1985/06 - 1985/06
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Cannaさん
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中国へ行ったのは今からもう20年も前のことなので今では町並みや見るものもずいぶん変わっていることなのでしょう。
近畿ツーリストが主催する日中友好子ども大使という企画に参加し、いざ初海外へ。
沖縄へ行ったり九州へいたりと飛行機に乗る機会はそれまでにも何度かあったので特別に緊張する事は無かったものの
かなり幼かった私には中国といっても今までの国内旅行の感覚が大きかったはず。
上海について、バスでのホテルまでの移動中やはり目に止まったのが自転車の多さそれもほとんどの人が青色をした同じような服を着ているので、そのままテレビで観た風景そのもの。今ではその風景もあまり見られないとか。
ホテルではやはり移動の疲れが出たのか本場での中国料理もそこそこに睡魔に襲われ。
次の日はバス、フェリー、電車で黄河と田舎の方まで観光。電車では向かい合わせに座る座席で、間にテーブルがありそこに開店すし屋で見るようなお茶の用意がしてありそのお茶がなんともまたおいしかったこと、到着するまで何回もお代わりをしてその後トイレに何度も走らないといけなかった記憶も。下車して、バスに乗換え古い皇帝の家なんかの散策とそこにある小学校への訪問。かなり貧しい地域なのか日本で昔あったような木造立ての学校で、電車の中でお代わりしたお茶のおかげで、トイレを借りたけれどもそのトイレもかなり汚かった。学校から出ると道端に飴細工のおじさんがいて十二支の飴細工やある程度の要望を聞き入れてくれて好きな形に作ってくれる。私はおじさんが書いたのであろうかデザインの中から孔雀をお願いして作ってもらいバスの中で減らないように(もちろん減るんだけれども)注意しながら食べました。
翌日は朝早くから起きて、太極拳を川沿いの公園まで習いに行き午後はお買い物。どうしてもチャイナ服がほしかったのだけれどもなかなか気に入るデザインが見つからず何軒も見に回らないといけなかったのだけれども今思うとどうやって交渉したのかは不思議。両親への買い物も済ませホテルへ。その日はみんなからの要望で、焼きそばを作ってもらったのだけれどもその焼きそばの塩っ辛かったこと。みんなして、文句ブーブー!帰路に着き伊丹空港(その頃はまだ関空は存在してない)へ無事到着。税関で、両親とその友達のお土産にと買ったタバコとお酒のためにとめられ税金を払うしまつに。でも母親が外貨を集めているので両替せずに持って帰ってきたので。
迎えに来ている母親の所まで出て行って、お金を貸してもらい。。。。と最後まで大騒ぎの初海外旅行でした。
またいつか機会があれば訪れてみたい。
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