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仏領ポリネシアは、ソシエテ諸島、ツアモツ諸島、マルケサス諸島、ガンビエ諸島、オーストラル諸島の5諸島からなる島々。全体の領域はヨーロッパよりも広い。タヒチというのは、その広大で多様な仏領ポリネシアの中のソシエテ諸島の中のひとつの島にすぎない。日本からタヒチには直行便もあり、ハネムーンでもおなじみの目的地だが、ほとんどの日本人がタヒチ・ボラボラ・モーレアくらいにしか立ち寄らないということ。これはとても残念なことだ。そこで今回はあまりメジャーではない島について旅行メモを載せることにした。(メルマガより)<br /><br />表紙=Heiva Nui 仏領ポリネシアの「夏祭り」(南半球なので冬祭り?)。ダンス、伝統的スポーツ(カヌー、石持ち上げ)など楽しいイベントが一月以上にわたって繰り広げられる。

French Polynesia

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2006/08 - 2006/08

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km777

km777さん

仏領ポリネシアは、ソシエテ諸島、ツアモツ諸島、マルケサス諸島、ガンビエ諸島、オーストラル諸島の5諸島からなる島々。全体の領域はヨーロッパよりも広い。タヒチというのは、その広大で多様な仏領ポリネシアの中のソシエテ諸島の中のひとつの島にすぎない。日本からタヒチには直行便もあり、ハネムーンでもおなじみの目的地だが、ほとんどの日本人がタヒチ・ボラボラ・モーレアくらいにしか立ち寄らないということ。これはとても残念なことだ。そこで今回はあまりメジャーではない島について旅行メモを載せることにした。(メルマガより)

表紙=Heiva Nui 仏領ポリネシアの「夏祭り」(南半球なので冬祭り?)。ダンス、伝統的スポーツ(カヌー、石持ち上げ)など楽しいイベントが一月以上にわたって繰り広げられる。

