八丈島旅行記(ブログ) 一覧に戻る
 トビウオのアーチをくぐってひょっこりひょうたん島(八丈島)に行ってきた。 <br /> 9/6〜9/10にかけて、4泊5日の本格派な一人旅だった。これから5回くらいに分けてどんな目に遭ったのかを書き記しておこうと思う。 <br />  <br />第1日目 9/6(水) 雨(本州)・晴(島) <br /><br /> 夏休み初日、八丈島に行くことにした。徒歩で散策しつつ、虎の子のニコンD50(デジタルカメラ)で写真を撮りまくるという作戦だ。 <br /><br /> 当初は船旅を目論んでいたが、予約は3日前までにしなければならなかったので、時間的余裕がなくて断念した。実は夏休みの日取りが決まったのは月曜だったりする……。そんなわけで宿すら決めずにとにかく現地に向かってしまう形になった。 <br /><br /> 航空券はANAのWebサイトで簡単に予約できた。往復で23000円くらい。カードで落す。思ったより安上がりだ。しかも直行便だと羽田から45分くらいで着いてしまう。うーん飛行機の威力。 <br /><br /> お気に入りの幌布バッグ2つ(トランク&ビジネスバッグ)に必要そうなものを詰め込む。現地で歩き回るので水筒を用意したり、旅行用歯磨きやら髭剃りを買ったりした。それにカメラとレンズ2本。非常食(スニッカー)に筆記用具に本にタオルに着替え。 <br /><br /> 14:30頃に荷物を抱えて部屋を出た。予約した便は16:05発だった。手荷物検査で水筒(ステンレス製)がやはり引っ掛かった。自分で蓋を開けて中身を見せる。カメラはデジタルなのでX線を浴びても大丈夫だ(多分)。 <br /><br /> 窓際の席に陣取って雲を眺めているうちに飛行機は八丈島に着いた。本当にすぐ着いてしまう。バスとかに近い感覚だ。乗るまでが結構大変&チケットが高いけど。 <br /><br /> 飛行機から降りると、もわっとした空気に包まれる。本州が雨で肌寒いくらいだったので、ああ南国に来たんだなあという気分になる。外に出ると広い空に雲。アロエみたいな植物がそこらじゅうにたくさん生えていた。 <br /><br /> 来てしまったものの、実は右も左も分からない。とりあえず大きい車道に沿って歩き、「三根市街」という案内があったのでそれに従って進む。ソテツ並木のまっすぐな道を、荷物を抱えて歩く。早くも汗が出てきてしまう。夕方で陽射しが弱まっていたから良かったけれど、もし日中で直射日光を浴びていたら危険だったろう。帽子が必要だな、などと思ったりした。道を進んでいるうちに海が見えて嬉しくなる。 <br /><br /> 道を歩いているうちに辺りは暗くなった。恐らく三根市街らしき店舗やスナックの並びに遭遇した。石塀に囲まれた古風な民宿を見つけたけど、なんだか静まり返っているのでパスした。本屋があったので、汗ダクダクのまま入ってガイドブックを買う。なんと私はありきたりなガイドブックすら入手していなかったのだ! <br /><br /> ガイドブックの地図を見ると、海岸沿いに宿が点在しているようだった。もう辺りはすっかり暗くなってしまっている。何となく不安になりながら海への道を目指した。 <br /><br /> 神湊というところから海岸沿いに出ることができた。もう暗くて海面の色もよく分からなかったけれど、空に立ち上る入道雲ははっきりと見えた。荒々しい波の音がずっと聞こえている。海岸はどこもごつごつとした岸壁になっているらしかった。勢い余った波が岸壁の上に降りかかり、バケツをひっくり返したような音が時折響く。 <br /><br /> すっかり日の暮れた頃、海沿いのホテルを見つけた。噴水があったりプールがあったり妙な天使の像があったりするホテルだった。もっと民宿風のところを探していたので迷ったけれど、もう時間が時間だし、とりあえずフロントに行ってみることにした。受付のお姉さんに聞いてみると、空き部屋はあるという。「1泊ですか?」と聞かれたので「3泊です」と適当に言ってしまった。3泊だと1日足が出ることになる。まあ1日くらい別のところに泊まってみるかと思い、あえて訂正しなかった。これが後で災難の種になってしまう……。 <br /><br /> 1泊11000円くらい(朝食付き)で、まあそんなもんだろうと思って泊まることにした。通されたのは和室で、1人で泊まるには広すぎる8畳くらいの部屋だった。障子に穴が開いていたのに閉口したけど(笑)、部屋の機能としては特に問題なかった。とりあえずマトモなところに泊まれたので安心した。 <br /><br /> 荷物を置いて一休みした後、夕飯を食べるために先ほどの三根市街までまた歩いた。底土海岸というところまで道なりに下りていってから街を目指す。月が昇っていて、雲がはっきり見えるほど明るかった。 <br /><br /> 洒落たペンションやダイバーズクラブの屋根が道の両側に何軒か見えた。ただ人や車はほとんど見かけなかった。三根市街に入っても人影はまばらだった。飲食店の勝手がわからず、とにかく開いていた韓国料理店に入ってみた。店主らしいおばさんが台所にいるだけで、客は一人もいなかった。とにかく席に座って焼肉定食を頼んだ。美味いとはいえなかったけど、とりあえず栄養分は取れた。 <br /><br /> 宿に戻ってから風呂に入る支度をした。大浴場「フェニックス」というところへ向かう。別にフェニックスとは何の関係もない、どの旅館にもありそうなサウナ付きの浴場だった(笑)。別館「ヴィーナス」とか、なんだか大仰な名前が多いホテルだと思った。 <br /><br /> とりあえずホテルに入れたことで枕を高くして眠れる日だった。ロビーで入手したマップやガイドを読んで明日の計画を立ててから早めに眠った。<br /><br />第2日目 9/7(木) 晴 <br /><br /> 目覚めてみれば、窓の外には果てしなく太平洋が広がっていた。潮騒というには荒々しい波頭の砕け散る音が途切れることなく続いていた。 <br /><br /> 身支度を整えてから朝食に向かった。別館「ヴィーナス」のレストランに入る。朝食はよくあるバイキング式だった。ただ、行ったのがやや遅い時刻だったせいか、料理がどれもあまり美味くなかった。ここの朝食は、旅の全日程を通じて一番まずい食事だったかもしれない……(汗)。 <br /><br /> 朝食を終えてから、バッグを片手に外出した。フロントから外に出たとたん強い陽射しが頭を打った。帽子等の陽射しから身を守る装備は皆無だった……。とりあえず目の前の海岸を目指す。 <br /><br /> 黒く鋭い岩が延々と続く海岸だった。波が荒いせいか、岩はどこも垂直に削り取られている。その黒い岩たちは、陽射しを吸い込んで熱を帯びていた。火山島に相応しい荒削りの自然だ。写真を何枚か撮った。 <br /><br /> それから市街のあるらしき方角へ向かって道なりに歩き始めた。昨夜通り過ぎた底土海岸を越え、緩やかなソテツ並木の坂道を登る。昨夜は引き返してしまったカーブを抜け、空港付近にあるらしい別の市街地を目指した。 <br /><br /> デジタルカメラとレンズ、それに水筒を詰め込んだバッグはやたらに重く感じられた。陽射しが強くてシャツがすぐに汗でびしょ濡れになってしまう。本来私はあまり汗をかかないタイプだけど、一度かき始めるともう止まらなかった。寂れたスーパーを見つけたので、飲料を補給して水筒に入れた。ちょうど良くベンチがあったので、座って一休みし、一杯だけ飲む。 <br /><br /> 八丈島には、三原山というやや崩れた形の山と、八丈富士という綺麗なお椀形の山がある。その南北2つの山がくっついていて、実際にひょうたんの形をしている。山と山の間は割合平地になっていて、空港や市街地が集まっている。私が歩いていたのは、ひょうたんのくっついている部分、三原山のふもとをなぞる道だ。島の東側にある底土海岸から西側にある八重根港へと通じている。 <br /><br /> 途中の石垣に「歴史民俗資料館」という看板があって足を止めた。ガイドブックでちらりと見た観光スポットだ。八丈島は島流しの行き先だったり、離島の割には縄文時代から人が住んでいたりと色々面白そうな歴史があると聞いていたので、入ってみることにした。 <br /><br /> 資料館は古い校舎のような佇まいの建物だった。周囲をヤシやハイビスカスが取り囲んでいる。石でできた水槽の脇を通り抜けて中に入り、品の良いおばあちゃんから入場券を貰った。入り口のすぐ脇に団扇が何本も用意されていた。そう、クーラーなどという無粋な冷却装置はなかった(笑)。 <br /><br /> 八丈島ゆかりの文物や縄文人の土器、昔の人が使っていた家具や名産の「黄八丈」という絹織物が展示されていた。途中、大学のゼミらしい一団と会った。中国からの留学生らしい女の子がいて、展示されていた掛け軸(漢文)をすらすら読んでいた。ネイティブは羨ましい(笑)。写真撮影は最後の部屋以外自由だということだった。最後の部屋には、八丈島の歴史の各シーンを絵にしたものが飾ってあった。きっと絵の著作権のために撮影禁止なんだろうな……。 <br /><br /> 一通り中を見て回った後、カメラを取り出してめぼしいものを撮りながらもう一回りした。こんな離島の代名詞といわれるような場所に縄文時代から人が住んでいたなんて知ると、とても壮大な気分になる。しかも同じ伊豆諸島の御蔵島から産出される黒曜石は、海を越えた関東にも輸出されていたという。縄文時代は、普通想像されるよりもずっと人や物の行き来していた時代らしい。 <br /><br /> 民俗資料館を見た後は進路を空港方面に取り、地図に載っていた「八丈植物公園」に行くことにした。雑草に覆われかけた狭い路地を抜けて市街を目指す。途中で八丈島名物の「玉石垣」というものを見かけた。