2007/06/02 - 2007/06/02
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morino296さん
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愛知県清須市の西枇杷島の山車祭りを見に行きました。
(名古屋の天王祭を見てから、西枇杷島に移動し、夕方、また名古屋へ戻り、夜の提灯を飾った山車を楽しみました。)
名古屋の西の玄関口である枇杷島橋から、美濃路を西に広がった町並みで5台の名古屋型の山車が曳かれます。
この天王祭の始まりは、享和2年(1802)で橋詰神社・六軒神社・松原神社の3台の山車が飾られたそうです。
その後、文化2年(1805)に東六軒町が、明治4年(1871)には杁西町が新たに山車を建造し参加するようになり、現在の5台の山車が揃う祭りとなりました。
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西枇杷島は、名古屋から名鉄で約6分、3つ目です。庄内川の横にあり、近くには、JR東海道線、東海道新幹線も走っています。
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旧美濃街道は、名古屋の熱田から、岐阜県の垂井まで続く道です。
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旧美濃街道の街並み
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屋根神様
名古屋を中心に尾張に広がった信仰で、津島神社・秋葉神社・熱田神宮の3つのお札が祭られているそうです。
戦後は次第に減って、今では数少なくなっているそうです。 -
西六軒町の紅塵車(こうじんしゃ)
享和2年(1802)に建造され、文政10年(1827)に人形か関羽に替えられた際に,一部改造がされているそうです。
この山車は,唯一、組まれたままの状態で蔵に保管されるそうです。 -
西六軒町・紅塵車
からくり人形は、
大将人形の関羽の前で、2体の唐子が舞いを見せる演技をします。一体の唐子が太鼓を打つのに合わせて、もう一体が孔雀の冠を付け孔雀の羽根を広げて「華佗の舞」を舞います。文政10年(1827)作とのことです。 -
西六軒町・紅塵車の背面には、虎の敷物がぶら下がっています。
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東六軒町の泰亨車(たいこうしゃ)
文化2年(1805)に建造され、その後改造がほとんどされておらず、建造時の姿をとどめているといわれ、青龍・朱雀・白虎・玄武の彫刻が見事です。
からくり人形は、鞍馬の僧正が谷で、牛若丸が僧正坊に剣道の稽古をうける様子を演ずるもの。
牛若丸が木葉天狗に打ち勝ち、長刀を振り回すのがみものです。
現在の人形は天保から嘉永年間(1830〜1853)にかけて制作、修理、改造されたものだそうです。 -
東六軒町・泰亨車の背面、見送り幕。
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山車蔵
大切な山車を納める山車蔵も立派です。
5台の山車の内、4台は解体して納めるそうです。 -
山車に積み込まれているお囃子の太鼓は薄型でした。
狭い場所を有効に使う工夫なんでしょう。 -
西枇杷島は、名古屋の西の玄関口にあたるため、国道やJR東海道線・新幹線・名鉄線が地域を縦断しています。
かつては、5台の山車がそろって曳かれていた道も鉄道のガードのため、橋詰町・王義之車、問屋町・頼朝車の2台と他の3台は東西に分断されてしまいました。
5台の山車揃えを行うためには、王義之車は4本の柱を外し、手で屋根を支えて、頼朝車は屋根を解体してガードを潜ります。
この日は、ガードを潜らずに、翌日3日には、5台が揃うことになっていました。 -
橋詰町の王義之車(おうぎししゃ)
享和2年(1802)の建造。
やや小振りながら均整のとれた山車で、西枇杷島では最も古く、当時の姿をとどめているそうです。 -
橋詰町の王義之車
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橋詰町の王義之車のからくり人形
西枇杷島では唯一離れ技をする素晴らしいからくりです。
戦時中から操られることはありませんでしたが、昭和50年より復活しました。 -
問屋町の頼朝車
西枇杷島で一番大きい山車で享和2年(1802)に建造されました。
古くは「振陽車」と呼ばれていましたが、弘化4年に大改造が行われ、大将人形も源頼朝に変更されたため、頼朝車と呼ばれるようになったのだそうです。
鉄道のガードを潜れないだけでなく、電線にも屋根が接触するので、電線を束ね上げているところです。 -
問屋町の頼朝車
電線を束ね上げて、やっと山車を旋回させることが出来ました。 -
問屋町の頼朝車
からくり人形は、弘化4年(1847)作で、鶴岡八幡宮にて源頼朝の前で白拍子(静御前)が舞い踊った故事によるもの。
また、山車を動かす時に、木遣りを唄うのは、西枇杷島ではこの問屋町のみに伝わっています。 -
杁西町の頼光車(らいこうしゃ)
西枇杷島の山車では最も新しく、明治4年(1871)に建造、祭礼に参加するようになりました。
大将人形の源頼光を中心に、
からくり人形は、坂田金時と渡辺綱を配しています。金時が岩を頭上に差し上げて投げつけると、一匹の熊が飛び出して暴れ回ります。岩を山車の外に投げるという意外性が面白い趣向です。 -
杁西町の頼光車(らいこうしゃ)
山車の曳き回しも終わりにかかり、町内の子供たちを山車に乗せています。
前人形と並んだ子供の満面の笑みが良いですね。 -
杁西町・頼光車の前人形
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杁西町・頼光車の背面
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杁西町・頼光車
この日の曳き回しが終わり、山車を停止させるために車に楔をかませるところです。
この後、日暮れを待って、
橋詰町・王義之車と問屋町・頼朝車の2台は、提灯を飾り曳かれましたが、残念ながら名古屋へ移動したため、見ることは出来ませんでした。
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