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ヨーロッパ駆け足の旅を終えて向かった先は、インド。<br /><br />ビザが切れる日に泣く泣くインドを発つことになるなんて。<br />まさかこんなに好きになるとは、旅を始めた頃は予想もできなかった。<br /><br />インドの生活をまだ行ったことのない誰かに伝えようと思っても上手く伝えられない。<br />インドを感じるには実際にあの土地へ行って自分の足で立つことしかない。<br /><br />あの音、匂い、熱気が心地いいと感じた旅行者は必ずまた戻るという。<br /><br />あたしもきっとその一人。

India: 聖と性の国、インディア

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2004/08 - 2004/11

7673位(同エリア9811件中)

2

11

Ritz

Ritzさん

ヨーロッパ駆け足の旅を終えて向かった先は、インド。

ビザが切れる日に泣く泣くインドを発つことになるなんて。
まさかこんなに好きになるとは、旅を始めた頃は予想もできなかった。

インドの生活をまだ行ったことのない誰かに伝えようと思っても上手く伝えられない。
インドを感じるには実際にあの土地へ行って自分の足で立つことしかない。

あの音、匂い、熱気が心地いいと感じた旅行者は必ずまた戻るという。

あたしもきっとその一人。

  • Symbol of Love<br /><br />Delhi→Jaipur→Agra<br /><br />ロンドンで出会ったインド人の友達Vik。<br />彼がデリーの空港まで迎えに来てくれた。<br />8月のインド、ほとんど明け方だというのにすごい蒸し暑さ。<br /><br />Vikの家に泊めてもらうこと数日間。<br />ヨーロッパとも日本とも全く違う環境のインド。<br />旅をする心構えがなかなかできず、彼の家からさえ旅立てない。<br /><br />そんなあたしに文句も言わず部屋を譲ってくれた友人Vik。<br />そして常にあたしに不便はないかと気を配ってくれた彼の家族には感謝の言葉もない。 <br />当時はまだ分からなかったけれど、彼の家族は相当いい暮らしをしていた。<br />マンションにはセキュリティーが常駐する頑丈なゲートがある。<br />このセキュリティーが実は一番危なかった。<br />あたしが一人の時に会うと毎回どこか触ろうと試みてくる。<br />地元の人しかいない場所で肌を露出していた自分も悪かったと今は反省。<br /><br />Vikはデリーの五つ星ホテルに入っているクラブでDJをしている。<br />そしてあたしは毎晩、金魚のフンのように彼の仕事について行く。<br />これだけならロンドンの生活とあまり変わりない。<br />しかし豪華ホテルの並ぶ通りから少し車で走ると、路上には牛や人が寝転がっていて、舗装されていない道はガタガタで砂ぼこりが立つ。<br />地元の人の容赦ない視線に圧倒されて一人立ちする勇気がなかなか出ない。<br />まるで旅の仕方をすっかり忘れたみたい。<br /><br />これ以上Vikを居間で寝かせる訳にはいかない。<br />意を決して荷物をまとめ、家を出る。<br />安宿街パハールガンジ(Paharganj)のホテルに部屋を取りやっと独立。<br />これから本格的にひとり旅を始める。<br /><br />外国人旅行者が溢れるパハールガンジ。溶け込むのに時間はかからなかった。<br />オートリクシャーのドライバー達と仲良くなってヒンディー映画を見に行く。<br />ビールに入った氷にあたって数日間ホテルでのたうち回る。<br />とんでもない数の蚊と戦う熱帯夜、惨敗続き。<br /><br /><br />数日後、メインバザールのカフェで知り合ったのはケンちゃん。<br />一緒にジャイプール(Jaipur)とアグラ(Agra)に行くことになった。<br /><br />よく遊んでいたリクシャードライバーのRajuが一緒に行こうとずっと言っていた。<br />いい子だとは思っていたけど、一緒に旅するとなると警戒せずにはいられない。<br />その時ちょうど彼は他の日本人と一緒にどこか遠くへ行っているらしく不在だった。<br />彼が戻る前に去ることを告げた。<br /><br />彼やその友人にはその後、デリーに戻る度にメインバザールで顔を合わすことになった。<br />インドで旅を続けるうち、危険な空気を感じ取れるようになった。<br />それから会う彼らからは何か不穏なシグナルを感じた。<br />あのとき一緒に旅しなくて良かった、と思った。<br /><br />ジャイプールでは一日ツアーに申し込む。<br />ケンちゃんがツアー中に体調を崩しホテルに帰ってしまった。<br />ジャイプールの有名観光地をバスで巡り、最後になぜかプラネタリウムを見て終わった。<br />インドでは贅沢な話だけど、冷房が効きすぎていて異常に寒く、星座を楽しむどころじゃなかった。<br /><br />初めてインドのマクドナルドに行く。<br />マハラジャマックのおいしさに感動。結局何でもカレー味になってしまうインド。<br />外は豪雨、マクドで雨宿り。<br />進む食欲、インドでは決して安くないマクドを贅沢に食べまくる。<br /><br /><br />後日バスで6時間、アグラに移動。<br /><br />初めてインド人の怖さを知る。信じる者は騙される。<br /><br />ケンちゃんと一緒だったのがせめてもの救い。<br />一人だったらこれ以降、見知らぬ人に心開く勇気を失くしていたかもしれない。<br />何の損害もなかったのに大げさかもしれない。<br />でも人を信じることに何の迷いもなかった当時のあたし達、信用を裏切られるという大きな傷を負った。<br />同時にかなりの経験値を積んだことも確か。<br /><br />実は数週間後、またこの地へ戻ってくるハメになる。<br />しかも今度は一人で...<br />もう二度とアグラには来たくないと思ったのに。<br />そしてまた騙される。<br />しかも同じグループの人間に。<br />ついまた気を許したあたしも悪かったけど...<br /><br />心のどこかに常にあった警戒アンテナのおかげで何とか未然に食い止め、損害は最小限で済んだけれど...<br />やっぱり心の傷は大きい。<br /><br />Agraの犯罪ネットワークは怖いものがある。<br /><br /><br />タージマハルに免じて忘れよう。

    Symbol of Love

    Delhi→Jaipur→Agra

    ロンドンで出会ったインド人の友達Vik。
    彼がデリーの空港まで迎えに来てくれた。
    8月のインド、ほとんど明け方だというのにすごい蒸し暑さ。

    Vikの家に泊めてもらうこと数日間。
    ヨーロッパとも日本とも全く違う環境のインド。
    旅をする心構えがなかなかできず、彼の家からさえ旅立てない。

    そんなあたしに文句も言わず部屋を譲ってくれた友人Vik。
    そして常にあたしに不便はないかと気を配ってくれた彼の家族には感謝の言葉もない。 
    当時はまだ分からなかったけれど、彼の家族は相当いい暮らしをしていた。
    マンションにはセキュリティーが常駐する頑丈なゲートがある。
    このセキュリティーが実は一番危なかった。
    あたしが一人の時に会うと毎回どこか触ろうと試みてくる。
    地元の人しかいない場所で肌を露出していた自分も悪かったと今は反省。

    Vikはデリーの五つ星ホテルに入っているクラブでDJをしている。
    そしてあたしは毎晩、金魚のフンのように彼の仕事について行く。
    これだけならロンドンの生活とあまり変わりない。
    しかし豪華ホテルの並ぶ通りから少し車で走ると、路上には牛や人が寝転がっていて、舗装されていない道はガタガタで砂ぼこりが立つ。
    地元の人の容赦ない視線に圧倒されて一人立ちする勇気がなかなか出ない。
    まるで旅の仕方をすっかり忘れたみたい。

    これ以上Vikを居間で寝かせる訳にはいかない。
    意を決して荷物をまとめ、家を出る。
    安宿街パハールガンジ(Paharganj)のホテルに部屋を取りやっと独立。
    これから本格的にひとり旅を始める。

    外国人旅行者が溢れるパハールガンジ。溶け込むのに時間はかからなかった。
    オートリクシャーのドライバー達と仲良くなってヒンディー映画を見に行く。
    ビールに入った氷にあたって数日間ホテルでのたうち回る。
    とんでもない数の蚊と戦う熱帯夜、惨敗続き。


    数日後、メインバザールのカフェで知り合ったのはケンちゃん。
    一緒にジャイプール(Jaipur)とアグラ(Agra)に行くことになった。

    よく遊んでいたリクシャードライバーのRajuが一緒に行こうとずっと言っていた。
    いい子だとは思っていたけど、一緒に旅するとなると警戒せずにはいられない。
    その時ちょうど彼は他の日本人と一緒にどこか遠くへ行っているらしく不在だった。
    彼が戻る前に去ることを告げた。

    彼やその友人にはその後、デリーに戻る度にメインバザールで顔を合わすことになった。
    インドで旅を続けるうち、危険な空気を感じ取れるようになった。
    それから会う彼らからは何か不穏なシグナルを感じた。
    あのとき一緒に旅しなくて良かった、と思った。

    ジャイプールでは一日ツアーに申し込む。
    ケンちゃんがツアー中に体調を崩しホテルに帰ってしまった。
    ジャイプールの有名観光地をバスで巡り、最後になぜかプラネタリウムを見て終わった。
    インドでは贅沢な話だけど、冷房が効きすぎていて異常に寒く、星座を楽しむどころじゃなかった。

    初めてインドのマクドナルドに行く。
    マハラジャマックのおいしさに感動。結局何でもカレー味になってしまうインド。
    外は豪雨、マクドで雨宿り。
    進む食欲、インドでは決して安くないマクドを贅沢に食べまくる。


    後日バスで6時間、アグラに移動。

    初めてインド人の怖さを知る。信じる者は騙される。

    ケンちゃんと一緒だったのがせめてもの救い。
    一人だったらこれ以降、見知らぬ人に心開く勇気を失くしていたかもしれない。
    何の損害もなかったのに大げさかもしれない。
    でも人を信じることに何の迷いもなかった当時のあたし達、信用を裏切られるという大きな傷を負った。
    同時にかなりの経験値を積んだことも確か。

    実は数週間後、またこの地へ戻ってくるハメになる。
    しかも今度は一人で...
    もう二度とアグラには来たくないと思ったのに。
    そしてまた騙される。
    しかも同じグループの人間に。
    ついまた気を許したあたしも悪かったけど...

