1988/08/22 - 1988/08/30
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ももんがあまんさん
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ポルトガルから、スペインのサンチャゴを経由して、長躯、イタリアのシチリア島まで行って、ナポリ〜ローマと訪ねたのだけれど、ローマで、カメラを盗まれて、嗚呼、フィルムも失われてしまいました。
「泥棒大国イタリア」というのは、承知していても、腹は立ちます!、すぐさま、イタリアを抜け出して、ウィーンからハンガリー(東欧諸国)へと向う事にしました (ウイーンについては、オーストリアの中に収容しました) 。
写真は、ハンガリーの東部の土地、ホルトバージー、ウラル山脈の麓の、アジア系の民族だったと言われるマジャル人(騎馬遊牧民族)が、9世紀頃に住み着いたと伝えられる「大平原」です、西暦1,000年には、キリスト教を受け入れて、今ではすっかり、スラブ人らと混ざってしまったように見えるけれど、それでもやっぱり、ハンガリー人にとっての、心の故郷であるとか・・・ 。
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ショプロンの街並
ウィーンの隣の町です、雰囲気もあまりオーストリアと変わりません、少し前(1867〜1918)まで、オーストリア・ハンガリー帝国という、同君連合だったので、当然といえば当然です。 -
ショプロン、中央広場
教会の塔とか、この聖三位一体像なども、ウイーンのものと良く似ています、小さな地方都市と言って良い町ですけれど、なかなかに洗練された雰囲気と歴史を感じさせる、落ち着いた、美しい都市です、この頃(1988年)は「ベルリンの壁崩壊」以前ですので、未だ共産国家でしたけれど、それでも、ハンガリーは別と、良く言われていました。 -
ショプロン、山羊教会
「ここ掘れメエメエ」と、山羊が掘り当てた財宝を元として建てられたと言う、伝説の残る教会です、マア、伝説ですから・・・ 多分、嘘だと思います。 -
ショプロン、戦争の慰霊碑
なかなか素敵なデザインの慰霊碑です、思わず撮ってしまいました、ハンガリーの国民は、殆どがキリスト教徒なのでしょうけれど、まるで宗教色を感じさせない慰霊碑(記念碑)です(多分、コミュニズムに要因があるのでしょうね)。
因みに、最上部の数字1848は、ハンガリーの独立戦争(対ハプスブルグ家)の数字だと思います。
出来れば、わが国に於いても、特定の「宗教団体」やら「政治勢力」の匂いの無い、慰霊施設があればと、つくづく思う・・・ 今日この頃であります・・・全く、日本と言う国は、鬱陶しい・・・ 。 -
ショプロン、リスト像
こんな所に、「ハンガリア狂詩曲」の作曲家の銅像がありました、何でも、ショプロンの郊外で生まれたそうです。 -
ショプロン、カフェの若者達
Weekday(火曜)だと言うのに、歌を歌いだすグループもありで、昼間から盛り上がっておりました、飲み屋だかカフェだか、良く解からないお店ですけれど、ほぼ満席でした。 なかなか、筋骨粒々の若者達で、労働者なのでしょうか ? 言葉(マジャル語)は、解かるはずも無いのですけれど、結構、お茶目な連中で、共産国家=暗い、と言うイメージとは、ちょっと違います。 -
ショプロン、カフェの若者達
こちらは学生風、ちょっとインテリグループでしょうか ? 同じように、豪快に、飲んで歌って、盛り上がっております、それにしても、何時だと思っているのでしょう、窓の外は、真昼間であります・・・ 働けよ・・ ナア・・ 労働者の国なのですけれどね・・・ 意外と良い国なのかも・・・ ?? -
ショプロン、列車にて
ブダペストへ向う列車の中で知り合った、ハンガリー人の一家族です、髪も黒いし、目も黒いですね、本来のマジャル人系の家族のようです ? 目はぱっちりで、細目系のアジア人とは、少し違うようですけれど、なかなか、奥さんも美人で、旦那も良い男です・・・ ただ、アジア系と呼ばれる事については、当のハンガリー人は、あまり喜ばないとか、やはり、文化・文明に於いては、アジアよりも、ヨーロッパに、親近感があるのでしょうね、残念だけれど、良くわかる気もします。 -
ブダペスト、英雄広場(1896)
共産圏の国家では、わりと何処にでもあるタイプの、そんな広場ですけれど、なんとなくやはり、ギリシャ&ローマ風の、ヨーロッパのお国、と言う感じの造形物が並んでいます、建国千年を記念してのモニュメントのようですけれど、国威発揚の式典やら、パレードなどが行われる所なのでしょうか、とても広くて美しい風景なのですけれど、この手の、国家を強く意識させる場所と言うのは、右であろうと、左であろうと、自由と人権を好む、旅人の心にとっては、常に、なんとも、居心地の悪いものです。 -
ブダペスト、マルクス&エンゲルスの像
ソビエトなどの共産国家では、レーニン像と言うのが、何処にでもあって、軍隊やら兵士の像なども多かったのだけれど、意外と、マルクスの像と言うのは、少なかった気がします、まして、エンゲルス像と言うのは、これだけだったような ??
