2006/01/27 - 2006/01/29
238位(同エリア341件中)
あきねこさん
インレー湖の標高は約1300メートル。
東南アジアといっても全ての場所が年中暑いとは限らない。ここでは乾季ということもあってか、日本の真冬なみに朝晩は半端じゃなく冷える。
ここの人達の生活は、漁業(カヌーの先端に片足で立ち、一方の片足で櫂を操り魚を獲るインダー族など)、農業(湖上に肥料で浮き島を造り、野菜を栽培する)、工芸(金物、織物、葉巻タバコ)、そして観光業。
水上の家や工房、寺などをボートで通り過ぎるとあちらから笑顔で手をふってくれる。私が気づかないと大きな声で呼ぶ「おーい、こっちを向いて!」。親の手伝いなのか、カヌーを漕いで荷物を運んでいる少女がいた。握りこぶしの片手を上げながら、ボートで向かってくる私に何か叫んでいる。ガイドさんが「手をだしてあげて」と言う。すれ違うときに、私の手に渡されたのは小さな白い花だった。こんな気持ちのいい人達の住むインレー湖。でも生活は厳しい。
私のガイドさんは年のほとんど変わらない英語の流暢な頭の良い女性。彼女は、高校卒業後首都ヤンゴンで大学生になりたかったが、政治的事情で4年間大学が閉鎖されたため、入学ができなかった。4年後、念願のヤンゴンに行こうとしたが、母親が深刻な病気にかかり、シャン州(インレーのある地)の地方大学に入って母親の看病を続けた。シャン州の観光シーズンは
4−5ヶ月。シーズンオフには別の仕事をして収入を得る。
ホテルマネージャーのKhunさんは、民族ゲリラに所属していたため、結婚が遅かった。結婚後、湖上ホテルの運営を任されたが、二人の子供も湖に住むわけにはいかず、地方の寄宿舎のある小学校へ。奥さんは、一度は海外で働いてみたい、とシンガポールへ。3年で戻ってくると思っていたら、もう4年契約を更新。奥さんの意思を尊重して待つ。理解と忍耐で、家族が離れ離れに生活をする。
ホテルスタッフは山岳地帯からの出稼ぎの人たちが多かった。
22歳の青年はどう見ても私より年上の落ち着きぶりだった。「小さいころから、荷物を頭にぶら下げて山を登り下りしてたから重力で顔が老けてしまいました」と本人が言う。10代半ばには鉱山地帯に出稼ぎに出て、地下100フィートで宝石採鉱に従事した。自分はラッキーだったが、劣悪な環境で人がバタバタ死んだらしい。「life is hard and patience. we have to be prepared for everything」人生は厳しいから、如何なることにも覚悟と忍耐が必要なんだよ、アッハッハ!
地下に潜って鉱山を掘って生き残った青年に言われると、年下でも相当説得力があった。
私が個人的に接した人達は、みな優秀で、誠実で、温かみがあり、穏やかだった。これだけの人ならば、もし、日本などの恵まれた地で生まれ育っていたのなら、身に降りかかってくる苦労などなく、豊かな生活ができたのかもしれない、と思った。外の世界の知識もある人達だから、本人達もときどき、そう思うこともあるかもしれない。
しかし、この人達の笑顔は、強気でも、ハイテンションでもなく、自然で静かで無理がなかった。悲観しているようでもなく、ふつうに幸せそうに見えた。やっぱり生まれ育ったところが好きで、静かな誇りを持っているのだ。
「自分の気持ち(望み、欲求)だけではどうしようもない状況もある」ということをよく理解して、耐えることを知っている人達なのか。そしてその教えや支えになっているのが、宗教かな。信仰の息づく穏やかな暮らしを見て、そう感じた。
☆別のサイトで掲載したものをそのままアップしています。
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ヤンゴンからへーホー空港まで1時間ちょっと。
へーホーで手配していたガイドさんが笑顔で迎えてくれた。
車に乗って1時間、インレー湖に到着。
そこからボートに乗り換えて、湖上ホテルへ向かう。
あっという間に夕方になった。
ボートには傘が装備されている。ボートに座って体の前に開いた傘を置いてください、とのこと。
運転中モロに当たる冷風から体を守るためだ。
辺りがどんどん暗くなり、どこに連れて行かれるのだろう、と少し不安になった。 -
延々とボートに乗り続け、辺りは真っ暗。
