1995/11/25 - 1995/11/25
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52市村康さん
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広島市から小さなフェリーで20分くらいでいける似島。
安芸小富士と呼ばれる円錐形の形が広島市からも見えています。
しかし戦前・戦中は陸軍の検疫所などの軍事施設があり、「軍都廣島」の一部として大事な役割を果たしておりました。
原爆が投下された直後は死傷者が沢山運び込まれ、地獄絵図となっていました。
そんな「原爆遺跡」「戦争遺跡」が島内の各所に残っておりますので慰霊に訪れる人も多いですが、海水浴や釣りに来る人も多い静かで平和な島でもあります。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 船 バイク
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宇品港から似島行きのフェリーが出ています。
広島に通勤・通学で乗る人や釣りやキャンプに訪れる人が利用している市民の身近な「渡し舟」です。 -
波が静かな時は正面のゲートを半開のままフェリーは走ります。
似島が見えてきました。
富士山型で「安芸小富士」とも言われています。 -
似島のフェリーの船着場近くの路地の中を通ってみました。
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海沿いの道を通っています。
北側に向けて広島の街が見えています。 -
いきなり煙突みたいなのがありました。
地下壕の換気用の煙突でしょうか? -
これは半分埋まっていますが、地下壕のようです。
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堰帯壕の連絡用のトンネルみたいです。
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これも軍関係のものでしょうか。
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かつてはこの中に歩哨が詰めていたようです。
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ここで原爆で死んだ無数の遺体を焼いていたようです。
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柵の中の様子です。
原爆投下直後、煉瓦造りの焼却炉で、遺体を焼いていましたが、死者の数が多すぎてとても焼ききれず、壕の中に遺体を置いたりして、島中遺体であふれかえっていたようです。 -
蓋をしていますが、これも地下壕のようです。
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当時の話を聞いた所では、原爆被災者や死者を乗せた筏やはしけが延々と似島目指して来ていたそうで、まるで広島から似島まで橋がかかっているように見えたと言います。
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このペラも、陸軍船舶部隊関係のもののようです。
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戦争遺跡が多く、慰霊の島と言う側面もありますが、大規模な青少年旅行村もあり、94年のアジア大会では出場する選手の宿舎としても利用されていました。
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宇品港に帰りついた所です。
休日で釣り客や子供達が乗り降りしています。 -
宇品から海田のキャンプ場に移動、一晩テントを張って寝ました。
広島市の夜景が見られるキャンプ場です。
中央に黄金山が見えます。
かつてこの街の灯りの一つに77年〜89年まで住んでいました。
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