学生時代には、僕も多少は、彼等の著作を読んだけれど、特に、目を開かされたという事も無いのですね、マア、僕のレベルでは、難しすぎたのでしょうけれど・・・あまり感慨はありません、ただ、珍しいので、記念の一枚です。 -
ブダペスト コッシュート・ロヨシュ像&議事堂
1848年、ハプスブルグ家からの独立を掲げて戦った、ハンガリーの、民族的英雄だそうです、右手に持っている巻物は、多分「独立宣言書」(1849年発布)でしょうか ? -
ブダペスト、ドナウ川の風景(鎖橋)
有名な鎖橋(1849)の向こうには、王宮やら漁夫の砦が見えます、ドナウ川を挟んで、王宮側がぺシュト地区、手前がブダ地区と分かれているそうです。 -
ブダペスト、王 宮
王宮は現在、美術館となっています、建物は比較的新しい(築100年)けれど、基底部は、13世のハンガリー王国(オスマン・トルコ支配時代以前)時代のものであるとか。 -
ブダペスト 王宮からの眺望
ブダ地区にある、国会議事堂が見えます、見所が、わりとコンパクトにまとまった街と言う感じですけれど、ブダとぺシュトは、元々、違った街で、統合されたのは1867年とか。 -
ブダペスト、王宮から
ブダペストの町の印象は、美しい町です、でも、少し新し過ぎるし、綺麗過ぎる気もしました。
1526〜1686年の間は、オスマントルコに占領されていたし、街の本格復興は18世紀以降という事になるのでしょう、新しいのも当然だとは思いますけれど、西ヨーロッパの古い町を見慣れた目には、少しばかり綺麗すぎて、ショーウインドウを見ているような気もします、マア、元を探れば、ローマ帝国の版図で、パンノニア州の州都の古い起源の町なのだけれど、残念ながら、そこまでの面影は、見当たらないです。 -
ブダペスト、漁夫の砦
1896年ハンガリー建国千年を記念して、「英雄広場」等と共に建設されたモニュメントであるそうです、白亜の美しい建物ではありますが、「砦」ではありません、ブダペストの町の飾りのようなものでしょうか ? ちょっと、拍子抜けですね。 -
ブダペスト、漁夫の砦
名前の由来は、中世の頃に、この辺りに魚市があつたからとか ? ドナウ川の魚でしょうか ? 食べてみたい気もしますけれど・・・ Fish&Chipsの屋台でもあれば、洒落ているのですけれどネ・・・ でも、とにかく、見晴らしは素晴らしいです、ホント、この男の気持ちも、良く解かります、ブダペストの、デート・スポット?1であるそうです。 -
ブダペスト
漁夫の砦&イシュトバーン一世像
イシュトバーン一世は、AC1000年、ハンガリー王国にキリスト教(カソリック)を受け入れた王様です。 -
ブダペスト イシュトバーン像
王の正面にあるのは、この王が建設したと言う、マチューシャ教会(11世紀)です、勿論、この王もまた政治家ですから、単に坊主の教説を信じたという事を、単純に信じないほうが良いでしょうね、先立つ多くの、ローマの皇帝やゲルマンの王たちと同じに、この宗教(一神教)の論理性が、多くの部族に分かれる種族を、新しい国家組織へと糾合する為に、とても都合が良いと考えたのだと、僕は想像しています。 -
ブダペスト
ヴィダスニート城(農業博物館)
塔を持つ、美しい水上楼閣です、こういう建物が、農業博物館と言うのが、いかにも、共産国だなあと言う気がして・・・ 記念に一枚。 -
ブダペスト、ゲレルトの丘
ゲレルトとは、イシュトバーン一世によって、この地に招かれた、イタリアの宣教師であるとか、異教徒によって樽詰めにされ、この丘の上から、ドナウ川へと落とされたとか。
