2006/01/06 - 2006/01/14
230位(同エリア282件中)
tabioyajiさん
- tabioyajiさんTOP
- 旅行記117冊
- クチコミ2件
- Q&A回答8件
- 151,787アクセス
- フォロワー2人
コルカタの駅から夜行列車でニュージャルバイグルへ、そしてダージリンヒマラヤ鉄道に乗車する。
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 鉄道
- 航空会社
- マレーシア航空
-
シアルーダ駅の雑踏はガイドのスーさんがいないと迷子になってしまいそうだ。ともかく人が多い。多いといっても東京駅とか新宿駅とかのように整然としていて、清潔・きれいというのとは事情が異なる。中国でも駅の雑踏はすさまじいものがあるように、やたらうろうろとはしていられない感じがする。荷物をもって、乗る列車の発車するホームを確認する。syっぱつは午後7時30分。
実はコルカタの観光は5時頃で終わってしまい、レストランで夕食の弁当をつくってもらって、それをもってこの夜行列車に乗り込むことにして、レストランから駅に来たのだが、駅には6時に着いてしまい、発車まで駅構内で時間をつぶしていたのだ。
このインド人の混沌とした秩序になれるまで時間がかかる。余裕をもって観察できるようになるといろいろと面白いことがわかる。しかし妻はひたすらじっとして、この混乱状態を避けようとしている。特に通勤時間帯でもあり電車が到着すると、大波にさらわれていくような感じで、隅っこに波が通りすぎるのをまつしかない。やっと落ち着いて、列車の乗車車両を探すことにして、荷物をもって薄暗い・・・そうともかく暗いのだ、たぶん東京駅の半分以下の照度だろう。アジア系の国からくる人はたぶん日本の都市の明るさに驚くだろう。スーさんお後をついていく。列車が長いのだ。インドの列車は新幹線と同じ線路幅で車両が大きい。それが20輌もつながっていて、先頭から4番目の車両なのだ。ホームがやたら長い。それでも無事列車に乗り込むことができた。 -
写真は夜が明けて農村を走り、田舎の駅のホームの風景です。しかしこの景色を説明する前に、インドの車両について報告しよう。私の列車はインドの幹線ではないので1等車がなく2等のエアコン付の寝台車である。エアコンなしの寝台車が10両、座席椅子の車両が3両連結されていて、2等車両とは行き来ができないように鋼鉄シャッターで区分されている。ホームで座席の車両の方に行ってみたけれど、私でも無理だ。床に裸足の音が寝そべっていたり、中は寿司詰め状態で、日本人にははっきりいって無理。臭いがすると言っていい。
それとインドのホームで水を仕入れた。ともかく安いのだがスーさんが買っているので、私もホームで水売りの子供から買った。スーさん「ミネラルウォーターでしょ」と聞くと、「インドにはミネラルウォーターはない。プロダクトウォーターだ。ラベルを見て」と言われて確認すると、確かに「生産水」、つまり沸騰させた水ということなのだ。今回インドびいきになった私が言うのは、インドの水で私は腹を壊さなかったといことだ。田舎の景色を見ると平和だけど、貧困であることは否めない。でもインドは明るい。
寝台車は3段ベッドで横3段向かい合いの部屋と通路を挟んで縦に3段のベッドがある。縦のベッドは幅が横のより10センチ狭い。横向きのベッドは部屋の仕切りカーテンはあるが、中では寝姿が丸見えである。女性は着替えなどできない。縦はカーテンがある。トイレは付いているが、様式と和式の二つがある。もちろん線路に垂れ流しである。トイレを使うのも神経がいる。細かな神経だとインドは旅行できないかも。列車の中に物売りが多くやってくる。チャイを売りにくるのが多い。頭がいいのは先に注文をとっていた。 -
写真は私の座席の後ろにいた親子。ムンバイの父親に会いに行く親子。お母さん美人。
私の座席にはセールスマンの音が乗り込んできて荷物をベッドのしたに仕舞い込むと同時に、安っぽいけれど盗難防止の鎖を列車の一部につないでかぎをかけていた。列車の中での盗難も多いのだそうだ。列車の発車前に乗り込み、いかにも親しげにして、発車寸前に盗んでいくのも多いとか。スーさんが教えてくれた。