  • 仏ポリネシア(マルケサス群島)<br />ポリネシア文化の集大成、<br />*マルケサスの芸術・美術<br />仏を代表する印象画家のポールゴーギャンやベルギーを代表する作曲家ジャックブレルが晩年を過ごしたマルケサスのHivaOa島。マルケサスと他の諸島との違いは上空からNukuHiva島を見たときにはっきり感じた。珊瑚礁はまったく発達しておらず、ごつごつしたきわめて男性的な地形に荒波が打ち寄せている。雲を突き刺す山々の尖塔はとても神秘的で、今なお目に見えない何かが支配しているような印象を抱く。空港のカフェの椅子ひとつとってもさまざまな表情のTiki(神様)が掘り込まれて息を呑むほど見事だ。空港職員やローカルの腕、足、背中に覗く刺青の芸術性の高いこと。質の高い彫師がいる証左だろう。他の国、諸島の刺青が子供の落書きに見えてくる。仏ポをはじめ南太平洋の島々ではWelcome は花の首飾りFarewelは貝の首飾りが基本だが、マルケサスでは珊瑚礁が発達していないので木の実と石でできた首飾りを使う。飾りを見ただけで「あなたマルキースに行ってきたのね」と人に言われるほどユニークだ。<br /><br />*各島の名前は建材から<br />マルケサス諸島の人の住む6つの島の名前はどれも家に関連する。マルケサスの伝統的な家は、材質はタヒチなどと同じ草葺屋根を使うが、形状は大きく異なる。マルケサスの家は丸みを帯びてこじんまりとした他の仏ポ地域のそれと異なり、建前をすっぽりと覆い隠す大きなとんがり屋根が特徴だ。マルケサス諸島HivaOa島の宿の主人Rohiにその伝統的マルケサスの家の絵を書いて説明してもらったところによると、NukuHivaは屋根そのものの軸木、FatuHivaは屋根を葺く葉の束、HivaOa屋根の頂点の軸木、Uapouは屋根を支える支柱、FatuAtaは建材の残骸、そしてUaHuka残骸の燃えかす。最後の二つの意味がよく分からなかったので聞き返すと、こんな話をしてくれた。あるところに恋人が一組いた。彼らは、彼らの力量を示し、両家から結婚を認めてもらうために一夜で家を建てることを要求される。そしてその家は翌日の日の出までに燃やさなければいけない・・・。私はその話を聞いて、私は鳥肌が立った。なぜかというと、そっくりな伝説をミクロネシア圏の北マリアナ連邦ロタ島で聞いたからだ。ミクロネシアへの移動もマルケサスへの移動ももとはニューギニア周辺を基点に始まっているが、元になるような民話がそのあたりに存在するのだろうか。民話が人々とともに小さなカヌーにのって太平洋の島々に長い長い年月をかけて流布していったのかもしれない。<br /><br />*食人の儀式<br />HivaOaを訪れたときに、宿の主人ロヒが連れて行ってくれた村には100以上のPaepae(儀式のためのプラットフォーム)があった。Paepaeでいったいどんな儀式をしていたのかというと、食人の儀式だ。バニヤンの木に敵を吊るして、ここで人肉を焼き、ここで人骨を埋め、骸骨はどれだけの敵を殺したか数えられるよう木の根元に保管した。キリスト教の到来以降、ポリネシアの土着文化はことごとく否定され破壊されていったのに、ここマルケサスは離島だったため仏の禁止令を事実上免れ19世紀末ころまでは食人儀式が行われていたそうだ。ポリネシア人はとても好戦的な民族で、敵と戦って、Mana(霊力)があることを内外に示すべく、敵を捕らえては食人儀式を盛んに行った。マルケサスではこの部族単位の戦いが熾烈を極めた。ロヒがPaepaeのひとつを見ながら言った。「イースター島にもこの谷からポリネシア人が逃げていったんだよ」。マルケサスを訪問する直前にイースター島で聞いた「先祖はマルケサスのHivaのつく3つの島から渡ってきた」という表現とニュアンスがまるで異なっていた。「移住」でも「殖民」でもなく、「逃亡」という後ろ向きの言葉で先祖の行動を表現したのだ。マルケサス→イースターという移動の事実は歴史的にも確認されているが、その移動の動機が熾烈な部族対立から逃れて自由な土地で安全に暮らしたい、という点にあったとマルケサス人が理解していることはとても興味深い。<br /><br />*マルケサスのTiki(神様)とイースター島のモアイ<br />ポリネシア文化の揺り篭を自負するサモアなどでは、ポリネシア独特の食文化着物住居・統治制度などはよく残っている。