1997/08/19 - 1997/08/23
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STAMP MANIAさん
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中国返還後間もない頃の香港に行ってみた。
「国境(?)」を越えて広州に足を伸ばしたりも。
この4ヶ月前には、返還前最後の香港を訪れているが、さて、中華人民共和国の一部になった香港は、どのように変わったのだろうか?
この当時、既に廃港が決まっていた旧空港・啓徳機場を利用したのも、この旅行が最後となった。
飛行機ファンだけでなく、一般の旅行者にも香港名物として知られていた「香港カーブ」も満喫してきた。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 船
- 航空会社
- JAL
-
成田からJAL便で出発。
正直、あまり好きな航空会社ではないが、返還ブームで安い航空券が手に入りにくい時期だったので、贅沢は言えない。
しかし、使用機材がMD-11だったので、結果的には良い選択となった。
MD-11は窓が大きめなので、香港カーブを満喫するには最適な機材だ。
香港島を時計回りにぐるっと回り、建設中のの新空港上空を通過した搭乗機は、やがて右に大きく傾く。
右側の窓からは、九龍の古い高層アパートが翼の先端スレスレに見える。
翼に洗濯物を引っ掛けそうな位の低空飛行で啓徳機場に着陸。
これで3度目だが、何度経験しても物凄い迫力だ。
さて、初めての中華人民共和国香港特別行政区への入国だ。
入国審査は・・・何も変わっていない!
スタンプは・・・全く同じじゃないか!!
「返還後50年は現状維持」とは聞いていたが、まさかここまで現状維持とは思わなかった。 -
香港の街中も、見た目には何も変化はないようだ。
よ〜く見ると、五星紅旗が翻っていたりもするが、ほとんど目立たない。
漢字も繁体字。
香港ドルのコインも、セント貨はまだ女王陛下の肖像のものがたくさん流通していた。
変わった所を探す方が難しい。
香港で一泊し、翌朝マカオへ向かう。
上環のフェリーターミナルではなく、尖沙咀の中港城から。
ここから出る船は、所要時間はかかるが運賃は安かった。(現在は所要時間も運賃も同じ)
スタンプは、上環は「紫」だが、中港城は「緑」。
出国スタンプのデザインも全く変わっていない…
そういえば、返還ブームに乗っかった某旅行会社が、「英領最終日に香港に入国し、返還初日に香港から出国する」というツアーを募集していた。
スタンプが記念になりますよ、という趣旨だと思うが、参加者は全く変わらないスタンプにさぞガッカリしたことであろう。 -
マカオに到着。
この後、深せんの経済特区界を越えて広州まで行ってみたかったので、マカオで中国の観光ビザを申請する。
当時、中国は“原則として”自由旅行を認めておらず、日本で中国のビザを手に入れるには、旅行会社に高額の手数料を払って手配してもらう必要があった。
しかし、何故か香港・マカオでは、事実上無制限に個人自由旅行が可能なビザを発給していた。
香港の重慶マンションが一時期バックパッカーの巣窟と化していたのも、中国ビザ目的の外国人が世界中から香港に押し寄せていたためらしい。
ビザは翌日発給。
別料金で即日発給もしてもらえる。
日本では金も時間もかかる中国のビザも、ここでは簡単に取れてしまう。
ビザを発給する側の国にとって、ビザの審査は、旅行者の住所地を管轄する領事館で行なうのが一番安全なはずだ。
だが、中国の場合、まともな審査が出来るはずもない旅先での発給の方が条件が緩い。
よく考えてみれば不可解だ。
当時の厳しい発給条件も、所詮は建前に過ぎなかったのだろう。 -
マカオから深せんへは、珠海を経由して行く方法もあるが、今回は香港経由で。
というのも、香港と中国本土との「国境」がどうなったのか見てみたかったから。
フェリーで上環のフェリーターミナルに到着。
スターフェリーで九龍側へ渡り、地下鉄と九廣鐵路を乗り継いで「国境」の駅、羅湖站へ。
だいたい想像はついていたが、予想通り、ここも何も変わっていなかった。
普通に香港の「出国審査」が行なわれ、「国境の橋」を渡り、中国の「入国審査」が行なわれた。
中国の入国スタンプも、返還前と同じ。 -
羅湖商業城の長距離バスターミナルから、広州行の高速バスに乗車。
深せん経済特区へは中国国籍者も自由に入ることはできないらしく、特区界には検問所があった。
ID(外国人はパスポート)をチェックされるだけで、スタンプなどはない。
広州まで高速道路を走ること2時間少々。
意外と近い。
広州は相当発展しているという話だったが、バスが到着した広州駅前はまだ中国っぽさが色濃い印象。
駅の建物内にあった一泊50元の宿に宿泊。
長距離移動の旅行客が旅の途中で宿泊するためのホテルだろう。
部屋は個室だが、窓はなく、薄汚い。 -
広州からバスで深せんに戻る。
羅湖から香港に戻っても良かったのだが、何を思ったか深せん西部の港町、蛇口へ向かうバスに乗り込む。
現在、深せんの市内バスは普通の大型路線バスが主流だが、当時は日本製のマイクロバスが幅を利かせていた。
車体には「深せん市公共小巴」などと書かれているが、どうも実際にバスを運行するのは市から免許を受けたフランチャイジーのようで、車掌が窓から身を乗り出して行先を叫びながら(要するに、客引き)走行していた。
蛇口行のマイクロバスは高速道路のような立派な道を走った。
大雨でも降ったのか、途中、道路が水没している場所があった。
蛇口港から珠海行の高速船に乗る。
珠海では「香洲」という港に着いたが、浜辺から桟橋が一本突き出ただけの場所。
付近のバス停を探すのにも苦労した。
何とかバスをつかまえ、拱北からマカオへ出国。
マカオはまだポルトガル領だったので、出入国手続は当然変化なし。 -
マカオで一泊した後、帰国日の朝に香港へ戻る。
無駄にマカオを往復したようだが、実は結果的にこれが大正解だった。
私が広州→深せん→マカオと移動している間、香港は台風の直撃で大変なことになっていたらしい。
空港で飛行機を待っている間、ロビーのテレビは台風の被害のニュースで持ちきり。
機内で読んだ香港の新聞も、台風報道一色だった。
深せんで道路が水に浸かっていたのも、その台風の影響だろう。
私が香港に入った時には、台風一過でよく晴れていた。 -
帰国の飛行機まで時間があったので、九龍城址公園で着陸する飛行機を眺めて過ごす。
西の方から次々とやって来る大型機が、機体を大きく右に傾け、その巨大な腹を見せながら滑走路に降りて行く。
低空飛行だけなら、空港の近くであればどこでも見られるが、傾いた状態で進入してくる飛行機が見られる場所は多くないだろう。
しかもそのほとんどが大型機なので、とんでもない迫力だ。
結構事故もあるようなので、安全上は一刻も早く移転すべきなのだろうが、この光景がなくなるのはやはり勿体無いと思った。
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