
2007/02/22 - 2007/04/04
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santakurousさん
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2007年初春にスペイン、サンティアゴ・デ・コンポステラの巡礼路を歩いてきました。
スタート地点はフランスとスペインの国境ソンポルト。
ゴールはサンティアゴ・デ・コンポステラ。
35日かけて約850kmを歩む行程でした。
2007年2月22日、成田からKLMでオランダ・スキポール空港に発ち、トランジットしてバルセロナへ。
深夜に到着その後タクシーに乗り込んでユースホステルになだれ込み就寝。
翌早朝、出発前からスタート地点と決めていたソンポルトに向かうため一旦電車でバルセロナからサラゴサへ。
バスに乗り換えるため拙いスペイン語を駆使しつつ、カンフランク行きのバスが出るターミナルへ。
実はこの駅からターミナルという道程が案外大変で、バスの運転手さんを始めとして、何人もの親切な方に助けられ、最終的には乗客の方にターミナルまで連れてっていただきました。
翌日、正午のバスでソンポルトに到着、すぐさま巡礼をスタートさせました。
初日はスタートが遅かったために夜8時にハカという街に着き、そのままベッドに直行、翌朝になってようやく巡礼者のパスポートであるクレデンシアルをハカの教会にていただくことが出来ました。
そこから1週間というもの、ハードかつ孤独な日が続きました。
ソンポルトからプエンテ・ラ・レイナまでの道程はあまり人気がないため他の巡礼者に出会う機会も余りありません。
また歩いた先の村に食堂やスーパーがあるとは限らないため、食料や飲料は最低丸一日分買っといたほうが良いと思います。
僕はそのせいで大変な目に遭いました。
道のりが大変だということもありましたが、やっぱり不慣れな生活と不安、そして体中の痛みが毎日毎日歩くたびに心を蝕びました。
それでもそんな日々もプエンテ・ラ・レイナから変わりました。
顔見知りも増え、生活にも歩きにも慣れて大分余裕が持てるようになったのです。
誰かと共に夕食をすることも増え、足の痛みも歩き方を変える事で克服し、日に日に巡礼がこの上もなく楽しいものになりました。
そこからログローニョ、ブルゴス、レオン、アストルガ…他、数え切れないほどの町や村を越え、終盤になると中毒症状が僕の体を蝕み始めます。
いつの間にか、僕はこのままずっと旅を続けたいと思うようになっていたのです。
そうして様々な町を抜けてサンティアゴに着いたのは結局3月の末のことでした。
道中、スペインのおじさんたちにバルのはしごの仕方を教えていただいたり、アルベルゲのおかみさんに帽子をいただいたり、ドイツやイタリアからいらっしゃったおじさんたちに晩御飯をご馳走になったり、はたまたエストニアのお兄さんと仲良くさせていただいたり、スウェーデンからの親子連れと懇意にさせていただいたり、ガイドブックをいただいたり、と本当に書き尽くせないほど多くの方々に親切にしていただきました。
間違いなくこの巡礼は、これまで生きてきた中で最も充実した1ヶ月となりました。
景色も美しくて、人も親切で、本当に心地よく、また挑戦したい、と今でも強く感じています。
次の巡礼の際に、彼らに会うことはありませんが、それでも多かれ少なかれ、同じように幸せな出会いが用意されていると僕は思います。
サンティアゴの大聖堂の前でみんなと抱き合ったことは決して忘れることのできない、一生の思い出。
みなさんにもぜひ挑戦していただきたいと思います。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス
- 航空会社
- KLMオランダ航空
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ぼくがスタート地点としたSomportにある石碑。
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巡礼をする上でずっと付き合ってゆくサイン。
このようなサインが道標として点在し、それに従えばほとんど迷うようなことはないと思います。
ただ街中は見逃すこともあるため、注意が必要です。 -
ハカ(Jaca)からアレス(Arres)の間の巡礼路の一部。
あと2,3キロでアレスに着くところだったと記憶しています。
ここからの景色は非常に美しかったです。 -
アルベルゲの宿泊者ノートとぼくのクレデンシアル。
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巡礼路に咲く花。
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アレス(Arres)からルエスタ(Ruesta)の間の巡礼路。
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ルエスタ(Ruesta)付近の巡礼路。
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人造湖という話を何処かで聞きました。
名前は分かりません。
これもルエスタ(Ruesta)付近です。 -
ルエスタです。
廃墟?(廃村?)ですが、アルベルゲはあります。 -
ルエスタを過ぎて数キロ歩いた先の風景です。
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ドラム缶にまで道標が描かれています。
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ルエスタから2時間弱?
上り坂が続きます。
振り返るとまだ湖が見えます。 -
前を向いてもまだ上り坂…
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登りきるとそこは絶景でした…
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雲の影ができてて、ハウルの動く城に出てきそうな光景?