反面、キリスト教が比較的早期に浸透したために、タブー・Tiki(神)・Mana(霊力)などキリスト教文化と相矛盾するポリネシアの伝統的精神文化は失われているように思う。それがマルケサスでは目に見える形で生活の中に溶け込み残っている。現在ではマルケサスでもキリスト教が広く普及しているがTikiに対する畏敬の意は子供でも何気なく抱いているのだとか。日本人が特に神道を意識していなくても神社に対して、あるいは道端のお地蔵さんに対して何気なく抱く、馬鹿にすると罰が当たる感じとよく似ているのではないだろうか。<br />この、マルケサスの神様Tikiはイースター島のモアイの原型であり、モアイはマルケサスのTikiを発展させたものである。そういっている学者がいるのかどうか知らないが、これがイースター島を見た後にマルケサスを訪れた素人の私の印象だ。Tikiは人間でも動物でもない宇宙人のような顔をしている。モアイも、後期のものはTikiとは似つかないが宇宙人的な造形という点では共通している。特に、初期のモアイのひとつである「正座するモアイ」(Moai Tokutori)は、顔つきや体型がマルケサスのTikiに似ているように見えた。イースター島のモアイは、巨大なものが有名で、実際に20mを超える建造中のモアイも見つかっているが、初期のモアイは2mに満たない小さいものだったようだ。それが形や大きさを変えながら写真集で見られるような独特の表情をした大きなモアイに進化していったのではないか。イースター島の祖先がマルケサスから来ている以上そう考えるほうが自然ではないだろうか。<br /><br />*タブーウォーター<br />HivaOa島のある村に19世紀に立てられた美しい木造の教会がある。教会の入り口をくぐると柱にくくりつけられたシャコガイの貝殻に水がたたえられている。ヨーロッパや南米でよく見るのは貝でなく石でできたものだが、信者が身を清める目的で、窪みにたまっている水を指で掬って額につけながら十字を切っているあれだだろう。そう思いつつ一応ロヒに確認してみた。「これはね・・・」少し適切な言葉を捜すような間をおいて彼は言った。「・・・タブー・ウォーターだよ」。タブーという、きわめてポリネシア的なものが、ポリネシア文化を否定してきたキリスト教の教会の儀式を説明するのに使われたことが非常に興味深かった。「タブー」というのはポリネシア語がそのまま国際語に転用されている例の一つだが、通常は「禁断の」「禁止された」(Forbidden)という意味で使われている。しかし、この場合の水は、むしろ信者が触るための水だから、ここでロヒがいう「触ってはいけない水」でないことは明らかだ。むしろ彼が言いたかったのは聖なる水、HolyWaterということだろう。裏を返せば不信心者や異教徒がむやみに触ってはいけない水ということにもなるのかもしれないが、それはその水が神聖なるものであるからに他ならない。同様に、食人儀式が行われた地はタブーの場所、ごく一部の人物しか訪れてはいけない場所であったが、それはとりもなおさずその場所が聖なる場所だからである。この点で、アラブ圏などの忌み嫌うべき「禁止」を意味するハラムとはまるで正反対だ。Tabuのもともとの意味は「禁止された」ではなく「神聖な」と考えるほうが適切なのではなかろうか。<br /><br />*マルケサスとラパヌイのリンク<br />イースター島の「世界の臍」と言われる場所には、小さな石で丸く囲まれた不思議なすべすべの丸い石がある。先祖のポリネシア人が、Hivaのつく三つの島からやってきたときに持ってきたといわれる石だ。Hivaのつく三つの島とは、現在フレンチポリネシアのマルケサス諸島のNukuHiva・HivaOa・FatuHivaのことである。この丸い石、ガイドによると特別な石だという。ガイドに言われて方位磁石を近づけてみると、磁石の針はあらぬ方向を指し示す。つまり、この石自体が磁石なのだ。モアイのプラットフォームの隙間なく詰まれた石組みも、後に見た仏ポリネシアのマラエのそれとそっくりだった。謎の巨人像が島を取り巻く様は圧巻だが、これも突如ラパヌイで生じた新たな文明というよりもマルケサスのTiki(神)の発展型ではないかというのが、直後にマルケサスを訪問して感じたところである(個人的な主観)。<br />

