2003/07/18 - 2003/07/29
53位(同エリア68件中)
bloom3476さん
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「今までで、一番好きな映画は何ですか?」
映画好きにとって、そんな質問に答えるのは、
とても難しい。 しかし一番楽しかった映画は? と問われたら、迷うことなく、答えるだろう
サウンドオブミュージック!と。
映画のファーストシーン、カメラはまだ雪深い山の頂きからアルプスの山々を巡りながら麓に降りていく。吹きさらす風の音から、鳥の囀りが聞こえてきて来る内、山々は緑を増していき、牧歌的なプレリュードが緩やかに流れてくる。眼下には青い湖や玉葱屋根の城館が夏の光に輝き、そこに住む人々を感じさせ始める。その内、山の中腹に広がる、なだらかな丘に人影を見つける。カメラはズンズンと降りて行き、あの心踊らせるメロディが高まってくる。プレリュードが最高潮に達した時、70mmの画面いっぱいに金髪のショートカットも爽やかなJ・アンドリュースが映し出されて歌出す、♪ the Sound of Music ♪
あのファーストシーンを見ると今でもゾクゾクする。全てが4番打者のようなロジャース&ハマンスタインの名曲、美しい自然と素晴らしい出演者の結晶で、ミュージカル映画史上の最高傑作として今でも愛されている。あの映画は日比谷で観た。映画館を出る時、どの家族も、幸福感に包まれて、お気に入りのフレーズをハミングしていたっけ。あれから35年、小学生だった私はマリアが恋したトラップ大佐と同じ年代になっていた。
「大切な事はすべて山から教えてもらった」
忘れられないマリアの台詞だ。子供だった、私はそこに行けば神様の学校があるようにさえ思えた。 その事を思い出したら、あの山に行って、その空気を思い切り吸ってみたくなった。 2003年の夏、純真だった自分と、マリアが云ってた「大切なもの」に出会いたくて、私はその青い山を目指した。
猛暑のスイス入り
成田からチューリッヒへ 18 July
JL451便がチューリッヒに着いたのは午後4時、夏の太陽はまだトップだ。この年、欧州は記録的な猛暑でスイスも例外ではなかった。宿に荷物を下ろし、急いで聖母寺院:Fraumunsterへ向った。シャガールが晩年の精魂を傾けて残した12枚のステンドグラスを見るためだ。閉館間際の寺院に入り、ステンドグラスを通した青い光に身を置くと、先程までの暑さが嘘のように引いていった。海の底のような礼拝堂の暗闇に眼が慣れる内に、静かに祈りを捧げる信者が見えてきた。私達はようやくヨーロッパという文化圏に来た事を感じた。
ハン・エアー 何それ?
チューリッヒからザルツブルグへ 19 July
日本から見れば、近いように思えるこの二都市だが、ヨーロッパアルプスを跨るので、鉄道では7時間もかかる。何とか、ひとっ飛び出来ないものか?と調べてみると、HRというキャリアが唯一運行している。Websiteを捜し当て、運賃を調べると週末早割らしきものがあるがオンライン予約は出来ない。FFPとしてmiles and moreに付けられるとあるので、ならば、逆も眞なりだろうと、東京のルフトハンザに問い合わせてみたらビンゴ! LHにとっては他社のクローズド運賃なのに、あっという間にE-Ticketが発券できた。さすがドイツ人のやる事にはそつがない、そんなサイバー上の手配だけで、搭乗日を迎えていた。だからチューリッヒ空港の一番外れでチェックインし、搭乗バスに乗り、横付けされた機体を見て、家人は絶句した。そこには長さ8m位のドルニエ製の双発プロペラ機が待っていたからだ。胴体は直径2m位で10人乗りの中型飛行機だった。ところがスチュワーデスはこれが身長190cmはあろうかの偉状婦で、高さ150cmしかない室内を中腰で移動して、機内食を配った。リンボーダンスのドイツ大会でもあれば、彼女はきっと優勝するだろうと同情した。でも、もっと驚かされたのはその後だった。中型機は、巡航高度が低く飛べるので、アルプスの山々の谷間を這うようにして飛んだからだ。サウンドオブミュージックの冒頭のヘリ撮のようにオーストリア・アルプスの山々が真横に迫ってくる。それは、今まで体験した山岳飛行の内でも、エベレストやマウントクックと並ぶ絶景の連続だった。