人が住んでいるかどうか怪しい廃屋の石垣だったけれど(汗)、噂に聞くとおりどの石も角のないまん丸で、粘土もモルタルも使わずに積み上げられているばかりの石垣だった。ちょっとユーモラスな感じのする風景で、なんだか南国らしかった。 <br /><br /> 植物公園にはビジターセンターというものがあるらしく、八丈島の色々な観光スポットや名物について教えてくれるらしかった。「まずはここで情報収集」とガイドブックには書いてあった。私は何も知らずに勢い良く反対側へ歩いていったっけ……。植物園というからには入園料が必要になるかと思ったけれど、普通の公園と同じように開放されていた。ヤシの木や名前のしらないロゼッタ状の植物がたくさん生えていて、巨大なソテツが何本も立ち並んでいる。 <br /><br /> ビジターセンターは公園のメインエントランス付近にあった。ガラスと木でできた最近の公園によくあるタイプの建物で、海水魚水槽や生物のパネル写真が展示されていた。小さな売店もあり、島に着いたばかりらしい三人組が店員さんに何かを聞いていた。光るキノコはどこで見られるのかといった内容らしかった。八丈島には、夜になると発光するキノコがたくさん生えているらしい。(しかし私は一度も見かけなかった。キノコ嫌いだからか?) <br /><br /> 昔からの癖でついつい自動販売機をチェックしてしまう。ビジターセンターの自販機には「あしたば茶」という缶ジュースがラインナップされていた。思わず買ってしまう。「あしたば」というのは八丈草・明日菜とも書かれる八丈島特産の野草で、色々健康にいいらしい。蕎麦に混ぜたり茶にしたりするらしい。なんでも秦の始皇帝から不老不死の薬を探すように命じられた徐福が、ここまで来て持って帰ったという。そんな草のお茶なのだから、きっと凄い味に違いない……。 <br /><br /> 結論から言えば、美味かった(笑)。青臭く甘苦い味で、すっきりしていて飲みやすかった。ひたすら汗をかいた身にとても心地よい。某中華街で売られていた某ジュースとは雲泥の差だ。 <br /><br /> 閑話休題。植物園には、植物のほかに「キョン」と呼ばれる動物が飼われていた。どんな奴かは写真参照。これで成獣らしい。原始的な鹿の仲間で、台湾が原産だという。なぜここにいるかはよくわからない(笑)。あと、南国の鳥らしき生物もいて写真に納めておいた。これもなぜいるかはわらかない。 <br /><br /> 植物園を出てから、近所の喫茶店らしき飲食店でイカバター焼き定食を食べた。テレビで流れていた昼ドラをなんとなく観てしまう(笑)。それからまた海を目指して歩き出した。 <br /><br /> まだ帽子を入手していなかった。陽射しは恐ろしく強くて、汗がひっきりなしに出てくる。口からずっと荒い息が漏れている。頭痛がいつ襲ってくるか心配だった。以前新潟は長岡を放浪したことがあって、だだっぴろい田んぼの真ん中で熱射病に陥って夜まで身動きできなかったことがあった。その時は宿を探すこともできなくて、海辺に寝転がって一夜を過ごした。同じ目にまた遭ってしまうのではないか……。 <br /><br /> 思えば、なぜ自分はレンタカーも自転車も使わず歩いているのだろうか。はっきりいって苦行である。無駄である。バカである。しかもそれなりに重い荷物も抱えている。ちゃんと普通免許を持っているのだから、車でも何でも使ってしまえばいい。 <br /><br /> だけど、歩くことでしか手に入らないものがあることも知っている。こことあそこが実際に同じ陸の上にあることを証明したり、ふと思い立って狭い路地に分け入っていったりすることは、2本の足を使ってでしかできないことだった。それに、自分の足を使っている限り物に囚われることはない――駐車場を探したり、自転車泥棒に怯える必要はない。自由を感じるためには、どうしても歩く必要があった。 <br /><br /> 日射の中をもがくように歩きながら、こんな旅には人を付き合わせられないなと思った。もし誰かと一緒に来るのなら、休みを確定させて宿をちゃんと予約し、周囲の観光スポットを調べ上げてレンタカーを借りて計画的に回ったことだろう。無目的・無計画に飛び込んでいくなんて、一人でなきゃ絶対にできない。 <br /><br /> ひょっとしたらこの旅は、私の人生そのものを象徴しているのではないか……ふとそんなことも思った。伴う人もなく、無計画で無鉄砲、意味のない苦行は延々と続き、そしてオトシマエは自分でつける……。それらすべての代償として、途方もない自由がある。 <br /><br /> 八重根港に着いたのは夕方近くだった。出発点の底土から見て、島を横断したちょうど反対側に当たる。少しだけ和らいだ陽光の下で、ダイバー達が海へと潜っていた。私は岩場を登り、海と波の写真を撮った。水平線の先には太平洋が広がるばかりの、最果ての海岸だった。 <br /><br /> すぐ近くに釣具店があって、そこでカウボーイハット型の麦藁帽子を見つけた。ようやく帽子にありついた瞬間だった……。折り曲げられているつばをわざわざ広げ直して陽を除けられるようにする。防御力と怪しさがアップした。 <br /><br /> 傾いた日の光の中を歩いてホテルを目指す。朝に訪れた民俗資料館を横目に、来た道を引き返した。ホテルに着いた頃には日が暮れていた。昼寝をして起きると夜の7時半頃で、夕食を食べるためにまた外に出た。 <br /><br />「あそこ寿司」という気になる名前の寿司屋があって、ガイドブックによると美味いらしいので行ってみようと思った。だけど、店の看板が見えるや否や電気が消えた。すごすごと引き返して、ホテルの敷地内にあるバーに入った。にぎやかな団体客がたくさん入っていたけど、カウンターは空いていた。奇妙なネコの木人形が置かれている席に腰掛け、チーズロコモコを食べた。ちゃんと目の前で料理してくれて、うまかった。島に着いてから一番うまい食事だった。アイスティーとあしたば茶をガブ飲みして部屋に戻った。 <br /><br /> 部屋でぼおっとテレビを見ていると、なんと今日は月蝕が起きる日だと言う。深夜の4時55分が食の最大とのこと。残念ながら本州は曇り空。だが八丈島は晴れている! これは撮るしかない。そう思って目覚ましをかけて眠った。 <br /><br /> で、深夜に起き出して撮った(写真参照)。右側がくっきりと欠けている。輪郭とは逆の円弧で欠けているのがミソだ。単なる月齢による場合は輪郭に沿うような形の円弧で欠けていく。最初普通に撮ったのでは月が白飛びしておまけに手ぶれして良く分からない写真になってしまったけど、マニュアルモードで露出やら感度やらシャッタースピードをいじったらどうにか見られる写真が撮れる様になった。 <br /><br /> 月は部屋の窓からだと見えなくて、フロントまで降りていって窓から身を乗り出すようにして撮った(やはり冷房はついていなくて、窓は開けっ放しだった)。そのうち外から宿泊客が帰ってきて、普通に入り口のドアを開けて中に入ってきた……。開いてたんかい! 私もドアから普通に出て、前庭の芝生から写真を撮りまくった。散発的に訪れる宿泊客に妙な顔をされながら……。深夜徘徊はお互い様じゃないか。 <br /><br /> 撮れた写真にすっかり満足して私は布団へと帰っていった。<br /><br />第3日目 9/8(金) 雨のち晴 <br /><br /> 昨夜夜更かしした関係で、朝は遅かった。遅めの不味い(汗)朝食を食べてから二度寝して、午後1時頃から動き出す。こういっただらしない行動が取れるのも一人旅の強みだ(笑)。 <br /><br /> 今日はいい加減徒歩オンリーを止めてバスを使ってみようと思った。八丈島には島内を45分ほどで一回りする巡回バスがある。底土海岸に夏期だけバス停が設置されていると聞いてそちらに行ってみたけれど、それらしい標識は見当たらなかった。仕方なく通年でバス停が置かれているという神湊港へと向かった。道を引き返して海岸沿いを15分くらい歩く。 <br /><br /> 道の途中で雨が降り始めた。風に運ばれてきたような小雨が三原山の頂に引っ掛かっていて、それが雨を降らせているようだった。海面を見渡せば、陽光が落ちている一角も見受けられる。多分島の反対側では雨が降っていないのだろう。 <br /><br /> 本州にいると、雨が降っているときは本当にどこまでも雨が続いているような感覚に陥ってしまう。だけどここでは、雨ははっきりと今・ここに降っているのだと実感できる。それどころか、この雨と山向こうの雨とが別々の雨だということが、はっきり見て取れる。面白いことだと思った。雲の動きや風の方位がここではとても身近に感じられる。それらは「風」や「雲」なんていう名前で一言で言い表されるものではなくて、島の上をよぎっていくとても具体的な存在だった。同じ雲も同じ風も二度とは訪れない。彼らが生まれてから消えるまでをずっと眺めている事だって、この島でならできるのだろう。 <br /><br /> 神湊港近くの海岸に、古びた船のオブジェが置かれていた(写真参照)。何でも、島流しになった人たちが本州に逃げ帰ろうと船を出した場所がここなのだという。脱走の計画は八丈島の歴史の中で15回試みられ、成功したのはたった1回だという。船と海を眺めて、水平線の向こう側にある陸地を目指して漕ぎ出した人たちのことをぼんやりと思った。 <br /><br /> 神湊港のバス停はすぐ見つかった。時刻表を見ると次のバスが来るまでにまだ1時間ほど余裕があった。近くの商店でアイスクリームを買い、ホテルの部屋に戻って昼食を摂った。アイスクリームは冷凍庫にしまった。 <br /><br /> バスはほぼ時間通りに着いた。運転手に行き先を告げて運賃を払う。今日は島の南側にある集落や温泉を見て歩こうと思っていた。昨日まで歩いていた道を越え、険しい断崖を貫く「大阪トンネル」を抜けて、中之郷と呼ばれる島の南端へと向かう。 <br /><br /> 中之郷や隣の樫立には温泉がいくつかあって、ほとんど銭湯になっているところから谷あいにある男女混浴の露天風呂まで取り揃えられている。町が運営している場所が入りやすそうだと思い、場所を調べておいた。海岸に程近いところで、湯船に浸かりながら海を眺められる立地だという。 <br /><br /> 温泉に入る楽しみは後に取っておくことにして、とりあえず海岸を目指した。この土地の海はどんな色をしているのか見ておきたかった。昨日までに訪れた底土や八重根は平地から海岸に向かって行ったけれど、中之郷や樫立は急な坂道を下りきってようやく海にたどり着くといった様子だった。坂道を降りている最中、後でこれをまた登るのかと思って気持ちが暗くなった。昨日買った麦藁帽子を被っていたけれど身体から出る熱までは抑えられない。またしても汗ぐっしょりになりながら海岸にたどり着く。 <br /><br /> 海岸はごく最近整備された場所らしかった。岩場をくりぬいて作ったようなプールがあって、水着姿の人たちが何人も泳いでいた。そのプールの縁を普段着のまま歩いていって、岩場の上で写真を撮った。怪訝な顔をされそうで怖かった(汗)。それから、先ほど想像したとおり上り坂を引き返して集落に戻った。 <br /><br /> 一端もとのバス停付近に戻ってから、今度は温泉を目指すことにした。別の海岸へと通じる坂道を下っていく。滝や露天風呂が道中目に留まった。男女混浴の露天風呂は水着着用でなければ入れない場所で、泳げない私は(滝汗)水着なんて持ってきているわけがなく露天風呂にも入れなかった。その代わり、もっと海岸近くにある町営の温泉に入った。 <br /><br /> 温泉と言いながら設備は銭湯とほとんど変わらない場所だった。蛇口とシャワーが壁に並んでいて、シャンプーもボディーソープもある。ただ湯船がヒノキでできていて、温泉の成分のせいか底がぬめっていた。 <br /><br /> 浴場に立てば夕方に差し掛かった太平洋が見渡せた。自然の前で素っ裸になるのは気持ちがいい。ただ、湯船に入ると海面しか見えなくなって残念だった。日に焼けた腕と首筋に湯がしみて痛い。何かしらの成分が溶け込んでいるのは確からしかった。 <br /><br /> 気持ちよく汗を流した後、畳張りの休憩室でくつろいだ。大きな座卓が中央に置かれていて、上に団扇が用意されている。マッサージ機とテレビと扇風機もある。団扇を片手に足を伸ばせば旅の疲れは消えていった。自動販売機にあしたば茶があって、一本買ってしまう。 <br /><br /> エアコンはなかった。そういえば、八丈島の人たちはあまりエアコンを使っていないように見える。近代的な家に住んでいる人も、夜は窓を開けて網戸で過ごしている場合が多いようだった。地熱発電や風力発電が行われていたりする島なので、エコ意識が高いのかもしれない。あるいはエアコンを使うと外気との間に温度差・湿度差が生じ過ぎてよくないのかもしれない。さもなくば、自然風に勝る涼は有り得ないのだと知っているのかもしれない。昔ながらの民家に住み、あらゆる窓を開けっぱなしにして部屋に寝そべっている人の姿はとても涼しそうだった。 <br /><br /> 温泉を出てからは、徒歩でホテルを目指した。バスを使おうと思ったけれど、温泉を出る頃にはもう時刻表が尽きていた……。 <br /><br /> 歩いているうちにどんどん日が暮れて、やがて夜になってしまった。だが、夏場の夜は案外歩きやすい。風が涼しくなるし、何より厄介な陽射しがなくなる。人気が絶えて車ばかり通り過ぎていく夜道をひたすら歩く。 <br /><br /> 大阪トンネルを抜けると、目の前には田舎町のつつましい夜景が広がった。黒々とした海面に浮かぶ漁火と島の輪郭をなぞる街灯の曲線が、幻想的な風景画を描いているようだった。風景により風景を描いているというなんとも不思議な図式だ。そんな夜景を傍らに坂道を降りていく。 <br /><br /> 三根市街に入る頃にはもう8時近かった。今日こそ入ろうと思っていた「あそこ寿司」はやっぱり閉まっていた(汗)。そこで「梁山泊」という郷土料理のお店に入ってみた。 <br /><br /> 外見からは想像できないほどお客さんが入っていた。カウンター席が辛うじて空いていて、隅っこのほうに私は座った。あしたば蕎麦と里芋の唐揚を頼んだ。居酒屋兼料理屋といったところで、みんな酒を呑みながらにぎやかに話している。 <br /><br /> 地元の女性らしい2人組が店に入ってきて、私のすぐ隣に座った。初老のマスターがカウンターの向こう側から2人に話しかける。2人は店の常連らしかった。観光協会がやっている謎解きキャンペーンのチラシを持って、マスターにヒントをせがむ。 <br /><br /> こういうチャンスを生かして地元の人たち(しかも女性)と話しておくべきなんだろうなと思った。だけど、長年の性格が災いしてなかなか話しかけられない。そのうちマスターが話を振ってくれた。 <br /><br />「一人で来たの?」 <br />「ええ、一人旅です」 <br />「探検?」 <br />「まあそんなところですね」 <br /><br /> 物知りらしいマスターに私は名産品のことをいくつか聞いた。先ほどの女性2人は、カウンターに座っていた別の観光客(男性)と話し始めた。男性は島内のオススメのスポットについて女性たちに聞いていた。思わず盗み聞きしてしまう。海は千畳岩という場所が一番綺麗らしい。なるほど。 <br /><br /> 料理は思ったよりボリュームがあってしかもうまかった。歩き詰めだった身体でもすぐに満腹になった。感謝の気持ちを込めてソフトドリンク(利益率高)をガブ飲みして店を出た。最初にこの店に来ればよかった。 <br /><br /> ようやく部屋にたどり着いてのんびり夜を過ごした。デジタルカメラの写真を確かめているうちに、今日撮ったどの写真にも中央に黒い点があることに気付いた。レンズを換えたりして色々確かめるうちに、感光用のミラー(?)に何かが付着しているのに気付く。昨夜月を取るときに間違って露光時間を無限大にしてしまい、シャッターがしばらく落ちたままになったことがあった。その時に多分ゴミが付いてしまったのだろう。シャッターを下ろした状態でミラーに息を吹きかけてゴミを飛ばす。恐らく良い子は真似しないでくださいという行為……。とにかく黒い影はなくなった。 <br /><br /> 今日も今日とて結局歩き詰めの1日となってしまった。明日はついにホテルからチェックアウトする日となる。次の宿を探さなければなるまい。 <br /><br />第4日目 9/9(土) ひたすら晴 <br /><br /> 荷物をまとめてチェックアウトを済まし、空港を目指した。もちろん徒歩だ。しかも今回は全装備をまとめて背負っている。日が高くならないうちに空港に着かねばなるまい。 <br /><br /> 全備重量は10Kgを超えるだろうか。左手にトランクを、右手にバッグを提げて朝日の中を黙々と歩く。最初に宿を探して歩いたまっすぐなソテツの道を、今度は遡って歩いていく。例によって例のごとくすぐに汗まみれになる。 <br /><br /> 空港に向かったのは、実は、今日の飛行機で帰れるんじゃないかという妄念に突き動かされたからだ。予約した飛行機は明日の朝9時発で、そのためだけに宿を探すくらいなら今日の夕方にでも帰ってしまった方がいいと思った。いい加減疲れたし(笑)。それともうひとつ、重い荷物を背負ったまま宿を探すのは辛い。それで、荷物を保管するための貸しロッカーくらいあるんじゃないかと思ったからだ。 <br /><br /> そんなわけで、Tシャツをビショビショにしながら空港のビル内にたどり着いた。空調が思いっきり効いていて、自然冷却になれていた身体には肌寒いくらいだった。おまけに服は濡れている……。 <br /><br /> とにもかくにもANAの受付の人に、予約した便を今日に振り返られるか聞いてみた。できることはできるけど、既にどの便も満席だからキャンセル待ちするしかないのよ。フハハハ残念だったな! という答えだった。私は仕事の都合でどうしても確実に明日帰らなければならない……。ここで予約を解除したら、今日の便にも乗れずに明日の便にも乗れないという究極のオチが付いてしまうかもしれない。 <br /><br /> というわけでちゃんともう一泊していくことにした。荷物をロッカーに預け、土産物屋をちょっとのぞいて、空港レストランで昼食のあしたばうどん(冷)をすすってから、宿を探そうと外に出た。 <br /><br /> が、身軽になるとどうしても散策の方向に足が向いてしまう。そういえば島の北西側にはあんまり行ったことないな……。昨夜の「梁山泊」で小耳に挟んだ、八丈島で一番海が綺麗だと評判の千畳岩海岸は空港の北西にある。そっちの方向に宿もあるかもしれない。そう思ってまだ一度も行ったことのない北西への道に足を向けた。 <br /><br /> 島の北西、大賀郷と呼ばれる一帯は物静かなところだった。離島なので静かなのは当たり前だけれど、大賀郷は空気そのものがひっそりとしている。他の場所では車が行き来していたり人通りがあったりして、生活の雰囲気というものが伝わってくる。だけど大賀郷ではヤシの雑木林や無人の畑ばかりで、人の気配が薄い。自分の足音ばかりが響くようだった。 <br /><br /> 特に見るものもない道をひたすら歩くうちにやがて海に至った。この島ではどの道を突き進んでもやがて海に至るけれど、そのとき行き当たった海は他の場所とは一味違った。 <br /><br /> 遠く広く平坦に広がる海原の向こう側に、まるで温和な怪獣のように小さな島が浮かんでいる。道を進むと、海岸の様子がはっきりと見えてくる。ただの殺風景な海辺と思っていたものが良く手入れされた芝生の公園となる。