湖上に明かりが見える。ホテルだ。太鼓を鳴らしながらホテルのスタッフが夜の到着を迎えてくれた。
一日を移動のために使ってしまった。
シンガポールからヤンゴン、そしてインレー湖へ。
シンガポールのアパートを出発してから12時間以上かかった。ヤンゴン〜へーホー空港までのフライトは、前日に出発時刻が午前中に変更になり、私は知らされていなかった。。。ヤンゴンに着いたときにはへーホー行きフライトは出発しており、カウンターは閉まっていた。私はショックのために放心状態となった。空港スタッフが私のために尽力を注いでくれ、夕方発の別の航空会社のフライトに乗せてくれた。へーホーの旅行会社にも到着時間が変更する旨を連絡してくれた(電話番号もあれこれ手段を使って調べてくれたのだ)。
綱渡りの状態でやっとでインレー湖のホテルまでたどり着いた。心身共にクタクタだった。 -
疲れた体にムチを打って、夕食のためホテルのレストランへ。
ほかの宿泊客はグループだが、私は1人だった。
ホテルのマネージャーのKhun さんやガイドさんが気を遣って話しかけてくれた。
そういったホスピタリティはとても嬉しいが、非常に眠かったので、実はそっとしてほしかった。
写真まで出してきてくださり、インレー湖の説明をしてくれたため、責任を感じ、半分寝ながら聞いた。
ホテルスタッフによる出し物がはじまった。
民族舞踊と音楽。玄人の芸ではないが、アットホームで良かった。
最後のファイアーダンサー(写真)ももちろんスタッフの1人。これは、とってもエキサイティングで見事だった! 観客は皆拍手喝采!!!! -
次の日、インレー湖内をボートで散策した。
これが水上家屋。
遠い国のそこに住む人の生活を拝見できる。 -
なんだかのんびりした土地だ。
ボートで通り過ぎる私を見つけると子供が大きな声で私を呼ぶ。こっちを向いて、手を振ってよ、と呼んでいる。なにもアクセクすることはない。
ここの子達は日本のようなイジメもないんだろうな。
散策はまだ始まったばっかりなのに、インレー湖に来て、正解だと思った。 -
巨大な水上寺院ファウンドーウーパゴダ
この土地、夜は凄まじく寒いけど、日中はめちゃめちゃ暑い、熱い。。。。
日差しが強いから、ボートを降りてすぐに寺院に入って涼をとった。 -
この水上寺院の祭壇にある5体の仏像。
男性しか触れない。信心深い訪問者がつぎつぎと金箔を張っていくため、ご覧の通りダルマさんのような形になっておりました。
大変失礼ながら、かわいい、、、と思った。。。 -
英語の堪能な美人ガイドさんと優しいボートおじさんをぱちり。
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寺院に隣接する建物には、立派な船が置かれている。
伝説の鳥、カラウェイ。お祭りのときに、5体の仏像を乗せて、湖をまわるのだ。 -
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この旅行記へのコメント (2)
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- ハイペリオンさん 2006/06/27 08:07:28
- はじめまして
- 乾季のインレー湖、空が真っ青できれいですね。残念ながら私は一度も行ったことがありません。日程的に厳しいのと、へーホー〜ニャウンシエ間のタクシーが結構悪辣だという評判を聞いているので、どうしても飛ばしてしまいます。でも、こういう写真を見せられると次回は是非という気分になります。
どこかで見たお名前だと思っていましたが、テビリヤサクラの支配人さんのブログに書き込みをされてましたね。
今後ともよろしくお願いします。
- あきねこさん からの返信 2006/06/27 11:04:20
- RE: はじめまして
- メッセージありがとうございます。
よく私のことご存知で。。
表紙の写真いいですよね。
ホテルをチェックアウトして帰りのボートを待っているときに、昼ごはんをオーダーしたら、最後に最高の景色を堪能できるようにと、マネージャーさんが私のためにベストポジションにテーブルと椅子をセッティングしてくれました。
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