元々は、魔女の集会場であったそうです。 -
ブダペスト(ゲレルトの丘)
ソ連軍兵士の慰霊塔
何でこんな所に、ソビエト兵士の慰霊塔が ?? と言う気がしますけれど・・・ブダペスト開放に戦った兵士との事で、言わば、ソビエトへの感謝の印なのでしょうけれど、いったいどれだけの市民が、そんな思いを持ち続け得たでしょうか ??
格好の良い塔でしたけれど、花が見当たらなかったような・・・ そんな記憶があります。 それにしても、目立つ塔です、ソビエトらしい・・・ -
ブダペストの夕暮(ゲレルトの丘から)
鎖橋が、ライトアツプです、とても、美しいです。 -
ブダペスト。王宮の夕暮
夕焼けが美しかったので、一枚・・・
それにしても、灯りがありませんね、電力不足だったのでしょうかね ?? -
ブダペスト、イシュトバーン競馬場
キンツェムの像
キンツェムは、1874年ハンガリー産のサラブレッド、生涯成績、54戦54勝、英・仏へも遠征しての全勝、イギリスでは、ハンガリーの馬に負けることを恥と思ってか、対戦相手が全て回避して、単走になってしまったと言う、伝説的名馬です。
騎馬民族の国で、終日、競馬を楽しみましたけれど、ちょっと、ツキが無かったようです。 -
ブダペスト、イシュトバーン競馬場
パドックの風景です。
競馬場は呆れるほどに広いです、東京競馬場の2倍はあったかと思います。 -
ペーチの街並(セーチェニー広場)
ペーチは、ハンガリーの南西部にある町、オスマン・トルコ支配時代の雰囲気の残る街との事で、ちょっと遠いけれど、ブダペストから出かけて見ました。 片道3時間ほどかかります。 -
ペーチ、セーチェニー広場
広場の真ん中の建物は、オスマン・トルコ時代の、元モスク(1580年)です、今は当然、キリスト教会となっています、オスマンの香りと言っても、これくらいだったような・・・?? -
ペーチ、カテドラル
巨大な建築です、何時頃建てられたものか、詳しくは解かりませんけれど、見た感じは、かなり新しいような気がします。
屋根に並ぶ、聖像の群れに、広場のオベリスクと、色も感じも違うけれど、ローマのサン・ピエトロ寺院を何処か意識しているような・・・?? やはり、カソリックの国です。 -
エゲル、メイン・ストリート
ブダペストから、日帰りで出かけました、巨大な城砦の残る、観光の町です。
街並自体は、共産圏ですから、決してハデでは無いですけれど、これでも充分、お洒落をしているような、そんな街並です。 -
エゲル城の城壁
城は13世紀に建てられたものとか、巨大な城壁は、かなりの年季を感じさせます、なかなか、素晴らしい雰囲気であります。 -
エゲル城
城内です、トルコ支配時代に破壊されてしまった為か、現在、発掘・再構築中です、この像が誰の像だったか ? 忘れてしまいました、この城の城主であり、トルコ相手に、良く健闘した英雄、ドボー・イシュトバーンの像だと思うのですけれど・・・ 違うかも知れません ?? -
エゲル城、ドボー・イシュトバーンの棺
1552年、ドボー(エゲル城主)は、2000人の兵と共に、20倍のトルコ軍を幾度も撃退したと伝えられます、結局は1596年の2度目の来襲で敗れてしまいますけれど・・・ -
エゲルの街並
エゲル城からの街並です、イシュトバーンの像のある、中央広場も見えます。 -
エゲルの街並
赤い屋根が印象的です、ミナレットはトルコ支配時代のもの、隣にあつたモスクは、破壊されたそうですけれど、これは残されました、破壊するには惜しい、魅力的なものは魅力的という事でしょうか ?? でも、いったい何に使われたのでしょう、スペインのヒラルダの塔は、鐘楼や風見に使われたのだけれど、これは ? 登らなかったので解かりません。 -
