2006/07/28 - 2006/07/29
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liangさん
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海外旅行に慣れているわけでもない男3人が初のインド上陸。限られた10日間という日数の中での強行日程でした。回った都市はデリー、ジョドプール、ジャイプール、アグラ、バラナーシー、コルカタ。4夜を寝台列車の中で明かしました。勿論深くインドを知ると言うところまでは到底達しないものの、素人的にはすごく満足できる10日間。これからインドに以降と思ってる方、あるいはインド初心者の方は参考までにご覧ください。
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翌朝6時過ぎに列車は乗り換えの駅であるLucknowに着いた。朝だというのに人が多い。更に7時発の列車に乗り込んでバラナーシーに向かう。
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列車がLucknowを出てまもなく、車内販売で朝食を売りに来た。腹も減ったのでとりあえず試しに買ってみた。銀色の弁当の中身はコロッケみたいな揚げ物と、アルー・ボンダ、それにハニートーストが入っていた。それとチャーイを合わせて全部でRs.21だった。悪くない朝食だ。
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窓の外は東に向かっているせいかだんだんと緑が増えて、水田地帯が増えてきた。ジョードプル付近が乾燥していたのと対照的だ。水田を見るとなんとなく懐かしい気持ちになる。
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前の席のおばちゃんが見ていた雑誌。この写真では分からないかもしれないが、インドのおしゃれの一つに肘らへんから手の甲を経て指先にかけてに褐色の顔料で細かな模様を描くというのがある。雑誌にはそのいろいろなデザインが書いてあったのだった。顔料はヘナみたいな色をしている。
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バラナーシーに着くと、ここは暑かった。はじめ目指していたゲストハウスに行ってみるも残り1室で、その勧められた部屋もどう考えても3人で泊まることができそうにない。意識が朦朧としてくる中で、見つけた「友達の家」の看板にひかれるようにしてフレンズゲストハウスに行くと、ここも何とか1室空いており泊まれそうだった。バラナーシーにはガンガーのほとりにガートと呼ばれる階段状のものが数キロに渡り続いている。このGHはその中でもメインガートに近かった。これはその写真。いよいよ来たな、という気分になる。
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ガンガーに沿って走る大通りのSonarpura Rd.だが、ここの街はわりとこじんまりしている。なぜかリクシャーもオートリクシャーではなくサイクルリクシャーが主流。自転車のベルの音が響き渡る。とはいえ、歩いてみると端から端までは意外と長かった。
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この日は友達が体調を崩していたし、自分も全快したわけではなかったので、インド料理は避けてみた。この店はガンガーの上流側にあるBread of Life Bakeryというベーカリーとカフェを兼ねたような所で、インドの物価を考えれば決して安くはないが久しぶりにスパイスのない食べ物を食べた。飲み物と合わせてRs.130くらいだと思ったが、この日は誕生日なので友達2人がおごってくれた。ラッキー☆。この店は「歩き方」にも載っているのだが、その地図を頼りにするとなかなか見つからない。結局地元の人に聞いて回るのが一番良いのだ。特に、向こうから声をかけてこない薬局とか売店のおっちゃんは結構親切に教えてくれることが多い。これは旅行を通じていえることだ。
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夕方になり暗くなってくると、メインガート周辺はなんだか華やいだ雰囲気になってきた。なんでもセレモニーがあるのだと言うが…。
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メインガートで待っているとその儀式は始まった。ガンガーに突き出た桟橋のような部分がお祈りのための場所になっており、若い青年達が音楽に合わせ踊る。音楽というか歌なのだが、これは同じフレーズをひたすら繰り返すのだがこのインドの夜の雰囲気と合わせて幻想的だ。
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祈りの踊りをする青年たちの動きはぴったり息が合っている。
