2007/04/17 - 2007/04/21
422位(同エリア807件中)
新美勝利さん
● 山水画の世界、桂林へ 1
青天の霹靂が・・・・・
旅の始まりは晴天の午後からゆるりと始まった。
先月からセントレアに乗り入れ始めたばかりの中国南方航空CZ380便は、
2〜3席空いている程度だ。
機材はエアバスA320で内装は中国の飛行機にしては小奇麗で嬉しい。
大きなビーフが2個も入っている機内食も美味しい。
順調に飛行をしてダイヤどおり広州新白雲空港へ接近、高度を下げ始めるも
その後一向に進入体制に入らない。
どうかしたのだろうか?
不思議とこのようなときには不吉な予感がするものですが・・・・・・・
案の定、しばらく平行飛行を続けて後
「広州新白雲空港付近の天候不良につき、桂林飛行場へ向かいます」との
機内アナウンスがある。
おおお!
広州を経由して桂林に向かう僕達にとっては絶好の着陸地変更ではないか?と一瞬思った。
それが悪夢の始まりだった。
桂林空港へ1時間ほどで着陸 、滑走路で天候待ちをすることになってしまった。
夜の帳も下りて、軽食の差し入れが出てきた。
われ今、桂林にいて、桂林のホテルも近くにあるのにままならないと・・・・・・
情報も無く狭い場所に閉じ込められていると1〜2時間でも数倍に感じるほどだ。
そんな頃、広州の天候も徐々に快方に向かっているとの初めてのアナウンスがあって後
わが機は再び広州へ向かう。
われわれの今日の目的地である桂林を離れて飛び立つ歯がゆさがもどかしい。
天候のハザードが取れて漸く広州新白雲空港へ4時間ほど遅れて無事到着した。
国内線に乗り換えて桂林へ向かわなければならないのだがスルーガイドが見当たらない。
ダイヤは滅茶苦茶、言葉は通じない、再び大きなハザードが出現
悪夢がまた始まった。
途方にくれる・・・・・・
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 航空会社
- 中国南方航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
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● 山水画の世界、桂林へ 2
携帯が窮地を救う
言葉が少し分る方達が航空会社の係員に尋ねると、あちらへ行け、
ここで待て、まだ何時発つかわからないの返答。
その間、この大きな空港を国際線から国内線エリアへ移動、上がったり降りたり
皆相当の疲労感が漂っている。
深夜でなければこのモノレールが動いたいたのだろう
中には年老いた母親孝行に、桂林旅行をプレゼントしたのか??
両腕を支え引きずるように歩いている姿は痛々しいほどだ。
苦痛をプレゼントしたようなものだから・・・・・
桂林で天候待っている時から
旅行スケジュールに書いてあった現地旅行会社の携帯に
電話を入れていたが繋がらなかったのが漸く繋がった。
ガイドの携帯番号を教えてもらうと同時にこちらの情報を伝える。
携帯の便利さから海外旅行の必需品になってくるだろうね。
連絡を取り合ってこちらまで駆けつけてくれるまで20分ほども要するほどの
大きな空港である。
24:40分桂林行がでるとのアナウンスがあるもまたまた遅れて、2;20分
出発のための搭乗が始まると・・・・
ボーディングゲートに接続されている飛行機に乗らず、右の階段から下で待っている
バスに満員の乗客を乗せて途轍もなく大きい飛行場をさまようかのごとくバスは飛行場を
20分も走り回るも再びもとのゲートに戻ってきてしまった。
後で知ったことだがコンピューターのミスでこのようになったらしい。
結局初めから
準備されていた機材に乗って桂林空港へ無事到着、ホテルに入ったのは朝の4時少し前だった。
6時半にもモーニングコールを入れるとの事。
1時間半では悪夢さえ見る時間も無いほどだ。
後で聞くところによれば
われわれの飛行機が広州に差しかかる少し前の4:30分ごろからものすごい雷雨で、
5時間ほど空港が閉鎖 この間300便ほどが香港・深仙・桂林その他の国内線空港へ避難した
そうでその収拾でコンピューターもミスをしたのだろう。 -
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● わが部屋を探検する? 3
2007.4.18(水)
1時間ほど眠っただろうか?