    仏ポリネシア(マルケサス群島)
    ポリネシア文化の集大成、
    *マルケサスの芸術・美術
    仏を代表する印象画家のポールゴーギャンやベルギーを代表する作曲家ジャックブレルが晩年を過ごしたマルケサスのHivaOa島。マルケサスと他の諸島との違いは上空からNukuHiva島を見たときにはっきり感じた。珊瑚礁はまったく発達しておらず、ごつごつしたきわめて男性的な地形に荒波が打ち寄せている。雲を突き刺す山々の尖塔はとても神秘的で、今なお目に見えない何かが支配しているような印象を抱く。空港のカフェの椅子ひとつとってもさまざまな表情のTiki(神様)が掘り込まれて息を呑むほど見事だ。空港職員やローカルの腕、足、背中に覗く刺青の芸術性の高いこと。質の高い彫師がいる証左だろう。他の国、諸島の刺青が子供の落書きに見えてくる。仏ポをはじめ南太平洋の島々ではWelcome は花の首飾りFarewelは貝の首飾りが基本だが、マルケサスでは珊瑚礁が発達していないので木の実と石でできた首飾りを使う。飾りを見ただけで「あなたマルキースに行ってきたのね」と人に言われるほどユニークだ。

    *各島の名前は建材から
    マルケサス諸島の人の住む6つの島の名前はどれも家に関連する。マルケサスの伝統的な家は、材質はタヒチなどと同じ草葺屋根を使うが、形状は大きく異なる。マルケサスの家は丸みを帯びてこじんまりとした他の仏ポ地域のそれと異なり、建前をすっぽりと覆い隠す大きなとんがり屋根が特徴だ。マルケサス諸島HivaOa島の宿の主人Rohiにその伝統的マルケサスの家の絵を書いて説明してもらったところによると、NukuHivaは屋根そのものの軸木、FatuHivaは屋根を葺く葉の束、HivaOa屋根の頂点の軸木、Uapouは屋根を支える支柱、FatuAtaは建材の残骸、そしてUaHuka残骸の燃えかす。最後の二つの意味がよく分からなかったので聞き返すと、こんな話をしてくれた。あるところに恋人が一組いた。彼らは、彼らの力量を示し、両家から結婚を認めてもらうために一夜で家を建てることを要求される。そしてその家は翌日の日の出までに燃やさなければいけない・・・。私はその話を聞いて、私は鳥肌が立った。なぜかというと、そっくりな伝説をミクロネシア圏の北マリアナ連邦ロタ島で聞いたからだ。ミクロネシアへの移動もマルケサスへの移動ももとはニューギニア周辺を基点に始まっているが、元になるような民話がそのあたりに存在するのだろうか。民話が人々とともに小さなカヌーにのって太平洋の島々に長い長い年月をかけて流布していったのかもしれない。

    *食人の儀式
    HivaOaを訪れたときに、宿の主人ロヒが連れて行ってくれた村には100以上のPaepae(儀式のためのプラットフォーム)があった。Paepaeでいったいどんな儀式をしていたのかというと、食人の儀式だ。バニヤンの木に敵を吊るして、ここで人肉を焼き、ここで人骨を埋め、骸骨はどれだけの敵を殺したか数えられるよう木の根元に保管した。キリスト教の到来以降、ポリネシアの土着文化はことごとく否定され破壊されていったのに、ここマルケサスは離島だったため仏の禁止令を事実上免れ19世紀末ころまでは食人儀式が行われていたそうだ。ポリネシア人はとても好戦的な民族で、敵と戦って、Mana(霊力)があることを内外に示すべく、敵を捕らえては食人儀式を盛んに行った。マルケサスではこの部族単位の戦いが熾烈を極めた。ロヒがPaepaeのひとつを見ながら言った。「イースター島にもこの谷からポリネシア人が逃げていったんだよ」。マルケサスを訪問する直前にイースター島で聞いた「先祖はマルケサスのHivaのつく3つの島から渡ってきた」という表現とニュアンスがまるで異なっていた。「移住」でも「殖民」でもなく、「逃亡」という後ろ向きの言葉で先祖の行動を表現したのだ。マルケサス→イースターという移動の事実は歴史的にも確認されているが、その移動の動機が熾烈な部族対立から逃れて自由な土地で安全に暮らしたい、という点にあったとマルケサス人が理解していることはとても興味深い。

    *マルケサスのTiki(神様)とイースター島のモアイ
    ポリネシア文化の揺り篭を自負するサモアなどでは、ポリネシア独特の食文化着物住居・統治制度などはよく残っている。反面、キリスト教が比較的早期に浸透したために、タブー・Tiki(神)・Mana(霊力)などキリスト教文化と相矛盾するポリネシアの伝統的精神文化は失われているように思う。それがマルケサスでは目に見える形で生活の中に溶け込み残っている。現在ではマルケサスでもキリスト教が広く普及しているがTikiに対する畏敬の意は子供でも何気なく抱いているのだとか。日本人が特に神道を意識していなくても神社に対して、あるいは道端のお地蔵さんに対して何気なく抱く、馬鹿にすると罰が当たる感じとよく似ているのではないだろうか。
    この、マルケサスの神様Tikiはイースター島のモアイの原型であり、モアイはマルケサスのTikiを発展させたものである。そういっている学者がいるのかどうか知らないが、これがイースター島を見た後にマルケサスを訪れた素人の私の印象だ。Tikiは人間でも動物でもない宇宙人のような顔をしている。モアイも、後期のものはTikiとは似つかないが宇宙人的な造形という点では共通している。特に、初期のモアイのひとつである「正座するモアイ」(Moai Tokutori)は、顔つきや体型がマルケサスのTikiに似ているように見えた。イースター島のモアイは、巨大なものが有名で、実際に20mを超える建造中のモアイも見つかっているが、初期のモアイは2mに満たない小さいものだったようだ。それが形や大きさを変えながら写真集で見られるような独特の表情をした大きなモアイに進化していったのではないか。イースター島の祖先がマルケサスから来ている以上そう考えるほうが自然ではないだろうか。