ザルツブルグ空港からザンクトギルゲンへ
パノラマ飛行に見とれる内に40分程で盆地のようなザルツブルグ空港に着陸した。 ザルツブルグには今まで4度来ていたがウィーンから列車で着くのとは、だいぶ感じが違うものだ。市内バスで中央駅まで行き、ポストバスに乗り換えて、ザルツカンマーグートに向かった。映画でもマリアが修道院から、トラップ邸に向かうため乗った、あの郵便配送兼用のバスだ。町を10分も走ると、もうそこは緑の田園と遠くに青い山々を見渡す中を白い道がどこまでも続いていた。暫くして左側に見えて来たのがフシュル湖、その次がヴォルフガング湖。モーツアルトの姉ナンネルが生まれたザンクトギルゲンで降りて、そこからは遊覧フェリーに乗り換えた。
湖を吹く風は、まだちょっと冷たかったけど、殆どの客はデッキに上がって初夏の光をたっぷりと浴びていた。青い湖面に白い波飛沫をあげフェリーは進んだ。舳先の両岸には緑の濃淡に彩られた山並みが迫り、湖岸の遊歩道、(それは映画でマリアと子供達が「ドレミの歌」を歌いながら自転車で駆け抜けた道だ)今日も銀輪で颯爽と風を切る姿があちこちに見られた。目に映る全ての人達が、鮮やかな初夏の光の中で幸福に輝いていた。
船は30分でザンクト・ヴォルフガングのシャフベルク登山鉄道駅に着いた。桟橋からキャリーを砂利道にゴロゴロ響かせながら、すぐ近くのSTRANDHOTEL MARGARETHAまで歩いた。ここはインターネットで調べ、メールにて、部屋の種類をあれこれ訊いてから、予約していた宿だった。受付にはホームページで見覚えのあった若きオーナーが居た。名前を告げると、彼はちょっと怪訝そうな表情をしてからコンピューターをチェックした。その探索が次第に思案にかわり、暫くしてから彼は云った。「残念ですが、貴方は予約されていません」 捜し出してくれた3ヶ月前の最後のメールを画面で確認するとホテルからは、「湖に面していて、ツインベッドのジャグジー付きの部屋が、用意できました」 とあった。 しかし、その次にこれで良かったら「了承した」旨の返事を送られたし、、と訊いていたのだ。 文面前段の「用意できました」。というのを予約完了しました、、という意味に受け止めていた。 私はそれで完了したと思い、ホテル側は返事がないので、その後、落としていたのだった。あれほどメールを交わしても最後の文章を見落とした、己のそそっかしさに腹が立つと同時に力が抜けていくようだった。でもロビーで待っていた家人は長旅に疲れてソファーでうたた寝をしている。この窮地をどうしようか?と思っていると、オーナーがチャーミングな笑顔で「心配いらないですよ」と、云ってから、再度、滞在日数と部屋の希望を確認すると、あちこちに電話をしてくれた。それは、同業他社への連絡という感じじゃなくて、「やあ、久しぶり、お母さんは元気? そう、それは良かった。ところで、今、困っているお客さんがいるんだけど、そちらでは湖に面したツインが空いていない?」、、とドイツ語で云っているようだ。 2件目の電話で、彼は私の方を見て微笑んだ。 地獄で仏だったので、「湖面側? 値段は、、バスタブは、、」なんてことは訊けなかったが、そんな顔を安心させるように、「小さいシャレーだけど、うちと同じくらい良い眺めだし、値段も内より安いかも知れないから大丈夫!」って云ってくれた。それから、幼い息子を一緒に乗せて、自動車で私達をその宿まで送ってくれた。
車は湖畔沿いの道をわずか3分あまり走っただけで停車した。 そこは湖の真ん前の蔦の絡まる瀟洒な山荘だった。門柱の名前を見て、驚いた! それは、Frommerで褒めていた良心的なペンションだったからだ。でも、ホームページやe-mailさえもなく、ドイツ語で電話するしかない、と諦めていた宿だったからだ。 シーズン始めとはいえ、この絶好の穴場に空室があったのも、そんな理由からも知れなかった。 老主人はMARGARETHAの親子と親しい挨拶を交わしたあと、ドイツ語で私達を招き入れた。使い込まれた絨毯が敷かれた階段を上がって、二階の湖側に面した部屋に通された。そこは昨夜ゲーテが泊まった、、と云ってもおかしくない程、古風な趣きがあった。テラスに出ると芝生の庭の先にヴォルフガング湖が青い湖面をたたえてどーんと広がり、左側の船着き場には有名な白馬亭がまるで、白鳥のように佇んでいた。このテラスは安野光雅が「ヴォルフガング湖にて」という絵を描くためにあると思った。眺望に見とれながら、私は先程までのそそっかしさをもう忘れていた。