それでこの親子の後ろで」怖い顔をしている人やセールスマン、顔を洗いに通路を通った高価なサリーを着ていた女性など、革靴を履いている人たちとサンダルの人たち、2等エアコン付は革靴以上、エアコンなしはサンダル履きの人も、この列車の編成はインド人の所得の構成を示しているかもしれないと思えた。
末の男の子は目が大きくてとてもかわいい。 -
踏み切り付近の光景。翌朝、朝もやの中インドの農村地帯を列車は走る。高層の建物などなく、大地と緑の木々が広がる。集落がある。列車から眺めると、総長から多くの人が動き出している。大概はサンダル履である。靴を履いている人も数人いるようだが、町に近いから、働きに出かける人なのだろう。田舎では女性は圧倒的に伝統的なサリーを着ている。コルカタでも多かった。女性のファッションが変化しているのはデリーとかTVの中だけのようだ。踏み切りで列車の通過を待っているのだが、列車の姿を見ると、線路の中に入ってきてしまう。対抗列車など来ないから、踏み切りが開くのをまっていられないのだ。自転車をかなりの人がもっている。こういう光景から察すると、インドの農村の近代化と言うのは中国と同じような課題をもっていると思える。ただ、中国には行ったことがないからわからないけれど、貧しいことには変わらないだろう。
-
ニュージャルバイグルの駅に到着。相当の乗客が降りた。あの子供二人をつれた若いお母さんもこの駅で降りた。乗り換えていくのだろう。ムンバイまで行くと言うのは相当遠い移動だ。
しかしインドの列車というか、鉄道の役割は大きい。相対的にインド人は大雑把なんだろうね。細かい芸当ができない。日本人の性向とは大いに違うものがある。それでも個々人はきれい好きでおしゃれなんだけど、総体で見ると、どこかいい加減なんだ。その辺はイスラムの大らかさと共通しているかも。この鉄道というのも英国がもたらした文明の力であったけれど、日本が新橋ー横浜間に鉄道を引いた時には、エジプトやインドでは鉄道が活躍していたのだ。しかし独自に鉄道を発展させて機関車を自力で製造したのは日本だけである。その発展の上に新幹線も創った。インド人の悲劇はイギリスの植民地支配の結果、独自にものを発想することを奪われたことだと思う。100年の遅れは大きい。これだけの広い国土で、高速列車を考えないの経済力もあるけれど、どこか発想が違うのだと思うね。彼らは今の生活を悪いとは思っていない節がある。われわれは生まれついた貧乏性で、さらに良くしようなんて考えるけれど、インドの人には革命は似合わない。少しずつ変化してゆく事を受け入れているように思う。この雑踏は雑踏なんだけれど、どこかのんびりしているのだ。血走ったところがない。 -
このポーターさんすごいでしょ。赤い服が目印です。頭の上に3つのカバンを載せ、両手にカバンをもって何事もないかのように歩いていく。ポーターも競争が激しいから、一人で多くの荷物を運ばないと稼ぎにならない。私たちの荷物もポーターが運んだ。イギリスの植民地支配の弊害は、身分とか使役する者の立場の違いを、同じインド人同士の中にも持ち込んでしまったことだろう。日本人は使役する人を友達か身内のように気遣うけれど、彼らは殿様と家来のような立場が明瞭に見える。インドの社会の問題はカーストに根ざす差別意識が、近代化にどう影響するかだ。通過者には見えない部分だと思う。
-
列車がでてしまったのでジープで追いかけます。
-
避妊キャンペーンの看板
-
シリグリの町を走る
-
インドだよ!
-
やっと列車においつきまっした。
-
ここで列車に乗り込みます。ダージリンまでの通しの列車はジーゼルカーが牽引します。
-
コルカタから観光にきたインド人の家族
-
男の子と間違えた女の子。このあと帽子を取っていました
-
客車はお客でいっぱいです
-
お父さんご機嫌です
-
ポイントの切り替えを行います
-
ダージリンへの道路に鉄道を建設したのです
-
道路を横断しながら鉄道が走ります
-
山にへばりつくように町があります
-
山間の集落を通ります
-
おとぎの国のようです。
-
汽車を見送る人たち
-
道路を横断する列車
-
初めて蒸気機関車に出会う
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
tabioyajiさんの関連旅行記
コルカタ (カルカッタ)(インド) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
25