした。
レンタサイクル屋さんは、プラザホテルのすぐ側のショッピングアーケードの角にあります。1日一台12CUC(1500円)。営業時間9時〜4時半。
そのレンタサイクル屋が混んでいたので順番待ちの間にハス向かいにあるBacaldiタワーに登って見ました。途中6階までエレベーター、その後は5階分くらい階段で。。。 -
市の中心部、Capitale方面の眺め。
いや〜、クルマから出るススと石油精製施設から出る黒い煙がハバナの市街を黒い雲で覆っているのが見えて、はっきり言ってちょっと気分が悪くなりました。
素敵な国だけど、住むのはヤダナと思った瞬間です。 -
有名なMelecon通りを、レンタサイクルで新市街に向かってみました。やはり「黒い雲」が見えます。
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いたる所に社会主義賛美、アメリカ敵視の看板があるんだけど、これはちょっと面白かったので撮ってみました。ブッシュ+ルイス・ポサーダ=ヒトラー。
ルイス・ポサーダは元CIA工作員で、カストロの暗殺を企てた憎き政敵だそうです。 -
革命広場で。ここでカストロが長時間の演説していたのか。。。
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そしてその目の前にはチェ・ゲバラの顔が描かれた内務省のビル。
チェ・ゲバラの写真やポスターは、島のあちこちで100万枚ほど見ました。Tシャツも絵葉書もチェ・ゲバラだらけ。美しい男なので別に問題ないのですが。。。
でも最後は意見が合わずに追放したチェ・ゲバラを政治のマスコットのように使うフィデロ・カストロの節操の無さも何かな、と思います。 -
オビスボ通りのギャラリーで。このおじさん、超面白くて2人で漫才してんのか?って感じだった。
私が気に入った絵を、ルイがプレゼントすると言い出し、おじさんと価格交渉。結局、最初30CUCと言われたのに一夜越しで粘って18CUCまでマケさせた。最後にはおじさんプンプン怒り出して「ケチなフランス人だ。お嬢さん、気をつけなさいよ!」と言われる始末。おじさんがちょっと気の毒だった。 -
ハバナを昼ごろ出発して、Trinidadに向かう。島に一本しかないハイウェイ(Autopista)は、今までみたこともない代物だった。
まず中央分離帯に相当するものが無い箇所がたくさんあって、Uターン自由自在。車線も引いて無いので、だだっ広い道路の好きな部分を走れる。その上、ところどころに大きな穴が空いているので、用心していないと「落とし穴に落ちる」。照明もなければ標識もほとんど無い。高速の出口には、どこの街に続く出口なのかの標識も立っていない。。。 -
路肩には人、自転車、馬車、牛、色んな動物が。。。中央分離帯にも果物や野菜を売る人たちが。。。
あらゆる危険をかき集めたような高速道路だけど、その全ての欠点を補ってあまりある長所もある。それは、ほとんどクルマが走ってないということ。だからどれだけ穴を避けてジグザグ運転しようが宙返りしようが事故を起こさないで済むってこと。もちろん「渋滞」は皆無です。いいでしょ? -
さて夕方ようやくChienfuegosに到着。今日はこの街に泊まろう!ということに。宿を探す前に、一休みということで半島の先端に行って美しい夕陽を楽しむ。
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そこには公園とちょっとしたBARまであった。
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このBARのバーテンダーのお兄さん、英語も出来るしおしゃべりも素敵。「キューバで一番美味しいMojito(ミントの葉、ライムとラムを混ぜたカクテル)を作りますよ。美味しくなければお金は頂きません」なんて渋いこと言ってくれる。
そして丁寧に作ってくれたMojitoは、ミントの葉が充分絞られていて、本当に美味しかった。思わず2杯目も頼んでお兄さんと語らう。
この近くにCasas Paticularesは無いか?と聞くと、すぐ近くの民家を紹介してくれた。 -
初めてのCasas Paticularesは、このおばあちゃんの家に泊まることになった。
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寝室からの眺め。。。素敵です。
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シャワーの蛇口に付いている電気お湯沸かし機。感電する可能性もあるし危険なんだけど、どのCasasもこれを使っていた。まあ、冷たいシャワーを浴びるよりいいや、と思って、リスクを省みず毎晩使ってました。
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Casas Paticularesでも夕飯とれるんだけど、折角だからと街に出掛けて行く。ところが、ガイドブックに載っているレストランにどうしてもたどり着けず。住宅地をクルマでウロウロしていたら、家の中から出てきた人が手招き。「ウチでも食事できますから、どうぞどうぞ!!」 ええ??