そして芝生のさらに向こう側に、冷えて固まった黒い溶岩の広がりが見下ろせるようになる。この場所が、噂に聞いた千畳岩海岸だった。 <br /><br /> 海の手前に広がる黒色の溶岩は、まるで苦しみの象徴のように見えた。海に面しているはずなのに、なぜか山を思わせる。ごつごつとした岩を踏み越え、鋭い切れ込みや溝を飛び越えながら海を目指す。カメラを持ちながらなので、時々よろめいてしまう。こんなところで転んだら大変なことになるな、と冷や汗を流した。 <br /> 溶岩とは対照的に、海は本当に美しかった。断崖の下にエメラルド・グリーンの波が揺れていた。本当に実際にエメラルド・グリーン。こんな綺麗な海を見たのは初めてだった。波を浴びたせいか茶褐色に変色した岩の上で波頭が遊んでいた。 <br /><br /> 近くの土産物店であしたばアイスクリームを食べてから、海沿いに島の中央へと戻る道を歩き出した。やはり宿は島の中央に集まっているようだった。遊んでいるうちに午後も中ほどを過ぎていた。今から宿を探すのってひょっとして大変かな……とちょっと不安になった。 <br /><br /> 海岸はずっと黒い溶岩が続いていた。波はどこもここも荒々しい。太平洋というものはそういうものなのだろうか。名前にそぐわない強い波がこの小さな島を取り囲んでいることになる。 <br /><br /> 町に戻って宿を探してみたけれど、なかなか良さそうなところがない。ペンションやダイバーズクラブの宿には急に泊まるなんて無理だろう。町外れの民宿を訪ねてみたけれど、空き室はないと言われてしまった。 <br /><br /> 陽が傾くにつれて気分が沈んできた。絶海の孤島で宿無しで独り歩き回る事ほど寂しいことはない。そもそもちゃんと計画を立てて旅行に出掛けない自分が悪い。運良くホテルに転がり込めたのだから、素直に宿泊を1日伸ばせば済むことだった。無駄な冒険なんて慎むべきだ。 <br /><br /> 大して歩く場所のない小さな町をうろうろと行ったり来たりする。足取りも鈍いものになる。自分がどうしようもないろくでなしのように思えてくる。俺はよそ者、アウトサイダーなのだ。島の人たちの視線が気になる。やがて夕方が過ぎ、日が落ちていく。それでも宿は見つからなかった。 <br /><br /> そうだ、大賀郷に大きなホテルがあったはずだ。そこに行ってみよう。既に夜といって差し支えない時間帯だった。ホテルに着いてみると、自分が泊まっていた所より近代的で少し洗練された感じのところだった。金ならある。フロントに立っていた受付の女性に声を掛けた。 <br /><br />「空き部屋はもうありません」 <br /><br /> 女性は眉一つ動かさないで即答した。こんなシーズンオフに空き部屋なしなんてことがあるかいなと思いつつ私はそそくさと退散した。 <br /><br /> ホテルの敷地から出る坂道を下るうちに、もう宿になんか泊まってやるもんかという気分になった。野宿するのは今回が初めてじゃない。また波の音を聞きながら眠ろう……。 <br /><br /> 気付けば辺りはすっかり夜になっていた。だけど、飛行機の飛び立つ翌朝までにはまだ時間がある。ありすぎる。そこで私は、気に掛かっていたものを手に入れようとふたたび町に戻っていった。 <br /><br /> 最寄の本屋に立ち寄って棚を見渡すと、目当てのものはすぐ見つかった。町役場が編纂した「八丈島誌」だ。他の場所では手に入らないだろうし、せっかくだから買って行こうと思っていた。 <br /><br /> 分厚い本が加わって一段と重くなった荷物を抱え、夜の海岸を目指した。どうせ一夜を過ごすのなら海岸に横たわろうと思っていた。実は日中歩いた道の途中で東屋を見つけていて、あそこなら野宿するにも都合がいいなと思える場所があった。 <br /><br /> 海岸沿いの芝生に立てられた東屋は、周囲の街灯に照らし出されて明るかった。これでは通りがかりの人や車の目についてしまう。このご時世、不審人物として通報されたりしょっぴかれたりする可能性もある。やや内陸を走る幅広の車道はずっと明るい街灯に照らされていたけれど、海岸沿いの道はまるで黒い霧が立ち込めているように暗かった。しばらく闇にまぎれていようと思い、私は海岸沿いの道へとさまよいこんでいった。 <br /><br /> 少し離れたところでバーベキューをやっている人たちがいたけれど、炊事場の先は明かり一つない闇だった。賑わいの脇をすり抜け、闇を求めて分け入っていく。昼の間に一度通ったことのある道なので、何があるか大体は心得ていた。芝生の広場になっていて、車道からも距離があるはずだ。 <br /><br /> 暗がりの中に入るに従って人の声が途絶え、波の音が賑わいをかき消すようになった。やがて誰の声も聞こえなくなり、辺りは夜の海のざわめきと暗闇ばかりとなった。そして奇妙なことだが、人家の明かりも街灯もないこの海岸が思ったより暗くないことを知った。夜目が効いてきたし、何より月が昇っていた。欠け始めたばかりの満月に近い月が辺りを照らし出す。 <br /><br /> バッグを傍らに置いて芝生の上に座り込み、海を眺めた。月が眩しくて雲も海面もはっきりと見える。波の音が、何かを急かすように、何かを為そうとするかのようにずっと続いている。そうして私は、一人ぼっちで闇に包まれている。 <br /> そこは安らぎを覚える空間だった。心がむきだしになって、その表面を海風が撫でてくれるようだった。水平線の向こう、雲の掛かる山の峰の上まで、自分の心が広がっていくように感じられた。 <br /><br /> ここは最果ての海。世界が終わる場所であると同時に始まる場所でもある。雲と海原の間の夜はそのまま心の闇と直に繋がっているに相違いない。夜空を覆う積乱雲の輪郭をたどって意識がさまよう。波打ち際では、黒い溶岩と黒い海水とが交じり合って世界の秘密を垣間見せる。 <br /><br /> 私自身の長い影が地面に落ちている。月の落す影だ。こんな月光の下でなら、虹だって作り出されそうだった。広場の上に影を落すものは私独りだけだった。さみしい……そう思って月を仰いだ瞬間、信じられないことが起きた。月の登ってきた軌跡を切り裂くように、一筋の流星が降った。 <br /><br /> 荷物を手に私はまた立ち上がった。そうしてこの場所を去ろうと思った。月明かりばかりのこの場所では、あまりに自分の心と向かい合いすぎる。それは畏怖するべきことであり、危険なことにも思えた。街灯に照らされた東屋を目指して、私は歩き始めた。人間の世界で夜を過ごすべきだ。そして、夜が空けるのを待たねばならない……。<br /><br />第5日目 9/10(日) 晴 <br /><br /> 夜が明け始めたのは午前4時半頃だった。東に見える三原山の上の空が段々と青みがかり、やがて桜色に染まった。荷物を背負って歩き出すと眠気は消えていった。 <br /><br /> やや回り道をしたせいか空港に着くまで1時間近く掛かってしまった。支庁の脇を通り、植物園を抜けて空港を目指す。雲がどこもここも金色になっていて綺麗だったけれど、今更カメラを取り出す気にはなれなかった。 <br /><br /> ターミナルビルの玄関口に着いた頃にはすっかり朝になっていた。空港が開くのは午前7時45分からで、まだ2時間くらい余裕があった。植え込みの石に座って持ってきた本(ライラの冒険シリーズ「黄金の羅針盤」)を読んだ。陽射しがもう暑くなっていた。 <br /><br /> ビルの玄関口はきっかり7時45分に開いた。まずはロッカーから自分の荷物を引き出す。追加料金が300円ほど発生していた。メインバッグのトランクを取り戻し、あれこれ中身を整理した。そうこうしている内に辺りは乗客で混み始め、土産物屋も開店していた。 <br /><br /> 買い残したお土産を買ってから手荷物を預け、待合室へと入っていった。今回機内に持ち込むのは土産物のビニール袋だけで、後は全部預けてしまった。待合室で珈琲を売っていたので買って飲んだ。日曜日であるせいか満席で、手荷物をチェックするゲートに長い列が出来ているのが見えた。 <br /><br /> 9時近くになって飛行機への乗り込みが始まった。今度の席は尾翼付近の通路側で、人に取り囲まれて窓もろくに見えない。バスに乗っているような気分だ。 <br /> 本州にはあっけなく着いた。外に出て、蒸し暑さに驚いた。ヒートアイランドのせいか、八丈島と同じくらい暑い。昨日からずっと被っている麦藁帽子を頭に引っ掛けたまま私は家路を辿る。 <br /><br /><br />***旅のまとめ*** <br /><br /> 宿をしっかり確保しなかったのが今回の一番大きな反省点だろう。もういい年だし、社会人の大人だし、野宿なんてしない方がいい。他人に迷惑を掛けることにもなる。ひとけのない夜闇でデジタルカメラや携帯を操作するたびに怪談や心霊現象を作り出してしまったことだろう……。 <br /><br /> ただ、周囲についてあまり下調べしないで飛び込んで行ったのはかえって面白かった。一人旅だと宿でゆっくりできる時間もあるので、その間に調べ物のまとめをしたりメモを取る事もできる。また、居酒屋やバーのマスターが情報源として有効なことがわかった。そういうところから情報を入手できるヒューマンスキルが欲しい。 <br /><br /> 計算外だったのが、島内全域でボーダフォンが使えなかったことだ(汗)。これでもまっとうなプロジェクト進行中プログラマーなので、何かあったときは電話で連絡が来るはずだった。だけどどこに行っても圏外なので、会社で何が起ころうとも島流しの身の上にあっては関知できない。初日だけ念のため会社に電話を掛けたけど、それ以降は一度も連絡を入れられなかった。否応無く根無し草にされてしまったのはかなり楽しかった(笑)。<br />