    心のどこかに常にあった警戒アンテナのおかげで何とか未然に食い止め、損害は最小限で済んだけれど...
    やっぱり心の傷は大きい。

    Agraの犯罪ネットワークは怖いものがある。


    タージマハルに免じて忘れよう。

  • Ladakh<br /><br />Delhi→Manali→Keylong→Leh<br /><br />デリーを午後6時に出発する夜行バス。<br />560km北上、ヒマーチャルプラデシュ州(Himachal Pradesh)の町マナーリ(Manali)へ。<br /><br />インドに来て初めての長距離移動。<br />様子を見るために旅行会社手配の「デラックスバス」を選ぶ。<br /><br />期待はしていなかったけど...<br />ボロい。エアコンの通風口は完全に飾りになっていて作動しない。<br /><br />日本の観光バスならインドでは「アンビリーバブリーデラックス」<br />もしくは「マハラジャデラックス」と名乗って嘘はない。<br /><br />長期滞在者が多く、インド一と言われるほど良質のガンジャの産地マナーリ。<br />ロンドンからの飛行機で一緒だったイタリア人2人組は、デリーには泊まりもせずマナーリに直行だった。<br /><br />オールドマナーリ(Old Manali)のゲストハウスに一泊、目指すはヒマラヤの麓、ラダック(Ladakh)<br />ほとんどの旅行者は一日で着く乗り合いジープを手配する。<br />あたしは敢えて地元の人達と一緒に公共バスで行くことにした。<br />中継地点のキーロンという町で一泊、翌日の夜レー(Leh)の町に着くスケジュール。<br /><br />外国人の乗客はあたしだけだった。<br />エンジンがかかり、バスがゆっくり走り出す。<br />乗客達がそれぞれの神に無事を祈り始める。<br /><br />...そんなに危険なの?<br /><br />マナーリとレーを結ぶ道路は、断崖絶壁に造られた凶悪に狭い道路。<br />しかも対面通行なので、カーブを曲がるときは必ずクラクションを鳴らして警告する。<br />物資を運ぶ大型ダンプの通行が多い。<br />狭いところですれ違わなければいけない時には誰かが外に降りて<br />崖のふちとタイヤとの幅を見ながらそろそろと進む。<br />タイヤの下にある岩がもし今崩れたら...という息をのむ場面に何度も遭遇する。<br /><br />前向きなインド人。平気でスピードを出して陽気に歌っている。<br />それを見ていたら不安も吹き飛ぶ。<br />崖から落ちて横転したまま放置されている車両。<br />もちろん彼らは言い放つ、「ノープロブレム」!<br /><br />そんな死と隣り合わせのこのルート、絶景が広がる。<br />世界で二番目の標高を誇るこの道路、最高地点は5328m。<br />夏の間(7〜9月)の雪がない期間だけ通行が許される。<br /><br />公共バスの座席にはクッションがなく、硬い木製。<br />舗装されていない凸凹の道を二日間延々と揺られると、体力・気力ともに激しく消耗する。<br />でもその景色はその苦労をしてでも見たい。<br /><br />乗客のおじさん達と陽気に景色を楽しんでいたあたし。<br />レーに近づくにつれ頭痛がしてきた。軽い高山病。<br />座っているとバスの振動で頭を振られ、頭痛が激しくなる。<br />硬く狭い座席に横になる。他の乗客は何ともない様子。<br /><br />レーの手前の町でバスが停まった。最後の休憩。<br />ジープの中で完全にノックアウトされ青ざめた欧米人がたくさんいる。<br />あたしはまだ軽い頭痛だけ、チャイを飲んで談笑する余裕もある。<br />短時間で一気にこの高度を上がってくるほうが辛いのかもしれない。<br /><br />夕方レーのバスターミナルに到着。<br />ドライバーや乗客のおじさん達に別れを告げる。<br /><br />観光客が乗るバスではないのでホテルの客引きが全く寄ってこない。<br />右も左も分からないまま、通りすがりの人にホテルのありそうな場所を尋ねながら歩く。<br />暗い 肌寒い 頭痛い 荷物重い<br /><br />旅行会社のおじさんに聞いたホテルを目指して歩く。<br />人の気配が全くない真っ暗な路地裏に入って行く。<br />こんな所にホテルが...あった!<br /><br />若いインド人の兄弟が取り仕切るホテル。<br />部屋もわりと広くて清潔。<br />インドに来て初めて熱い湯が出るシャワーに出会った。<br />「お湯は昼間は出ないから注意してね」<br />昼間は外出しているし、お湯がなくても問題はない。<br /><br />そして数日後。<br />お湯は完全に出なくなった。<br />「町の水不足が深刻なんだ」<br />辺境の町にいる自分、文句は言えない。<br /><br />そのうちトイレの水が流れなくなった。これはさすがに困る。<br />どうやらレバーの接触が悪いだけらしい。<br />イケメン兄弟が力を合わせ、数回に一回の確率で流れるようにまで直してくれた。<br />「コツがあるんだよ、いいかいよく見て」<br />偉そうに何度もレバーの押し方を伝授してくれた兄貴。<br />...それは解決策かな?<br /><br />温水が復活したのは一週間後。<br />蛇口からでてきたのはどす黒くて鉄臭い水。<br />洗っているのか汚れているのか分からない気もしたけれど<br />なんせ温かいだけで幸せ。<br /><br />何の不便もない生活では知ることのない感謝の心。

    Ladakh

    Delhi→Manali→Keylong→Leh

    デリーを午後6時に出発する夜行バス。
    560km北上、ヒマーチャルプラデシュ州(Himachal Pradesh)の町マナーリ(Manali)へ。

    インドに来て初めての長距離移動。
    様子を見るために旅行会社手配の「デラックスバス」を選ぶ。

    期待はしていなかったけど...
    ボロい。エアコンの通風口は完全に飾りになっていて作動しない。

    日本の観光バスならインドでは「アンビリーバブリーデラックス」
    もしくは「マハラジャデラックス」と名乗って嘘はない。

    長期滞在者が多く、インド一と言われるほど良質のガンジャの産地マナーリ。
    ロンドンからの飛行機で一緒だったイタリア人2人組は、デリーには泊まりもせずマナーリに直行だった。

    オールドマナーリ(Old Manali)のゲストハウスに一泊、目指すはヒマラヤの麓、ラダック(Ladakh)
    ほとんどの旅行者は一日で着く乗り合いジープを手配する。
    あたしは敢えて地元の人達と一緒に公共バスで行くことにした。
    中継地点のキーロンという町で一泊、翌日の夜レー(Leh)の町に着くスケジュール。

    外国人の乗客はあたしだけだった。
    エンジンがかかり、バスがゆっくり走り出す。
    乗客達がそれぞれの神に無事を祈り始める。

    ...そんなに危険なの?

    マナーリとレーを結ぶ道路は、断崖絶壁に造られた凶悪に狭い道路。
    しかも対面通行なので、カーブを曲がるときは必ずクラクションを鳴らして警告する。
    物資を運ぶ大型ダンプの通行が多い。
    狭いところですれ違わなければいけない時には誰かが外に降りて
    崖のふちとタイヤとの幅を見ながらそろそろと進む。
    タイヤの下にある岩がもし今崩れたら...という息をのむ場面に何度も遭遇する。

    前向きなインド人。平気でスピードを出して陽気に歌っている。
    それを見ていたら不安も吹き飛ぶ。
    崖から落ちて横転したまま放置されている車両。
    もちろん彼らは言い放つ、「ノープロブレム」!

    そんな死と隣り合わせのこのルート、絶景が広がる。
    世界で二番目の標高を誇るこの道路、最高地点は5328m。
    夏の間(7〜9月)の雪がない期間だけ通行が許される。

    公共バスの座席にはクッションがなく、硬い木製。
    舗装されていない凸凹の道を二日間延々と揺られると、体力・気力ともに激しく消耗する。
    でもその景色はその苦労をしてでも見たい。

    乗客のおじさん達と陽気に景色を楽しんでいたあたし。
    レーに近づくにつれ頭痛がしてきた。軽い高山病。
    座っているとバスの振動で頭を振られ、頭痛が激しくなる。
    硬く狭い座席に横になる。他の乗客は何ともない様子。

    レーの手前の町でバスが停まった。最後の休憩。
    ジープの中で完全にノックアウトされ青ざめた欧米人がたくさんいる。
    あたしはまだ軽い頭痛だけ、チャイを飲んで談笑する余裕もある。
    短時間で一気にこの高度を上がってくるほうが辛いのかもしれない。

    夕方レーのバスターミナルに到着。
    ドライバーや乗客のおじさん達に別れを告げる。

    観光客が乗るバスではないのでホテルの客引きが全く寄ってこない。
    右も左も分からないまま、通りすがりの人にホテルのありそうな場所を尋ねながら歩く。
    暗い 肌寒い 頭痛い 荷物重い

    旅行会社のおじさんに聞いたホテルを目指して歩く。
    人の気配が全くない真っ暗な路地裏に入って行く。
    こんな所にホテルが...あった!