モーニングコールで目覚める。
ものすごく広いホテルの部屋、133?あるらしい。ものすごく広いリビング
寝室が2つ、浴室トイレが別々でキッチンもある。その他に予備ルームが2室。
すばやく探検した結果だが、ベランダや備品装備はあとにして朝食に向かう。
ザ・フォーチュン・コンドミニュアムは日系のホテルで、3年ほど前にマンション群3棟?まとめて買い上げ、ホテル仕様に改築して営業しているようだ。
中国は今、バブル真っ盛りだからここ桂林でも、買値の倍ぐらいになっているそうだ。(ガイドの話では買値3百万ぐらい)
わたしが泊まった2451室・・24棟の5階だ。
マンション棟1階出入り口はセキュリティー開閉のドアーがあり、外部者は無闇に入れないようになっているから安心だ。
桂林の早朝
外気に当ると寝不足の皮膚をやさしく刺激してくれるようなさわやかさだ。
明るいやわらかい太陽が昇りだしている。
今日は晴天だろう!
神様! 霹靂は勘弁してくださいよ・・・とお願いしながら朝食を取る。
8:15分には漓江下りへ出発する、車窓から見渡せば、あのぼこぼこした岩山がニョキニョキと見える。
早くも感動しながら竹江桟橋へ向かう -
さあ〜 1時間でも寝よう
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● 水墨画のような風景 4
漓江下りの拠点、竹江桟橋はもう人で溢れていた。
9:00出航の、外国人専用客船に乗船する。客室の上に展望デッキがある遊覧船で
我々のグループと他の日本人グループが途中まで乗船した。
陽朔まで83kmの漓江下りが明るい日差しの中で滑るように山水画の世界へ入り込んでいった。
緑なす川辺にゆったり流れる漓江、その漓江を見下ろすように聳える奇岩、奇峰、あの脳裏に焼きついている風景だ!
ゆったりと進む船からは少数民族の集落だろう牛や馬なども垣間見れる。
鵜飼の鵜だろうか1列に整列している光景も見受けられる。
蛇行する漓江にまさに珠数つなぎのように船が列を成している。
オーバーに喩えれば因幡の白兎が
この船の上をぴょんぴょんと飛び移っていけるぐらいだ。
感動でデジカメのシャッターを何枚ほど押しただろうか?
前を航行する船の船尾ではコック達が忙しそうに料理を作っている様が面白い。
我々の船でもいまその準備に取り掛かっているだろうね?
1時間ほどして途中
下船して冠岩という鍾乳洞を見学する
この山の形が帝王の紫金の冠に似ているところから名付けられているようで12kmの
鍾乳洞があるそうだ。 -
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● 鍾乳洞を探検する? 5
カルスト地形の桂林はいたる所に鍾乳洞があるそうだ。冠岩鍾乳洞は台湾資本が経営している比較的新しい観光名所である。色彩のある照明光で浮き出させている鍾乳石はキャッチコピーに書かれているような、
神秘の鍾乳洞!
幻想的な空間!