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暗くてぶれてしまっているが、ガンガーにろうそくを乗せた小船を流すところ。この小船はRs.3で売られていた。そのおっちゃんによると、このセレモニーは「プジャ」と呼ばれるもので母なるガンガー(マダルガンガー)に対する祈りのためなのだそうだ。毎日メインガートでやっているそうな。さすが聖地これだけの儀式を毎日とは。
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プジャの終わりの方ではほうきのようなものを持って踊る。結局全部で4〜50分はあったのではなかろうか。インドらしいと思うのは、こんな聖なる儀式を前にして、これまたよく分からないものを売ろうとしてくる少年がいることだ。しかも何人も。今日ははんこのようなものを売ろうとしていた。何に使うのだろう。このプジャの後の盛り上がりは12時近くまで続いていた。これが毎日続くバイタリティにビックリ。
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朝、ゲストハウスの屋上から。といってもわざわざ登ったのではなくて、自分たちの部屋が屋上にあったのだった。川に直接昇ったわけではなかったが、なかなかのものだ。昨日のおっちゃんの話だと日の出は6時だと言っていたが、実際は5時半前だった。たまたま眼が覚めてよかった。
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もう少し時間が経ったところ。空とガンガーが赤く染まる。
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日の出を見てまた寝た後、朝ごはん。近くのレストランで食べた、ブレックファスト(インド式)だ。パランサと呼ばれるもので、パンケーキのようなお焼きのようなそんな感じ。真ん中にあるのはヨーグルト、飲み物はラッシーだ。これでRs.60。ここのレジ係のおっちゃんはレストラン内のエアコンと扇風機を全てコントロールしていたのだが、なぜか僕らのところだけつけてくれなかった。
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メインガートの近くのヒンドゥー寺院だ。中には入らなかった。後光が差しているみたいに見えるがこれは偶然の産物だ。
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地べたに売り物を広げて商売をするおっさん。果物屋や八百屋、チャーイ屋、雑貨屋などいろいろな店が並ぶ。同時にこの街は物乞いも多い。
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忘れていたが、これが泊まったフレンズGHの部屋の中だ。実際より狭い感じに映ってしまった。シャワールームもそこそこキレイで温水もでる。天井にはファンがあるがエアコンはない。とはいえ屋上の部屋なので風邪どおりはまあまあよかった。これで1部屋1泊Rs.450。ホストのラジャさんは、かなり日本好きらしく年に1回は日本に行っていると言う。実際かなり親切な人だったので、気がかりだった帰りの国際線のリコンファームもお願いした。Rs.100かかったが初心者の安心には変えられない。ここの情報ノートにはいろいろな人が書き込んでいて、世の中にはこんなに旅行してる日本人がいるのかと思った。そして、ここからネパール、更にチベットに行くこともできるらしいことを知ってちょっと心惹かれた。
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路地裏の少年たち。見返りを求めるでもなく写真を撮ろうとするとポーズをとった。写真をあげれるわけではないが見せるだけでおおはしゃぎしていた。
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いよいよ、ラジャを介してボートを1時間借りた。ひとりRs.100だ。水が近づくとなぜか半裸になりたがる男3人。ボート漕ぎのおっちゃんが撮ってくれた。
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昨日プジャをやっていたメインガートを川から見るとこんな感じ。昼間だとだいぶ雰囲気が違う。
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だんだんガートのある岸から遠ざかっていく。ボート漕ぎのおっちゃんによると、一番下流にあるガートの名前がVarunaで、一番上流がAssi、これを縮めてVaranasiと呼ばれるようになったとか。ホントかどうかは分からないが、妙に説得力があった。
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対岸の休憩所のような所。入場料ではないけれど、Rs.2を払う。またここでもチャーイ屋があったので一杯飲んだ。チャーイは熱いのだが、暑い中飲むのも不思議と美味しい。ひとつきになったのは、このコップはどの水で洗われているかということだが…やはりガンガーの水だろうか。