恐る恐るお家にお邪魔する。ちゃんと一室が小さなレストランになっていて、メニューまでちゃんと準備されていた。海のそばなので魚料理を頼んでみる。一人10CUCと決して安くはないけど美味しかった。壁にはもちろんチェ。
こんな風に、キューバでは民家がホテルになったりレストランになったり変幻自在。何度ひとの家に上がりこんでご飯を食べたことか。。。 -
翌朝の朝食はCasasで頂くことにした。
ホカホカのサンドイッチ、果物の盛り合わせ、美味しいキューバのコーヒー(本当に濃厚で美味しい!!)、オムレツ、100%果汁のジュースなどを頂きながら、おばあちゃんから2005年のハリケーンで受けた被害の話を聞いた。このお家も屋根が飛んでひどいことになったとか。その時の写真も出してきて見せてくれた。楽しくて優しいおばあちゃんだった。。 -
古都トリニダードに到着。
有名な石の道路は、写真に撮ると素敵に見えるけど歩くのが凄く大変だった。絶対にヒールで来たくない。 -
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キューバの中学生は、この山吹色の制服を着てる。
この国では、女子の制服は全て超ミニスカートだ。学生はもちろん、ホテルの従業員も電電公社でも制服=超ミニ。もう似合わなくなった50歳代の女性も、ちゃんとミニ。 -
小学生はこの葡萄色の制服。
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馬車は日常的に使われています。これは小型バスみたいな使われ方してる例。
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で、本物のバスはこのようにかなり年季が入ってます。残念ながら乗るチャンスは無かったんだけど。。
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キューバ名物、アメ車。停まってると優雅ですが、この後ろを走ると悪夢です。(黒い煙がモウモウ、すごい音ですごい臭い)
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トリニダードは二泊したけど、あまり見るものも無いので、中日は近くの海までドライブ。Playa Anconに着く前には誰もいない美しいビーチが続いている。
私達はここでスノーケリングすることにした。美しい熱帯魚の世界。。。。 -
半島の先にあるPlaya Anconのビーチに到着。こんな風に、観光客が来る場所にはこのように「オフィシャル・パーキング」と呼ばれる、本当にオフィシャルなのかどうか極めて疑わしい駐車場がある。ただの空き地なのに日に焼けたおじさんがどこからか現れて、「クルマの監視しておくから1CUCね。」と念を押される。厳密に言えば、キューバは国中が国有地だから、どこもかしこも「オフィシャル」になるんだけど。。。
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Playa Anconのビーチ。美しく、人がほとんど居ない。。。ここでもスノーケリング。
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さて、ランチは港町Casildaで食べることに。でも行って見てビックリ、街はとても貧しくてレストランが見つからない。でも相棒ルイは「任せとけ!」と、ちゃんと民家レストランをみつけて出す。ここでは素敵なパティオで巨大なロブスターを8CUC(1000円)で食べさせてもらった。ロブスターなんて高いのでほとんど食べたことないけど、キューバではどこでも食べれます。ハバナでは15〜20CUCくらい。
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このお家の屋上に登らせてもらって撮った一枚。
このCasildaの街は、2005年の巨大ハリケーンで80%の民家が壊滅的な被害を受けたとガイドブックに書いてある。確かに、まだその傷跡が残っていた。 -
ルイはいつも旅先で床屋に入って散髪します。
夕方の閉店間際に駆け込んだので、床屋さんはちょっと不機嫌。櫛も使わずハサミと指だけで5分くらいで簡単に切った割りにはなかなか素敵に仕上がっています。 -
翌日はトリニダーを出発して、モロン(Moron)を目指す。途中でちょこちょこ色んな街に立ち寄ったけど、ここはManaca Izanaという小さな村で、この塔しか見るもの無し。1795年に奴隷を監視するために建てられたという44mの塔。景色が見たくて1CUC出して登ってみたけど木製の階段の作りは貧弱だし、途中に蜂の巣があって蜂のブンブン飛ぶ中を登っていかなくちゃいけないし、かなり勇気のある人しか行っちゃいけない場所だった。
正直、途中で本当に帰りたくなった。。。でも1CUC払って途中まで上がってきて帰るなんて言ってルイに「臆病者」と言われるのはシャクなので、息を止めてゆっくり蜂の集団の中登っていった。 -
ようやく辿り着いた塔の上からの眺め。