    若いインド人の兄弟が取り仕切るホテル。
    部屋もわりと広くて清潔。
    インドに来て初めて熱い湯が出るシャワーに出会った。
    「お湯は昼間は出ないから注意してね」
    昼間は外出しているし、お湯がなくても問題はない。

    そして数日後。
    お湯は完全に出なくなった。
    「町の水不足が深刻なんだ」
    辺境の町にいる自分、文句は言えない。

    そのうちトイレの水が流れなくなった。これはさすがに困る。
    どうやらレバーの接触が悪いだけらしい。
    イケメン兄弟が力を合わせ、数回に一回の確率で流れるようにまで直してくれた。
    「コツがあるんだよ、いいかいよく見て」
    偉そうに何度もレバーの押し方を伝授してくれた兄貴。
    ...それは解決策かな?

    温水が復活したのは一週間後。
    蛇口からでてきたのはどす黒くて鉄臭い水。
    洗っているのか汚れているのか分からない気もしたけれど
    なんせ温かいだけで幸せ。

    何の不便もない生活では知ることのない感謝の心。

  • Hemis Gompa<br /><br />レーに到着した夜、頭痛に耐えながらホテル近くの商店へ。<br />そこで出会った、別のホテルで働いているカシミール出身のBaji。<br />彼はとても人なつっこい、でもあまり押しの強くないインド人。<br />いつのまにか仲良くなった。<br /><br />Bajiと”シャンティ・ストゥーパ”という日本寺へ行くことにした。<br />向かっている途中、キーロンのホテルで一緒だった日本人女性とドイツ人カップルに偶然再会した。<br />彼女たちも後から来るというので、Bajiと先に登り始める。<br /><br />ただでさえ酸素が薄いレーの町。<br />シャンティーストゥーパはレーの町どこに居ても見えるほどの<br />小高い丘の上に建っている。<br /><br />「Baji、ちょっと待ってぇ」<br />息があがり、休憩したいことを伝えるのもつらい。<br />登ってきた階段を見下ろすと、カップルが明らかに重い足取りで一歩一歩登ってくる姿が小さく見える。<br /><br />ゼーハーゼーハー<br /><br />汗まみれになって登る。<br /><br />突然Baji君のさりげない告白。「I like you」<br /><br />ゼーハーゼーハー 「...Thanks」<br /><br />登りきったそこに広がるのはレーの広大な景色。<br />遠くに連なるヒマラヤの山々には万年雪も見える。<br />気分爽快!<br />カップルも加わり、4人で雪山を見渡せる特等席を陣取って<br />大の字に寝転がり達成感にひたる。<br />冷たく乾いた空気。ほてった顔に当たって気持ちいい。<br />「ここで星空を見れたら最高だろうね」<br /><br />大自然、これ以上に美しいものはないと思った。<br /><br /><br />レー周辺にはチベット仏教寺院のゴンパ(Gompa)が点在する。<br />カップルと一緒に行こうと、Bajiが知り合いのジープを手配してくれることになった。<br />しかし当日の朝、ゴンパまでは乗り合いバスで行けるという情報を知り、ジープは断ることにした。<br />ドタキャンしてしまってBajiには悪いことをした。<br />でもバスがあることを隠していた彼も悪い。<br /><br />ヘミスゴンパ(Hemis Gompa)は目の前までバスで登れた。<br />しかしティクセ(Theksey)・シェー(Shey)ゴンパは石段を歩いて登る。<br />これも修行。<br /><br />外観からは想像もできないほどゴンパの建物の中はカラフル。<br />色とりどりに描かれた曼荼羅や菩薩像。 <br />ラマ(お坊さん)の鮮やかなオレンジ色の袈裟。<br />まだ少年のラマも小さな袈裟を着て修行している。<br />カメラを向けるとキャー!と照れて逃げていった。<br /><br />ラダックの人の顔は、インド人というより日本人に近い。<br />礼儀正しいところや遠慮をするところも似ている。<br /><br /><br />レーを発つ前夜、Bajiと2人でお別れ会をした。<br /><br />これまでの統計から”カシミール人は商売命”という思い込みがあり<br />Bajiとも少なからず警戒しながら付き合ってきたのは事実。<br />ツアーを勧められたことも何度かあったけど、基本的に彼はあたしが拒むことに対してそれ以上の押し売りはしなかった。<br />むしろ、レーで過ごす時間を共有した仲間だと思う。<br />あたしがレーに来たのがちょうどシーズンが終わる直前だったので<br />外国人観光客が少なく、彼も時間を持て余していたらしい。<br /><br />とにかく楽しい時間を過ごせたことに感謝の意味も込めて<br />レーを発つ前にちゃんとお別れをしたかった。<br /><br />バスが翌朝4時発ということもあり、食事会も早々に切り上げた。<br /><br />Bajiは最後に爆弾発言をした。<br /><br />「ぼく来年結婚するんだ」<br /><br />!!!!恋人いたの!!!!<br /><br />「あたしと遊んでて、よく彼女怒らなかったね」<br /><br /><br />「昨日出会ったんだ。イスラエル人だよ」<br /><br /><br /><br />Baji、お母さんは一直線で純粋なあなたがとても心配です。

    Hemis Gompa

    レーに到着した夜、頭痛に耐えながらホテル近くの商店へ。
    そこで出会った、別のホテルで働いているカシミール出身のBaji。
    彼はとても人なつっこい、でもあまり押しの強くないインド人。
    いつのまにか仲良くなった。

    Bajiと”シャンティ・ストゥーパ”という日本寺へ行くことにした。
    向かっている途中、キーロンのホテルで一緒だった日本人女性とドイツ人カップルに偶然再会した。
    彼女たちも後から来るというので、Bajiと先に登り始める。

    ただでさえ酸素が薄いレーの町。
    シャンティーストゥーパはレーの町どこに居ても見えるほどの
    小高い丘の上に建っている。

    「Baji、ちょっと待ってぇ」
    息があがり、休憩したいことを伝えるのもつらい。
    登ってきた階段を見下ろすと、カップルが明らかに重い足取りで一歩一歩登ってくる姿が小さく見える。

    ゼーハーゼーハー

    汗まみれになって登る。

    突然Baji君のさりげない告白。「I like you」

    ゼーハーゼーハー 「...Thanks」

    登りきったそこに広がるのはレーの広大な景色。
    遠くに連なるヒマラヤの山々には万年雪も見える。
    気分爽快!
    カップルも加わり、4人で雪山を見渡せる特等席を陣取って
    大の字に寝転がり達成感にひたる。
    冷たく乾いた空気。ほてった顔に当たって気持ちいい。
    「ここで星空を見れたら最高だろうね」

    大自然、これ以上に美しいものはないと思った。


    レー周辺にはチベット仏教寺院のゴンパ(Gompa)が点在する。
    カップルと一緒に行こうと、Bajiが知り合いのジープを手配してくれることになった。
    しかし当日の朝、ゴンパまでは乗り合いバスで行けるという情報を知り、ジープは断ることにした。
    ドタキャンしてしまってBajiには悪いことをした。
    でもバスがあることを隠していた彼も悪い。

    ヘミスゴンパ(Hemis Gompa)は目の前までバスで登れた。
    しかしティクセ(Theksey)・シェー(Shey)ゴンパは石段を歩いて登る。
    これも修行。

    外観からは想像もできないほどゴンパの建物の中はカラフル。
    色とりどりに描かれた曼荼羅や菩薩像。 
    ラマ(お坊さん)の鮮やかなオレンジ色の袈裟。
    まだ少年のラマも小さな袈裟を着て修行している。
    カメラを向けるとキャー!と照れて逃げていった。

    ラダックの人の顔は、インド人というより日本人に近い。
    礼儀正しいところや遠慮をするところも似ている。


    レーを発つ前夜、Bajiと2人でお別れ会をした。

    これまでの統計から”カシミール人は商売命”という思い込みがあり
    Bajiとも少なからず警戒しながら付き合ってきたのは事実。
    ツアーを勧められたことも何度かあったけど、基本的に彼はあたしが拒むことに対してそれ以上の押し売りはしなかった。
    むしろ、レーで過ごす時間を共有した仲間だと思う。
    あたしがレーに来たのがちょうどシーズンが終わる直前だったので
    外国人観光客が少なく、彼も時間を持て余していたらしい。

    とにかく楽しい時間を過ごせたことに感謝の意味も込めて
    レーを発つ前にちゃんとお別れをしたかった。

    バスが翌朝4時発ということもあり、食事会も早々に切り上げた。

    Bajiは最後に爆弾発言をした。

    「ぼく来年結婚するんだ」

    !!!!恋人いたの!!!!

