2007/11/02 - 2007/11/02
109位(同エリア249件中)
enyasuさん
- enyasuさんTOP
- 旅行記528冊
- クチコミ77件
- Q&A回答3件
- 1,124,338アクセス
- フォロワー12人
2007年11月2日(金)山梨県甲府市から来た知人と共に長白山へ出かけてきました。雪の積もる長白山、はたして風林火山隊は天池を見ることが出来たのでしょうか?
-
風林火山隊一行は早朝5時延吉市内を出発。
まだ夜が明けきらない延辺の幹線道路を一路長白山に向かいます。
今回の視察が、富士山の姉妹山として長白山がその候補地としてふさわしいのかどうか調査しに来たのではないかと当初勝手に思ったりもしたのですが、違う様子。←富士山(標高3776メートル)と中国の霊峰・泰山(同1532メートル)が姉妹山提携(2007.11.05毎日新聞発信)。
もし富士山と長白山が姉妹山になったとしたらいろいろと複雑な問題が出てきそうです・・・ -
6:40 ドライブインで休憩
このお店のオーナーさんは長白山の観光シーズンはこの場所で営業し、オフシーズンには海南島あたりでバカンスを楽しむようです。
そういう生活もいいなあ〜 -
8:05 二道白河到着
幹線道路沿いの食堂で朝食をとろうとしたのですが、御飯がないということで白河駅近辺へ -
白河駅はバスターミナル前の道路を渡って1分ほどのところにありました。
駅構内の写真を撮ろうとしたのですが、駅員さんのミーティング中。20名ぐらいいたでしょうか。1日に数本の列車にしては駅員さんが多いと思いました。 -
さて、朝食ですが駅付近の明かりのついた朝鮮族飯店で食べることにしました。小さな小さな食堂です。
-
狗肉スープ
風林火山隊の皆さんは狗と聞いても臆することもなく
“以前猫を食べたこともあるよ、ははは”
普通の日本の方とは違います。山梨の方は活力のある方が多いようです(笑)。
このお店の経営者(朝鮮族)と歓談した時に出た話ですが、二道白河には朝鮮族の学校がないようで、この地域の子供達は皆漢族の学校に通っているそうです。経営者御夫婦の中国語はとても上手でした。
8:40過ぎ 二道白河出発 -
9:10頃 山門駐車場到着
辺り一面の雪にびっくり。運転手さんとはここでしばしのお別れです。行ってきま〜す。 -
山門までは徒歩数分
-
この石碑を見ると“いよいよ長白山か”という気分になります。
右方面にトイレがあります。 -
入場券を買い、山門をくぐり
-
乗り降り自由バスに乗り換え、さあ出発です。
隊員の皆さん、
今日は天池が見られるのかなあ〜 -
隊長のIさん
雪の長白山を楽しみましょう!
お客さんが15名ぐらい乗車後、バスは発車となりました。 -
バスガイドさんの話では午前中は雪が降っているのでジープで頂上に登ることは出来ない、午後晴れればもしかするとジープが動くかもしれませんとのこと。
見たい方は登山でどうぞ〜
ということで残念ながらジープで天池は難しかったです。 -
10:10 最終駐車場到着
山門からは30分ほどです。 -
滝へ向けて前進!(所要約25分)
-
温泉たまご屋さん
帰路の楽しみにし更に前進。 -
10月中旬の長白山観光の時に歩いた滝までの平坦な新道は、この日通行不可。何か多人数で作業していました。
しかたなく -
旧道を進みます。
-
これまでの道は前方に見える小山を越えるのが少し厄介です。
-
傾斜が少々きついです。
-
登りきりました。もう少しで滝が見えるはずです。
-
滝!凍った滝!
-
周りの山、岩も雪に覆われようとしています。
-
この景色
-
景観、一見に値します。
-
さて、ここで風林火山隊、陣を張り
“ここから先、傾斜を登り天池に向かうか、それとも麓に戻り温泉で兵の体力を回復させるか、どうすることがわが藩にとって一番いい選択となるのだろうか・・・”隊長を中心に話し合いが始まりました。
若い隊員は(橙色の服の男性)
“申し上げます、隊長。中朝国境のここまで来て、目の前の天池を見ずして、どうして甲斐の国に戻ることが出来ましょうか!国に待つ者達には天池に登ったという証が何よりの土産話、他藩にわが藩の底力を見せる絶好のチャンスではないでしょうか・・・” -
隊長は近くで休養している城代家老、年寄りに相談。
-
「孫子」と「風林火山」
“兵は詐(さ)をもって立ち、利をもって動き、分合(ぶんごう)をもって変をなす者なり。
其の疾(はや)きことは風のごとく、
其の徐(しず)かなることは林のごとく、
侵掠(しんりゃく)することは火のごとく、
動かざることは山のごとく、
知りがたきことは陰のごとく、動くことは雷の震うがごとく、郷を掠(かす)むるには衆を分ち、地を廓(ひろ)むるには利を分ち、権をかけて動く、先(ま)ず迂直(うちょく)の計を知る者は勝つ、此(こ)れ軍争の法なり。”
「孫子」は、戦いに勝つ為の方法などが書かれた兵法書のことであり、また、中国の春秋時代の呉の国に使えていた孫武を指します。
「風林火山」を自分の軍の旗に記した「武田信玄」は、この「孫子」の中からその言葉を選び、またそのごとく実践したので、歴史に名が残る戦国時代の名将と知られるようになりました。
参考HP
http://www.mizz.jp/word.html -
さて、隊長の決断は・・・
-
旅籠に戻り、温泉に入り、おいしいものを食べることに決定!
隊長は早朝5時前から移動し、行動を続ける疲れた隊員のことをまず一番に考えられたようです。
お見事ですI隊長!
橙色の服を来た若い隊員は何度も何度も滝を振り返りながら、その先にあるまだ見ぬ天池に思いをはせるのでした。 ←私にはそのように見えたのですが何か(笑)
山梨 風林火山隊 冬の長白山に挑む 2に続きます
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
30