とは、さにあらず・・・・嫌らしささえ感じる。
出来るなら色彩だけ洗濯して落としてみたいものだ。
カメラで撮ってみたら何と 妖怪の世界に入り込んだような写真になってしまっていた。
鍾乳洞の中を歩いて探検したり、新幹線風のトロッコで移動したり、湖水を小船で遊覧もした。小船は
狭い真っ暗な水路を投射電光で見ながら進む、見にくいが余分な色彩が無くて神秘的な鍾乳石を見ることが出来る。所々で少数民族の娘たちが音楽を奏でたり、歌を唄って歓迎してくれる。
帰りはエレベーターで一気に地上に出た。
シンドラーではなく三菱製のそれだった。
眩いばかりの太陽が燦燦と輝いて夏の気候になってきた。再び船に戻って漓江下りを続ける。
クルージングランチが出てきた。
桂林田舎料理とでも言うのだろう
食事を済ませると、今度は売り子が次から次とおみやげ物を持ってくる。
うんざりして展望台へでる。
他の団体のガイドが「あの岩には、9匹の馬が描かれたように見えるそうですが何匹確認できますか?」
と説明していた。僕は4匹ぐらい見ることが出来たかな・・・・
さわやかな川風が頬を通り過ぎて気持ちよいが、日差しが強い。
乗船した時のような感動が薄れてきたようだ。天気の良いことまでに少々不満口で、霧に霞む景色の方が良かったね。雨の景色も良いだろうね。こんな言葉も聞こえるようになったきた。
僕も正直言って少々飽きがきてこころが鈍感になってきたようだ。
4時間ほどの漓江下りを終えて、陽朔の街で下船した。
*カルスト地形とは
石灰岩などの水に溶解しやすい岩石で構成された大地が雨水などによって溶食されてできた地形である。 -
● 陽朔西街を散策 6
下船前にガイドの屈さんが注意事項を説明した。
物売りが近寄ってくるから相手にならないように! 時々2〜3人に囲まれてあっと言う間、
スリ被害にあってしまうという。
屈さんのお父さんは国民党員で文革時代は苦労したそうでだ、その後復権高い地位まで戻ったらしい。故彼には日本語を習わせて大学卒後日本に語学学習に留学したそうだ。
いまは単身赴任だが長沙に奥さんと医学生の子どもさんがいるという。
年収も20万元以上の納税申告をしているらしい。
日本語の使い方や語彙に多少の間違いがあるが豪傑肌の中年男性に近い年齢だ。
ドライバーの陳さんは漢族の好青年で、バスの乗り降りには必ず笑顔で会釈と優しいまなざしを我々に送ってくれる好青年である。
きっと模範ドライバーになるだろうね。
陽朔西街は2千年余りの歴史がある瀟洒な町であるが屈さんの注意されたことが頭にあって十分楽しむことが出来なかった。馬上の花見よろしくガイドの屈さんの手旗に付いて行っただけである。
カメラも恐る恐る数枚シャッターを押した。
陽朔の郊外は余りにも日本の農村風景に似ている。細かく仕切られた田園、稲作をしているのだろう。
カルストの山も緑に覆われていて里山といったような感じだ。
この近郊を高田郷と言って陽朔の中でも絶景の地とされているところである。サイクリングや洞窟探検、クライミングなどで人気があるという。
高田郷の景勝地を眺められる橋梁の上から下を見る。
美しい景観を眺めながら車座になって何かたべているグループ、
椅子を載せ座りながら遊覧している筏が数台見受けられる。楽しそうだなあ〜
あれも楽しいだろうねと言ったら・・・・・
ガイドの屈さんがあれは現地の人達の楽しむもので、
日本人旅行者は色々問題があって難しいとの事だった。
漓江を船で下った83kmを今度はバスで桂林へ戻る。我々にとっては、この1時間半ほどは昨夜の睡眠時間に宛てることになった。
ドライバーの陳さんだけは一人安全運転をしてくれた。
シェシェ! -
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クルージングランチを
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船上で食事
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ドライバーさん
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ガイドの屈さん
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● 桂林名物ビーフン料理で夕餉を 7
ホテルの中のレストランで桂林名物ビーフン料理を食べる。レストランお入り口には大きな黄金の豚が祀られていた。子豚も寄り添っている。でもチョット突っ張ったような顔をした豚だなあ〜
豚の前には果物や野菜が供えられている。
中国・韓国では、
今年生まれた子どもは金運に恵まれるという60年に一度の黄金のブタ年だからだろう。
日本風に言えばイノシシ年だが・・・・
日本以外の国は豚を干支に入れているのに日本だけイノシシとはどうしてかね?
レストランでの我々の食事が始まるや生演奏が奏でられだした。食事中ズート演ぜられていた。
桂林名物ビーフン料理は可もなく不可もなくというところかな?
桂林雑技を観劇に行く、前から2列目の特等席だ、1列目は誰も来ていない。
ここの演出は有名監督がしているそうだ。雑技と言っても上海雑技団のようにダイナミックではなく照明と音楽それにバレーのようなレビューの中に雑技が組み込まれている。
芸術的には優れているのかもしれないが、僕としては拍手は送れない。
それにガイドには確かめてきたのだが、カメラを向けたら係員が飛んできて制止されてしまった。
フラッシュも使っていないのに・・・
誰の迷惑になるのだ!