    *タブーウォーター
    HivaOa島のある村に19世紀に立てられた美しい木造の教会がある。教会の入り口をくぐると柱にくくりつけられたシャコガイの貝殻に水がたたえられている。ヨーロッパや南米でよく見るのは貝でなく石でできたものだが、信者が身を清める目的で、窪みにたまっている水を指で掬って額につけながら十字を切っているあれだだろう。そう思いつつ一応ロヒに確認してみた。「これはね・・・」少し適切な言葉を捜すような間をおいて彼は言った。「・・・タブー・ウォーターだよ」。タブーという、きわめてポリネシア的なものが、ポリネシア文化を否定してきたキリスト教の教会の儀式を説明するのに使われたことが非常に興味深かった。「タブー」というのはポリネシア語がそのまま国際語に転用されている例の一つだが、通常は「禁断の」「禁止された」(Forbidden)という意味で使われている。しかし、この場合の水は、むしろ信者が触るための水だから、ここでロヒがいう「触ってはいけない水」でないことは明らかだ。むしろ彼が言いたかったのは聖なる水、HolyWaterということだろう。裏を返せば不信心者や異教徒がむやみに触ってはいけない水ということにもなるのかもしれないが、それはその水が神聖なるものであるからに他ならない。同様に、食人儀式が行われた地はタブーの場所、ごく一部の人物しか訪れてはいけない場所であったが、それはとりもなおさずその場所が聖なる場所だからである。この点で、アラブ圏などの忌み嫌うべき「禁止」を意味するハラムとはまるで正反対だ。Tabuのもともとの意味は「禁止された」ではなく「神聖な」と考えるほうが適切なのではなかろうか。

    *マルケサスとラパヌイのリンク
    イースター島の「世界の臍」と言われる場所には、小さな石で丸く囲まれた不思議なすべすべの丸い石がある。先祖のポリネシア人が、Hivaのつく三つの島からやってきたときに持ってきたといわれる石だ。Hivaのつく三つの島とは、現在フレンチポリネシアのマルケサス諸島のNukuHiva・HivaOa・FatuHivaのことである。この丸い石、ガイドによると特別な石だという。ガイドに言われて方位磁石を近づけてみると、磁石の針はあらぬ方向を指し示す。つまり、この石自体が磁石なのだ。モアイのプラットフォームの隙間なく詰まれた石組みも、後に見た仏ポリネシアのマラエのそれとそっくりだった。謎の巨人像が島を取り巻く様は圧巻だが、これも突如ラパヌイで生じた新たな文明というよりもマルケサスのTiki(神)の発展型ではないかというのが、直後にマルケサスを訪問して感じたところである(個人的な主観)。

  • Tuamotu諸島<br />ランギロア島:世界第二の環礁、有料民泊、大統領が目の前に、イルカウォッチング、黒真珠のギフト、ドライバーの涙<br />Hao島 核実験基地の島、仏軍副隊長の生活<br /><br />

    Tuamotu諸島
    ランギロア島:世界第二の環礁、有料民泊、大統領が目の前に、イルカウォッチング、黒真珠のギフト、ドライバーの涙
    Hao島 核実験基地の島、仏軍副隊長の生活

  • Societe諸島<br />タヒチ:Heiva(ダンスや石持ち上げなどポリネシア祭)、宿の主人はカタルニア人、物価高、ヒッチハイク容易、<br />モーレア:ボートで日帰り旅、少年キャンプに参加、ヒッチ<br />ライアテア:中国人だらけ、一番重要なMarae<br /><br />ボラボラ:<br />ボラボラとは「はじめに生まれた」という意味。ポリネシア人は新たな土地に移動すると、はじめに到着した島にHavaiki(天国)と名づけた。ソシエテ諸島ではライアテアがHavaikiと呼ばれていた。ボラボラはこの地域でライアテアの次に入植されたのでこの名がついた。<br />ボラボラを知ったのは、大江千里が「涙が臍まで来た」と評していたフランシスコッポラの「One From the Heart」を見てから。臍まで涙が来るかは別として、この映画に出てきた星型のラグーンに浮かぶ美しい島はそれ以来忘れられない存在となった。<br />日本の新婚夫婦がこぞって訪れる地なので、敬遠しようと思っていたが、たまたま出会った米人Rに話を聞いて行く事に。Rは私の憧れのWakeIslandで勤務経験のある男で軍事マニア。イギリスの軍事専門誌に掲載された彼のボラボラの記事を見せてもらう。日本軍攻撃に備えて基地化されたのがボラボラで今でも大砲など遺物が多く残されているのだ。FunCart(ゴーカート)をレンタルして島を回る。<br />