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まだ町は遠し。。。
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サインとウンデス・デ・レルダ(Undues de Lerda)という町です。
ここには小さな猛犬がいました。
かかと辺りを少しばかり噛まれ、次大きな町で杖を買っておこうと決意させられました。 -
ウンデス・デ・レルダの町内
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ウンデス・デ・レルダの町並み
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サングエサ(Sanguesa)とモンレアル(Monreal)間での風景です。
小さく見える二人の巡礼者は初めてできた巡礼仲間です。 -
プエンテ・ラ・レイナ(Puente la Reina)という町のPuente la Reinaです。
この町で人気なフランスの巡礼路(Camino Frances)と不人気なアラゴンの巡礼路が合流(Camino Aragones)します。
僕は天邪鬼ですのでアラゴンの巡礼路を通ってきました。 -
有名なワインの蛇口です。
エステージャ(Estella)を越えてすぐのイラーチェ(Irache)という町にあります。
右の蛇口をひねれば水が。
左の蛇口をひねればワインが。 -
サント・ドミンゴ・デ・ラ・カルサーダ(Santo Domingo de la Carzada)の教会を巡礼宿(Albergue)の窓から。
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サント・ドミンゴ・デ・ラ・カルサーダ(Santo Domingo de la Calzada)にある塔に夕日が射しています。
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サント・ドミンゴ・デ・ラ・カルサーダから出発して数キロの地点で出会うことのできた光景です。
出発してすぐ虹が見られたものの、この日は風が非常に強く、大変な一日でした。 -
世界遺産であるブルゴス大聖堂の内部です。
入場料がかかります、一般ですと結構なお値段でしたが、巡礼者であれば確か1ユーロで入れたと思います。
しかし記憶が曖昧ですので責任は持てません。 -
ブルゴス大聖堂正面。
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ブルゴス大聖堂全景。
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羊、羊、羊…
突如として現れた羊の一団は僕に目もくれず去っていきました。
ブルゴス(Burgos)とオンタナス(Hontanas)の間でしたが、イマイチ詳しい場所を覚えていません。 -
オンタナス(Hontanas)という町です。
この町まで約10キロの間、一軒だけ巡礼路からはずれたところにアルベルゲはあるようですが、町はありません。 -
コンベント・デ・サン・アントン(Convento de San Anton)です。
修道院廃墟のようです。 -
先に見える町がカストロヘリス(Castrojeriz)という町です。
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カストロへリス(Castrojeriz)という町を抜けた先の小山だったはずです。
看板と地平線まで続く巡礼路が印象的で僕のお気に入りの一枚でもあります。 -
川を越えた先イテロ・デ・ラ・ベガ(Itero de la Vega)でパレンシア(Palencia)地方に入ります。
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たくさん並んだ石碑?の意味が分かりません。
これだけ並べずとも迷いませんが…
場所はフロミスタ(Fromista)とカリオン・デ・ロス・コンデス(Carrion de los Condes)の間で、途中分岐があります。
看板で実線の道と点線の道で示されていましたが、僕は実線の道を選びました。 -
フロミスタ(Fromista)の町に入る寸前です。
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サアグン(Sahagun)にある巡礼者像です。
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レオン(Leon)市内の風景です。
お土産屋さんがたくさんあり、巡礼のお土産としては事欠きませんが荷物が重くなるのを避けるため僕はサンティアゴで買おうと決め、レオンではあまり買いませんでした。
でももっと買っとけばよかったと少し後悔しています。 -
レオン大聖堂です。
内部のステンドグラスは圧倒的で素晴らしいです。
入場無料なはずです。 -
プエンテ・デ・オルビゴ(Puente de Orbigo)からオスピタル・デ・オルビゴ(Hospital de Orbigo)に架かる橋です。
赤いテントの正体はどうやら移動サーカスだったようです。 -
十字架の先に見えるのがたしかアストルガ(Astorga)という町だったはずです。
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アストルガ市内の風景です。
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アストルガ(Astorga)にあるアントニ・ガウディ設計の元司教館で、今は巡礼博物館らしいです。
しかし残念ながら僕が訪ねた際は閉館しており、入ることは出来ませんでした。 -
アストルガ大聖堂です。
ご覧のとおり、赤く染まった外観が珍しく印象的です。
ここもたしか入場無料なはずです。 -
一日猛吹雪の中を歩き、ようやく到着したラバナル・デル・カミーノ(Rabanal del Camino)で迎えた翌朝の写真です。
そこから5、6キロ進むと有名なフォンセバドン(Foncebadon)です。 -
フォンセバドンの村に入ります。
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フォンセバドンにある鉄の十字架(Cruz de Ferro)全景です。
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巡礼者がそれぞれに石を持ってきて置いていきます。