雑技に集中できない・・・・
秘密が漏れる・・・・
他の市ではお金を要求されたことはあったが禁止は無かったのにね。
10演目を1時間10分ほどで演じて3500円これ高いじゃない? -
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● 3日目の朝、ホテルの庭で太極拳を 8
2007.4.19.(木)
コンドミニアムの庭園の片隅で6名ほどが太極拳をしている。日本人だろうかな?
出発前のひと時、われわれも芝生の中で24式を演舞する。足場が悪いとは言えグラグラバタバタの演舞だったがすこし身体が締まったような気がする。キブニチョワヨ!
今日も良い天気だ、桂林市民の憩いの場 七星公園を散策する、鬱蒼と茂るキンモクセイの老木からの木漏れ日が照らす遊歩道は早くも、観光客が大勢行き来している。ラクダの形に見える大きな岩が正面に聳えている、本当だよ!本当に、ラクダに見えるよ。これがこの公園のシンボルだものね。併設の動物園でパンダに出会う。孫悟空のモデルと言われるキンシコウにも出会う。
小さなサルを連れたおじさんが5元で写真を撮らないかと声をかけてくる。
3元しかなかったが、これしかないと言って小銭入れを見せた。おじさんは笑いながら承諾した。
小さなサルを手のひらに乗せて写真を撮った。
動物を触ったときは手を洗わなければと洗面所を探す。
中国人のお嬢さんに声をかけて写真を撮る。
言葉が通じないがSONYのデジカメには強い関心を持っていた。
童心に返った時間を費やして次の名所へ出かけようとしたら1人迷子だ!
さあ〜大変だ、どうして探すのか?
携帯を持っていれば、なんてこともないのだが・・・・
運良く短い時で探すことが出来た。 -
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● 桂林市内が一望できる畳彩山へ登る 9
山腹に掘られた洞窟に有名な漢詩や仏像が彫られている畳彩山という名勝へ登る。標高は223メートル、石段が580段ぐらいあるらしい。籠に乗って登ることもできると言う、往復260元だという。
九寨溝・黄龍で乗った経験があるが、もう一度体験してみようと4千円ほどを出した。
籠屋は、急勾配の階段を「そこのけそこのけお馬が通る!」とでも言うかのように何やら大声を出して警告をしている。
おい!どけ! どけ!と言っているような言葉に聞こえる。
黄龍では肩に担いでいたが、ここの籠屋さんは、手で持ち上げた籠竿に首から吊り下げた紐で支えるという格好である。それにしても、全額本人の手に入るならまだしも、大変な職業である。
景色を楽しみながら、写真を撮りながら、おしゃべりしながら登るのと違って、自由が利かないから帰りは歩いて降りた。頂上からの展望は天下一品と言っても差し支えないぐらい見事だ。
眼下に漓江がゆるりと流れ、見晴るかせば桂林市街やニョキニョキ山が見える。まさに絶景である。
格好の撮影ポイントは大混雑だ!大部分は中国人観光客のようだが日本人も韓国人も台湾人も区別がつかないね。
籠屋さんはチップ込みの筈だったがやはり強請ってくる。
大部分の人が10元ぐらい払ったらしい。 -
● 中国は身分階級社会か? 10
通寶芸術中心 ・・アカデミックなところかな?と思っていたら玉石や彫り物を販売するところだった。初めのうちは歴史的に価値のあるものや玉石の見方などを説明して、ここのものは高価なものなんだ、信憑性のあるものなんだという頭にしておいてから、販売したいものを持ち出す中国得意の販売方法だ。
聞いているほうが、すっかり何百、何千万もするのかな?と思ってしまう。
どの都市でもこのような売り方をしているから国家のマニュアルがあるのかも知れ得ない。
事実翌日も広州の人民政府直轄の博物館でもこの手口を見せられた。
近くのレストランで桂林料理を賞味して後、トイレに行くと掃除中で入るのを断られてしまった。
仕方なくでてきたら同行のメンバーが入ってきた。掃除中で駄目だって!と言ったら・・・・
大丈夫だってと言って中へ・・・・
ガイドの屈さんが付いてきて、掃除の男女に、ものすごい剣幕で叱責しだした。
二人は一言もこたえることも無くしょぼしょぼとトイレからでてくる。
男性の方は困惑したような目をして、大きな掃除機を引きずりながら・・・・・
やあ〜日本では到底考えられないなあ〜
お客さんに対するサービス精神からか?それとも中国人の中の身分格差だろうか?