サトウキビ畑の奴隷達はここから監視されてたのか。。。と考えていると、ルイがテレビで見知った奴隷の生活を教えてくれて、その酷さに驚いた。今まで、奴隷の人達の生活なんて考えたことも無かったから。。。。 -
塔の上から2枚目。これから行く方は、覚悟を決めて登って下さい。眺めはいいけど、さほどでも無いから。。
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Manaca IznagaからSancti Spiritusまでの間は、やしの木の美しい渓谷の眺めで、爽快なドライブ。
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Sancti Spiritusでは、クルマを道端に停めて1時間ほど街をぶらつく。私が橋の写真を撮っている間に、ルイは小学生たちに囲まれてちゃっかりココナッツジュースをご馳走になっていた。
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可愛い子供達。
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中心地の目抜き通りは歩行者天国になっていて、ちょっぴりお洒落な雰囲気。
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この竹馬履いたピエロたちは色んな町で目撃した。クリスマス前のカーニバルの一部なんだろうな。
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クルマに戻って発車しようとすると、歩道を歩くおじさんがタイヤを指して何か言ってる。出てみてみると、後輪がパンクしているのを教えてくれたみたい。。。道路が悪いから仕方ないとは言え、タイヤ交換か。。。手が汚れてヤダな、トホホ、と思っていると通りすがりの男性達が「手伝うよ。」と言って、さっさと予備タイヤを取り出して、タイヤ交換してくれた。その上、街のはずれにあるタイヤ修理工場まで自転車で先導して連れて行ってくれて、タイヤが直るまで一緒に待っててくれた。ルイがお礼がしたいと言うと「そんな必要ないから!」と断わられる。でも、あまりにも親切にしてもらって申し訳無いので、飛行機の中でもらったワインを1本づつ渡すと「これ何ですか?」と。ワインを飲んだことが無いらしく、もの珍しそうにしていた。
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タイヤ修理を待つ間、暑いので近くの家の軒先の日陰で待たせてもらっていたら、そのお家の奥さんが「中で座って待ってたら?」と言ってくれた。トイレにも行きたかったし、お言葉に甘えることに。
本当に、キューバの人達の親切さには驚かされる。
この女の子、3歳になる前なのにもういっぱしにサルサを踊るらしい。チューインガムをあげたら喜んでた。 -
次の町、Ciego de Avilaではランチを食べるレストランを探す。結構大きな街だと思うんだけど、外国人向けの小奇麗なレストランは見付からず。。。いい機会なので現地人の入るレストランに潜入。ビール小瓶一本、豚肉煮込み、フライドライス、さつまいもをふかしたfufuというディッシュを2人で食べた。合わせて30と言われ、なんでそんなに高いの?観光客だからふっかけてんの?!と思ったら、現地通貨のことで、日本円で150円。サービスはなってないけど、かなり安くついたランチだった。
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夕方には目的地Moronに到着。
自転車に乗って、このようにお皿に巨大なケーキを乗せて運んでいる人がいたるところに。。。キューバの人達、甘いもの好きみたい。 -
この街で泊まったCasas Paticularesも、印象深かった。ダンナさんAmicarは、一時間ほど離れたCayo Cocoという外国人しか入れない島で働いていて、奥さんのOmaraはサルサの先生。とてもフレンドリーな夫婦なので、夕飯はCasasで頂くことにした。
このCasas Paticularesについて:
Moronの中心地にあるEl Rapidoというファーストフードのある通りで、極めて便利な立地です。その割にはうるさくないし、部屋には通りを見下ろすテラス着いて快適。
Hostel OMARA Y AMILCAR
住所:Dimas Daniel No.11, e Serafina y Castillo, Moron, Chiego de Avita
Telephono: 504928 -
2人の作ってくれた夕食、かなり美味しかったので、作り方を教えてもらう。キューバでは男性も料理に参加するらしく、2人の息子達も料理出来るとか。。。見習わなくては。。
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Moronに二泊して、そこを拠点にCayo Cocoにドライブ。エメラルドグリーンの海が待っていた〜!!