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今は雨季であるので、対岸であるこの浜辺はあと数週間で全て水没してしまうそうだ。ここでも記念撮影。そうこうしているうちに、黒くものものしい雲が集まってくる。ボート漕ぎのおっちゃんが「雨が来るぞ」と言う。
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スコールはやはり来た。第1波は意外と短時間だったが。川の上にいると、どれくらいの速さで雨が近づいているかが分かる。雨が降り出したところが急にかすんで見えなくなるからだ。雨はボートの速さとは比べ物にならない速さで近づいてくる。雨でも牛は構わず水浴びしている。
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ボート漕ぎのおっちゃんを撮ってみた。このおっちゃんは結構陽気でおしゃべりな人だった。日本について何か知っているかと聞いてみると、ジャッキー・チェンと答える。この微妙な勘違いは、他のインド人でもしばしばあることだ。この後ボートは2つある火葬場の1つであるマニカルニカーガートの近くへ。インド中から運ばれてきた遺体は、このバラナーシーの火葬場で24時間途絶えることなく焼き続けられている。僕らが見たときも同時に3体が焼かれていた。当然火葬場は撮影不可。ただ、焼く前に儀式はあるにせよ、一度焼き始めると思ったより淡々と焼かれていた。
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カメラを向けると、どうせなら川に飛び込む所を撮ってくれと言う10代半ばくらいの少年。そんなにうまく撮れるかなと思ったら本当にうまく撮れた。勿論少年は撮れた写真など見ていない。
川の遥か向こうからスコールが近づいてきているのが分かる。この後ボートはすぐに雨に追いつかれて、岸辺でしばし雨宿りをした。 -
岸から大声で「ヘイ、ジャパーニー」と叫ぶ少年。彼もそうだがインド人は二言目には『友達』と呼んでくる傾向がある。日本の感覚からすればかなり不審ではあるが、旅も終盤になると旅行者に声をかけてくれることはむしろ嬉しくもあった。
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川で体を洗う子供たち。やはりガンガーの母なる水は万能なのだろう。洗濯している者もいるし口に含んでうがいしている者もいる。だが、予想していたような死体が流れてくるようなことは現在ではなさそうだ。おっちゃんによると、この川の水も今は茶色だが乾季には真っ青なのだそうだ。だからといって、簡単には受け入れづらいものがあるが。
ボートに乗った後は、夕方の電車に向けやや早めに駅に向かった。 -
小腹を埋めるために駅で買ったスナックのようなものを。魚のすり身のようなものを挙げたもの揚げた感じだった。わきに添えられているソースは少し酸い。
ここからが大変だった。なんと乗るはずの列車が4時間遅れ。待ち時間の大半を外国人窓口のある部屋で過ごしたが、ヨーロッパ人と韓国人が多かった。待ち時間で出会った唯一の日本人の話によれば、今韓国では猿岩石が放送されていてインドブームなのだと言う。そして、自分はインドは女の子と行く所ではないなと思っていたわけだが、実際日本人以外の観光客はカップルでしかもけっこう長期の旅行だったりして、ちょっとした違いを感じてしまった。 -
4時間も遅れたので流石に空腹だったがすぐに部屋が暗くなってしまった。しばらくすると、車内販売がやってきてRs.40の弁当を買うかと聞かれる。買うと言うと、次の駅になったら持ってくると言う。
次の駅を過ぎた頃弁当が来た。Rs.25だというのでさっきのは聞き間違いだったかと思い弁当を受け取った。ベンガル湾が近づいているせいかやはり米だった。ピラフのような感じでちょっと辛いが美味しかった。 -
弁当を完食して5分ほどたつと弁当を持った車内販売が、もうさっき買ったというと、逆に「さっき買うと言っただろう!」とおじさんが怒り出す。つまりさっきの弁当屋は最初の人とは別人だったのだ。暗がりの中顔の区別がつかないまま買ってしまったのが失敗だった。弁当の値段はもちろんRs.40だ。空腹では全くなかったがせっかくの暖かい弁当なのでこれも完食。かなり満腹になった。米でこれだけお腹が満たせるのはいつ以来だろうか。ただし米は日本のような粘り気のあるやつではなく、ひょろ長いあいつだ。
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よく考えたら、列車に乗るのもこれが最後だ。何か撮り残したものは…と思って考えたがだいたいのものは撮った。違いと言えば列車の走行中でも自分で簡単にドアを開けられるということだ。これはこれで風を浴びれるので気持ちが良い。取り残したもの…それはトイレだった。様式も4つに1つくらいあるのだが、それ以外はインド式だ。始めてみたときは一瞬ぎょっとしたが、和式を考えてみればほぼコンセプトは同じだ。よりシンプルであるとも言える。穴の下に見えているものはもちろん線路だ。
4時間も遅れていったい何時にコルカタにつくのだろう、と思いながら寝る。
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