    Societe諸島
    タヒチ:Heiva(ダンスや石持ち上げなどポリネシア祭)、宿の主人はカタルニア人、物価高、ヒッチハイク容易、
    モーレア:ボートで日帰り旅、少年キャンプに参加、ヒッチ
    ライアテア:中国人だらけ、一番重要なMarae

    ボラボラ:
    ボラボラとは「はじめに生まれた」という意味。ポリネシア人は新たな土地に移動すると、はじめに到着した島にHavaiki(天国)と名づけた。ソシエテ諸島ではライアテアがHavaikiと呼ばれていた。ボラボラはこの地域でライアテアの次に入植されたのでこの名がついた。
    ボラボラを知ったのは、大江千里が「涙が臍まで来た」と評していたフランシスコッポラの「One From the Heart」を見てから。臍まで涙が来るかは別として、この映画に出てきた星型のラグーンに浮かぶ美しい島はそれ以来忘れられない存在となった。
    日本の新婚夫婦がこぞって訪れる地なので、敬遠しようと思っていたが、たまたま出会った米人Rに話を聞いて行く事に。Rは私の憧れのWakeIslandで勤務経験のある男で軍事マニア。イギリスの軍事専門誌に掲載された彼のボラボラの記事を見せてもらう。日本軍攻撃に備えて基地化されたのがボラボラで今でも大砲など遺物が多く残されているのだ。FunCart(ゴーカート)をレンタルして島を回る。