ひょうたん島紀行

6いいね!

2006/09/06 - 2006/09/10

374位(同エリア582件中)

1

30

からすさん

 トビウオのアーチをくぐってひょっこりひょうたん島(八丈島)に行ってきた。
 9/6〜9/10にかけて、4泊5日の本格派な一人旅だった。これから5回くらいに分けてどんな目に遭ったのかを書き記しておこうと思う。
 
第1日目 9/6(水) 雨(本州)・晴(島)

 夏休み初日、八丈島に行くことにした。徒歩で散策しつつ、虎の子のニコンD50(デジタルカメラ)で写真を撮りまくるという作戦だ。

 当初は船旅を目論んでいたが、予約は3日前までにしなければならなかったので、時間的余裕がなくて断念した。実は夏休みの日取りが決まったのは月曜だったりする……。そんなわけで宿すら決めずにとにかく現地に向かってしまう形になった。

 航空券はANAのWebサイトで簡単に予約できた。往復で23000円くらい。カードで落す。思ったより安上がりだ。しかも直行便だと羽田から45分くらいで着いてしまう。うーん飛行機の威力。

 お気に入りの幌布バッグ2つ(トランク&ビジネスバッグ)に必要そうなものを詰め込む。現地で歩き回るので水筒を用意したり、旅行用歯磨きやら髭剃りを買ったりした。それにカメラとレンズ2本。非常食(スニッカー)に筆記用具に本にタオルに着替え。

 14:30頃に荷物を抱えて部屋を出た。予約した便は16:05発だった。手荷物検査で水筒(ステンレス製)がやはり引っ掛かった。自分で蓋を開けて中身を見せる。カメラはデジタルなのでX線を浴びても大丈夫だ(多分)。

 窓際の席に陣取って雲を眺めているうちに飛行機は八丈島に着いた。本当にすぐ着いてしまう。バスとかに近い感覚だ。乗るまでが結構大変&チケットが高いけど。

 飛行機から降りると、もわっとした空気に包まれる。本州が雨で肌寒いくらいだったので、ああ南国に来たんだなあという気分になる。外に出ると広い空に雲。アロエみたいな植物がそこらじゅうにたくさん生えていた。

 来てしまったものの、実は右も左も分からない。とりあえず大きい車道に沿って歩き、「三根市街」という案内があったのでそれに従って進む。ソテツ並木のまっすぐな道を、荷物を抱えて歩く。早くも汗が出てきてしまう。夕方で陽射しが弱まっていたから良かったけれど、もし日中で直射日光を浴びていたら危険だったろう。帽子が必要だな、などと思ったりした。道を進んでいるうちに海が見えて嬉しくなる。

 道を歩いているうちに辺りは暗くなった。恐らく三根市街らしき店舗やスナックの並びに遭遇した。石塀に囲まれた古風な民宿を見つけたけど、なんだか静まり返っているのでパスした。本屋があったので、汗ダクダクのまま入ってガイドブックを買う。なんと私はありきたりなガイドブックすら入手していなかったのだ!

 ガイドブックの地図を見ると、海岸沿いに宿が点在しているようだった。もう辺りはすっかり暗くなってしまっている。何となく不安になりながら海への道を目指した。

 神湊というところから海岸沿いに出ることができた。もう暗くて海面の色もよく分からなかったけれど、空に立ち上る入道雲ははっきりと見えた。荒々しい波の音がずっと聞こえている。海岸はどこもごつごつとした岸壁になっているらしかった。勢い余った波が岸壁の上に降りかかり、バケツをひっくり返したような音が時折響く。

 すっかり日の暮れた頃、海沿いのホテルを見つけた。噴水があったりプールがあったり妙な天使の像があったりするホテルだった。もっと民宿風のところを探していたので迷ったけれど、もう時間が時間だし、とりあえずフロントに行ってみることにした。受付のお姉さんに聞いてみると、空き部屋はあるという。「1泊ですか?」と聞かれたので「3泊です」と適当に言ってしまった。3泊だと1日足が出ることになる。まあ1日くらい別のところに泊まってみるかと思い、あえて訂正しなかった。これが後で災難の種になってしまう……。

 1泊11000円くらい(朝食付き)で、まあそんなもんだろうと思って泊まることにした。通されたのは和室で、1人で泊まるには広すぎる8畳くらいの部屋だった。障子に穴が開いていたのに閉口したけど(笑)、部屋の機能としては特に問題なかった。とりあえずマトモなところに泊まれたので安心した。

 荷物を置いて一休みした後、夕飯を食べるために先ほどの三根市街までまた歩いた。底土海岸というところまで道なりに下りていってから街を目指す。月が昇っていて、雲がはっきり見えるほど明るかった。

 洒落たペンションやダイバーズクラブの屋根が道の両側に何軒か見えた。ただ人や車はほとんど見かけなかった。三根市街に入っても人影はまばらだった。飲食店の勝手がわからず、とにかく開いていた韓国料理店に入ってみた。店主らしいおばさんが台所にいるだけで、客は一人もいなかった。とにかく席に座って焼肉定食を頼んだ。美味いとはいえなかったけど、とりあえず栄養分は取れた。

 宿に戻ってから風呂に入る支度をした。大浴場「フェニックス」というところへ向かう。別にフェニックスとは何の関係もない、どの旅館にもありそうなサウナ付きの浴場だった(笑)。別館「ヴィーナス」とか、なんだか大仰な名前が多いホテルだと思った。

 とりあえずホテルに入れたことで枕を高くして眠れる日だった。ロビーで入手したマップやガイドを読んで明日の計画を立ててから早めに眠った。

第2日目 9/7(木) 晴

 目覚めてみれば、窓の外には果てしなく太平洋が広がっていた。潮騒というには荒々しい波頭の砕け散る音が途切れることなく続いていた。

 身支度を整えてから朝食に向かった。別館「ヴィーナス」のレストランに入る。朝食はよくあるバイキング式だった。ただ、行ったのがやや遅い時刻だったせいか、料理がどれもあまり美味くなかった。ここの朝食は、旅の全日程を通じて一番まずい食事だったかもしれない……(汗)。

 朝食を終えてから、バッグを片手に外出した。フロントから外に出たとたん強い陽射しが頭を打った。帽子等の陽射しから身を守る装備は皆無だった……。とりあえず目の前の海岸を目指す。

 黒く鋭い岩が延々と続く海岸だった。波が荒いせいか、岩はどこも垂直に削り取られている。その黒い岩たちは、陽射しを吸い込んで熱を帯びていた。火山島に相応しい荒削りの自然だ。写真を何枚か撮った。

 それから市街のあるらしき方角へ向かって道なりに歩き始めた。昨夜通り過ぎた底土海岸を越え、緩やかなソテツ並木の坂道を登る。昨夜は引き返してしまったカーブを抜け、空港付近にあるらしい別の市街地を目指した。

 デジタルカメラとレンズ、それに水筒を詰め込んだバッグはやたらに重く感じられた。陽射しが強くてシャツがすぐに汗でびしょ濡れになってしまう。本来私はあまり汗をかかないタイプだけど、一度かき始めるともう止まらなかった。寂れたスーパーを見つけたので、飲料を補給して水筒に入れた。ちょうど良くベンチがあったので、座って一休みし、一杯だけ飲む。

 八丈島には、三原山というやや崩れた形の山と、八丈富士という綺麗なお椀形の山がある。その南北2つの山がくっついていて、実際にひょうたんの形をしている。山と山の間は割合平地になっていて、空港や市街地が集まっている。私が歩いていたのは、ひょうたんのくっついている部分、三原山のふもとをなぞる道だ。島の東側にある底土海岸から西側にある八重根港へと通じている。

 途中の石垣に「歴史民俗資料館」という看板があって足を止めた。ガイドブックでちらりと見た観光スポットだ。八丈島は島流しの行き先だったり、離島の割には縄文時代から人が住んでいたりと色々面白そうな歴史があると聞いていたので、入ってみることにした。

 資料館は古い校舎のような佇まいの建物だった。周囲をヤシやハイビスカスが取り囲んでいる。石でできた水槽の脇を通り抜けて中に入り、品の良いおばあちゃんから入場券を貰った。入り口のすぐ脇に団扇が何本も用意されていた。そう、クーラーなどという無粋な冷却装置はなかった(笑)。

 八丈島ゆかりの文物や縄文人の土器、昔の人が使っていた家具や名産の「黄八丈」という絹織物が展示されていた。途中、大学のゼミらしい一団と会った。中国からの留学生らしい女の子がいて、展示されていた掛け軸(漢文)をすらすら読んでいた。ネイティブは羨ましい(笑)。写真撮影は最後の部屋以外自由だということだった。最後の部屋には、八丈島の歴史の各シーンを絵にしたものが飾ってあった。きっと絵の著作権のために撮影禁止なんだろうな……。

