2005/05 - 2005/05
271位(同エリア341件中)
みいみさん
ホームステイ・イン・ロシア、ただ今全面作成及び改修中につき、後日あらためておいでください。
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ニージニー・ノヴゴロドは歴史の香りに満ちたステキな町です。クレムリン(城砦)はもちろん見応えがありますが、大ポクロフスカヤ通りなど市街地は趣のある、ロマンティックなたたずまいがチャーミング。いつかもう一度来てみたい、ロシア語ができれば住んでみたい、とすら思いました。
なのに、なぜか、写真がほとんどないのです。もっと撮ってくればよかった、と思ってもあとの祭り。
そこで、「それほど言うのなら見てみたかったのに」とおっしゃる皆様のために素晴らしいサイトを探してきました。
いずれもニージニー・ノブゴロドの市長から表彰されるに値するみごとな内容です。ぜひ、ご覧下さい。きっと行ってみたくなりますよ。
ロシア歴史紀行アルバムの32と33
http://www.toride.com/~roshiashi/album.html
心の故郷:ニジニ・ノヴゴロド
http://www.hi-net.zaq.ne.jp/nizhniy-kobe/nizhny_novgorod.htm
本当にすごいサイトで、私のブログとは大違い・・・。
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これがヴォルガ河。この名前になじみがあるのは子供の頃に習ったロシア民謡の影響でしょうか。名前を知っている河を目の前にして、ああ、本当にロシアに来たんだなぁ、と今更ながら感激。富士山を見た外国人もこんな風に思うのかも。
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後ろの方に見える赤い煉瓦の建物はニージニー・ノヴゴロド最古の建造物でありこの町の中心的存在でもあるクレムリン(城砦)です。
この町はもともと1221年に築かれた古都なのですが、1932年から1990年までゴーリキー市を呼ばれていたのはもちろん、かの文豪、ゴーリキーがここの出身だったからです。
軍需工業の中心でもあったため、長い間、外国人の立ち入りも禁止されていたそうです。ノーベル平和賞受賞者で核物理学者のアンドレイ・サハロフ博士がソビエトのアフガニスタン侵攻への批判をとがめられ、夫人と共に国内流刑された地でもある・・・と、これはWikipediaからの引用です。あしからず。 -
小さくて見にくいですが、伝説的なパイロット、チカーロフの像がある場所からからヴォルガ川の岸辺まで続いている「チカーロフの階段」というのがあり、名所になっています。
第2次世界大戦後に戦勝記念の一環として建設されたとのことです。ロシア人は作るものが大きいです。 -
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クストヴォからニージニー・ノヴゴロドに行くにはこういう小型バスを利用します。ミニ・バン、というのかしら。十数人でいっぱいになり、助手席にもお客さんを乗せます。料金は後ろに乗っているお客さんから順番に前の人に手渡していきます。ごまかしたりする人は・・・いないんでしょうね、きっと。携帯電話など(単に普及が遅れているだけかもしれませんが)車内で使う人はいませんでした。
そう言えばお行儀の悪いロシア人を見たのはモスクワの空港での乗り換えの時、割り込んできたオバサンだけだったような気がします。運が良かっただけかしら? -
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