  • Gambier諸島<br />(ガンビエ群島)マンガレバ<br />黒真珠の島・島周回し食料調達・退役仏軍人のI・核実験シェルター・美味黒真珠の貝柱・ツアーメンバー個性派ぞろい・石造りの古い家・神父を助けて離島(Motu)巡り・各地で働きながら自分のヨットで航海6年のドイツ男とブラジル人の彼女<br /><br />*ピトケアン島ツアーの基点となるマンガレバ島<br />ガンビエ諸島で人が住んでいるのは現在マンガレバ島だけ。マンガレバは観光地ではないが真珠養殖という重要な産業がある。黒真珠で有名な仏ポだがその多くが実は、ラグーンが開けていて冷水暖水の交換が適切に行われるマンガレバ産なのだ。<br /><br />英領ピトケアンに向けて出港する前に、マンガレバ島をツアーで回る。ガイドはチャド・イラク・レバノン・ボスニアなど世界各地の戦場を転々としてきた元仏軍人のI。数年前に引退しポリネシア人の奥さんとマンガレバに住んでいる。ピトケアン・ツアーメンバーは日本人の私、ダイブマガジン記者NZ人D、元アワビ漁師OZ人CとA、世界遺産マニア夫婦のスロベニア人TとV。私を除き皆50-60代だ。Iは英語はまったく話せないのだが独語は流暢。Iと独語を使ってわれわれツアーメンバーと意思疎通を図るのはスロベニア人のT。学校で独語を勉強したことはないというTだが、スロベニアは独語圏のオーストリアと隣り合わせているため独語を自然に話せる人が多いのだ。<br /><br />これといった観光名所のない島だが、美しいラグーンと緑の木々に覆われていた。道中目に付くのが石造りの廃墟となった建物だ。これは、18世紀にガンビエに渡来した仏人牧師が、プロテスタント勢力の強いタヒチに対抗して、この地をカトリックの中心にしようと試みた名残だ。石造りの家は高温多湿なこの地では役目を果たすことができず結局放置されてしまった。もうひとつこの島で独特なのが、赤くさびた窓のない鉄の建造物。これは、仏軍が仏ポで核実験をする際にシェルターとして使われた建物だ。1996年の仏の核実験は世界的な非難を浴び、南太平洋の大国NZは仏と国交を断絶するまでにいたった。1996年を最後にもう核実験自体は行われないそうだが、今でも、仏、NZ、さらには中国政府(!)の人員が、核実験後の放射能の残留量などを計測しにくるのだそうだ。<br /><br />Iのツアーはちょっと変わっていた。島を僕らに紹介しながら、畑や家にいる人々に一声かけてバナナやヤム芋、ポメロン(甘くて緑色のグレープフルーツ)、パパイヤ、オレンジ、レモン、唐辛子、真珠貝の貝柱など貰ってくるのだ。ツアーが終了するころにはたくさんの農水産物がわれわれの手元に残った。<br /><br />*ニュージーランドを植民地にしたポリネシア人<br />景色のいい静かな湾を見下ろしながら、ガイドのIが言った。ここは「Kaikuraと呼ばれているんだ。」(Kaikuraは「赤い食物」の意味。赤いロブスターが豊富で港が赤く染まったため。)そしてNZ人のDaveに向かって、「NZにもあるでしょ。Kaikuraって言う町が。ここからポリネシア人が旅立って君の国まで殖民(colonize)して行った証拠だよ。」 <br />非白人であるポリネシア人が現在「白人の国」であるNZを植民地化したというのは私の耳に新鮮に響いた。なぜなら、歴史的には、Lapita人がニューギニア島周辺から東に「移動」し、マルケサスに到達後、ハワイ、NZ、イースターの3方向に移民(migrate)していったと言われるが、15世紀以降のヨーロッパ人が世界各地を侵略して植民地化していったのと同じコンテクストで語られてはいないからだ。<br />考えてみればアラブやモンゴルのヨーロッパ侵略も、まるで未開人の蛮行のように教えられ、決して殖民活動としては教えられてこなかった。これはおそらく近代の歴史学が欧米人を主体とした白人歴史家によって研究されたもので、文明的に劣っているはずの非白人に「殖民」されたと認めるのが屈辱的だからではないだろうか。わずか半日のツアーだったがいろいろな意味で学ぶところの多いツアーであった。<br /><br />*黒真珠の養殖 <br />この小さな島に50人の中国人が住んでいる。何をしているのかというと、真珠貝に核を埋め込む技術者なのだ。真珠の養殖はもともと日本のミキモト氏が成功させたものだが、ポリネシアで活躍しているのは日本人ではなく、安価な労働力を武器にした中国人。この技術、訓練さえつめばポリネシア人が自分達で習得できないことはないように思う。けれど、あたかも無限の時間を享受しているかのような彼らのライフスタイルと、時間に追われ絶え間ない集中力を必要とする作業が相容れないということは想像に難くない。海に目を向けると沖にはいくつもの小屋が浮かんでいる。これが、真珠貝の養殖に使われているものだ。小屋は、すべて家族単位で管理されていて、基本的には住居としては使われていない(見張りを除く)。大資本による養殖工場のようなものがあるわけではないのでひなびた光景は昔のままだ。真珠の品質は仏ポ政府により厳しく管理されており、養殖農家から直接真珠を買うことも違法。なので、これらの小屋に一般人がいきなり尋ねていくのは歓迎されない。私の場合、嵐で飛行機が飛ばず、2日間家に泊まらせてもらったMの一家が所有する養殖小屋をたまたま見学させてもらうことができた。<br />

    Gambier諸島
    (ガンビエ群島)マンガレバ
    黒真珠の島・島周回し食料調達・退役仏軍人のI・核実験シェルター・美味黒真珠の貝柱・ツアーメンバー個性派ぞろい・石造りの古い家・神父を助けて離島(Motu)巡り・各地で働きながら自分のヨットで航海6年のドイツ男とブラジル人の彼女

    *ピトケアン島ツアーの基点となるマンガレバ島
    ガンビエ諸島で人が住んでいるのは現在マンガレバ島だけ。マンガレバは観光地ではないが真珠養殖という重要な産業がある。黒真珠で有名な仏ポだがその多くが実は、ラグーンが開けていて冷水暖水の交換が適切に行われるマンガレバ産なのだ。

    英領ピトケアンに向けて出港する前に、マンガレバ島をツアーで回る。ガイドはチャド・イラク・レバノン・ボスニアなど世界各地の戦場を転々としてきた元仏軍人のI。数年前に引退しポリネシア人の奥さんとマンガレバに住んでいる。ピトケアン・ツアーメンバーは日本人の私、ダイブマガジン記者NZ人D、元アワビ漁師OZ人CとA、世界遺産マニア夫婦のスロベニア人TとV。私を除き皆50-60代だ。Iは英語はまったく話せないのだが独語は流暢。Iと独語を使ってわれわれツアーメンバーと意思疎通を図るのはスロベニア人のT。学校で独語を勉強したことはないというTだが、スロベニアは独語圏のオーストリアと隣り合わせているため独語を自然に話せる人が多いのだ。

