2007/03/25 - 2007/03/25
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tabijiisanさん
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ここでは、2日目の宿泊地スヴォルヴァールから専用バスでロフォーテン諸島の南端のレイネまで南下し、次に、同じ道をスヴォルヴァールまで引き返し、更に、陸路を1日目に泊まったホテルのあるハシュタまで戻る。途中、フェリーボートを2回乗り継いだ。3月25日の行程を紹介する。
写真はレイネのお馴染みの景観である。レイネ直前まで天気に恵まれたが、レイネでは雲が広がり瞬く間に鋭鋒が姿を消してしまった。
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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途中のビューポイントで、バスを停めてくれる。右側の水面は凍結している湖である。左上には暖流が流れる外海が見える。
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前の写真の左側の眺めである。手前には融けかかった湖面が見え、周囲にマッチ箱のような民家が散在している。遠くに雲を従えた双子の鋭鋒Himmel tinda(930m)が望まれ、素晴しい景観である。
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途中の車窓から漁船が停泊している入江が見えた。でぶっちょの鱈漁船だ。鱈漁は今がシーズンだが、最近は鱈漁に観光客がくるようになった。経済が好調なノルウェーでは、住民は都会に住むようになり、海沿いの民家は夏だけの別荘になっているのも多い由。
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まだ新しい民家だが、屋根に草が生えている。昔から防寒用に屋根に泥炭を敷き詰め、草の種を蒔くのだと言う。今では少なくなったが、まだこの習慣は続いている。
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手前に泥炭地が拡がっている。
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この奇抜の建物はプロテスタントの教会である。ジャンプ台をイメージしたものだ。
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教会と墓地。変わった造りの墓碑だ。
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外海に面している所では波が荒い。海辺でサーファーがいるかと思ったが。
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ウェットスーツを着て何か海産物を採っている漁民のようだ。
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入江の真ん中に網で仕切られた円形の養殖場がいくつか並んでいた。現地ガイドは鮭の養殖だと言っていた。
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レイネの町の入口の岩壁に多くのミツユビカモメが営巣していた。北海道の恵山付近でも、ここと同じような道路の近くの岩壁でウミネコの営巣地を見たことがある。ミツユビカモメはウミネコより一回り小さく、日本沿岸では冬鳥として渡来し、営巣地はない。
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まだ卵がない巣。盛んに♂が♀に魚のプレゼントを贈り結婚を迫っている情景かな。
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乾燥場の鱈、尻尾を結んで棒に架けてある。戦前日本では小さいすけそう鱈を2匹単位で一竿と称して、吊るして売っていたのを思い出した。
鱈漁をするにはライセンスが必要で、かつ捕獲量に制限がある。日曜日は休漁する日なのだが、今日は日曜なのに沖合いに鱈漁船が見える。取締りが緩いためとガイドは指摘した。ロフォーテン諸島の人口2万5千人の経済を支えているのが鱈漁である。鱈漁船には冷凍設備はない。鱈は浜辺で素干しや塩干しされる。通常、頭は切り取って、別々に乾燥される。乾燥した鱈は麻袋に詰め、主にイタリアに輸出される。イタリアでは、水に戻して店頭に並ぶと言うが、身欠き鰊のようなものだろうか。3枚におろして日干しする日本の棒鱈とは違うようだ。乾燥した頭の部分、低級品はナイジェリアに輸出されて郷土料理に使われる由。
「鱈・世界を変えた魚の歴史」(1999年、飛鳥新社)によると、干鱈は油分が少ないので保存に耐え、航海中の食糧として、貴重で、バイキングの重要な輸出品だった。北米の植民地時代には、アフリカからの奴隷とボストンの干鱈、西インド諸島の糖蜜が主要な交易品だった。 -
頭だけ干している乾燥場。
同書によると
ゲネラル・フーズが冷凍技術を開発してから、北米の干鱈加工は絶滅した。
昔から北海の鱈漁を巡って、ノルウェー漁民、スペイン、ポルトガル、英国の遠洋漁業との紛争が絶えなかった。英国がスペインに勝ってから鱈漁を英国が握り、それに対抗してアイスランド、ノルウェーは専管海域の拡大で対抗し、3海里から5海里、200海里への拡大は鱈戦争(漁船同士のぶっつけあい)の結果、沿岸国の権利が認められるようになる。鱈の大規模な延べ縄漁、トロール漁は英仏が開発し乱獲に拍車をかけた。今では制限されている。
また鱈漁船は戦時に哨戒艇に徴用出来るので、建造を軍が応援した歴史がある。世界大戦中に漁を中止せざるを得なかったので、鱈資源が回復した。昔、米国がロシアからアラスカを購入したのは、毛皮と共に鱈が目的だったなど。
鱈を巡っては興味深い歴史に事欠かない。 -
レイネに停泊していた小さな捕鯨船。マストに見張り台が取付けてある。レイネは人口1000人ほどの小さい漁村である。ここに捕鯨推進派の牙城「極北同盟」の本部がある。グリーンランド(デンマーク領)、アイスランドが加盟している。沿岸ミンク鯨の漁が1993年に再開され、実現させた町長は大人気である由。この沿岸捕鯨は鱈漁が出来ない夏季に行うので、鱈漁の裏作の副業の由。甲板で解体し、赤身の肉だけ取って後は捨ててしまうそうだ。鯨肉の値段は牛肉より安く、ラムより安い由。他に生計の術がないエスキモーの捕鯨なら理解できるが、豊かなノルウェーで国際世論を無視して沿岸捕鯨を行う必要性は少ないと思う。しかし、捕鯨船は余りにも小さく、調査捕鯨と言いながら、母船、数隻のキャッチャーボートで南氷洋に遠征し2000トンの鯨肉を採る捕鯨を実施している日本より罪は軽いように思われる。
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やっとバックの鋭鋒に日が射したレイネの全景。
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レイネより少し南の最南端ソルボーゲンでランチを食べる。鱈の蒸し焼きを本場で初めて供される。しかし、大味だった。レストラン近くの港に食塩が無造作に積み上げられていた。鱈の乾燥の際に使用するためであろうか。
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この港で元気一杯の子供たちを見かけた。写真機の前でポーズを取ってくれた。
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入江に羽根を休めるケワタガモの群れ。15羽位の群れだった。羽毛がダウン・ジャケットの原料となるため、激減した。
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帰りの湖面に、北に帰る白鳥が憩って居た。
現地ガイドはスヴォールヴァールでバスを降りる。
天気が下り坂で時折冷たい雨が降る。観光は期待できない天候だ。
ガイドから、食べ放題の食事スタイルを日本ではバイキングと言うが、帝国ホテルの有名な村上料理長が北欧の食事からヒントを得て命名した和製英語だとの説明で長年の疑問が氷解した。優秀なガイドだった。 -
途中2回フェリーを利用した。天候は徐々に回復してきたが、空は厚い雲に覆われている。
フェリーは何れも大型で本数は少ない。時間が決められているので不便である。橋やトンネルを計画中であるとのこと。 -
途中のバスの車窓から鋭鋒が見えるようになる。
18時半最初に泊まったハシュタのホテルに着く。
天候は回復してきたが、オーロラが観察できる天候ではなかった。
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