チョットおじさんおばさんに悪いことをしたような気持ちになった。 -
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● 桂林最大の鍾乳洞へ 11
車窓から眺める
なだらかな山の斜面に何やらこんもりとした場所がある。何か祀ってある様にも見える。
ガイドの屈さんによれば、いまでもこの地方では守られている風習、土葬の墓地だそうだ。それにしても沢山あるものだなあ〜 ああ あちらにも見える。
屈さんが、かなり険しい岩山の空洞を指差してあれは以前使用していた岩葬の場所ですよ・・という。
長さ550メートル、幅2-40メートル、高さ2-19メートル規模の「ろ笛岩鍾乳洞」は昨日の鍾乳洞よりも格段に素晴らしい。西洋人の観光客も多く見られる。ここの鍾乳石も色々な形のものがある。動物や神話の人物に似ている形、今にも落ちそうな大きな岩、雲南省・石林そっくりの光景、説明を受けながらの鍾乳洞探訪はひんやりとした冷気で心地良い。でもでもここでも綺麗に見せようとしている色彩照明がチョット気になる。
桂林での最後の観光は象鼻山だ。
大きな象が鼻を伸ばして川の水を飲んでいるような姿をしている岩山だ。
鵜を天秤棒に乗せて観光客に写真撮影をさせているおじさん。民族衣装を着た可愛い娘さんも一緒に写真を撮ってお金を貰っている。
かわい子ちゃんに声をかけられて写真を一緒に撮る。
一人10元だというから
2人ねと言ったが
4人とも入って来てしまった。
余り商売になっていないようだし、可愛そうになって結局40元渡してあげた。
中国茶専門店に立ち寄って、色々なお茶を試飲させてもらう。
桂花茶をお土産に買う。
キンモクセイの香りがして美味しく感じた。
お土産には良いだろう. -
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● 桂林最後の夜を・・・12
桂林での最後の夕餉は四川料理だ。
聞きしに勝り 辛い! たべている内に、段々辛くなってくる。
レストランを出ると必ずと言って良いぐらい物売りや物乞いが寄ってくる。珍しい果物を見ることが出来る売り子はまだしも、絵はがきやくだらないものを売りに来る連中は五月蠅くなってくる。ましてや物乞いは居なくなってもらいたいと思う。片足の無い人など、気の毒だとは思うが・・・・
ホテルでシャワーを浴びてからマッサージに出かける。
5星ホテル内の「愛足堂」というマッサージ店だ。
ガイドの連れられてロービーに入っていくと若い男性店員が「アンニョンハセヨ」と大きな声で挨拶をした。韓国人に間違えられたようだ。すかさずガイドの屈さんが、おかしなことに日本語で「アンニョンハセヨ」では無い・・・・と一喝した。ここでも地位に違いを感じるような場面だった。
足裏マッサージも、全身マッサージもどちらも60分でチップ込みで3500円だと言う。
僕は、足よりも背中の方が痛いから全身の方を依頼する
女性客には若い男性が、男性客には若い女性があてがわれた。
仰向けに寝るや否や顔面の眼近辺のマッサージから始まった。眼近辺をかなり入念にマッサージしてから頭、首と徐々に下の方へ揉み解していく、僕を担当した若い女性(23歳)は良く喋る子で、言葉は通じないがちんぷんかんぷんのやり取りを間断なく続ける。
アディダスのスポーツウエアーを身に着けていたのを指差して、
「いくら位ですか?」と聞くから上下で15000円ぐらいだよと答えると・・・・・
人民元では1千元もするのだから欲しくなったのだろうね。
自分の着ているナイキのマーク?のついたズボンと チェンジチェンジと言う。
本気で言っているわけでは無いだろうが・・・あげてしまおうかとも思った。
でもパンツ一枚で帰らなければいけなくなってしまうよね。
カメラを出して写していたら隣の男の子(22歳)が覗き込んできた。SONYだよ。3千元ぐらいかな?と言ったら
・ ・携帯を出してチャンジ、チェンジと笑顔ではなしかけてきた。
若者のブランド品に対する強い欲望を感じる1場面でした。心地良い刺激と会話を楽しんでいるうちに1時間が過ぎてしまった。
明日の朝は早い、広州への出立だ 荷物をパッケージして早く寝るとしよう。 -
● 桂林の日出に見送られて・・・13
2007.4.20(金)
5時半モーニングコールを受けて、日の出前の出発だ!