昼食を取りに、白馬亭まで歩いて行った。この老舗の宿はレハールのオペレッタにも登場し、ヴォルフガング湖の絵葉書では必ず映される宿だが、私には、ビスコンティの映画「地獄に落ちた勇者ども」でナチの突撃隊が粛正されるシーンの方が記憶に残っていた。ここからヒットラーの山荘のあるベルヒテスガーデンまでも3時間足らずだったが、今は大勢のアメリカ人観光客達で賑わっていた。昼食はその裏のピッツエリアで取った。そちらは大勢のドイツ人達で混んでいた。満席だったが店の女将にミラベルに泊まっている事を告げると、個室を開けて通してくれた。彼女はミラベルの主人の娘だったからだ。バカンスシーズンはまだ始まったばかりというのに、ここには避暑地特有の甘いけだるさがもう感じられた。
宿に戻って、湖に面した芝生で日光浴をした。
芝生の先はすぐ湖、子供たちが歓声を上げながら船遊びをしている。時計を見るともう7時なのに、夜はまだいっこうにやってくる気配はなかった。
20 July
翌朝は早く起きた。テラスで朝の湖を前にして食べる朝食のなんと美味しかったこと。やはりザルツブルグでなく、この湖を根拠地にして良かった。 さあ、あまりのんびりもしていられない、もう一つの特権である、8:25分始発の登山列車に乗らねばならないのだ。そうマリアと子供たちがカーテン生地で作った服で向かったあの山に行くのだ!「My Favorite things」を口ずさみながら1曲分で登山鉄道駅についた。ザルツブルグからの客が到着する10時を過ぎると満員御礼の人気列車も始発時は数える程しか乗っていない。蒸気機関車は4両あったが、始発は人が少ないので、一番旧式な機関車が最後尾に付いて、我々の乗る客車を押していく。それは映画でマリア達が乗っていたのとまったく変わらない光景だった。
ポーッと汽笛を上げて蒸気機関車は唸るように山を登り始めた。この列車には運転士が2人乗る。2番目の運転士の行きでの重要な仕事は「牛払い」だ。なんせ線路は山に放牧された牛達にとっての散歩道なのでもあるので、機関車のサイレンなどでは一向に退避するはずもなく、そんな時こそ、彼の出番。棒を持って走り出して行き50m前の牛達を追い払っている。これがなんとも可笑しくて、30分の旅を飽きさせなかった。頂上に着くと、切り立った崖の先に、どうやってこんな所に立てられたんだろうと驚く程の展望台がある。息を切らして、そこまで上ると360度の大パノラマが待っていた。 手前にヴォルフガング湖、モント湖、そして遠くにアッター湖まで一望できた。敬愛するマーラーが夏の別荘を構えていたあの湖だ。ただただ美しい眺めにぼーっとしていた。
一緒に乗ってきたドイツ人の家族もセントバーナード犬と一緒に幼児を連れて上がってきた。この頂に家族と登って、感動を分かち合えるのはなんて素晴らしい事だろうと思った。
世界で一番美しい湖畔 (WCH)
このように譬えられ、世界遺産にも指定されたハルシュタットはバスを何度も乗り換えて辿り着く山奥にひっそりとある。ここは西暦以前からケルト人が住んでいた土地。ケルト語でハルが塩、シュタットが町を意味する。静かだと思っていたヴォルフガング湖でさえも、ここに比べれば賑やかなくらいだ。僅かな集落を一歩はずれれば、そこにはニーベルンゲンの指輪の伝説が生まれてくる深い自然が広がっている。ここで一番のSeehotel Gruner Baumに入って遅い昼食を取った。お爺さんのような黒いリトリバー犬が来て鼻を寄せながら東洋から来た旅人を歓迎してくれた。この次にはここに泊まろうと思った。 夏の光りに照らされて、湖はしん、、としていた。
皇帝のスィート