 一通り中を見て回った後、カメラを取り出してめぼしいものを撮りながらもう一回りした。こんな離島の代名詞といわれるような場所に縄文時代から人が住んでいたなんて知ると、とても壮大な気分になる。しかも同じ伊豆諸島の御蔵島から産出される黒曜石は、海を越えた関東にも輸出されていたという。縄文時代は、普通想像されるよりもずっと人や物の行き来していた時代らしい。

 民俗資料館を見た後は進路を空港方面に取り、地図に載っていた「八丈植物公園」に行くことにした。雑草に覆われかけた狭い路地を抜けて市街を目指す。途中で八丈島名物の「玉石垣」というものを見かけた。人が住んでいるかどうか怪しい廃屋の石垣だったけれど(汗)、噂に聞くとおりどの石も角のないまん丸で、粘土もモルタルも使わずに積み上げられているばかりの石垣だった。ちょっとユーモラスな感じのする風景で、なんだか南国らしかった。

 植物公園にはビジターセンターというものがあるらしく、八丈島の色々な観光スポットや名物について教えてくれるらしかった。「まずはここで情報収集」とガイドブックには書いてあった。私は何も知らずに勢い良く反対側へ歩いていったっけ……。植物園というからには入園料が必要になるかと思ったけれど、普通の公園と同じように開放されていた。ヤシの木や名前のしらないロゼッタ状の植物がたくさん生えていて、巨大なソテツが何本も立ち並んでいる。

 ビジターセンターは公園のメインエントランス付近にあった。ガラスと木でできた最近の公園によくあるタイプの建物で、海水魚水槽や生物のパネル写真が展示されていた。小さな売店もあり、島に着いたばかりらしい三人組が店員さんに何かを聞いていた。光るキノコはどこで見られるのかといった内容らしかった。八丈島には、夜になると発光するキノコがたくさん生えているらしい。(しかし私は一度も見かけなかった。キノコ嫌いだからか?)

 昔からの癖でついつい自動販売機をチェックしてしまう。ビジターセンターの自販機には「あしたば茶」という缶ジュースがラインナップされていた。思わず買ってしまう。「あしたば」というのは八丈草・明日菜とも書かれる八丈島特産の野草で、色々健康にいいらしい。蕎麦に混ぜたり茶にしたりするらしい。なんでも秦の始皇帝から不老不死の薬を探すように命じられた徐福が、ここまで来て持って帰ったという。そんな草のお茶なのだから、きっと凄い味に違いない……。

 結論から言えば、美味かった(笑)。青臭く甘苦い味で、すっきりしていて飲みやすかった。ひたすら汗をかいた身にとても心地よい。某中華街で売られていた某ジュースとは雲泥の差だ。

 閑話休題。植物園には、植物のほかに「キョン」と呼ばれる動物が飼われていた。どんな奴かは写真参照。これで成獣らしい。原始的な鹿の仲間で、台湾が原産だという。なぜここにいるかはよくわからない(笑)。あと、南国の鳥らしき生物もいて写真に納めておいた。これもなぜいるかはわらかない。

 植物園を出てから、近所の喫茶店らしき飲食店でイカバター焼き定食を食べた。テレビで流れていた昼ドラをなんとなく観てしまう(笑)。それからまた海を目指して歩き出した。

 まだ帽子を入手していなかった。陽射しは恐ろしく強くて、汗がひっきりなしに出てくる。口からずっと荒い息が漏れている。頭痛がいつ襲ってくるか心配だった。以前新潟は長岡を放浪したことがあって、だだっぴろい田んぼの真ん中で熱射病に陥って夜まで身動きできなかったことがあった。その時は宿を探すこともできなくて、海辺に寝転がって一夜を過ごした。同じ目にまた遭ってしまうのではないか……。

 思えば、なぜ自分はレンタカーも自転車も使わず歩いているのだろうか。はっきりいって苦行である。無駄である。バカである。しかもそれなりに重い荷物も抱えている。ちゃんと普通免許を持っているのだから、車でも何でも使ってしまえばいい。

 だけど、歩くことでしか手に入らないものがあることも知っている。こことあそこが実際に同じ陸の上にあることを証明したり、ふと思い立って狭い路地に分け入っていったりすることは、2本の足を使ってでしかできないことだった。それに、自分の足を使っている限り物に囚われることはない――駐車場を探したり、自転車泥棒に怯える必要はない。自由を感じるためには、どうしても歩く必要があった。

 日射の中をもがくように歩きながら、こんな旅には人を付き合わせられないなと思った。もし誰かと一緒に来るのなら、休みを確定させて宿をちゃんと予約し、周囲の観光スポットを調べ上げてレンタカーを借りて計画的に回ったことだろう。無目的・無計画に飛び込んでいくなんて、一人でなきゃ絶対にできない。

 ひょっとしたらこの旅は、私の人生そのものを象徴しているのではないか……ふとそんなことも思った。伴う人もなく、無計画で無鉄砲、意味のない苦行は延々と続き、そしてオトシマエは自分でつける……。それらすべての代償として、途方もない自由がある。

 八重根港に着いたのは夕方近くだった。出発点の底土から見て、島を横断したちょうど反対側に当たる。少しだけ和らいだ陽光の下で、ダイバー達が海へと潜っていた。私は岩場を登り、海と波の写真を撮った。水平線の先には太平洋が広がるばかりの、最果ての海岸だった。

 すぐ近くに釣具店があって、そこでカウボーイハット型の麦藁帽子を見つけた。ようやく帽子にありついた瞬間だった……。折り曲げられているつばをわざわざ広げ直して陽を除けられるようにする。防御力と怪しさがアップした。

 傾いた日の光の中を歩いてホテルを目指す。朝に訪れた民俗資料館を横目に、来た道を引き返した。ホテルに着いた頃には日が暮れていた。昼寝をして起きると夜の7時半頃で、夕食を食べるためにまた外に出た。

「あそこ寿司」という気になる名前の寿司屋があって、ガイドブックによると美味いらしいので行ってみようと思った。だけど、店の看板が見えるや否や電気が消えた。すごすごと引き返して、ホテルの敷地内にあるバーに入った。にぎやかな団体客がたくさん入っていたけど、カウンターは空いていた。奇妙なネコの木人形が置かれている席に腰掛け、チーズロコモコを食べた。ちゃんと目の前で料理してくれて、うまかった。島に着いてから一番うまい食事だった。アイスティーとあしたば茶をガブ飲みして部屋に戻った。

 部屋でぼおっとテレビを見ていると、なんと今日は月蝕が起きる日だと言う。深夜の4時55分が食の最大とのこと。残念ながら本州は曇り空。だが八丈島は晴れている! これは撮るしかない。そう思って目覚ましをかけて眠った。

 で、深夜に起き出して撮った(写真参照)。右側がくっきりと欠けている。輪郭とは逆の円弧で欠けているのがミソだ。単なる月齢による場合は輪郭に沿うような形の円弧で欠けていく。最初普通に撮ったのでは月が白飛びしておまけに手ぶれして良く分からない写真になってしまったけど、マニュアルモードで露出やら感度やらシャッタースピードをいじったらどうにか見られる写真が撮れる様になった。

 月は部屋の窓からだと見えなくて、フロントまで降りていって窓から身を乗り出すようにして撮った(やはり冷房はついていなくて、窓は開けっ放しだった)。そのうち外から宿泊客が帰ってきて、普通に入り口のドアを開けて中に入ってきた……。開いてたんかい! 私もドアから普通に出て、前庭の芝生から写真を撮りまくった。散発的に訪れる宿泊客に妙な顔をされながら……。深夜徘徊はお互い様じゃないか。

 撮れた写真にすっかり満足して私は布団へと帰っていった。

第3日目 9/8(金) 雨のち晴

 昨夜夜更かしした関係で、朝は遅かった。遅めの不味い(汗)朝食を食べてから二度寝して、午後1時頃から動き出す。こういっただらしない行動が取れるのも一人旅の強みだ(笑)。

 今日はいい加減徒歩オンリーを止めてバスを使ってみようと思った。八丈島には島内を45分ほどで一回りする巡回バスがある。底土海岸に夏期だけバス停が設置されていると聞いてそちらに行ってみたけれど、それらしい標識は見当たらなかった。仕方なく通年でバス停が置かれているという神湊港へと向かった。道を引き返して海岸沿いを15分くらい歩く。

 道の途中で雨が降り始めた。風に運ばれてきたような小雨が三原山の頂に引っ掛かっていて、それが雨を降らせているようだった。海面を見渡せば、陽光が落ちている一角も見受けられる。多分島の反対側では雨が降っていないのだろう。

 本州にいると、雨が降っているときは本当にどこまでも雨が続いているような感覚に陥ってしまう。だけどここでは、雨ははっきりと今・ここに降っているのだと実感できる。それどころか、この雨と山向こうの雨とが別々の雨だということが、はっきり見て取れる。面白いことだと思った。雲の動きや風の方位がここではとても身近に感じられる。それらは「風」や「雲」なんていう名前で一言で言い表されるものではなくて、島の上をよぎっていくとても具体的な存在だった。同じ雲も同じ風も二度とは訪れない。彼らが生まれてから消えるまでをずっと眺めている事だって、この島でならできるのだろう。

 神湊港近くの海岸に、古びた船のオブジェが置かれていた(写真参照)。何でも、島流しになった人たちが本州に逃げ帰ろうと船を出した場所がここなのだという。脱走の計画は八丈島の歴史の中で15回試みられ、成功したのはたった1回だという。船と海を眺めて、水平線の向こう側にある陸地を目指して漕ぎ出した人たちのことをぼんやりと思った。

