2007/04/21 - 2007/04/21
222位(同エリア302件中)
たぬぽんさん
大阪から実家の愛知まで、在来線で向かう途中のふらり途中下車。
今回は草津駅で下車します。
草津という地名だけでは群馬県「草津温泉」と勘違いしてしまいます。
実際、私もかつて勘違いしていました^^;
滋賀県にある草津は、徳川幕府のときに整備された五街道のうち、東海道と中山道が交わる宿場町として賑わいました。
中山道は江戸・日本橋から上野国・信濃国・美濃国などを経由して京へ向かう街道で、
草津宿が終点となり、ここから京までは東海道と合流します。
つまり、追分の町ということです。
草津宿は東海道五十三次52番目の宿場町で、
かつ中山道六十九次68番目の宿場町です。
「急がば回れ」という諺が生まれたのもこの草津宿。
名湯「草津温泉」は群馬なれど、「草津温泉」と名乗った公衆浴場もある滋賀県草津。
おもろい、楽しい、町です。
- 交通手段
- JRローカル 徒歩
-
13:50草津駅到着です。
観光案内所でいろんなパンフや地図をゲットし、
東海道の通る東口を出ます。
出ると、いきなり「草津宿」の石碑。
「ここか!?」
・・・いえ違います、もう少し行きます^^;
紛らわしいよ!!!!
駅前では緑の羽根共同募金をやっていました。
他ののぼりは、
4月28、29日に開催される草津宿まつりのものです。
どんなおまつりなんかな。
ここからまっすぐ行き、この写真にも見える「HEIWADO」を少し超えるとアーケード街が見えます。
このアーケード街を左へ行くと草津宿本陣、そしてこのアーケード街は中山道とな! -
アーケード街を進むとトンネルに入ります。
旧草津川沿いに、「草津温泉」という公衆浴場があります。
名湯「草津温泉」は群馬県です^^;
滋賀県の「草津温泉」、わざとです、わざと。 -
トンネル。
これ、トンネルはトンネルですが、
トンネルの上が川になっているんです!
いわゆる「天井川」。
200年ほど前まではまだ川底はこの地面よりも低かったそうですが、
洪水が頻繁に起こり、
だんだんと下流付近の川底に砂がたまっていき、
ついには家の屋根を越す高さにまで川底がきてしまったそうです。
これはまずいと、明治19年に国道1号、22年に東海道本線が草津川のトンネルとして開通しました。
ところが、昭和28年9月の台風13号により草津川の堤防が決壊、その後も何度も浸水被害が起こりました。
そこで、草津川を平地化しようという動きが起こり、
川を迂回させるようになりました。
この写真のトンネルの上を通る川は「旧草津川」。
こことは別の場所に「新草津川」が開通しました。
旧草津川には今は水は流れていません。
草津川について↓↓
http://www.mlit.go.jp/river/jiten/nihon_kawa/86060/86060-3_p1.html
一部引用。 -
草津川をくぐると(不思議な日本語ですよね)
東海道と中山道の追分に着きます。
この道標は文化13年(1816年)に立てられた火袋付のもので、諸国定飛脚宰領中から寄進されたものだそうです。
ここが、中山道の終点。
日本橋から
中山道経由で128里30町7間(約505.9km)、
東海道経由で118里3町(約463.7km)がこの草津宿。
40kmも距離が違うんですねー -
追分道標と、道を挟んで高札場があります。
高札場とは、
法度や道徳、御定賃銭などの決まりが墨書きされた札を掲げた場所です。
人の集まりやすいところ、人目につきやすいところに掲げられていました。
追分なんて往来激しいところですからね。 -
高札場の横から
草津川へ上がることができます。
桜はもう散り始め。
その桜と草津川を絵に描く人たち。 -
草津川を下り、再び街道へ。
このまままーっすぐ行くと京に着きます。
ここから京までは東海道です。 -
少し歩くと「草津宿本陣」があります。
草津宿には本陣が二軒ありました。
そのうち、この「田中七左衛門本陣」は、建物をはじめ敷地全体で当時の面影を今に伝えています。
昭和24年には「草津宿本陣」として国の史跡に指定されています。
開館時間 9:00〜17:00(入館最終16:30)
休館日 毎週月曜(祝祭日の場合その翌日)
入館料 大人200円
内部はかなり広いです、
建坪468坪、部屋数30余、268畳半もあるとな!!
