2005/12/31 - 2005/12/31
186位(同エリア247件中)
よっしーさん
前日の夜12時前に、曲阜から約6時間に上るバス移動を経てシ博についた。ということもあり、バテバテで寝坊した。
最大の誤算は、雪で多くの場所に行くことができなかったこと。
斉の首都は、現在のシ博市臨シ区にある。臨シくの斉都鎮というところが、昔の斉国臨淄都城があったところ。
臨淄の中心部からはタクシー運ちゃんと交渉して、チャーターで移動する。
斉都鎮へ向かう途中、貴族の陵墓群がポツリポツリと見え始める。小さな墳丘で見ればすぐにわかる。
最大の見所は、殉馬坑と車馬坑。最低限のところは抑えることができた。臨シは、大国斉の都ということもあり、本当にいろいろなものが点在している。
そのほかにも、漢の韓信が一時斉王だったため、韓信故居などもあるらしい。
とにかく、いろいろあります。百聞は一見にしかず。
春秋・戦国時代の経済大国斉の都、臨シを一度はごらんあれ!!
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- タクシー
- 航空会社
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シ博駅前のバスターミナル。
近距離バスが頻発している。
ここに停まっていたタクシーの運ちゃんと交渉して、1日150元でタクシーをチャーターすることができた。 -
最初に行ったのは、斉国歴史博物館。
最初にここにくれば、臨シ周辺の大方の遺跡の分布状況が把握できる。 -
地図には、遺跡の分布図もあります。
臨シのマップも確か売っていたような。 -
斉といえば桓公と菅仲
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名宰相晏嬰
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田氏斉の名君、威王
鳴かず飛ばずの故事で知られる一人です。邪臣を滅して、天下をよく治めました。
彼の治世のときは、王がひとつひとつ手を煩わさずとも、天下はよく治まっていたといわれています。優れた臣をよく用いた証拠です。 -
よろい
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斉の貨幣
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これがすごい発見物のひとつらしいけど、よくわからない。
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瓦
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次にいったのは、東周殉馬坑
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斉の景公の陵墓の一部らしい。景公は馬好きで知られる。陵墓には、600頭の馬が殉死して埋葬されている。
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殉馬坑から移動する途中のこと、営丘城故址の碑を見つけた。営丘とは、太公望がこの地に封ぜられたころ、この地は営丘という地だった。
太公望の居城があったのだろう。 -
臨シの街
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貴族墓
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古車博物館へ
車馬坑もここに -
発掘された車馬の展示
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石棺
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車馬坑
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馬
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再び墳墓を見ながら、帰路へ
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街の中心にある斉園という公園へ
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いつの時代のでしょうか。映画のセットか何かでしょうか。それとも・・・よくわかりませんが、城がありました。
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結構広々した公園で、市民の憩いの場といった感じでしたが、寒かった。
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シ博駅へ戻る。
ここで青島国際旅行社の方から、鄭州までの切符を受け取る。 -
特別待合室。有料だが、ここで電車を待てば、列車の到着時に服務員が、行列人ごみを避けて優先的に列車まで案内してくれる。
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列車を待つホームは、とても寒かった。
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車内のレストランで食べた武昌魚など。
ちなみに車内レストランのご飯とスープはお変わり自由だった。夜行列車の中で年を越すのもいいものだ。
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