エゲル、広場とイシュトバーン像
エゲル城から見えた広場です、観光客にとってのお休み所。
勇ましい、ドボー・イシュトバーン王の像があります、この町の誇りなのでしょうね、ブダペストの陥落が1526年で、ドボーが敗れたのが1596年との事で、マア、かなり健闘したと言えるでしょうね。 -
エゲル、広場&対トルコ戦の像
こちらは、同じ広場にある、トルコとの戦いの像です、ちょっと見づらくて残念ですけれど、なかなかの迫力です。 -
センテンドレ、メイン・ストリート
ブダペスト近郊の有名な観光地です、ブダペストからは、ドナウ川を遊覧船で行く方法もあるようですけれど、良くわからなかったので鉄道で行きました、小さな可愛らしい町です。 -
センテンドレ、ドナウの船着場
遊覧船で来ると、此処へ着くのでしょうか ? -
センテンドレ、街 並
町には、特に謂れがあるわけでは無いようです、トルコ軍から逃れてきた、セルビア人の村というのが発祥で、村にある教会も、セルビア正教会であるそうです。
けれど、それよりも、今世紀に入って、村の静けさと美しさに魅かれて、多くの芸術家が移り住んできたという事で、村の中に、いくつものギャラリーや美術館のある、そんな街です。 -
センテンドレ
貧乏旅行者ですので、ギャラリーなどでの買い物には、まるで縁がありません、従って、ブラブラと、街中を歩いて、細い路地やら、可愛らしい家を、楽しむことに致します。
ドナウ川を背景とした、赤屋根の街並が、とてものどかで美しいです。 -
エステルゴム、大聖堂(シルエット)
センテンドレからバスで行きました、バカでかの大聖堂のある、ドナウ川河畔の町です、けれど、出発が遅かったので、着いた時には、すでに夕暮、大聖堂も閉館でアウト。 -
エステルゴム、ドナウの夕暮
仕方がないので、しばし、ドナウを眺めて、ブダペストへ引き上げました、川の対岸は、チェコスロバキア(現スロヴァキア)であります。 -
デブレツェンの街並
ホルトバージーへの拠点として泊った町で、わりと街並も美しく、良い町だったですけれど、何より物価が安くて有り難かったです (ホテル¥800、Dinner¥300 生演奏付き) 。 -
デブレツェン
彫刻の森というのがあるというので、出かけて見ました、建物が何なのかは、知りませんけれど、庭園の中に、いくつかの人体彫刻がありました。 -
デブレツェン、彫刻の森
ノルウェーのオスロの、ヴィーゲラン記念公園ほどのインパクトは無いですけれど、これもなんだか、良く解からん芸術 ? でありました。 -
ホルトバージー、入口
ハンガリー(マジャル人)の、心の故郷であるそうです、地平線の見える大平原です。
右側の4人の彫像は、当時の部族長等の像だと思います ?? 映りが悪いですね・・・ ウィーンで買った(ローマで盗まれた為)カメラの性能が悪いせいです・・(言い訳) 。 -
ホルトバージーの風景
地平線が見えます、遥か彼方に、馬の群れが見えます。 -
ホルトバージー、馬のいる風景
少し近づいてみました、先頭を走っているのは、ボス馬でしょうか ? 出でよ、第二のキンツェム! -
ホルトバージーの風景
こういう土地を写真に撮るというのは、ホント難しいですね、馬に乗った2人組みが来てくれました。
乗馬の出来る人って、いいですね、うらやましいです。 -
ホルトバージーの風景
遠くに、厩舎らしきものが見えました、行って見ることに致します。 -
ホルトバージー、干 草