バート・イシュルは皇帝フランツ・ヨーゼフの温泉保養地だった町で、温泉好きの私には、なんとしても訪れたかったが、町の真ん中にドーンとカイザー・テルメという皇帝の大浴場がお役所のように鎮座しているせいか、バーデンバーデンやカルロビバリ等のゲルマン圏の温泉地と比べると、少し硬苦しい。でも、この町は皇妃エリーザベト(シシィ)がハプスブルグ領内で唯一、愛した町かと思うと、あちこちで見かける金髪美女がみなロミー・シュナイダーのように見えてくるから面白い。皇帝御用達というカフェ・ツァウナーに入ってみた。ウィーンのようなインテリゲンチャの集うところというよりは、有閑マダムのサロンのような雰囲気だった。隅で老紳士がザッハトルテを食べていたが、あれはどうも好きになれないので、鱒の燻製のオープンサンドを夕食用に買った。
古城ホテル
St.Wolfgang-Fuschil-Salzburg 21 July
ヴォルフガング湖に別れを告げてザルツブルグに向かった。途中、昼食を取りに、古城ホテルとして名高いフシェルホテルに立ち寄った。サウンドオブミュージックにも出てきた城だ。フシェル湖を密かに独り占め出来るようなロケーションから随分と格式の高いホテルとなっている。門から2kmもあるので、迎えの車で行かねばならない。森の中を進んで5分ほどで豪壮な城館に着いた。蔦の絡まる階段を上がり、フシェル湖を見下ろすテラスで早めの昼食を取った。湖には誰もいない、ただ森の緑と青い湖面が静かに輝いているだけだった。
ザルツブルグの宿
あと1週間でザルツブルグ音楽祭が始まる。その熱い鼓動が町には充満していた。ウィーンフィルのメンバーも多く泊まるというarthotel Blaue Gansに宿泊した。楽器を抱えた楽団員と狭いエレベーターに乗りあわせた。ヨーロッパの夏の祝祭は真っ盛りだった。
国際線貸し切り
ザルツブルグからチューリッヒへ 22 July
チェックインの時、なるべく早く機内に入ってください、、と不思議な事を言われた。ゲートで待っていても誰も来ない。それもそのはずで、客は私達だけだったからだ。行きで乗ったのと同じドルニエだったが、今度は随分と広く感じられた。スチュワーデスは私達のためにブーブクリコを1本開けて、持成してくれた。でも、他に客がいないってのは、お大尽というよりは、何とも淋しいものだと思った。
ブレゲンツ湖
チューリッヒからブレゲンツへ
地図を見れば、この日の我々の旅路を訝しげに思えるだろう。なんせオーストリアの南端からスイスまで飛んで、またオーストリアの西端に戻ってきたのだから。 理由は簡単だ。ブレゲンツで、その日に素敵な湖上オペラが待っていたからだ。
ブレゲンツ湖上オペラ
ボーデン湖に巨大な架設舞台を作って毎年、催されている、このオペラは、その質の高さから年々人気が上がってきていた。3ヶ月前、この音楽祭のWebsiteで調べた時、最後の2席が取れたのがこの日だけ、という人気だった。この年はスカラ座版の「ウエスト・サイド物語」が演目で、野球の内野2枚分位の広さの舞台が湖上に作られ、ニューヨークから招かれた女流美術監督が作った高さ50mにも及ぶ摩天楼や、レールに乗って動くマリア(ウエストサイド物語のヒロインの方)のアパートの大仕掛けなどが話題を呼んでいた。
開演は夜の9:15PM 黄昏の中、半円形の客席に着いた。湖上から吹く風に乗って、バーンスタインのあの衝撃的な序曲が始まった。他の野外オペラと比較して、ここは驚くほど音の響きが良く、且つ見やすい。「アメリカ」「トゥナイト」「アイアム、プリティ」1曲ごとに、舞台に張られたレールに沿って、ジェット団、シャーク団の舞台装置がチンチン電車のように移動してくる。 それはまさに湖に仕掛けられたキネティク・アートだ。ヨーロッパの野外オペラの中で、ここが近年注目されるのも、その視覚的造形性のダイナミックさと、ウィーン国立歌劇場のサポートによる音楽性の高さ故であろう。切符もホテルも苦労して、辿り着いただけはあったと大満足の舞台だった。
Bregenz-St.Gallen 23 July
翌日、また国境を越えてチューリッヒに戻った。途中、同じボーデン湖に面したザンクトガレンで下車した。スイス国鉄の日帰り世界遺産というパンフで紹介されていた、大聖堂を訪れた。外装の趣からは想像出来ないくらい内部は豪奢で、バロックの流動感とロココの典雅さが解け合ったような印象で、首が痛くなるほど天井を眺めた。
スイス航空で南下する
St.Gallen- Zurich - LUGANO
