2006/02/17 - 2006/02/17
3位(同エリア9件中)
ぱぶさん
ヨルダン川は北のレバノンのヘルモン山に源を発し、ティベリアス(ガリラヤ)湖をへて死海に通じる330kmの細い長い川である。この川の周りはヨルダン渓谷をなしており、肥沃な農産地帯でもある。2月半ば、朝7時55分にバス乗り場に約30名が集まる。今日はガイド付きでヨルダン川沿いにこの国の最北西に位置するペラとウム・カイスにお花見に行くのだ!
2月では、お花見にはまだ時期は早いようにも思われるが、死海はマイナス400m、ヨルダン川沿いもマイナス200mくらいの低地が続き、太陽光線も強くアンマンの標高800mと比べれば何時も10℃くらい温度が高く、天気も良いのだ。バスは市内から北に向かわず、南西に下り、その途中ではかなりの雨まで降ってきた!しかし、死海への道をとり、坂道の途中にある標高ゼロ標識のある地点に着いたときは既に雨は無し!
11時近く、最初の目的地ペラに着く。バスを降り、あたりを散策する。草花を愛で、遺跡を背景にスナップを撮ったりして遊ぶ。ヨルダンには余りに沢山のローマ遺跡やビザンチン、ギリシャ時代の遺跡が各地にあるので、このペラもやっと最近になって発掘調査が行われ、既に先史時代からの居住区も見つかっているそうである。
12時過ぎ、2番目の目的地、ウム・カイスに向かう。(このあたりは道の無い丘陵地帯と渓谷<ワディと言う>の登り降りの多いヤルムーク地区と呼ばれるところである。)
ウム・カイスはローマがユダヤ人とナバタイ人に対抗して軍事同盟を結んだデカポリスの一つと言う。13:30頃到着。
ウム・カイスは紀元前4世紀から紀元2世紀頃まで栄えた街らしい。ここには考古学博物館もある。これからまだしばらくは毎週どこかへの花見が企画されているとのことなので、満開が桜に似ているアーモンドやもっと、きれいにカラーフルに咲き乱れる野草に囲まれたローマン遺跡等をまだまだ楽しむ事もできることだろう。
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これは標高ゼロ標識である。右上の標識がよく表しているが、左端に示されている地中海と同じ高さがこの斜面なのだ!死海にはここから18Kmで、そこはマイナス400mなのだ!ここでちょっとバスから降りて、皆、気ままにこの標識をバックにスナップを撮る。
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少し南下し、途中で北へ方向転換する。空も晴れ、緑の多い、農業地帯に入る。ヨルダン川は窪地の様な低地を流れているのでバスからは見えない。しかし、農業用のクリークがあり、野菜や果物、なつめっぐのやしの木も見える。ビニールハウスも沢山あり、ところどころの村落では金曜スークも開かれている。
ガイドさんは政治的話は出来ないと言い、ヨルダンの歴史やこの国にもたらされた樹木や果物、或いは日本から寄付されたトマト・ケチャップ工場が1000人の雇用をもたらしていると言った話をする。ヨルダン渓谷のバナナは小さいが甘く、国内消費でなく、隣国アラブの国々に輸出されているとも語った。確かに、このあたりはアンマンや国の東側と異なり、緑が多いのには和みを感じる。 -
この様なブーゲンビリアの花の咲き乱れている風景や、やしの木を見ると、まるでここが南国かハワイの様にも見える。
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11時近くに最初の目的地ペラに着く。バスを降り、あたりを散策する。草花を愛で、遺跡を背景にスナップを撮ったりして遊ぶ。
ペラはヘレニズムの幾世紀かの興亡を経て、ローマ帝国の一部になったとの事である。コリント式柱廊とモザイク床の三身廊式バジリカ(聖堂)など沢山の教会跡が発見されている。起伏のあるサイトに山肌や草花と共にこの様な遺跡が散見される。 -
全体が凸凹地にあり、バジリカの廃墟とあいまって、さながら「兵どもの夢の後」と言った風情を感じた。同僚奥さん連中の花や柱廊の廃墟を背景とするスナップをいくつか撮る。いずれにしても、この地も夏にはハゲハゲの崖地状態になるのであろうから、ここしばらくが見頃のシーズンである。小1時間あたりを散策する。
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今回のお花見に付いて、ぱぶさんは菜の花の様な高さで、回り一面のお花畑を想像していたが、現地はまだちょっと早いのと、背丈の低い地味な草花のお花畑であることがわかった。背の高いのでは、地味な花を咲かせる、ワイルド・オニオンと言われる野生の葱の花や、黄色や青の可憐な草花が咲いており、所々に真っ赤なアネモネ(表紙のスナップ参照)が目を引いた。
今回のハイキングの皆さんのコラージュ・スナップであるが、ワイルド・オニオンや地味な草花がわかるかしら? -
この後、バスはヨルダン川をはさんでイスラエルと50mくらいの国境沿いを走る。川向こうには、イスラエルの軍事トラックが走るのや、淡水魚養殖場も見える。また、六日戦争の際、爆撃で壊されたヨルダン川に掛かる橋が壊されたまま残っている姿も認める。
このスナップに見えるのがヨルダン川である。 -
ヨルダン側沿いの検問もいくつか通過する。その中にはイスラエル、シリア、ヨルダンの3国峠の様な国境の合流点や前線の見張塔もある。かなりな前方にはイスラエルの占拠しているゴーラン・ハイツも見える。ちょっと緊張ぎみにこれらをバスから見ながら、2番目の目的地、ウム・カイスに向かう。
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13:30頃にウム・カイスに着く。遺跡の入場料はぱぶさん達ボランティアーには無料と言うことで中に入る。さあ、お弁当である。ぱぶさんは、同僚奥さんたちから弁当を準備してくれるとのオファーもあったが、自立のために、今回は自弁である!このローマン遺跡の中にシートを敷いて皆でお弁当を広げ、しばし談笑や景色を楽しむ。幼稚園のピクニックの様にお互いで弁当のご馳走の一部を交換したりする。
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ウム・カイスにはジェラッシと同じくローマン・シアター跡や、バジリカ(とても珍しい黒曜石の列柱もある!)、浴場、交易盛んだった頃の商店街の跡もある。また、遺跡サイトの街外れから西に約1.5キロ離れた門までを繋ぐ列柱の立ち並ぶ大通りもある。
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ウム・カイスでお弁当を食べた場所であるが、ここから左上方に薄く見えるのが旧約聖書で有名なガリレア湖である。
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公共広場か神殿の跡地の様なところ。後ろの建屋の更なる奥に博物館がある。
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博物館の中庭である。博物館の人の好意で、普通は閉じている部屋の中の特別展示品も見せてもらった。(墓を守っていたと言われる大きなとぐろを巻いた蛇の彫刻等)
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また、保存状態の良い、石の玄関扉もあり、これを開けて“ハイ、いらっしゃい!”と、おどけたポーズを取って喜ぶ若い女性のスナップである。
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これは、博物館の庭に咲いていたシクラメンの原種?
これからまだしばらくは毎週どこかへの花見が企画されているとのことなので、今日のハイキングはこれでおしまいである。バスは一路高速道路を南下して、ちょうど夕方5時に出発地点に戻ってきた。今日1日バス観光の会費はガイドさんの費用も含め@6JD(約千円)であった。
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