2007/03/24 - 2007/03/24
3位(同エリア5件中)
サボ10さん
サン・ワン・キャピストラノは南カリフォルニアの町です。 この町は21あるカリフォルニア・ミッションの7番目、ミッション・サン・ワン・キャビストラノ(SJC)、を中心に発達しました。
SJC は毎年3月になると The Fiesta de las Golondrinas を祝います。 スペイン語の Golondrinas は 英語の swallows、ツバメのことなのです。
PR
-
このミッションとツバメの関係? この近辺には川があり、川岸の虫を餌にするツバメがいました。 ツバメは家々に巣を作り子供を育てる。。。 ただ見るだけなら親が子供に餌を与えるのは可愛い姿なのですが住民にとっては家を汚くするツバメでした。 住人達は(今でも同じことをしていますが)ツバメが巣を作ると叩き落しました。 話がここで終わるとお祭りは生まれなかった。
巣が無くなったツバメを助けたのがミッションの神父さん(パードレ)だったのです。 それから毎年ツバメはこのミッションに巣を作りました。 90年代にはミッションの改築が行われ、ツバメの帰ってくる場所が無くなってしまい少なくなっています。
ツバメがアルゼンチンのゴヤから帰ってくる日は聖ヨセフの日、3月19日、とされています。 この日をミッションでは祝います。 ツバメがアルゼンチンに行く(戻る?)のは10月23日。 -
ミッション四景。 このミッションはフニペロ・セラ神父が建てた九つのミッションの一つとされていますが実際には1775年10月にファミン・ラスエン神父が始めたもの。 サンディエゴ・ミッションがインディアンに襲われた為に彼は急遽サンディエゴに戻ってしまったのです。
ここに保存されている唯一の資料によると1776年11月1日セラ神父が設立したと記録されています。
ミッションの中で一番広く、最も美しい庭です。 そして他のミッションは過ってのミッションの敷地に新しい教会を建てていますが、ここはミッションを保存すると云う形をとっています。 -
鐘の壁。 鐘は教会では大事なもの、過っては食事を知らせ、今は特別な行事に鳴らされます。 そう、3月19日ツバメの到来を知らせるのにも使われています。
-
1812年12月8日の地震で壊された教会の址。 アメリカのアクロポリス(ギリシャの城砦)とも呼ばれるもの。 くぼんだ場所には聖人の像が置かれていました。
-
正面の建物は(現在)ギフトショップになっていますが最初にチャペル(Chapel)として使われたカリフォルニアで一番古い建造物。
チャペルの語源はラテン語の cappa、マント(外套)のことです。 日本語にカッパと云う言葉がありますね。 河童では無い方で辞海に 「ポルトガル人のマントを真似て桐油(とうゆ)紙で作った外套の一種」と書かれている方。 ポルトガル語の語源も cappa なのです。
外套と礼拝堂の関係? 不思議な取り合わせですがそこには歴史があります。 聖マーチンのマントを置いてあった聖所を cappella と最初呼んでいたのがチャペルになったのです。 -
博物館として使われている一郭。
-
-
博物館。South Wing Museum Room.
-
-
春、カリフォルニア・ポビーも咲く時期です。
-
ベルタワー。
-
スペインはムーア(アフリカ北西に住む回教人種)の影響を受けています。 ミッションにある噴水(池)もムーア式作り。 その中の鯉とロータス(蓮)の花。
-
3月24日はパレードの日。 このパレードはモーターを使わない行進では米国最大のもの。
なにしろ馬が多いパレード、馬糞の匂いに耐えられない人は避けた方が良いパレード。
パレードの先頭は海兵隊。 SJCの南約10キロに大きな海兵隊基地、キャンプ・ペンドルトンがあり、毎年パレードに参加しています。 「Semper Fi」(海兵隊のモットー、常に忠実に)。 「Hooa」(同感) -
-
パレードに参加した人たち。
-
パレードに参加した動物たち。
写真上はカウボーイ(の服装をした)ワン君。 ちゃ〜んとチャップス(chaps) も付けています。 チャップスとはカウボーイが馬に乗っていてズボンが擦り切れないようにはく皮製の着、スペイン語の Chaparajos を略した英語。 SJC、特に祭典ではどういうわけだか西部の服装をするようです。
話が変わりますが日本では犬は ワンワン となく(吠える)ことになっていますね。 英語ではそれが Bowwow(バウワウ)になる。。。 同じ人間の耳で聞く音が何故違うのでしょうか。 -
写真左上は高校のブラスバンド。 右上はこのミッションの学校の生徒。 右下はメキシコのドレスを着た若者。 背景には Camino Capistrano 通りを使っています。
-
メキシコのインディアンのお祭りの服装らしいのですがそれ以上の資料が今のところありません。
太鼓に合わせてこの衣装で踊る、珍しかったせいかとても良かった。 阿波踊りのように一緒に踊りたくなりましたね〜。 -
6,7歳の子供。 写真を撮ろうとしたらメキシコ人の父親が子供にカメラに向くようにと指示してくれました。 「Muchas Gracias」
-
-
-
ツバメの到来を祝う行事の一つがこの市。 音楽あり、食べ物あり、お土産あり、ありありの市です。
-
ロス・リオスは歴史保存地域。 過ってはミッションで働いていた者(主にインディアン)の住居だった場所です。 リオは川、川があったので付けられた地域名。
-
ニクソン元大統領の「西の白亜館」と呼ばれていた住まいは SJCの直ぐ南、サンクレメンテにありました。 メキシコ料理が好きだった大統領がよく訪ねたのが エル・アドビ・レストランだったそうです。
左上の標識に (レストランの建物は)歴史的ランドマークで1778年のミゲール・ヨーバのアドベ と1812の Juzgado (裁判所と牢屋)だった場所 と書いてあります。 マリアチ(Mariachi)も楽しめます。
私が食べたのは 大統領の選択(President's Choice)と名の付いた食事(写真下中央)でチリレヤノ、鶏エンチラダとタコ。 本当にニクソン大統領が好んだ食事かどうかはわかりません。 www.eladobedecapistrano.com/menu
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
24