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このビーチではスノーケリングではなくて波と遊ぶ。
Cayo Cocoからの帰り道、一人のおじさんヒッチハイカーを拾った。40歳代後半に見える陽気な男性で、MoronからバスでCayo Cocoに通っているらしい。バスだとあちこち停まりながらで3時間かかるから今日は拾ってもらって助かります、と言った。
彼は海岸清掃の仕事をしていて、毎月の給料は10CUC(1200円)とのことだった。3人の息子がいて、生活が大変でね〜、冷蔵庫を買うお金は無いけど、ようやく小さな白黒のテレビをこないだ買ったんだ、と豪快に笑いながら言った。私達がフランスから来ている、と聞くと「僕もフランスに遊びに行きたいけど、何百年か働かなくちゃいけないな。。。」って。そんなに経済的に苦しいとは思えないほど、陽気で話し好きで楽しい人だった。 -
Moronを発って次の目的地Cayo Santa Mariaに向かう。
途中はやしの林の素敵な景色。 -
のどかな風景が続く。
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途中の港町Caibalien。
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街の中心地の広場。
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広場の前の建物。天井を見上げると破れかかってる。危ないな。。でも、こんなのが珍しくないくらい、老朽化が激しいキューバの建物たち。
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Cayo Santa Mariaに続く海の中の街道を渡ったところにある港に立ち寄ったら、素敵なビーチが近くにあるのを発見。結局ここで一日過ごすことに。
1CUCでビーチベッドを貸し出してくれた。人も少ないし、静かで美しいビーチだった。 -
キレイな海と思い出の一枚。
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泳いだ後はサンタクララに向かう。途中、クリスマスのカーニバルで有名なRemediosに立ち寄る。広場はカーニバルの舞台設置を見に来た人達でいっぱいだった。
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簡易遊園地で楽しむ子供達。。。
装置の安全性はかなり疑問ですが、キューバではそのようなことは「些細なこと」で、誰も気にしていないようでした。 -
音楽に乗せて踊る子供達。もうこの歳ですでに腰の入り方が違います。
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カーニバルにはビールとラム酒は必需品。
このトラックの中にはお酒の大きなタンクが入っていて、小さな窓からお酒を買い求めます。この人は客じゃないと思うけど。。。
さて、この晩はサンタクララに泊まったけれど、現地の人達が言うように何もすることのない街でした。よって写真も無し。 -
翌朝はサンタクララから一気にハバナを通り越して島の西にあるVinalesを目指す。途中、また何人かヒッチハイカーを乗せたけど、この女の子は一人で乗ってきた。(若い女の子がよく一人でヒッチハイクするな〜、と思うけど、よほど治安がいいのでしょう)
陽気な彼女、この日が17歳の誕生日で、通っている高校のある街から両親の住む村に戻る途中とのこと。将来は医者になって、医師団の一員としてアジアや欧州に行くのが夢なんだ!と話してくれた。
キューバ人の海外渡航は禁止されているから、医者になるくらいしか海外に行くチャンスは無いんだろうな。。。夢が実現するといいね。 -
Vinalesに到着。世界遺産にもなっているビニャーレス谷の風景。のどかで美しい。。
西のこの地方にくると、更に人々がフレンドリーで、クルマを走らせていると道端の人たちが、みんな笑顔で手を振って挨拶してくれる。本当にハートフルな人達です。 -
Vinalesにはタバコ畑がたくさん。タバコの葉を乾燥させる倉庫もぽつぽつあります。
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このあたりには軍の基地もたくさんあるみたい。
徴兵制度があるので若者達はみな軍隊に入ります。この島では軍人さんたちも陽気です。 -
VinalesからPinar del Rioを通り越して、南の海岸線に出る。地図に載っているPlaya Bailenというビーチを訪ねてみたけれど、あまり美しいビーチではなかった。レストランも無いし、どうしようか?と思っていると、またどこからともなく男の人が現れて「ランチ食べるレストラン紹介しましょうか?」と。本当に便利な国です。
言われるまま、彼に着いて行くとビーチからさほど離れていない場所に小さな村があった。 -
ハバナに帰る前にもう一度、海のそばで美味しいロブスターが食べたい、とお願いしてテラスで待つ。写真には写ってないけど、家の周りには豚や鶏がたくさん。。
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とても簡素なお家のテーブルには、美味しい料理が並べられた。
この村もやはり、2005年の巨大ハリケーンによる洪水でほとんどの家が被害を受けらしく、家の中には家具もほとんどなくとても質素だった。テーブルウェアにも事欠くほど貧しいお家だった。 -
ピリ辛ソースに絡めたロブスターと、このあたりの海で取れる白身のお魚。とっても美味。
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美味しい料理を作ってくれた奥さん。
ご主人は漁師だったけれど、腰を悪くして手術を受けた後は漁に出られなくなったので、自分が自宅レストランをして家計を支えているとのこと。 -
ということで15日間のキューバ探検の旅を無事終えた。
食べ物にも洋服にも旅をするお金にも恵まれて何不自由無い生活なのに、いつの間にか不平不満を持ってしまいがちな自分を反省する旅になった。
もちろん多くのキューバ人は情報規制で先進国の恵まれた生活を知る機会も無い。だからこそ自分達の質素な生活にも満足して心穏やかに過ごしているのかもしれないけれど、でも人間って貧しくても幸福な人生過ごせるんだよ、って見せ付けられたような気がする。これから世界経済が悪化してどんな厳しい時代が来ても、キューバの人達を見習って幸せに生きてやろう!と心に決めた。
それとも、そんなに固く考えなくても陽気な音楽と美味しいお酒さえあれば、結構ハッピーに過ごせるのかしら。。。
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