 神湊港のバス停はすぐ見つかった。時刻表を見ると次のバスが来るまでにまだ1時間ほど余裕があった。近くの商店でアイスクリームを買い、ホテルの部屋に戻って昼食を摂った。アイスクリームは冷凍庫にしまった。

 バスはほぼ時間通りに着いた。運転手に行き先を告げて運賃を払う。今日は島の南側にある集落や温泉を見て歩こうと思っていた。昨日まで歩いていた道を越え、険しい断崖を貫く「大阪トンネル」を抜けて、中之郷と呼ばれる島の南端へと向かう。

 中之郷や隣の樫立には温泉がいくつかあって、ほとんど銭湯になっているところから谷あいにある男女混浴の露天風呂まで取り揃えられている。町が運営している場所が入りやすそうだと思い、場所を調べておいた。海岸に程近いところで、湯船に浸かりながら海を眺められる立地だという。

 温泉に入る楽しみは後に取っておくことにして、とりあえず海岸を目指した。この土地の海はどんな色をしているのか見ておきたかった。昨日までに訪れた底土や八重根は平地から海岸に向かって行ったけれど、中之郷や樫立は急な坂道を下りきってようやく海にたどり着くといった様子だった。坂道を降りている最中、後でこれをまた登るのかと思って気持ちが暗くなった。昨日買った麦藁帽子を被っていたけれど身体から出る熱までは抑えられない。またしても汗ぐっしょりになりながら海岸にたどり着く。

 海岸はごく最近整備された場所らしかった。岩場をくりぬいて作ったようなプールがあって、水着姿の人たちが何人も泳いでいた。そのプールの縁を普段着のまま歩いていって、岩場の上で写真を撮った。怪訝な顔をされそうで怖かった(汗)。それから、先ほど想像したとおり上り坂を引き返して集落に戻った。

 一端もとのバス停付近に戻ってから、今度は温泉を目指すことにした。別の海岸へと通じる坂道を下っていく。滝や露天風呂が道中目に留まった。男女混浴の露天風呂は水着着用でなければ入れない場所で、泳げない私は(滝汗)水着なんて持ってきているわけがなく露天風呂にも入れなかった。その代わり、もっと海岸近くにある町営の温泉に入った。

 温泉と言いながら設備は銭湯とほとんど変わらない場所だった。蛇口とシャワーが壁に並んでいて、シャンプーもボディーソープもある。ただ湯船がヒノキでできていて、温泉の成分のせいか底がぬめっていた。

 浴場に立てば夕方に差し掛かった太平洋が見渡せた。自然の前で素っ裸になるのは気持ちがいい。ただ、湯船に入ると海面しか見えなくなって残念だった。日に焼けた腕と首筋に湯がしみて痛い。何かしらの成分が溶け込んでいるのは確からしかった。

 気持ちよく汗を流した後、畳張りの休憩室でくつろいだ。大きな座卓が中央に置かれていて、上に団扇が用意されている。マッサージ機とテレビと扇風機もある。団扇を片手に足を伸ばせば旅の疲れは消えていった。自動販売機にあしたば茶があって、一本買ってしまう。

 エアコンはなかった。そういえば、八丈島の人たちはあまりエアコンを使っていないように見える。近代的な家に住んでいる人も、夜は窓を開けて網戸で過ごしている場合が多いようだった。地熱発電や風力発電が行われていたりする島なので、エコ意識が高いのかもしれない。あるいはエアコンを使うと外気との間に温度差・湿度差が生じ過ぎてよくないのかもしれない。さもなくば、自然風に勝る涼は有り得ないのだと知っているのかもしれない。昔ながらの民家に住み、あらゆる窓を開けっぱなしにして部屋に寝そべっている人の姿はとても涼しそうだった。

 温泉を出てからは、徒歩でホテルを目指した。バスを使おうと思ったけれど、温泉を出る頃にはもう時刻表が尽きていた……。

 歩いているうちにどんどん日が暮れて、やがて夜になってしまった。だが、夏場の夜は案外歩きやすい。風が涼しくなるし、何より厄介な陽射しがなくなる。人気が絶えて車ばかり通り過ぎていく夜道をひたすら歩く。

 大阪トンネルを抜けると、目の前には田舎町のつつましい夜景が広がった。黒々とした海面に浮かぶ漁火と島の輪郭をなぞる街灯の曲線が、幻想的な風景画を描いているようだった。風景により風景を描いているというなんとも不思議な図式だ。そんな夜景を傍らに坂道を降りていく。

 三根市街に入る頃にはもう8時近かった。今日こそ入ろうと思っていた「あそこ寿司」はやっぱり閉まっていた(汗)。そこで「梁山泊」という郷土料理のお店に入ってみた。

 外見からは想像できないほどお客さんが入っていた。カウンター席が辛うじて空いていて、隅っこのほうに私は座った。あしたば蕎麦と里芋の唐揚を頼んだ。居酒屋兼料理屋といったところで、みんな酒を呑みながらにぎやかに話している。

 地元の女性らしい2人組が店に入ってきて、私のすぐ隣に座った。初老のマスターがカウンターの向こう側から2人に話しかける。2人は店の常連らしかった。観光協会がやっている謎解きキャンペーンのチラシを持って、マスターにヒントをせがむ。

 こういうチャンスを生かして地元の人たち(しかも女性)と話しておくべきなんだろうなと思った。だけど、長年の性格が災いしてなかなか話しかけられない。そのうちマスターが話を振ってくれた。

「一人で来たの?」
「ええ、一人旅です」
「探検?」
「まあそんなところですね」

 物知りらしいマスターに私は名産品のことをいくつか聞いた。先ほどの女性2人は、カウンターに座っていた別の観光客(男性)と話し始めた。男性は島内のオススメのスポットについて女性たちに聞いていた。思わず盗み聞きしてしまう。海は千畳岩という場所が一番綺麗らしい。なるほど。

 料理は思ったよりボリュームがあってしかもうまかった。歩き詰めだった身体でもすぐに満腹になった。感謝の気持ちを込めてソフトドリンク(利益率高)をガブ飲みして店を出た。最初にこの店に来ればよかった。

 ようやく部屋にたどり着いてのんびり夜を過ごした。デジタルカメラの写真を確かめているうちに、今日撮ったどの写真にも中央に黒い点があることに気付いた。レンズを換えたりして色々確かめるうちに、感光用のミラー(?)に何かが付着しているのに気付く。昨夜月を取るときに間違って露光時間を無限大にしてしまい、シャッターがしばらく落ちたままになったことがあった。その時に多分ゴミが付いてしまったのだろう。シャッターを下ろした状態でミラーに息を吹きかけてゴミを飛ばす。恐らく良い子は真似しないでくださいという行為……。とにかく黒い影はなくなった。

 今日も今日とて結局歩き詰めの1日となってしまった。明日はついにホテルからチェックアウトする日となる。次の宿を探さなければなるまい。

第4日目 9/9(土) ひたすら晴

 荷物をまとめてチェックアウトを済まし、空港を目指した。もちろん徒歩だ。しかも今回は全装備をまとめて背負っている。日が高くならないうちに空港に着かねばなるまい。

 全備重量は10Kgを超えるだろうか。左手にトランクを、右手にバッグを提げて朝日の中を黙々と歩く。最初に宿を探して歩いたまっすぐなソテツの道を、今度は遡って歩いていく。例によって例のごとくすぐに汗まみれになる。

 空港に向かったのは、実は、今日の飛行機で帰れるんじゃないかという妄念に突き動かされたからだ。予約した飛行機は明日の朝9時発で、そのためだけに宿を探すくらいなら今日の夕方にでも帰ってしまった方がいいと思った。いい加減疲れたし(笑)。それともうひとつ、重い荷物を背負ったまま宿を探すのは辛い。それで、荷物を保管するための貸しロッカーくらいあるんじゃないかと思ったからだ。

 そんなわけで、Tシャツをビショビショにしながら空港のビル内にたどり着いた。空調が思いっきり効いていて、自然冷却になれていた身体には肌寒いくらいだった。おまけに服は濡れている……。

 とにもかくにもANAの受付の人に、予約した便を今日に振り返られるか聞いてみた。できることはできるけど、既にどの便も満席だからキャンセル待ちするしかないのよ。フハハハ残念だったな! という答えだった。私は仕事の都合でどうしても確実に明日帰らなければならない……。ここで予約を解除したら、今日の便にも乗れずに明日の便にも乗れないという究極のオチが付いてしまうかもしれない。

 というわけでちゃんともう一泊していくことにした。荷物をロッカーに預け、土産物屋をちょっとのぞいて、空港レストランで昼食のあしたばうどん(冷)をすすってから、宿を探そうと外に出た。

 が、身軽になるとどうしても散策の方向に足が向いてしまう。そういえば島の北西側にはあんまり行ったことないな……。昨夜の「梁山泊」で小耳に挟んだ、八丈島で一番海が綺麗だと評判の千畳岩海岸は空港の北西にある。そっちの方向に宿もあるかもしれない。そう思ってまだ一度も行ったことのない北西への道に足を向けた。

 島の北西、大賀郷と呼ばれる一帯は物静かなところだった。離島なので静かなのは当たり前だけれど、大賀郷は空気そのものがひっそりとしている。他の場所では車が行き来していたり人通りがあったりして、生活の雰囲気というものが伝わってくる。だけど大賀郷ではヤシの雑木林や無人の畑ばかりで、人の気配が薄い。自分の足音ばかりが響くようだった。