桂林空港への道中太陽が我々を見送ってくれるかのように後ろから顔を出した。
田園風景とぼこぼこ・ニョキニョキした山・岩なども手を振ってくれているようだ。
バスのウインドーには涙雨か?水滴が降りかかってきた。
広州までの飛行時間は1時間にも満たないあっと言う間に到着した。
4日前悪夢を見た広州新白雲空港も今日は穏やかなようだ、直ぐその足で陳氏の祖先を祀ってある陳氏書院を見学する。広州建築百選に選ばれているらしいが屋根の上に彫刻や飾り瓦が一面に装飾されているのには驚かされる。
小中学生の社会見学か?先生に連れられた学生さんたちが何組か見学を終えて出てくるのに出会う。ニーハオ!と声をかけると、にこっとして手を振ってくれた。
Tさんが若者と話を交わしているようなので近づいていった。大学生らしい!将来は警官を志望しているそうだ。写真を撮ってあげて送るからメールを下さい、と名刺を渡した。
彼もデジカメを持っていて、パナソニックだと言って見せてくれる。
好感の持てるすがすがしい青年達だ。
帰国したらメールが来ていた。わたしも直ぐに写真を送ってあげた。
メールの一部は、下記ですが「東京ラブストリー」が好きだと言うがどんなドラマか僕は知らない。
you can call Michael.
This is my English name.
I am 22 years old, I'am a university student. my future career might be a police.
I like watching Japanese television. My favorite is theTokyo love story -
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古刹 六榕寺へ・・・14
六榕寺は
537年に建立された広州で最古の建築物だそうだ。境内に入ると正面中央に8角9層の塔が見える。花塔という。宋代の詩人、蘇東坡がこの古寺を訪れた際に6本の榕樹(ガジュマル)の美しさを讃えて六榕と書き残して以来、六榕寺と呼ばれるようになったという。
韋駄天に守られた山門を潜り抜けて、花塔の前で現地の人のまねをして、膝をついて頭を下げる。
大仏殿には3対の金ぴかの仏様が微笑んでいた。
ガジュマルに並んで大きな菩提樹が1本ある。お釈迦さまは菩提樹の下で悟りを開いたと言われている。僕も印を結んで暫し瞑想に耽る。
昼食はホテルのレストランでアツアツの飲茶を食べる。
食は広州にあり!の喩えどおり美味しい飲茶の数々だった。見た目も美しいし如何にもおいしそうだ。
この旅で一番美味しかった、気に入った料理だった!
桂林の料理に比べたら雲泥之差があるね。
レストランの中でコピー商品を販売しているのにはビックリだ!中国は、 CDやDVDのコピーは当たり前、最近では2007モーターショーのコピーまであるというではありませんか?
世界の工場・経済大国になりつつある中国よ!
コピー・物乞い・引ったくりは止めてくださいよ。 -
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広州にも租界が、沙面を散策・・・15
4月末まで広州交易会が開催されているそうで中東の衣装を着た人々を良く見かける。
アラビア文字の看板も目に付くがこの近辺はアラブに関係があるのかな?