    「あたしと遊んでて、よく彼女怒らなかったね」


    「昨日出会ったんだ。イスラエル人だよ」



    Baji、お母さんは一直線で純粋なあなたがとても心配です。

  • 天空の村Dharamsala<br /><br />Manali→Dharamsala<br /><br />レーから戻る道路が閉鎖される直前(9月中旬)にマナーリへ戻る。<br /><br />「行きはよいよい、帰りはこわい」<br />Bajiとのお別れ会で香辛料たっぷりのカレーを食べたのが失敗。<br />バスに乗る前からなんとなくお腹の調子がおかしい。<br />でもどうしてもあの景色をもう一度見たい。<br /><br />バスの旅は長い。ただでさえ長い。腹痛持ちにはさらに長い。<br /><br />宿泊する町キーロンに着いたのは夜。疲れ果てていた。<br />往路で泊まった観光客用のホテルに行けば良かったのに、疲れていたので客引きに連れられるままインド人しかいない宿に行く。<br />...トイレが無い。<br /><br />「オープントイレット」<br />その辺の茂みに行ってこい、と言われる。<br /><br />観光客用のホテルのトイレには、巨大な南京錠がかかっている。<br />こうなったら仕方ない。<br />インド人のトイレである茂みへ行ってみる。<br /><br />あたりは真っ暗。誰にも見られるはずはない。<br />...でも最後の一歩が踏み出せない。<br />だっておんなのこですもの。<br /><br />どうしても茂みに腰を下ろせず、あたりをうろうろしていたら食堂の人がトイレを貸してくれた。<br /><br />ほんまにおおきに 涙<br /><br /><br />マナーリでしばし充電。<br />体調の悪さにこの先の旅の不安を感じ、初めて病院に行く。<br /><br />ホテル近くの大きな病院で、若い男の先生に診てもらう。<br />触診され、異常がなさそうだということで薬もなく終了。<br />もし明日も腹痛が続くようなら便を持って来なさいと言われたけど、その夜から嘘のように腹痛は消え、すっかり元気になった。<br /><br />マナーリの町でレーで一緒だったカップルと三度目の再会。<br />彼女達のホテルに招かれ、これからのプランを話し合う。<br />どうやら彼は彼女に旅のプランを任せっぱなしらしい。<br />2人で協力して作っていく旅、どちらかが無関心では意味がない。<br /><br /><br />翌日の夜行バスでダラムサラ(Dharamsala)へ。<br /><br />出発まで時間があるのでバススタンドの外に座って待つ。<br />ロンプラを読んでいると、青年が隣に座って話しかけてきた。<br />彼は近くの村に住んでいて、外国人旅行者を家に泊めて生計を立てているらしい。<br />さすが長期滞在者が多い町。ホテルより安いホームステイ。<br />現在もイスラエル人が数人泊まっているという。<br /><br />「もうマナーリを発つから宿はいらない」と言っても<br />「とりあえずチャイだけ飲みに行こうよ」とあきらめない。<br />...あやしい。<br />思わず疑ってしまうあたし。聞こえない振りをして他の話を続ける。<br /><br />ふと彼の腕に彫られたタトゥーが目に入る。女の子の名前。<br />「彼女の名前を彫るなんて、よっぽど好きなんだね」<br />彼の顔が急に暗くなった。<br /><br />彼女というのは、一年ほど前に彼の家に泊まっていた韓国人。<br />韓国に帰国してからは一切連絡がないという。<br />「一緒に居た時はすごく仲良かったのに」<br />彼女だから家賃は取らなかったし、彼女が行きたい場所は全部案内して連れて行ったらしい。<br />...それって利用されたんでは...<br /><br />インドを旅していると、インド人に騙されたというのはよく聞く話。<br />でも、こうやって外国人に都合よく利用されて傷ついてるインド人もいるんだと思った。<br />あたし達外国人の耳にはあまり入ってこない話なだけ。<br /><br />2人して暗い雰囲気になったところで今度はあたしから<br />「美味しいチャイでも飲みに行こう」<br />と彼を誘ってバススタンド向かいの食堂へ入る。<br />そこに座っていたのは彼の友達、太っちょの陽気なおじさん。<br />3人でチャイを飲みながら世間話。<br /><br />そろそろバスの時間、彼も席を立ち一緒についてきてくれた。<br /><br />バススタンドに群がる人、人、人。<br />濛々と舞う砂埃と排気ガス。<br />何台も停まるバスの中からダラムサラ行きを探し出す。<br /><br />あたしの番号が書かれた席にはすでに男の子が座っている。<br />汚れた肌、もつれた髪、着ている服は破れている。<br />自分のチケットをもう一度確認してから話しかけた。<br />「そこはあたしの席だと思うんだけど」<br />「...」<br />英語が通じていないのか、こちらをちらっと見ただけで完全に無視。<br /><br />外で待っていた彼がバスに乗り込んできた。<br />その席があたしの席であることをヒンディー語で説明する。<br />男の子は完全に無視を続ける。<br />彼はますます声を荒げ、「どけ!」と怒鳴る。<br />そこへパンジャビドレスを着たチベット人女性が乗ってきた。<br />彼から事情を聞いた彼女も説得に加わる。<br />しかし男の子は頑なに無視を続け、びくとも動こうとしない。<br /><br />バスが出発する間際まで二人の説得は続いた。<br />男の子は一列前の席に移動した。<br />ホッとして席につき、お礼を言うと彼はバスから降りて行った。<br />「またマナーリに来てね!」<br />本当に優しい子だったな...<br /><br /><br />バスは夜道をブッ飛ばす。<br />ぐねぐねと意地悪に曲がる山道。<br />体が左右に大きく揺さぶられ、眠りたいのに寝つけない。<br />途中で何度も休憩があり、体を伸ばしに外へ出る。<br />暗い車内では分からなかったけど、どうやら女性はあたしとあのチベット人女性だけらしい。<br /><br />途中で乗ってきた男が隣に座った。<br />男は前の座席に頭をもたれてうつぶせになっている。<br />座席は三人掛け、二人で座っているからスペースに余裕はある。<br /><br />最初は気のせいだと思っていたが、少しづつ体が近づいてくる。<br />バスがぐねぐねと曲がるときの遠心力に合わせて太股が触れる。<br />あたしはできるだけ窓側に寄り、体をもたれて目を閉じていた。<br />...だんだん気になってくる。<br />目を開けて見てみると、その男の隣にはまだ誰も座っていない。<br />そのうち男の手が動き出した。<br /><br />完全に目が覚めた。これは気のせいなんかじゃない。<br /><br />男を起こし「あんた二人分のスペース取ってるのになんでこっちに寄って来るの?」と言った。<br />男はまさか怒られるとは思っていなかったような驚き顔。<br />小柄で遠慮がちなジャパニーズは何しても怒らないと思ったら大間違い!<br /><br />男はあたしとの間に有余るほどの距離を置いて座り直した。<br />やっと眠れる。<br /><br /><br />午前3時、ダラムサラに到着。<br />降りた乗客のほとんどが、バススタンドの硬いコンクリートの床に毛布を敷き始める。<br />マクロードガンジに向かうミニバスの始発を待っているらしい。<br /><br />あたしも寝るか...と座り込むと、あのチベット人女性が来て言った。<br />「近くのホテルに行くわよ」<br />...ハイ?<br /><br />マナーリの彼があたしの面倒を見てくれるようにお願いしたらしい。<br />初対面だったんですけど...彼女は知っているのかどうか。<br />彼女の息子はダラムサラの町で一人暮らしをしているらしく、今回は家族みんなでここに集まる予定らしい。<br />彼女の夫もデリーからバスでこちらへ向かっていて、朝には到着すると言う。<br />「夫が着くまでベットが空いているから休んで行きなさい」<br /><br />...見ず知らずの旅人にあたしは同じことが言えるだろうか。<br /><br />まだ夜明け前。ホテルは閉まっていた。<br />彼女はホテルのドアを連打。その音に従業員が起きてきた。<br />顔は違ってもやっぱりインド人だな、と笑ってしまう。<br />重いドアを開けると、入り口の床で従業員が毛布を敷いて仲良くゴロ寝している。<br />薄暗い室内、踏まないように一人一人慎重にまたいで部屋へ。<br />あたしも彼女と仲良くダブルベットで横になる。<br /><br />翌朝、お礼にもならないけど朝食を食べに行かない?と言うと<br />「とんでもない!そろそろ主人が着く頃だから行かないと」<br />と逆にりんごを持たされ、彼女はいそいそと去って行った。<br /><br />あなたはインドで出会った天使です...<br /><br /><br />午前7時30分のミニバスに乗りマクロードガンジ(McLoad Ganj)へ。<br /><br />ダライラマ邸があるインドの亡命チベット人本拠地。<br />チベット仏教僧や観光客で賑やかな山上の町。<br /><br />ルンタ(Lung-Ta)という日本食レストランがある。<br />日本とチベットのNGOが共同経営しているらしい。<br />数ヶ月ぶりの日本食。うどん 親子丼 クリームパン<br />スパイスの入っていない食事に感無量。<br />チョコレートロッジというケーキ屋さんのケーキは絶品。<br />パサパサしたインドのケーキとは違う。<br /><br />レストランで出会った日本の大学教授、林さん。<br />まるで「食」のためだけに来てしまったようなあたしとは違い<br />チベット仏教やダライラマについての知識が豊富。<br />一緒にダライラマ邸やゴンパを見に行ったり<br />となり村にある滝まで散歩したりのんびり過ごす。<br /><br />モンスーンは去ったと言われていたのに、雨続きだった。<br />しとしと降る雨 深い霧<br />より一層この町を神秘的なものに見せた。