内部にある庭園をのんびり眺めていたら、
どこからともなく小鳥がやってきました。
その小鳥が、石造りの水溜めの臼(名前がわからない上に説明が難しいんですが・・・)に溜まっている水で水浴びをしている様子が、
なんとも風流でした。
ちょっと浸かってはすぐに出て身震いをし、水を落とす。
また入ってはすぐ出て・・・を、
10回くらい繰り返して去っていきました。
身震いの際に水がかなり飛ぶので、縁側はしぶきで濡れる・・・
館内が撮影禁止だったのでこの様子を撮影できなかったのが残念。 -
草津宿本陣には様々なものが展示されていました。
ホテルなどでよく見る「○○ご一行様」に相当する「関札」、
家主がつける宿帳に相当する「大福帳」
本陣というのは、
基本的には大名や特権階級の人たちが、参勤交代などで街道を行き来する際の休憩・宿泊所として設けられたもので、
一般の客は宿泊できない。
予約は、なんと1年前から50日前にだいたい行われていたそうで、
関札役人が本陣へ関札を持っていくことによって予約が成立する。
また、公家の利用の場合は関札に敬称がつけられていた。
利用の仕方も種類がある。
・宿
大名行列の宿泊。料理は、行列が材料持ち込んで料理人が料理するもの。
別荘のような利用かな。
・泊
普通の宿泊。料理は本陣の主人が賄う。
民宿のような利用かな。
・休
お昼ごはんに立ち寄って休憩。
ホテルのランチのみ、のような利用かな。
・小休
ごはんなしの休憩。
ホテルのロビーで座るだけ、のような利用かな(なんじゃそりゃ^^;)。
こういう本陣で、人生一度でいいから
「泊」
してみたいです。 -
本陣から京方面へ少し歩くと
「草津宿街道交流館」があります。
入り口のところに
「素通りするのはもったいない!」と書いてあったので素通りできません^^;
1階部分は無料、2階部分が有料(200円)です。
本陣との共通券があり、大人320円で両方に入館できます。
基本的に本陣と開館時間・開館日は同じです。
こちらにも様々なものが展示されています。特に街道の旅の様子を学ぶことができます。
「武士(もののふ)の 八橋(やばせ)の舟は 早くとも
急がば回れ 瀬田の長橋」
この草津宿から京へ向かう次の宿場町・大津宿へ行くのに、
?東海道を通り瀬田の長橋(唐橋)を渡って行くのと、
?琵琶湖を舟で渡って行くのと、
2つのルートがあります。
?は、街道を見るとわかるのですが、?字型のルートになっているため遠回りになります。
?は舟を使うため近道ですが、けっこう荒れることもあったようで必ずしも安全とは言い難いルート。
そのため、「舟の近道をするより、急いでなければより安全な遠回りルートを回ろうよ」という意味を込めた句が詠まれ、
このうちに出てくる「急がば回れ」が、諺になったそうな。 -
街道資料館を後にし、
追分にまで戻ります。
追分地点から、東海道を江戸方向に望んでいます。
草津宿のデータ(天保14年、1843年)
本陣2軒、
脇本陣2軒、
旅籠屋72軒、
家数586軒、
総人口2351人
東海道五十三次の中ではそれほど大きくない宿場町ですが、
大津宿から草津宿への2つのルート(舟と街道)と、
そこから江戸への2つのルート(東海道と中山道)の
計4つの方向へ道が通じているので人の往来は激しかったようです。 -
東海道を江戸方面へ少し歩くと
「横町道標」があります。
草津宿の江戸方の入り口、草津川の堤防の上にあります。
日野の豪商中井氏の寄進により文化13年(1816年)に建てられました。
追分道標同様に火袋があります。 -
この横町道標を過ぎ、
草津川を渡す草津川橋からの眺め。
水がないと、なんとも寂しいですね。 -
あ、あれ、
ここどこだろ・・・^^;
左中山道 右東海道と書かれた道標を持つ寺社なんて珍しいなーと思って撮ったのですが・・・
すみません。
さて、そろそろ実家へ向かおうかなー
駅へ戻ります。 -
ということで草津駅の途中下車でしたー
ものっすごく街道の勉強ができました。
おもしろかったー♪
では実家でのんびりしてきまーす!^^;
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