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だんじり好きの私が以前から『行きたい!』と思っていた所。<br />だんじりの曳行される時期ではないけれど、<br />いつものように朝からお天気も良く、お出かけする?ってことで。<br />【だんじり会館】と【岸和田城】に目的を絞って出発!!

大阪府岸和田市

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2006/02/22 - 2006/02/22

334位(同エリア349件中)

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JUNCHIさん

だんじり好きの私が以前から『行きたい!』と思っていた所。
だんじりの曳行される時期ではないけれど、
いつものように朝からお天気も良く、お出かけする?ってことで。
【だんじり会館】と【岸和田城】に目的を絞って出発!!

  • 江戸時代中期に始まり、およそ300年の伝統を誇る岸和田だんじり祭り。<br />私の地元のだんじりより小さく感じました。<br />この大きさでないと、あんなにダイナミックには走れないのですね。<br />展示してあるだんじりのどれを見ても、彫り物は立派でした。<br />曳行されている時に見たい!!と思いました。<br /><br />

    江戸時代中期に始まり、およそ300年の伝統を誇る岸和田だんじり祭り。
    私の地元のだんじりより小さく感じました。
    この大きさでないと、あんなにダイナミックには走れないのですね。
    展示してあるだんじりのどれを見ても、彫り物は立派でした。
    曳行されている時に見たい!!と思いました。

  • 別の部屋では、だんじりの飾りが展示されてありました。<br />職人さんの細かいお仕事が、だんじりに華を添えているのですね。<br />

    別の部屋では、だんじりの飾りが展示されてありました。
    職人さんの細かいお仕事が、だんじりに華を添えているのですね。

  • ミニだんじりギャラリーでは、だんじりのミニチュアが展示されていました。<br />パンフレットによると、『ミニだんじりの制作に打ち込む人々のつどいである、【美似地車倶楽部】を中心に、アマチュア民芸品作者たちの活動を紹介しています』とあります。<br />私の地元のだんじりに近い形のがいくつかあり、<br />「ひとつ欲しい!」と指を加えて見てました。

    ミニだんじりギャラリーでは、だんじりのミニチュアが展示されていました。
    パンフレットによると、『ミニだんじりの制作に打ち込む人々のつどいである、【美似地車倶楽部】を中心に、アマチュア民芸品作者たちの活動を紹介しています』とあります。
    私の地元のだんじりに近い形のがいくつかあり、
    「ひとつ欲しい!」と指を加えて見てました。

  • お土産コーナーでゲットしたキーホルダー。<br />ビデオやミニだんじり・提灯など、だんじりグッズが沢山!<br />私はこのキーホルダーと【だんきち】という名前でだんじりの形をしたお饅頭。<br />食べるのをためらってしまったけど・・・美味しかった〜。

    お土産コーナーでゲットしたキーホルダー。
    ビデオやミニだんじり・提灯など、だんじりグッズが沢山!
    私はこのキーホルダーと【だんきち】という名前でだんじりの形をしたお饅頭。
    食べるのをためらってしまったけど・・・美味しかった〜。

  • 【千亀利城】と書かれている岸和田城の城門。<br />別称、猪伏山・千亀利城。<br />二の丸には藩主の居住した二の丸御殿が建てられ、<br />西北角には伏見城から移築した伏見櫓が立っていたそうです。<br />いずれも明治維新の際に取り壊され、現在まで残されている建造物は、石垣と堀の一部だけだそうです。

    【千亀利城】と書かれている岸和田城の城門。
    別称、猪伏山・千亀利城。
    二の丸には藩主の居住した二の丸御殿が建てられ、
    西北角には伏見城から移築した伏見櫓が立っていたそうです。
    いずれも明治維新の際に取り壊され、現在まで残されている建造物は、石垣と堀の一部だけだそうです。

  • 岸和田城は、建武元年(1334年)頃、楠木正成の一族和田氏が現在の野田町付近に城を築き、室町時代には和泉守護細川氏や守護代松浦氏らが居城としたと伝えられています。<br />羽柴秀吉は天下統一の過程で紀州の根来寺などの勢力への押さえとして中村一氏を城主とし、根来寺壊滅後は秀吉の叔父にあたる小出秀政を城主として、城や城下町の整備にあたらせました。<br />天守閣は秀政によって築かれ、江戸時代には松平氏二代を経て1640年、岡部の宣勝が入城。以後13代続き明治維新をむかえました。<br />          『岸和田城いまむかし』より

    岸和田城は、建武元年(1334年)頃、楠木正成の一族和田氏が現在の野田町付近に城を築き、室町時代には和泉守護細川氏や守護代松浦氏らが居城としたと伝えられています。
    羽柴秀吉は天下統一の過程で紀州の根来寺などの勢力への押さえとして中村一氏を城主とし、根来寺壊滅後は秀吉の叔父にあたる小出秀政を城主として、城や城下町の整備にあたらせました。
    天守閣は秀政によって築かれ、江戸時代には松平氏二代を経て1640年、岡部の宣勝が入城。以後13代続き明治維新をむかえました。
              『岸和田城いまむかし』より

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