    天空の村Dharamsala

    Manali→Dharamsala

    レーから戻る道路が閉鎖される直前(9月中旬)にマナーリへ戻る。

    「行きはよいよい、帰りはこわい」
    Bajiとのお別れ会で香辛料たっぷりのカレーを食べたのが失敗。
    バスに乗る前からなんとなくお腹の調子がおかしい。
    でもどうしてもあの景色をもう一度見たい。

    バスの旅は長い。ただでさえ長い。腹痛持ちにはさらに長い。

    宿泊する町キーロンに着いたのは夜。疲れ果てていた。
    往路で泊まった観光客用のホテルに行けば良かったのに、疲れていたので客引きに連れられるままインド人しかいない宿に行く。
    ...トイレが無い。

    「オープントイレット」
    その辺の茂みに行ってこい、と言われる。

    観光客用のホテルのトイレには、巨大な南京錠がかかっている。
    こうなったら仕方ない。
    インド人のトイレである茂みへ行ってみる。

    あたりは真っ暗。誰にも見られるはずはない。
    ...でも最後の一歩が踏み出せない。
    だっておんなのこですもの。

    どうしても茂みに腰を下ろせず、あたりをうろうろしていたら食堂の人がトイレを貸してくれた。

    ほんまにおおきに 涙


    マナーリでしばし充電。
    体調の悪さにこの先の旅の不安を感じ、初めて病院に行く。

    ホテル近くの大きな病院で、若い男の先生に診てもらう。
    触診され、異常がなさそうだということで薬もなく終了。
    もし明日も腹痛が続くようなら便を持って来なさいと言われたけど、その夜から嘘のように腹痛は消え、すっかり元気になった。

    マナーリの町でレーで一緒だったカップルと三度目の再会。
    彼女達のホテルに招かれ、これからのプランを話し合う。
    どうやら彼は彼女に旅のプランを任せっぱなしらしい。
    2人で協力して作っていく旅、どちらかが無関心では意味がない。


    翌日の夜行バスでダラムサラ(Dharamsala)へ。

    出発まで時間があるのでバススタンドの外に座って待つ。
    ロンプラを読んでいると、青年が隣に座って話しかけてきた。
    彼は近くの村に住んでいて、外国人旅行者を家に泊めて生計を立てているらしい。
    さすが長期滞在者が多い町。ホテルより安いホームステイ。
    現在もイスラエル人が数人泊まっているという。

    「もうマナーリを発つから宿はいらない」と言っても
    「とりあえずチャイだけ飲みに行こうよ」とあきらめない。
    ...あやしい。
    思わず疑ってしまうあたし。聞こえない振りをして他の話を続ける。

    ふと彼の腕に彫られたタトゥーが目に入る。女の子の名前。
    「彼女の名前を彫るなんて、よっぽど好きなんだね」
    彼の顔が急に暗くなった。

    彼女というのは、一年ほど前に彼の家に泊まっていた韓国人。
    韓国に帰国してからは一切連絡がないという。
    「一緒に居た時はすごく仲良かったのに」
    彼女だから家賃は取らなかったし、彼女が行きたい場所は全部案内して連れて行ったらしい。
    ...それって利用されたんでは...

    インドを旅していると、インド人に騙されたというのはよく聞く話。
    でも、こうやって外国人に都合よく利用されて傷ついてるインド人もいるんだと思った。
    あたし達外国人の耳にはあまり入ってこない話なだけ。

    2人して暗い雰囲気になったところで今度はあたしから
    「美味しいチャイでも飲みに行こう」
    と彼を誘ってバススタンド向かいの食堂へ入る。
    そこに座っていたのは彼の友達、太っちょの陽気なおじさん。
    3人でチャイを飲みながら世間話。

    そろそろバスの時間、彼も席を立ち一緒についてきてくれた。

    バススタンドに群がる人、人、人。
    濛々と舞う砂埃と排気ガス。
    何台も停まるバスの中からダラムサラ行きを探し出す。

    あたしの番号が書かれた席にはすでに男の子が座っている。
    汚れた肌、もつれた髪、着ている服は破れている。
    自分のチケットをもう一度確認してから話しかけた。
    「そこはあたしの席だと思うんだけど」
    「...」
    英語が通じていないのか、こちらをちらっと見ただけで完全に無視。

    外で待っていた彼がバスに乗り込んできた。
    その席があたしの席であることをヒンディー語で説明する。
    男の子は完全に無視を続ける。
    彼はますます声を荒げ、「どけ!」と怒鳴る。
    そこへパンジャビドレスを着たチベット人女性が乗ってきた。
    彼から事情を聞いた彼女も説得に加わる。
    しかし男の子は頑なに無視を続け、びくとも動こうとしない。

    バスが出発する間際まで二人の説得は続いた。
    男の子は一列前の席に移動した。
    ホッとして席につき、お礼を言うと彼はバスから降りて行った。
    「またマナーリに来てね!」
    本当に優しい子だったな...


    バスは夜道をブッ飛ばす。
    ぐねぐねと意地悪に曲がる山道。
    体が左右に大きく揺さぶられ、眠りたいのに寝つけない。
    途中で何度も休憩があり、体を伸ばしに外へ出る。
    暗い車内では分からなかったけど、どうやら女性はあたしとあのチベット人女性だけらしい。

    途中で乗ってきた男が隣に座った。
    男は前の座席に頭をもたれてうつぶせになっている。
    座席は三人掛け、二人で座っているからスペースに余裕はある。

    最初は気のせいだと思っていたが、少しづつ体が近づいてくる。
    バスがぐねぐねと曲がるときの遠心力に合わせて太股が触れる。
    あたしはできるだけ窓側に寄り、体をもたれて目を閉じていた。
    ...だんだん気になってくる。
    目を開けて見てみると、その男の隣にはまだ誰も座っていない。
    そのうち男の手が動き出した。

    完全に目が覚めた。これは気のせいなんかじゃない。

    男を起こし「あんた二人分のスペース取ってるのになんでこっちに寄って来るの?」と言った。
    男はまさか怒られるとは思っていなかったような驚き顔。
    小柄で遠慮がちなジャパニーズは何しても怒らないと思ったら大間違い!

    男はあたしとの間に有余るほどの距離を置いて座り直した。
    やっと眠れる。


    午前3時、ダラムサラに到着。
    降りた乗客のほとんどが、バススタンドの硬いコンクリートの床に毛布を敷き始める。
    マクロードガンジに向かうミニバスの始発を待っているらしい。

    あたしも寝るか...と座り込むと、あのチベット人女性が来て言った。
    「近くのホテルに行くわよ」
    ...ハイ?

    マナーリの彼があたしの面倒を見てくれるようにお願いしたらしい。
    初対面だったんですけど...彼女は知っているのかどうか。
    彼女の息子はダラムサラの町で一人暮らしをしているらしく、今回は家族みんなでここに集まる予定らしい。
    彼女の夫もデリーからバスでこちらへ向かっていて、朝には到着すると言う。
    「夫が着くまでベットが空いているから休んで行きなさい」

    ...見ず知らずの旅人にあたしは同じことが言えるだろうか。

    まだ夜明け前。ホテルは閉まっていた。
    彼女はホテルのドアを連打。その音に従業員が起きてきた。
    顔は違ってもやっぱりインド人だな、と笑ってしまう。
    重いドアを開けると、入り口の床で従業員が毛布を敷いて仲良くゴロ寝している。
    薄暗い室内、踏まないように一人一人慎重にまたいで部屋へ。
    あたしも彼女と仲良くダブルベットで横になる。

    翌朝、お礼にもならないけど朝食を食べに行かない?と言うと
    「とんでもない!そろそろ主人が着く頃だから行かないと」
    と逆にりんごを持たされ、彼女はいそいそと去って行った。

    あなたはインドで出会った天使です...