 特に見るものもない道をひたすら歩くうちにやがて海に至った。この島ではどの道を突き進んでもやがて海に至るけれど、そのとき行き当たった海は他の場所とは一味違った。

 遠く広く平坦に広がる海原の向こう側に、まるで温和な怪獣のように小さな島が浮かんでいる。道を進むと、海岸の様子がはっきりと見えてくる。ただの殺風景な海辺と思っていたものが良く手入れされた芝生の公園となる。そして芝生のさらに向こう側に、冷えて固まった黒い溶岩の広がりが見下ろせるようになる。この場所が、噂に聞いた千畳岩海岸だった。

 海の手前に広がる黒色の溶岩は、まるで苦しみの象徴のように見えた。海に面しているはずなのに、なぜか山を思わせる。ごつごつとした岩を踏み越え、鋭い切れ込みや溝を飛び越えながら海を目指す。カメラを持ちながらなので、時々よろめいてしまう。こんなところで転んだら大変なことになるな、と冷や汗を流した。
 溶岩とは対照的に、海は本当に美しかった。断崖の下にエメラルド・グリーンの波が揺れていた。本当に実際にエメラルド・グリーン。こんな綺麗な海を見たのは初めてだった。波を浴びたせいか茶褐色に変色した岩の上で波頭が遊んでいた。

 近くの土産物店であしたばアイスクリームを食べてから、海沿いに島の中央へと戻る道を歩き出した。やはり宿は島の中央に集まっているようだった。遊んでいるうちに午後も中ほどを過ぎていた。今から宿を探すのってひょっとして大変かな……とちょっと不安になった。

 海岸はずっと黒い溶岩が続いていた。波はどこもここも荒々しい。太平洋というものはそういうものなのだろうか。名前にそぐわない強い波がこの小さな島を取り囲んでいることになる。

 町に戻って宿を探してみたけれど、なかなか良さそうなところがない。ペンションやダイバーズクラブの宿には急に泊まるなんて無理だろう。町外れの民宿を訪ねてみたけれど、空き室はないと言われてしまった。

 陽が傾くにつれて気分が沈んできた。絶海の孤島で宿無しで独り歩き回る事ほど寂しいことはない。そもそもちゃんと計画を立てて旅行に出掛けない自分が悪い。運良くホテルに転がり込めたのだから、素直に宿泊を1日伸ばせば済むことだった。無駄な冒険なんて慎むべきだ。

 大して歩く場所のない小さな町をうろうろと行ったり来たりする。足取りも鈍いものになる。自分がどうしようもないろくでなしのように思えてくる。俺はよそ者、アウトサイダーなのだ。島の人たちの視線が気になる。やがて夕方が過ぎ、日が落ちていく。それでも宿は見つからなかった。

 そうだ、大賀郷に大きなホテルがあったはずだ。そこに行ってみよう。既に夜といって差し支えない時間帯だった。ホテルに着いてみると、自分が泊まっていた所より近代的で少し洗練された感じのところだった。金ならある。フロントに立っていた受付の女性に声を掛けた。

「空き部屋はもうありません」

 女性は眉一つ動かさないで即答した。こんなシーズンオフに空き部屋なしなんてことがあるかいなと思いつつ私はそそくさと退散した。

 ホテルの敷地から出る坂道を下るうちに、もう宿になんか泊まってやるもんかという気分になった。野宿するのは今回が初めてじゃない。また波の音を聞きながら眠ろう……。

 気付けば辺りはすっかり夜になっていた。だけど、飛行機の飛び立つ翌朝までにはまだ時間がある。ありすぎる。そこで私は、気に掛かっていたものを手に入れようとふたたび町に戻っていった。

 最寄の本屋に立ち寄って棚を見渡すと、目当てのものはすぐ見つかった。町役場が編纂した「八丈島誌」だ。他の場所では手に入らないだろうし、せっかくだから買って行こうと思っていた。

 分厚い本が加わって一段と重くなった荷物を抱え、夜の海岸を目指した。どうせ一夜を過ごすのなら海岸に横たわろうと思っていた。実は日中歩いた道の途中で東屋を見つけていて、あそこなら野宿するにも都合がいいなと思える場所があった。

 海岸沿いの芝生に立てられた東屋は、周囲の街灯に照らし出されて明るかった。これでは通りがかりの人や車の目についてしまう。このご時世、不審人物として通報されたりしょっぴかれたりする可能性もある。やや内陸を走る幅広の車道はずっと明るい街灯に照らされていたけれど、海岸沿いの道はまるで黒い霧が立ち込めているように暗かった。しばらく闇にまぎれていようと思い、私は海岸沿いの道へとさまよいこんでいった。

 少し離れたところでバーベキューをやっている人たちがいたけれど、炊事場の先は明かり一つない闇だった。賑わいの脇をすり抜け、闇を求めて分け入っていく。昼の間に一度通ったことのある道なので、何があるか大体は心得ていた。芝生の広場になっていて、車道からも距離があるはずだ。

 暗がりの中に入るに従って人の声が途絶え、波の音が賑わいをかき消すようになった。やがて誰の声も聞こえなくなり、辺りは夜の海のざわめきと暗闇ばかりとなった。そして奇妙なことだが、人家の明かりも街灯もないこの海岸が思ったより暗くないことを知った。夜目が効いてきたし、何より月が昇っていた。欠け始めたばかりの満月に近い月が辺りを照らし出す。

 バッグを傍らに置いて芝生の上に座り込み、海を眺めた。月が眩しくて雲も海面もはっきりと見える。波の音が、何かを急かすように、何かを為そうとするかのようにずっと続いている。そうして私は、一人ぼっちで闇に包まれている。
 そこは安らぎを覚える空間だった。心がむきだしになって、その表面を海風が撫でてくれるようだった。水平線の向こう、雲の掛かる山の峰の上まで、自分の心が広がっていくように感じられた。

 ここは最果ての海。世界が終わる場所であると同時に始まる場所でもある。雲と海原の間の夜はそのまま心の闇と直に繋がっているに相違いない。夜空を覆う積乱雲の輪郭をたどって意識がさまよう。波打ち際では、黒い溶岩と黒い海水とが交じり合って世界の秘密を垣間見せる。

 私自身の長い影が地面に落ちている。月の落す影だ。こんな月光の下でなら、虹だって作り出されそうだった。広場の上に影を落すものは私独りだけだった。さみしい……そう思って月を仰いだ瞬間、信じられないことが起きた。月の登ってきた軌跡を切り裂くように、一筋の流星が降った。

 荷物を手に私はまた立ち上がった。そうしてこの場所を去ろうと思った。月明かりばかりのこの場所では、あまりに自分の心と向かい合いすぎる。それは畏怖するべきことであり、危険なことにも思えた。街灯に照らされた東屋を目指して、私は歩き始めた。人間の世界で夜を過ごすべきだ。そして、夜が空けるのを待たねばならない……。

第5日目 9/10(日) 晴

 夜が明け始めたのは午前4時半頃だった。東に見える三原山の上の空が段々と青みがかり、やがて桜色に染まった。荷物を背負って歩き出すと眠気は消えていった。

 やや回り道をしたせいか空港に着くまで1時間近く掛かってしまった。支庁の脇を通り、植物園を抜けて空港を目指す。雲がどこもここも金色になっていて綺麗だったけれど、今更カメラを取り出す気にはなれなかった。

 ターミナルビルの玄関口に着いた頃にはすっかり朝になっていた。空港が開くのは午前7時45分からで、まだ2時間くらい余裕があった。植え込みの石に座って持ってきた本(ライラの冒険シリーズ「黄金の羅針盤」)を読んだ。陽射しがもう暑くなっていた。

 ビルの玄関口はきっかり7時45分に開いた。まずはロッカーから自分の荷物を引き出す。追加料金が300円ほど発生していた。メインバッグのトランクを取り戻し、あれこれ中身を整理した。そうこうしている内に辺りは乗客で混み始め、土産物屋も開店していた。

 買い残したお土産を買ってから手荷物を預け、待合室へと入っていった。今回機内に持ち込むのは土産物のビニール袋だけで、後は全部預けてしまった。待合室で珈琲を売っていたので買って飲んだ。日曜日であるせいか満席で、手荷物をチェックするゲートに長い列が出来ているのが見えた。

 9時近くになって飛行機への乗り込みが始まった。今度の席は尾翼付近の通路側で、人に取り囲まれて窓もろくに見えない。バスに乗っているような気分だ。
 本州にはあっけなく着いた。外に出て、蒸し暑さに驚いた。ヒートアイランドのせいか、八丈島と同じくらい暑い。昨日からずっと被っている麦藁帽子を頭に引っ掛けたまま私は家路を辿る。


***旅のまとめ***

 宿をしっかり確保しなかったのが今回の一番大きな反省点だろう。もういい年だし、社会人の大人だし、野宿なんてしない方がいい。他人に迷惑を掛けることにもなる。ひとけのない夜闇でデジタルカメラや携帯を操作するたびに怪談や心霊現象を作り出してしまったことだろう……。

 ただ、周囲についてあまり下調べしないで飛び込んで行ったのはかえって面白かった。一人旅だと宿でゆっくりできる時間もあるので、その間に調べ物のまとめをしたりメモを取る事もできる。また、居酒屋やバーのマスターが情報源として有効なことがわかった。そういうところから情報を入手できるヒューマンスキルが欲しい。

 計算外だったのが、島内全域でボーダフォンが使えなかったことだ(汗)。これでもまっとうなプロジェクト進行中プログラマーなので、何かあったときは電話で連絡が来るはずだった。だけどどこに行っても圏外なので、会社で何が起ころうとも島流しの身の上にあっては関知できない。初日だけ念のため会社に電話を掛けたけど、それ以降は一度も連絡を入れられなかった。否応無く根無し草にされてしまったのはかなり楽しかった(笑)。

同行者
一人旅
一人あたり費用
5万円 - 10万円
交通手段
ANAグループ 徒歩

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