干草の山と厩舎です。 この広い土地は、いったい誰のものなのでしょうか ? 余計なお世話でしょうけれど。 -
ホルトバージー
厩舎には、井戸もあります。 -
ホルトバージー
羊の群れがいました、かなり昔からの、ハンガリー特産の種類だそうです。 -
ホルトバージー
観光馬車が来ました。 広い草原を歩き回って、くたびれたので、乗せて行って欲しかったのですけれどね・・・ にっこり挨拶しただけで、通り過ぎてしまいました、当然ですけれど・・・ 。
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この旅行記へのコメント (2)
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- こあひるさん 2013/05/20 15:30:42
- 結構たくさんの場所を周られたのですね!
- ももんがあまんさん、こんにちは。
ハンガリー編、拝見させて頂きました。
当時から、キレイできちんとしたお写真を撮られていたんですね〜〜。
ハンガリーの定番の観光地、ほぼ網羅されたのですね〜。お写真からは当時独特の空気感はあまりよく伝わってこないですが、ブダペストの夜景は、今と違って、全然暗いですね。やっぱりライトアップなんてほとんどなかったんでしょうね。
こあひる
- ももんがあまんさん からの返信 2013/05/20 19:20:09
- RE: 結構たくさんの場所を周られたのですね!
- こんにちは、こあひるさん。
> ハンガリー編、拝見させて頂きました。
> 当時から、キレイできちんとしたお写真を撮られていたんですね〜〜。
有難うございま〜す、何故でしょうねえ?・・・昔、写真の撮り始めの頃から、良く他人に、言われるのですけど(素人写真にしては、良い写真だと)・・・ハハ、自惚れそう、ハハ?・・・ただ、思い当たることが、一つだけあります、子供の頃に、親に隠れて、夜毎、漫画を描いていたからですね・・・たぶん、縦横の四角いマス目に、構図を考えて、絵をかいていた、そんな習慣が、知らない間に身についていたのかも?
でも、不器用で、いくら書いても、絵が上手くならなかったので、漫画家になる夢は、20歳前に、断念致しましたけど・・・こんなところに、努力の成果が?・・・ハハ・・・マッタク、お金に成ら無かった、無駄な「努力」でしたけど、今になって、少しは良い写真が撮れるという事で・・・まあいいか・・ハハ。
> ハンガリーの定番の観光地、ほぼ網羅されたのですね〜。お写真からは
> 当時独特の空気感はあまりよく伝わってこないですが、ブダペストの夜
> 景は、今と違って、全然暗いですね。やっぱりライトアップなんてほと
> んどなかったんでしょうね。
そうですね、どちらかと言うと、共産圏という事で、「君子?危うきに近寄らず」という事も有りますので、観光地ばかり廻っていたことと、フィルム写真の時代で、しかも、スライドフィルムを使っていたこともあって、どうしても、値段が高くて、今のように、何でも撮ると言うわけには、行かない時代でしたので、写真だけを見ていると、実際の町の雰囲気とは、だいぶ違うという感じは、確かに、あると思います。
でも、ハンガリーは、当時まだ、ずいぶんマシだったのですよ、一番すごかったのは、隣りの、ルーマニアだったので、良かったら、覗いてやってください。
http://4travel.jp/traveler/momongaaman/album/10064622/
by ももんがあまん
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