    午前7時30分のミニバスに乗りマクロードガンジ(McLoad Ganj)へ。

    ダライラマ邸があるインドの亡命チベット人本拠地。
    チベット仏教僧や観光客で賑やかな山上の町。

    ルンタ(Lung-Ta)という日本食レストランがある。
    日本とチベットのNGOが共同経営しているらしい。
    数ヶ月ぶりの日本食。うどん 親子丼 クリームパン
    スパイスの入っていない食事に感無量。
    チョコレートロッジというケーキ屋さんのケーキは絶品。
    パサパサしたインドのケーキとは違う。

    レストランで出会った日本の大学教授、林さん。
    まるで「食」のためだけに来てしまったようなあたしとは違い
    チベット仏教やダライラマについての知識が豊富。
    一緒にダライラマ邸やゴンパを見に行ったり
    となり村にある滝まで散歩したりのんびり過ごす。

    モンスーンは去ったと言われていたのに、雨続きだった。
    しとしと降る雨 深い霧
    より一層この町を神秘的なものに見せた。

  • The Golden Temple<br /><br />Dharamsala→Amritsar<br /><br />ダラムサラからパターンコート(PathanKot)経由でバス8時間、パンジャーブ州(Punjab)・アムリトサル(Amritsar)に着く。<br /><br />宿泊は迷わずインドの金閣寺、Golden Templeへ。<br />ターバンでお馴染みのシーク教(Sikh)総本山。<br />インド中から集まってくる巡礼者のための大きな宿泊施設があり<br />外国人用にも別スペースを設けていて、ベットさえ空いていれば誰でも受け入れてくれる。<br />値段はお布施という形で特に決まっていない。出る時に自分の気持ちとして渡す。<br />しかしやっぱり無料では泊めたくないのが本心。旅行者の出発日と時間の確認は特に念入りで、その記憶力には驚かされる。<br />「あの○○人を見たか」「彼はどこへ行った」<br />おそらく観光だと思います。<br /><br />お寺のドミトリーに着いてすぐ、イスラエル人のバックパッカー達が<br />「一緒にレストランに行かない?」と誘ってくれた。<br />今日はイスラエルの元旦、みんなでお祝いをしようと言う。<br /><br />6人で一台のリクシャーに乗り込む。<br />お互いのひざに座り、リクシャーにしがみつく。<br />アムリトサルで一番高級なレストラン「Crystal」(地元調べ)へ。<br /><br />普段はたいてい節約しながら旅をしているバックパッカーのあたし達、つかの間のセレブ気分を味わう。<br />日本や欧米にあるインディアンレストランのような落ち着いた店内。<br />味付けも上品。客もお金持ちのシーク教徒ばかり。<br /><br />すっかり旅人モードになっているあたしは、自分が場違いな気がしてしょうがない。<br />おやじがルンギ一丁で作るチャイ屋でサモサかじってるほうが自分には似合うな...<br /><br /><br />寺には24時間巡礼者が途切れない。<br />シーク教徒以外のあたし達も、バンダナで髪を隠し、裸足になり足を清めて、大理石の床をすべるように時計回りに歩く。<br />イスラエル人の彼らはシーク教徒の巡礼者達と一緒に池で沐浴。<br /><br />夜になると寺は変身する。<br />ラスベガス並みのド派手なライトアップ。<br />張り巡らされた様々な色の電球が光り、目がちかちかする。<br />寺そのものが金色だというのに。<br /><br />真夜中に本堂で聖典を読む行事が行われる。<br />イスラエル人のAviは「絶対見てこい」と勧めてくれたけど<br />もうちょっと寝ていたい...とベッドでうだうだ。<br />そのうちAviに叩き起こされる。<br /><br />午前3時とは思えない。人が大行列で並んでいる。<br />人々の列に混じって橋を渡り、いよいよ金色の本堂に入る。<br />熱心な教徒が決して広くない本堂に座り込み、ぎゅうぎゅう詰めになりながら拝んでいる。<br />彼らが聖典を読む低い声がお腹に響く。<br />シーク教徒ではないという引け目から遠慮がちになっていたあたしは<br />押し合う人々の群れから知らぬ間に押し出される。<br />本堂から出るとき、一人一人にカラ・パサードと呼ばれる甘いお団子のようなものが配られる。<br />教徒と同じように座ってそれを頂く。<br />ー放心ー<br />夜風と大理石の冷たさが心地良かった。<br />安らかな気持ち。<br />何か大きなものが自分を守ってくれているような安心感。<br />聖域の持つエネルギーなのかな。<br /><br />異教徒でも受け入れ、宿泊や食事の面倒までみるという寛大で<br />そして派手好きなシーク教徒の総本山、ゴールデンテンプル。<br /><br /><br />翌日、アムリトサルの町を歩いていた。<br />そこへ現れたのは新品のバイクに乗ったシークの男。<br />「おいしいデザートを食べに行こうよ」<br />アムリトサルには外国人観光客向けのレストランがあまりない。<br />毎日同じレストランでチョウメン(焼きそば)を食べていたあたし。<br />迷わず彼の言葉に食いついた。「行く!」<br /><br />バイクの後ろに乗せてもらい、町を走る。<br />彼が連れて行ってくれたのは小綺麗なカフェ。<br /><br />そこで彼が見せたものが印象的で何を食べたかは覚えていない。<br />彼の携帯画面に映し出されたムービー。<br />モザイクなし、欧米美女のセックスシーン。<br /><br />ちょっと抵抗はあったけど、面白いので話を聞く。<br /><br />「どうしても外国人とセックスがしたい」<br />ものすごく素直な意見だと思います。<br /><br />でもそんなに直接的にお願いして<br />「オッケー、やりましょう」なんて言う外国人はいないと思うよ、と言うと<br />「何事もトライしてみないと分からないじゃないか」<br />ものすごく前向きでいい言葉ですね。<br /><br /><br />あたしには彼の純粋な挑戦を否定することはできなかった。<br />やるだけやってみればいい!<br /><br />あたしはあなたの相手にはなれない、と断ると素直にあきらめて<br />出会った場所まできちんと送ってくれた彼は、やっぱりいい子です。

    The Golden Temple

    Dharamsala→Amritsar

    ダラムサラからパターンコート(PathanKot)経由でバス8時間、パンジャーブ州(Punjab)・アムリトサル(Amritsar)に着く。

    宿泊は迷わずインドの金閣寺、Golden Templeへ。
    ターバンでお馴染みのシーク教(Sikh)総本山。
    インド中から集まってくる巡礼者のための大きな宿泊施設があり
    外国人用にも別スペースを設けていて、ベットさえ空いていれば誰でも受け入れてくれる。
    値段はお布施という形で特に決まっていない。出る時に自分の気持ちとして渡す。
    しかしやっぱり無料では泊めたくないのが本心。旅行者の出発日と時間の確認は特に念入りで、その記憶力には驚かされる。
    「あの○○人を見たか」「彼はどこへ行った」
    おそらく観光だと思います。

    お寺のドミトリーに着いてすぐ、イスラエル人のバックパッカー達が
    「一緒にレストランに行かない?」と誘ってくれた。
    今日はイスラエルの元旦、みんなでお祝いをしようと言う。

    6人で一台のリクシャーに乗り込む。
    お互いのひざに座り、リクシャーにしがみつく。
    アムリトサルで一番高級なレストラン「Crystal」(地元調べ)へ。

    普段はたいてい節約しながら旅をしているバックパッカーのあたし達、つかの間のセレブ気分を味わう。
    日本や欧米にあるインディアンレストランのような落ち着いた店内。
    味付けも上品。客もお金持ちのシーク教徒ばかり。

    すっかり旅人モードになっているあたしは、自分が場違いな気がしてしょうがない。
    おやじがルンギ一丁で作るチャイ屋でサモサかじってるほうが自分には似合うな...


    寺には24時間巡礼者が途切れない。
    シーク教徒以外のあたし達も、バンダナで髪を隠し、裸足になり足を清めて、大理石の床をすべるように時計回りに歩く。
    イスラエル人の彼らはシーク教徒の巡礼者達と一緒に池で沐浴。

    夜になると寺は変身する。
    ラスベガス並みのド派手なライトアップ。
    張り巡らされた様々な色の電球が光り、目がちかちかする。
    寺そのものが金色だというのに。

    真夜中に本堂で聖典を読む行事が行われる。
    イスラエル人のAviは「絶対見てこい」と勧めてくれたけど
    もうちょっと寝ていたい...とベッドでうだうだ。
    そのうちAviに叩き起こされる。

    午前3時とは思えない。人が大行列で並んでいる。
    人々の列に混じって橋を渡り、いよいよ金色の本堂に入る。
    熱心な教徒が決して広くない本堂に座り込み、ぎゅうぎゅう詰めになりながら拝んでいる。
    彼らが聖典を読む低い声がお腹に響く。
    シーク教徒ではないという引け目から遠慮がちになっていたあたしは
    押し合う人々の群れから知らぬ間に押し出される。
    本堂から出るとき、一人一人にカラ・パサードと呼ばれる甘いお団子のようなものが配られる。
    教徒と同じように座ってそれを頂く。
    ー放心ー
    夜風と大理石の冷たさが心地良かった。
    安らかな気持ち。
    何か大きなものが自分を守ってくれているような安心感。
    聖域の持つエネルギーなのかな。

    異教徒でも受け入れ、宿泊や食事の面倒までみるという寛大で
    そして派手好きなシーク教徒の総本山、ゴールデンテンプル。


    翌日、アムリトサルの町を歩いていた。
    そこへ現れたのは新品のバイクに乗ったシークの男。
    「おいしいデザートを食べに行こうよ」
    アムリトサルには外国人観光客向けのレストランがあまりない。
    毎日同じレストランでチョウメン(焼きそば)を食べていたあたし。
    迷わず彼の言葉に食いついた。「行く!」

    バイクの後ろに乗せてもらい、町を走る。
    彼が連れて行ってくれたのは小綺麗なカフェ。

    そこで彼が見せたものが印象的で何を食べたかは覚えていない。
    彼の携帯画面に映し出されたムービー。
    モザイクなし、欧米美女のセックスシーン。

    ちょっと抵抗はあったけど、面白いので話を聞く。

    「どうしても外国人とセックスがしたい」
    ものすごく素直な意見だと思います。

    でもそんなに直接的にお願いして
    「オッケー、やりましょう」なんて言う外国人はいないと思うよ、と言うと
    「何事もトライしてみないと分からないじゃないか」
    ものすごく前向きでいい言葉ですね。


    あたしには彼の純粋な挑戦を否定することはできなかった。
    やるだけやってみればいい!