再建されたスイス・エアーの割引国内運賃を使って、ルガノまで、又ひとっ飛びした。機内ではだんだんイタリア語を話す人が増えてきて、話す表情に身振り、手振りが加わり、それだけでも機内の温度が5℃位上がったように感じた。
私の知人でイタリア人の女性がいた。日本語の達者だった人だったが、彼女がルガノの出であった。ミラノよりも理性的、スイスよりも温かみがある。そんな中庸な特性が、テッチィーノと呼ばれる、この地方の誇りだと教えてくれた。私は、そのとき、スパゲッティとチーズ・フォンヂュが一緒に味わえるなんて、なんて素敵なんだろうと、その地を訪れるのを夢見ていた。
空港から乗合タクシー(ここはスイス、物価が高いので)で湖に面した旧市街に下りた。そこはまるで桂林のような不思議な光景が広がっていた。
この町で湖に面したホテルは、どれも高かったが、老朽化してるけど眺望が素晴しいホテルを予約していた。最上階の部屋のテラスから、見下ろすと南欧的なプロムナードを恋人達が歩いている。 その姿がみんな絵になっている。峠を越えてゲルマンからラテンに来たことが如実に感じ取れた。
24 July
翌日、電車で30分あまりの、この有名なバーゲン・タウンに来てみた。普段でも安いんだからSALEのシーズンにはどこまで安くなるだろう? SALE x SALE で二束三文状態にでもなってないか? という好奇心からだった。メンドリシオ駅から徒歩10分、御殿場のアウトレット程の3階建てのモールには衣服・食器・家具・雑貨などのブランド品やセレクト・ショップが目白押しだった。Rジノリの大皿を数枚とソファー用のペイズリー布を2セット、それに子供服等を購入した。でも自然の美しい所に来て、こんな場所で半日いるのも勿体ないと思った。
オープン・シネマはクーラーが必要ないスイスの夏の夜のお楽しみだ。ルガノでは夜の帳が下りる9時すぎになると湖上を背に巨大なスクリーンが設置され、芝生に置かれたパイプイスに座ってのんびりと映画を愉しめる。この夜は、東京でもまだ上映されてなかった「フリーダ・カーロ」だった。原語は英語だが、イタリア語の吹き替え版である。フリーダの激情を出すのにはイタリア語の方が勝っていて、1ヵ月後に銀座で見た字幕版よりも、この夜の上映のほうが楽しめた。
ルガノからマルペンサへ 25 July
Sciopero(ショーペロ)、、、あなたがイタリア語をひとっつも知らなくても、イタリアを旅するのならば、この言葉の響きにだけは敏感であった方がいい。だが残念ながら、私には、このアドバイスをしてくれる人がいなかった。 だから、大きな荷物を抱えて、ルガノ駅に行き、窓口でミラノ行きの切符を買おうとしたときに、駅員の言った、この言葉が理解できなかった。 彼女は英語で、こう言い直してくれた。「ここから先のイタリア国鉄ではストライキをしてるから、あなたは今日ミラノへは行けない」 これがショーペロなのである。テレビや新聞を見れば、2−3日前から予告しているので、気がつく、、というらしいが、桂林とフリーダとSALEに夢中になるあまり、そのことにはついぞ気が付かなかった。又もや、頭が真っ白になり、、かけようと、する時に駅前に止まっていたバスの事を思い出した。それはマルペンサ・エクスプレスといい、2日後に旅立つミラノの空港行きの国境越えの直通バスだった。 1日に3本運行していて次の出発はあと10分後だった。 ラッキー! ルガノに泊まっていたから、そして、この時間だったから、この切り札を使えたのだった。私は旅の幸運を2枚も引いてしまった、、後が怖くなったくらいだった。
ルガノから2時間でマルペンサに着いた。Baggage leftに重い旅具を置き、身軽になってミラノ中央駅まで空港バス、それからTaxiでホテルまで辿り着いた。チェックインを済ませ、部屋に入るとアルバのエノテカに依頼してあったワインが木箱で2ダース届いていた。20世紀有数の当り年である97年、それを5年も熟成させたGRANBUSSIAが、ようやく出荷され始めていた。ミラノではまだ手に入らないので蔵元に融通の効く、彼地の酒屋に頼んだ品だった。受付のインド人から、もう1日遅れてたら全部飲んじゃったかも知れないとジョークで突っ込まれた。
26 July
