2006/01/04 - 2005/01/04
137位(同エリア216件中)
よっしーさん
朝早くホテルを出て、一路、宝鶏へ。
宝鶏は古くは陳倉といわれたところで、三国時代には魏蜀争覇の地として知られる。
西安からはバスで眉県
諸葛孔明は五丈原に陣取り、魏の司馬懿とにらみ合う中、志半ばにして死に果てる。五丈原の戦いは、三国志の数ある名エピソードの中でも、特に有名なエピソードがたくさん詰まる土地。
西安に行った以上、欠かすことはできなかった。
- 同行者
- 友人
- 航空会社
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宿泊したホテル シェラトン西安
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朝早く、まだ夜が明ける前にホテルを出る。
寝坊したため部屋は散らかり放題で出発 -
西安から眉県はバスで約2時間ほどで着く。
眉県のバスターミナルの時刻表 -
バスターミナルでタクシーを一日100元でチャーターして、最初に目指したのは太公望が釣りをして周の文王と出会った場所とされる釣魚台を目指す
するとまもなく左手に五丈原が見えてきた -
約20分で釣魚台に到着
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中国の歴代の名将たちを左右に、中央に君臨するのが太公望。
後ろの建物は封神宮。
封神演義のエピソードを人形で再現しているところだが、正直、しょぼかった -
封神宮の中の様子
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行き降りしきる中、バン渓を望む
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釣魚台は目前
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釣魚台
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太公望呂尚が釣りをしていた石
太公望がひざを突いたところにくぼみが残っている・・・って、本当かよ!!
と思いつつも、雪の中、ここにたどり着けたことが感動だし、封神演義の舞台として知られるところにたどり着けたのもうれしかった -
武吉亭。腰を下ろすにはとてもよい
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バン渓
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眉県から陳倉道をまっすぐ西進。
釣魚台は宝鶏県内で左折してさらにまっすぐ行くが、その陳倉道から釣魚台方面への入り口となるところに、周文王が太公望呂尚を訪ねたエピソードを模したものが -
タクシーから撮影。
この道こそ、陳倉道。
かつて魏蜀の軍が対峙したり、漢軍が東を目指したときはこのあたりを通ったのかと思うと、かんがいにふけるものがあった -
五丈原諸葛亮廟に到着
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諸葛亮廟の入り口。
入場券売り場のおばさんは、日本語が話せる知的な雰囲気の方だった。 -
入り口にて。
黄忠画 -
入ると左手に魏延
後に裏切る魏延に守られているというのも、なんか皮肉なもの -
右手に馬岱
馬岱は、孔明が高く評価していた忠臣。諸葛亮にとっても本望であろう。 -
これが有名が八卦陣。これが目玉。
中は迷宮。余計な人形がなければ、なおよかった -
孔明の死を告げた落星石
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諸葛亮の衣冠塚
諸葛亮の冠が塚の中に眠っているらしい -
五丈原の様子
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有名な岳飛による前出師の表
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五丈原は、広大な台地となっており、耕地にも適している。諸葛亮は、魏との対峙の長退陣を覚悟して、ここに陣取り、耕しながら魏軍をにらみおろした
結局、孔明の長退陣は、余命少ない孔明の命運を絶つ場ともなり、司馬懿もこれにより蜀の後退を予期したものだろう。 -
五丈原路を下り、眉県のバスターミナルへ戻る
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西安に着いたときはすでに真っ暗だった
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とてもきれい
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