    これといった観光名所のない島だが、美しいラグーンと緑の木々に覆われていた。道中目に付くのが石造りの廃墟となった建物だ。これは、18世紀にガンビエに渡来した仏人牧師が、プロテスタント勢力の強いタヒチに対抗して、この地をカトリックの中心にしようと試みた名残だ。石造りの家は高温多湿なこの地では役目を果たすことができず結局放置されてしまった。もうひとつこの島で独特なのが、赤くさびた窓のない鉄の建造物。これは、仏軍が仏ポで核実験をする際にシェルターとして使われた建物だ。1996年の仏の核実験は世界的な非難を浴び、南太平洋の大国NZは仏と国交を断絶するまでにいたった。1996年を最後にもう核実験自体は行われないそうだが、今でも、仏、NZ、さらには中国政府(!)の人員が、核実験後の放射能の残留量などを計測しにくるのだそうだ。

    Iのツアーはちょっと変わっていた。島を僕らに紹介しながら、畑や家にいる人々に一声かけてバナナやヤム芋、ポメロン(甘くて緑色のグレープフルーツ)、パパイヤ、オレンジ、レモン、唐辛子、真珠貝の貝柱など貰ってくるのだ。ツアーが終了するころにはたくさんの農水産物がわれわれの手元に残った。

    *ニュージーランドを植民地にしたポリネシア人
    景色のいい静かな湾を見下ろしながら、ガイドのIが言った。ここは「Kaikuraと呼ばれているんだ。」(Kaikuraは「赤い食物」の意味。赤いロブスターが豊富で港が赤く染まったため。)そしてNZ人のDaveに向かって、「NZにもあるでしょ。Kaikuraって言う町が。ここからポリネシア人が旅立って君の国まで殖民(colonize)して行った証拠だよ。」 
    非白人であるポリネシア人が現在「白人の国」であるNZを植民地化したというのは私の耳に新鮮に響いた。なぜなら、歴史的には、Lapita人がニューギニア島周辺から東に「移動」し、マルケサスに到達後、ハワイ、NZ、イースターの3方向に移民(migrate)していったと言われるが、15世紀以降のヨーロッパ人が世界各地を侵略して植民地化していったのと同じコンテクストで語られてはいないからだ。
    考えてみればアラブやモンゴルのヨーロッパ侵略も、まるで未開人の蛮行のように教えられ、決して殖民活動としては教えられてこなかった。これはおそらく近代の歴史学が欧米人を主体とした白人歴史家によって研究されたもので、文明的に劣っているはずの非白人に「殖民」されたと認めるのが屈辱的だからではないだろうか。わずか半日のツアーだったがいろいろな意味で学ぶところの多いツアーであった。

    *黒真珠の養殖 
    この小さな島に50人の中国人が住んでいる。何をしているのかというと、真珠貝に核を埋め込む技術者なのだ。真珠の養殖はもともと日本のミキモト氏が成功させたものだが、ポリネシアで活躍しているのは日本人ではなく、安価な労働力を武器にした中国人。この技術、訓練さえつめばポリネシア人が自分達で習得できないことはないように思う。けれど、あたかも無限の時間を享受しているかのような彼らのライフスタイルと、時間に追われ絶え間ない集中力を必要とする作業が相容れないということは想像に難くない。海に目を向けると沖にはいくつもの小屋が浮かんでいる。これが、真珠貝の養殖に使われているものだ。小屋は、すべて家族単位で管理されていて、基本的には住居としては使われていない(見張りを除く)。大資本による養殖工場のようなものがあるわけではないのでひなびた光景は昔のままだ。真珠の品質は仏ポ政府により厳しく管理されており、養殖農家から直接真珠を買うことも違法。なので、これらの小屋に一般人がいきなり尋ねていくのは歓迎されない。私の場合、嵐で飛行機が飛ばず、2日間家に泊まらせてもらったMの一家が所有する養殖小屋をたまたま見学させてもらうことができた。

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