    あたしはあなたの相手にはなれない、と断ると素直にあきらめて
    出会った場所まできちんと送ってくれた彼は、やっぱりいい子です。

  • Mother Ganga,Rishikesh<br /><br />Amritsar→Dehradun→Mossoorie→Rishikesh<br /><br />アムリトサルから夜行列車に乗り、翌朝ウッタランチャル州(Uttranchal)に入る。<br />デラ・ドゥン(Dehra dun)で降りて路線バスに乗り換え、山を登ること数十分、避暑地ムスーリー(Mossoorie)に到着。<br /><br />レー マナーリ ダラムサラ<br />気候も涼しくて人の圧力がない町の旅にすっかり甘やかされた後<br />アムリトサルでは想像以上に体力・気力を消耗した。<br />扇風機をかけながらそうめんを食べていた日々から一転して<br />三食脂身だらけのステーキを食べている感じ。伝わるかな?<br /><br />ひと息いれるためムスーリーへ。<br />ハネムーンに人気の場所、外国人よりインド人観光客の方が多い。<br />晴れの日は遠くにヒマラヤ山脈が望め、霧が出ると一瞬で真っ白になり何も見えなくなる。<br />雲を下に見下ろして、仙人になった気分。<br /><br />リゾート地なだけあり物価がやや高い。その中で見つけた安宿は居心地が良くて好きだった。<br />ホテルのマネージャーは若くてさわやか。<br />特に用もないのに何かと部屋まで来る。上手に距離をおいていると害はない。<br /><br />朝食を食べにホテルの食堂の席につくと、手品師がつけるおもちゃみたいなヒゲをしたおっちゃんが注文を取りに来る。<br />「バタートーストとバナナラッシー」<br />「オーケー、ワンモーメント」<br />そそくさとキッチンへ戻って行った。<br /><br />まだかな お腹すいたな<br /><br />...遅いな<br /><br />えらく時間がかかっている。<br /><br />裏のキッチンへ様子を見に行ってみる。<br />いた、ヒゲのおっちゃん。何やら格闘中。<br />あたしの姿を見たおっちゃん、真剣な顔で<br />「バナナラッシーってどうやって作る?」<br />... <br />知らないのにメニューに書きますか。<br />今までバナナラッシーを頼んだ客は居なかったのですか。<br /><br /><br />ムスーリーを発つ前夜、ロンプラで絶賛されているインディアンレストランに行ってみる。<br /><br />これまでのインド食生活の水準からして値段はべらぼうに高い。<br />やっぱりそれだけ質はいい。ただの白米でさえ味があって美味しい。<br />大量の米を一人でたいらげる。<br /><br />食事を楽しんでいると、男がテーブルにやって来た。<br />「何かリクエストの曲はありますか?」<br />彼はこのレストランで歌うミュージシャン、Dino。<br />かなり垢抜けいてユーモアがあるインド人。デリーの友達Vikに話し方といい笑い方といいそっっくり!<br />あまりにVikとカブるので、話す彼を見ているだけで顔がほころんでしまう。そんなきっかけで話は弾みまくる。<br />Dinoもやはりデリー出身。ムスーリーに来たのはつい最近だと言う。<br />デラ・ドゥンで行われたオーディションに参加するため来たらしい。<br />結局オーディションには落ちてしまったけれど、カフェで弾き語りをしているところへ偶然居合わせたこのレストランのオーナーに声をかけられたらしい。<br />歌で生活できるなら、とムスーリーに来ることを決めたと言う。<br /><br />自分の歌を聴いて欲しいというので、英語の歌をリクエストする。<br />「少しなら弾けるかもしれない」<br />自身なさげに歌ってくれたクラプトン、すごくいい声だった。<br />得意とするヒンディーのラブソングを熱唱する姿はプロの歌手。<br /><br />レストランの閉店時間になり、彼の部屋に誘われた。<br />夜景がすごくきれいに見える部屋だと言う。<br />彼の歌にすっかりメロメロになっていたあたしは、夜景を見たらすぐ帰るという約束でついていった。<br /><br />レストランからすぐのところにあるホテル。<br />彼の部屋の大きな窓からはデラドゥンの街の夜景が遠くに見えた。<br />テレビでMTVを見ながらいろんな音楽の話をした。<br /><br />すっかり話し込んで遅くなった。「もう帰らないと」とソファーを立つと、彼はあたしの手をつかんで引き止めた。<br />それでも帰ろうとすると腕の力は強まり、彼の顔を見るともうあの笑顔はなくなっていた。<br />「分かった。座るから放して」<br />ソファーに戻った。<br /><br />それを見た彼は冷静になったようで、気まずそうに苦笑いして<br />「何で逃げなかったの?」<br />と言った。<br />「逃げるしかなくなるような危ない相手なら最初からついて行かないし、Dinoは話せば分かる人でしょ」 <br />(この甘い考えのせいで後々痛い目に合う)<br /><br />しばらく考えるように黙っていた彼が口を開いた。<br />「君は他の女と違うから僕は何もしない」<br />彼は謝った。<br />(Dinoがいい人で助かった)<br /><br />彼はあたしのホテル近くまで送ってくれた。<br />電灯のない暗闇で何か大きな黒いものが立っている。<br />牛の群れ。<br />「なーんだ」と笑うあたし。<br />Dinoは都会育ちのインド人、多少怯えている。<br />一人で大丈夫だと告げ、そこで別れる。<br /><br /><br />翌日バスでリシケシュ(Rishikesh)へ。<br /><br />インドの旅をここで終えてもいいと思うほど気に入ってしまった。<br /><br />やっと拝むことができたガンジス川、ヒマラヤの雪解け水がそのまま流れているので温度は冷たいが透き通って美しい。<br />ヒンドゥー教の聖地、ヨガや瞑想を修行する道場(Ashram)や修行僧サドゥーでいつも賑わっている。<br /><br />サドゥーには信仰に熱心な人もいれば、ただオレンジ色の衣を着けて一日中寝転がっている人もいる。<br />レストランで出会った一人のサドゥーは、まるでデザイナーのような個性的なスタイルで、自作の布カバンやポーチを売っていた。<br />決して彼から話しかけてきたりしない。強引なインド人のイメージを覆すほどクールで渋かった。<br /><br /><br />夜になるとガンガー沿いのガートで礼拝(Puja)が行われる。<br /><br />あたしが泊まっていたエリア(Swarg Ashram)の中心、時計台の横にあるメインガートのプージャはとても盛大で、衣装を着た子供達が生演奏に合わせてガンガーに向かい聖歌を歌い、集まった人々は手拍子で盛り上がる。礼拝というより一種のエンターテイメント。<br /><br />対岸の小さなガートでは静かで厳かな雰囲気の中、真っ暗なガンガーに火や花を流し黙祷を捧げるプージャをやっている。<br /><br />彼らにとってのガンガーとは「川」を越えた特別な存在。<br />すべての命を呑込み、すべての罪を清めるという。<br /><br />自然と共に生き、その恵みに感謝するというのは生き物の原点。<br />森を切り開き、海を埋め立てて、せっせとビルと建てている人間。<br />大気を汚染し、水を濁らせ、テクノロジーばかり追っている人間。<br />自然に還っても、うまく遊べない子供達。<br />いつのまにこうなってしまったんだろう。<br />日本で生きているときには気づかない、何か大切なこと<br />それをインドは教えてくれる。<br /><br /><br />町から少し離れたところには滝が点在している。<br />ガンガーになる前の雪解け水。そこで泳げる幸せ。<br /><br />初めて行ったのは町から一番近い滝、カフェで働くインド人にバイクで連れて行ってもらった。<br />彼の店は外国人観光客に人気で、道を歩いていると出会う欧米人に<br />「あら○○カフェの店員さん、元気?」<br />というふうに声をかけられている。(=信用できる、と判断)<br /><br />仕事の休憩中にガンガーの河原で人生について話したりした。<br />彼の同僚(ベジタリアン)に菜食主義についての意見を聞いた。<br />何かと考えさせられることが多かった。<br /><br />少し遠くにある観光客の少ない滝までは、時計台のプージャで出会ったインド人に連れて行ってもらった。<br />彼のバイクでリシケシュの町まで行きご飯を食べたことから始まり<br />彼と同じホテルに泊まっている韓国人とロシア人のカップルと一緒に遊んだりした。<br /><br />ある夜2人でレストランに行くと、彼の知り合いのオーストリア人のおじさんが一人で食事をしていた。<br />あたし達はそのテーブルに加わって座り、3人で楽しく話しながらの夕食になった。<br />何かの拍子で彼が席を外し、おじさんと2人になった。<br />「大丈夫か?彼はいい男だとは思わないぞ」<br />おじさんによると彼は以前、ある欧米人に付きまとっていたらしい。<br />彼がそのうちあたしにも同じことをするかもしれない、とおじさんは心配してくれた。<br /><br />おじさんの警告を受け、彼との距離に注意することにした。<br /><br />そのあともリシケシュを去るまで彼とはいい友達だった。<br />別れる時もあっけなく、おじさんの心配は全くご無用だった。<br /><br />女なら誰でもいいってわけじゃない。そりゃそうだ。

    Mother Ganga,Rishikesh

    Amritsar→Dehradun→Mossoorie→Rishikesh

    アムリトサルから夜行列車に乗り、翌朝ウッタランチャル州(Uttranchal)に入る。
    デラ・ドゥン(Dehra dun)で降りて路線バスに乗り換え、山を登ること数十分、避暑地ムスーリー(Mossoorie)に到着。

    レー マナーリ ダラムサラ
    気候も涼しくて人の圧力がない町の旅にすっかり甘やかされた後
    アムリトサルでは想像以上に体力・気力を消耗した。
    扇風機をかけながらそうめんを食べていた日々から一転して
    三食脂身だらけのステーキを食べている感じ。伝わるかな?