Fox Townで消費文明の儚さを詠じた私であったが、1月1日のハロッズ、旧正月前の香港レーンクロフォード、そして7月のミラノ・リナシェンテに居合わせれば、懐の虫が騒いでしまう。だって普段、指を銜えてた、本当に贅沢な品が、この時だけは思い切ってPrice downするからだ。特にSaleも後半になって時々、出現する、家具・工芸品の過激な値引率には驚かされる。今回もリナシェンテ(アルマーニがアートディレクターをしていた百貨店)で、近年、注目されているウズベキスタン製の大きな絨毯に眼が惹かれた。クレーの絵のように素敵な色合いだったので、子供に贈ろうと、思い切って購入した。宿の主人は、それをロビーに敷いていったらもう3泊させると冗談で出迎えてくれた。(冗談じゃない!定価はその100泊分なんだから)
ミラノから成田へ 27 July
山から里に下りてからは、いつもの煩悩ぶりで、買物に明け暮れてしまったが、今回の旅は天候に恵まれて美しい自然を堪能した。ここまで健康に旅を愉しめた事を感謝した。
それで、大切なものは見つかった?
、、まあ、その質問に、正しく答えるのには、もう一度あの山を訪てからね、、と答えておこう。
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この旅行記へのコメント (4)
-
- bigwellさん 2007/09/29 22:22:32
- 永遠の名画 「サウンド・オブ・ミュージック」
- bloom3476さんへ
世界の美しい湖コミュニティへのご参加ありがとうございます。
ザルツブルグの美しさを世界に知らしめた往年の名画、永遠の名画、サウンドオブミュージック。
若き日のあの感動は忘れられません。
オーストリア旅行を計画したとき、旅程にザルツブルグ入れてぜひ撮影の場所を訪れてみようと思いました。
ミラベル庭園、モーツアルト広場、馬洗い池、モーツアルト小橋とその背景にあるホーエンザルツブルク要塞は40年経った今も映画のままでした。
限られた時間の中で全て訪れることはできませんでしたが、今でもあの時のマリアと子供たちが歌うドレミの歌が昨日のことのように思い出されました。
- bloom3476さん からの返信 2007/09/29 22:38:23
- RE: 永遠の名画 「サウンド・オブ・ミュージック」
- お招きありがとうございました。 mixiばかりに捉われて、4Travel無沙汰しておりましたので、 お招きうれしく感じました。
ちょちょこですが、再開していきますので、これから宜しくお願いいたします。
-
- けーしちょーさん 2007/02/26 00:20:51
- サウンドオブミュージック♪
- bloom3476さん。
このたびはお気に入りに登録していただき、ありがとうございました。
で、さっそくこちらへ訪問させていただきました。
で、ビックリ☆海外渡航地図がまっ黄色!!
そんな中、やはり、自分の好きな場所、思い入れの深い場所、
を訪問したときの感動のテンションはやっぱり違うでしょう!!
ということで、おそらく、bloom3476さんも、映画が脳内でグルグルしたであろう、このサウンドオブミュージックの舞台を訪ねた旅行記に、まず、カキコさせていただこうかと思いました。
ワタシは、高校時代、この映画の劇中歌を暗記させられました。
英語の授業ではなく、文化祭の出し物として(爆)
♪ハイオナヒルワッザロンリーゴットハット〜
♪レリオロレリオロレッヒッホ〜
とまぁ、英語が嫌いな私が思い出すのはこんな具合ですみません(爆)
英単語が出てこない私ですが、丁寧な文章を読みながら
昔とった杵ヅカで思い出ペッタン、堪能しました〜。
こういう旅行記が、私は大好きデス。
これからも、どうぞ、よろしくお願いします。
- bloom3476さん からの返信 2007/02/26 14:42:07
- RE: サウンドオブミュージック♪
- けーしちょー 様 お便りありがとうございます。
このフォーラム まだ新参者ですので、いろいろ不慣れな事多いかも知れませんが、これから、どうぞ宜しくお願い致します。
もうすぐ 「ゲゲゲの鬼太郎」公開ですね、スクリーンでご尊顔を拝したいと思っております。
bloom3476
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