人民軍兵士が直立不動で警備をしているこの博物館は、
秦の崩壊後およそ2200年前に秦始皇帝の将軍であった趙佗が南越国を建国し、広州を都としたが1983年にこの南越国2代目王の文帝の石室墓がここで、発見された。実際に発見された場所がそのまま博物館となり、石室や出土品が展示されている。
これは素晴らしいよね。街の中にビルを作ってそっくり保存をしているのだから。
日本語が上手な国家公務員の説明員が丁寧に解説をしてくれる。中国はすごい歴史があるんだ、すごい文化があるんだと感心しながら説明を受けていると・・・終盤になってあの例の玉石の陳列棚まで来ると今まで何回も経験したことがある販売員に変遷してしまった。
でも優秀な国家公務員は、僕の言葉でしらけてしまってそれ以上の販売努力を放棄してしまった。 -
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子豚がかわいそうだよ!・・・16
珠江に沿って走る道路の街路樹は桐の木だという。もう花時には、少し遅いようだが中には赤い花をつけているものもある。桐の花ってこんな花だったんだね。 -
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● 珠江ナイトクルーズで中学生と・・・17
広州市の中心を流れる珠江を川辺の夜景を楽しみながら巡るナイトクルーズに出かける。乗船する桟橋には高校生グループがたくさん待っていた。スポーツウエアーのようなそろいの服装でわいわい賑やかだ。同行のTさんが英語で話し出したらみんなが集まってきて、幾重にもとりかこんでだ。中には先生を連れてくる子も居る。僕もその周りの外側で手振り身振りでやり取りをはじめた。
決め手は、中国語の ウオーアイ ニー だった。初めキョトンとしていたが直ぐに、理解できたのだろう
それを境に写真を撮ったり、名刺をあげたりで楽しい時間を過した。
高校生達とは船が違った。中国人たちは20元(320円)ほどで乗船できるようだが、我々は豪華船?で、3500円もする。確かに2回甲板の最先端部に席がリザーブされており、お茶と果物が用意されていた。
華麗にライトアップされた橋を通り抜け、照明でグリン グリンしたリバーサイドの並木を眺めながらのクルージングで広州の観光を終えた。
わが東京では、いにしえに銀座9丁目は水の上 と歌われたが、ここ広州でも水の上の社交場・歓楽街であるかのように遊覧船が夜遅くまで行き来しているそうだ。
船を下りると妖しげなおにいちゃんがチラシを無理やり握らせてきた。ピンクかな?とおもって貰って見たら予想に反して、旅行案内のチラシだった。 -
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● リゾートホテルで最後の夜を・・・18
春の広州交易会が開催されているので、市内ではホテルを取るのが困難を極めて郊外のリゾートホテルまで高速道路をとばす。1:40ほど車を走らせる。
ゴルフ場が散在する一角にある とある立派なホテルに泊まる。
中国人民政府の高官も泊まるというクラスのホテルだ。
漢字で、中国主席 休閑度 暇之城 と書かれているからそういう意味だろうね。
我々はこんな立派なホテルだが、明日の早朝には旅立ちだ。
9時広州新白雲空港を定刻に飛び立った、中国南方航空 は無事セントレアへ翼を下ろした。
我々の旅も終わった。
終わりよければすべて良し・・・・
出立の出来事も楽しい思い出になった。
同行の皆さんに感謝してタイプの手を止める。
シェシェ! -
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この旅行記へのコメント (2)
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- azianokazeさん 2007/04/23 18:20:37
- 理不尽
- 桂林が目的地なのに、一旦桂林から広州に戻るというのも理不尽な体験ですね。
まあ、考えると機内に積んでいる荷物のこと、広州で待っているガイドのことなどいろいろあるし、第一そんなに融通がきくお国柄でもないし・・・。
飛行機というのは融通の利かない乗り物だし。
言葉の壁もあるし・・・。
それにしてもな・・・。
私は鹿児島が地元ですが、外国からの帰国の際に鹿児島上空を飛ぶと「パラシュートでいいから途中下車できないものか・・・」なんて考えてしまいます。
- 新美勝利さん からの返信 2007/04/23 18:39:21
- RE: 理不尽
- そうですよね。
パラシュートで飛び降りたい気持ちがよくわかります。
冷静に考えれば我々の旅もしょうがないですね。
実はガイドの話では、 その飛行機には桂林が最終目的地の乗客が97名乗っていたらしいが、降ろしてくれと交渉をしたそうだ。
旅行社も国営の中国国際旅行社でしたが、入国審査の人員配置が間に合わず断られたらしい。国内線なら絶対出来たのですが・・・と言っていました。
じゃあ〜許可がでたら、 桂林で待っていたあなた ガイドさんはどうなるの?
車で走っても間に合わないでしょ?
と言ったら・・・・
現地で依頼する人がいるらしいとの事でした。
過ぎてみれば、これもまた楽しい思い出になりました。
雷雲に突っ込んであの世に行っていたら最悪ですものね。
kniimi
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