ちなみに僕は巡礼をスタートさせたソンポルトで拾った石を積みました。
ここに来るまでの町にいる犬が怖いです。 -
フォンセバドンを越え、数時間吹雪の中を歩き、ようやく雲の下に下りてくることができました。
この時の嬉しさといったらありません。
人がいないことをいいことに叫んでしまいました。 -
峠を越えだいぶ降りてきました。
振り返って撮った写真です。
雲の中は大変でした。 -
麓は快晴。
モリナセカ(Molinaseca)の町並みです。 -
ポンフェラーダ(Ponferrada)とヴィジャフランカ・デル・ビエルソ(Villafranca del Bierzo)の間で出会うことのできる風景です。
おそらくブドウ畑、と家です。 -
ビジャ・フランカ・デル・ビエルソの町並みです。
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これからオ・セブレイロに向かいます。
のちに、この快晴が嘘のように激変します。 -
オ・セブレイロ(O Cebreiro)までの道程です。
雪に足を取られ、困難な巡礼でした。 -
オ・セブレイロ(O Cebreiro)近くのモニュメントです。
3月中旬でしたが、雪がとても積もっていたためオ・セブレイロまでの登山のごとき巡礼は非常に大変でした。
その先の巡礼路はあまりの深雪のため、通ることさえできず、結局、幹線道路を進まざるを得ませんでした。 -
オ・セブレイロを越えた先にトリアカステラ(Triacastela)という町があります。
巡礼路はそこで二手に分かれ、一方はそのままサリア(Sarria)に進み、一方はサモス(Samos)に寄ってからサリアに進みます。
僕はサモスの修道院を見たかったため、サモスを経由する方の道を選びました。
この写真はそんなサモス経由の道すがらの風景です。 -
サモスまでの道中です。
この辺からだんだんこけごけしくなり、ガリシア地方らしい、という印象です。 -
サモスへの道中、遭遇した牛たちです。
この細い道をすれ違う際はビビリまくりでした。 -
迂回ルートを選択して正解でした。
サモスの修道院です。
とても美しく、内部の見学ツアーにも参加しましたが、残念ながらスペイン語のためほとんどわかりませんでした。
参加者は僕を含めて3名、落ち着いて見学できたので、それもまた良かったです。 -
サモス修道院内です。
この修道院は巡礼宿も兼ねており、泊まることができます。
1フロアに二段ベッドが30以上あったのではないでしょうか。
とりあえずその異様な光景は凄まじいです。
ただ注意として、時折子供たちの修学旅行か遠足か社会科見学かの一行と鉢合わせる可能性があります。
ここはベッドが多いため団体で泊まるにはうってつけなのでしょう。
その日僕は夜10時をまわった頃までその広いフロアに一人きりだったのですが、表でバスの止まる音がすると、突如として数十名の子供たちが次から次へとなだれ込み、深夜未明まで騒ぎっぱなしという惨事に遭遇しました。
結局ほぼ眠ることなく出発するはめになりました。 -
サモスからサリアまでの道中の風景です。
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サリアを過ぎると線路を越えることになります。
奥に見える橋の上を列車が通ります。 -
サリアからポルトマリン(Portomarin)の間で出会った光景です。
ここから数キロ行くとサンティアゴ・デ・コンポステラまであとちょうど100キロという石碑があります。 -
サリア−ポルトマリン間の風景です。
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ポルトマリン手前の橋です。
まさにこの先に広がっているのがポルトマリンの町です。 -
ポルトマリンにある橋です。
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昼と夜の寒暖さが激しかった3月下旬の朝です。
場所はよく覚えていません。
おそらくリゴンデ(Ligonde)という村の周辺だと思います。 -
モンテ・デル・ゴーソ(Monte del Gozo/Monte do Gozo)にあるモニュメントです。
このすぐ先に数百に収容できる巡礼宿が広がっています。
この頃には、旅が残りほんの少しで終わってしまうということに寂しさが込み上げ、それがもう溢れんばかりになっていました。
ゴールの大聖堂への期待と旅の終焉への寂寥感で不思議な感覚でした。 -
モンテ・デル・ゴーソにあるモニュメントです。
ここは巡礼者が初めてサンティアゴを望むことができるという場所で、これはとても有名なものです。 -
遂にゴールです。
この写真はサンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂の内部で、ここで毎日2回巡礼を成し遂げた者のためのミサが執り行われます。 -
サンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂正面。
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サンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂。
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サンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂全景。
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大聖堂内、正面から入ってすぐのところにある有名な柱です。
くっきりと手形が付いています。 -
巡礼を終えることのできた人に5つ星のホテルが無料で食事を提供してくれます。
しかしながら、その数先着10名。
前もって巡礼証明書をコピーして並ぶ必要があります。
幸運なことに僕の時は並ぶ人が10名に満たず、二日間連続でディナーをいただけました。 -
これがその食事です。
高級ディナーというわけにはいきませんが、無料でこれほどまでいただけるのは非常にありがたいです。
それにワインも付きます。
おまけにおいしいです。
いちお朝、昼、晩、このサービスがあるようですが、開始時間は僕の記憶が非常に曖昧なためここには書きません。
また巡礼終了後3日以内が提供してもらえる期限だったような気がします。
注意してください。
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