2007/05/26 - 2007/05/26
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ぼすとんばっぐさん
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伊賀上野は、松尾芭蕉の生誕地。「伊賀流忍者博物館」に行ってみたくて上野行きを決めたのだけれど、地図を見て松尾芭蕉の生家が残っているということを知り、好奇心を持って訪ねて来ました。
- 交通手段
- 私鉄
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まず最初に訪れたのは、一番楽しみにしていた「伊賀流忍者博物館」。
屋敷内の‘からくり’を忍者に扮したスタッフが実演しながら説明をしてくれます。
屋敷自体は思っていたよりもかなり小さかったので、どちらかというと、併設されている忍者資料館の方が充実した感があったなぁ。忍者って、本当に色々なことを考え、色々なものを作り出していたんですね!言葉だって、忍者文字や組み紐暗号など、複数持っている。今まで、影の人っていうイメージが強かったけれど、頭よし、運動神経よしの超一流エリートマンだったんや、とひたすら感心。
資料館は、とてもオススメです。 -
続いて向かったのは、上野城。
別名‘白鳳城’とも呼ばれ、黒澤明監督の映画『影武者』にも登場。
当初、秀吉の信任厚き筒井定次により、大阪を守る為に建てられたこの城は、その後、家康の信任厚き藤堂高虎のものになり、今度は間逆の立場で大阪を攻撃する為の城となる。
城の中には、藤堂家縁の品や、冬の陣、夏の陣に使用された鎧兜・具足などが展示されていて、最上階の天井には、横山大観などが書いた色紙がびっしりはめ込まれていました。入場料は大人¥500。 -
上野城の石垣。約30mで、大阪城と日本一を競う高さなのだそう。でも、大阪城の方に若干軍配が上がるそうな。
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お城の石垣を見学してたら、苔がびっしり張り付いている木が目に留まり・・・。緑パワー全開でダイナミックな生命力を感じるなぁ。
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お城の見学を終えて歩いていると味のある茅葺屋根の門に出会い、何でしょう、ここは?と、門をくぐって中へ入ると・・・
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何やら独特の形をした建物が、贅沢に空間を取った敷地内に1つだけポツンと佇んでいました。
この建物は『俳聖殿』と言われ、「松尾芭蕉」自身を表現しているのだそう。2階にある屋根は衣笠、そのすぐ下は顔、1階の八角形の屋根は衣服、その下の柱は足を表しているらしい。ユニーク!
松尾芭蕉の生誕300年を記念して、1942年に地元出身の代議士川崎克氏により建てられたのだとか。
設計者は伊東忠太氏で、京都・平安神宮や、東京・明治神宮など数々の有名建築物の設計に携わった人。俳聖殿の中には、更に伊賀焼でつくられた等身大の松尾芭蕉像が座っている。
古い木造建築を見続けてきたせいか、この建物はまだまだ新しいものに感じるけれど、これから、この松尾芭蕉はどんどん味を出していくんでしょうね。 -
しっかりとした木組みで、八角形の屋根が支えられている。下から覗いてみてもリズミカルで美しいです。
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上野高校のすぐ脇にあった、俳聖殿デザインの公衆電話。
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俳句を趣味にしている父親が大のファンということもあり、日ごろから良く耳にする松尾芭蕉という名前。
「旅に病で夢は枯野をかけ廻る」。相当な旅好きというところにも親近感が沸く。これは是非、生家へ訪れてみなくちゃ!と足を運んでみることに。しかし親近感が沸くといっても、彼は旅先で名句を残し、私は迷惑を残し、1字違いだけれど、そこには完全に大きな違いが....。(松尾芭蕉も迷惑をかけたネタを幾つか持っているのでは...と、ちょっぴり思いはしますが)
写真は生家の前にある史跡紹介文。 -
松尾芭蕉の生家に到着。右奥に小さな白い看板が出ています。壁の木材がなかなか良い味を出しているなぁ。
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正面玄関。『松尾』さんの表札がちゃんと飾られています。それでは、小さな入口をくぐって中へ。おじゃまします〜。
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中へ入ると、受付の女性が1人。部屋の中に松尾芭蕉の置物が「いらっしゃい」と座っているだけで、見学者は誰もおらず。お家にこっそりおじゃました気分。
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入口からすぐのところにある、表の間。
ここは客人を通したり、家族団欒をする部屋にあたるのかな。
松尾芭蕉は、この町屋で1644年に次男として誕生したのだそう。 -
下台所。当時使用されていた釜戸が並んでいる。
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上台所。長持などが複数置かれている。ここから眺める庭は風情があります。
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台所から風呂場に続く通路には、大きく立派な収納棚があり、中には人形など飾られていました。これも当時からのもの?
松尾芭蕉の家!という感慨もさることながら、当時(江戸時代)の町屋ってこんな風だったのね〜、と興味津々。 -
家の突き当りには、風呂場とトイレがありました。
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更に突き抜けて家の裏側に出ると小さな草庵があり、石の看板を見ると『釣月軒』と書かれていて・・・
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この『釣月軒』で、松尾芭蕉の処女作『貝おほひ』が執筆されたのだそう。その時29歳、執筆後、上野天満宮にこの『貝おほひ』を奉納して、俳諧師を夢見るべく生家を出て江戸へ向かったと言われています。
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ここで執筆されたんですね。
江戸から伊賀へ帰省した際は、この釣月軒で寝泊りもしたのだとか。 -
6畳くらいの広さかな。決して広くは無いけれど一人なら十分なのかも。
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机の奥に座って眺める景色はこんな感じ。この庭を時折眺めて筆休めをしながら、執筆していたんだろうなぁ。
※部屋には上がれない為、手前から撮影。 -
横から見た『釣月軒』。
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庭には立派な枇杷の木が。
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更に『釣月軒』の奥には、芭蕉五庵の一つ『無名庵』が建てられていた跡がありました。『無名庵』は、松尾芭蕉の門人によって建てられた草庵。8月15日の夜には、ここで名月を鑑賞しながら、門人たちとの句会が開かれたらしい。
石には、この無名庵で読まれた「冬籠りまたよりそはん此はしら」が彫られていて、この句には長旅から帰ってきて、いつも寄りかかっていた草庵の懐かしい柱にこの冬も寄りかかって暮らしたいと思う、と我が家をいとおしく思う芭蕉の気持ちがたっぷり溢れています。 -
生家を見学した後は、芭蕉五庵の一つ、唯一現存している『蓑虫庵』へと向かう。生家からはちょっと距離があるけれど、歩ける範囲内。街灯の下に白い看板が見えてきたら、もうスグ。生家もそうだけれど、本当にさり気無く周囲に溶け込んであるのね〜。
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ようやく辿り着いたけれど、入場時間を過ぎてしまっていて中へは入れず、残念。他にも上野には松尾芭蕉の史跡や資料館が沢山あります。生家の入場料は大人¥300だけれど、他の施設とのセット料金もあるので、複数訪れる場合はそちらを購入した方がお得だと思う。
短い日帰り訪問だったけれど、またいつか来れたらいいな。
松尾芭蕉の詳細が記載されているHPはこちら!
http://www.ict.ne.jp/%7Ebasho/index.html
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