    ひと息いれるためムスーリーへ。
    ハネムーンに人気の場所、外国人よりインド人観光客の方が多い。
    晴れの日は遠くにヒマラヤ山脈が望め、霧が出ると一瞬で真っ白になり何も見えなくなる。
    雲を下に見下ろして、仙人になった気分。

    リゾート地なだけあり物価がやや高い。その中で見つけた安宿は居心地が良くて好きだった。
    ホテルのマネージャーは若くてさわやか。
    特に用もないのに何かと部屋まで来る。上手に距離をおいていると害はない。

    朝食を食べにホテルの食堂の席につくと、手品師がつけるおもちゃみたいなヒゲをしたおっちゃんが注文を取りに来る。
    「バタートーストとバナナラッシー」
    「オーケー、ワンモーメント」
    そそくさとキッチンへ戻って行った。

    まだかな お腹すいたな

    ...遅いな

    えらく時間がかかっている。

    裏のキッチンへ様子を見に行ってみる。
    いた、ヒゲのおっちゃん。何やら格闘中。
    あたしの姿を見たおっちゃん、真剣な顔で
    「バナナラッシーってどうやって作る?」
    ... 
    知らないのにメニューに書きますか。
    今までバナナラッシーを頼んだ客は居なかったのですか。


    ムスーリーを発つ前夜、ロンプラで絶賛されているインディアンレストランに行ってみる。

    これまでのインド食生活の水準からして値段はべらぼうに高い。
    やっぱりそれだけ質はいい。ただの白米でさえ味があって美味しい。
    大量の米を一人でたいらげる。

    食事を楽しんでいると、男がテーブルにやって来た。
    「何かリクエストの曲はありますか?」
    彼はこのレストランで歌うミュージシャン、Dino。
    かなり垢抜けいてユーモアがあるインド人。デリーの友達Vikに話し方といい笑い方といいそっっくり!
    あまりにVikとカブるので、話す彼を見ているだけで顔がほころんでしまう。そんなきっかけで話は弾みまくる。
    Dinoもやはりデリー出身。ムスーリーに来たのはつい最近だと言う。
    デラ・ドゥンで行われたオーディションに参加するため来たらしい。
    結局オーディションには落ちてしまったけれど、カフェで弾き語りをしているところへ偶然居合わせたこのレストランのオーナーに声をかけられたらしい。
    歌で生活できるなら、とムスーリーに来ることを決めたと言う。

    自分の歌を聴いて欲しいというので、英語の歌をリクエストする。
    「少しなら弾けるかもしれない」
    自身なさげに歌ってくれたクラプトン、すごくいい声だった。
    得意とするヒンディーのラブソングを熱唱する姿はプロの歌手。

    レストランの閉店時間になり、彼の部屋に誘われた。
    夜景がすごくきれいに見える部屋だと言う。
    彼の歌にすっかりメロメロになっていたあたしは、夜景を見たらすぐ帰るという約束でついていった。

    レストランからすぐのところにあるホテル。
    彼の部屋の大きな窓からはデラドゥンの街の夜景が遠くに見えた。
    テレビでMTVを見ながらいろんな音楽の話をした。

    すっかり話し込んで遅くなった。「もう帰らないと」とソファーを立つと、彼はあたしの手をつかんで引き止めた。
    それでも帰ろうとすると腕の力は強まり、彼の顔を見るともうあの笑顔はなくなっていた。
    「分かった。座るから放して」
    ソファーに戻った。

    それを見た彼は冷静になったようで、気まずそうに苦笑いして
    「何で逃げなかったの?」
    と言った。
    「逃げるしかなくなるような危ない相手なら最初からついて行かないし、Dinoは話せば分かる人でしょ」 
    (この甘い考えのせいで後々痛い目に合う)

    しばらく考えるように黙っていた彼が口を開いた。
    「君は他の女と違うから僕は何もしない」
    彼は謝った。
    (Dinoがいい人で助かった)

    彼はあたしのホテル近くまで送ってくれた。
    電灯のない暗闇で何か大きな黒いものが立っている。
    牛の群れ。
    「なーんだ」と笑うあたし。
    Dinoは都会育ちのインド人、多少怯えている。
    一人で大丈夫だと告げ、そこで別れる。


    翌日バスでリシケシュ(Rishikesh)へ。

    インドの旅をここで終えてもいいと思うほど気に入ってしまった。

    やっと拝むことができたガンジス川、ヒマラヤの雪解け水がそのまま流れているので温度は冷たいが透き通って美しい。
    ヒンドゥー教の聖地、ヨガや瞑想を修行する道場(Ashram)や修行僧サドゥーでいつも賑わっている。

    サドゥーには信仰に熱心な人もいれば、ただオレンジ色の衣を着けて一日中寝転がっている人もいる。
    レストランで出会った一人のサドゥーは、まるでデザイナーのような個性的なスタイルで、自作の布カバンやポーチを売っていた。
    決して彼から話しかけてきたりしない。強引なインド人のイメージを覆すほどクールで渋かった。


    夜になるとガンガー沿いのガートで礼拝(Puja)が行われる。

    あたしが泊まっていたエリア(Swarg Ashram)の中心、時計台の横にあるメインガートのプージャはとても盛大で、衣装を着た子供達が生演奏に合わせてガンガーに向かい聖歌を歌い、集まった人々は手拍子で盛り上がる。礼拝というより一種のエンターテイメント。

    対岸の小さなガートでは静かで厳かな雰囲気の中、真っ暗なガンガーに火や花を流し黙祷を捧げるプージャをやっている。

    彼らにとってのガンガーとは「川」を越えた特別な存在。
    すべての命を呑込み、すべての罪を清めるという。

    自然と共に生き、その恵みに感謝するというのは生き物の原点。
    森を切り開き、海を埋め立てて、せっせとビルと建てている人間。
    大気を汚染し、水を濁らせ、テクノロジーばかり追っている人間。
    自然に還っても、うまく遊べない子供達。
    いつのまにこうなってしまったんだろう。
    日本で生きているときには気づかない、何か大切なこと
    それをインドは教えてくれる。


    町から少し離れたところには滝が点在している。
    ガンガーになる前の雪解け水。そこで泳げる幸せ。

    初めて行ったのは町から一番近い滝、カフェで働くインド人にバイクで連れて行ってもらった。
    彼の店は外国人観光客に人気で、道を歩いていると出会う欧米人に
    「あら○○カフェの店員さん、元気?」
    というふうに声をかけられている。(=信用できる、と判断)

    仕事の休憩中にガンガーの河原で人生について話したりした。
    彼の同僚(ベジタリアン)に菜食主義についての意見を聞いた。
    何かと考えさせられることが多かった。

    少し遠くにある観光客の少ない滝までは、時計台のプージャで出会ったインド人に連れて行ってもらった。
    彼のバイクでリシケシュの町まで行きご飯を食べたことから始まり
    彼と同じホテルに泊まっている韓国人とロシア人のカップルと一緒に遊んだりした。

    ある夜2人でレストランに行くと、彼の知り合いのオーストリア人のおじさんが一人で食事をしていた。
    あたし達はそのテーブルに加わって座り、3人で楽しく話しながらの夕食になった。
    何かの拍子で彼が席を外し、おじさんと2人になった。
    「大丈夫か?彼はいい男だとは思わないぞ」
    おじさんによると彼は以前、ある欧米人に付きまとっていたらしい。
    彼がそのうちあたしにも同じことをするかもしれない、とおじさんは心配してくれた。

    おじさんの警告を受け、彼との距離に注意することにした。

    そのあともリシケシュを去るまで彼とはいい友達だった。
    別れる時もあっけなく、おじさんの心配は全くご無用だった。

    女なら誰でもいいってわけじゃない。そりゃそうだ。

  • 南国パラダイス・Goa<br /><br />Rishikesh→Haridwar→Delhi→Agra→Goa<br /><br />次回は長期で来ることを誓い、リシケシュを出発。<br />居心地のいい土地に落ち着いてしまう「沈没」<br />町には顔見知りが増え、自分の好きな場所ができ、日を重ねるごとにどんどん離れられなくなっていく。<br />でもまだまだ知らない場所や出会うべき人がいると思うと立ち止まってはいられない。<br /><br />デリーに戻る前にハリドワール(Haridwar)を訪ねる。<br /><br />小高い山の上にある寺&quot;Mansa Devi Temple&quot;を目指す。<br />群がるインド人巡礼者と韓国客で尋常ではない混みかたをしているロープウェー乗り場。横目に通りすぎ、徒歩で登る。<br />まず最初の難関、猿。<br />逃げ場のない狭い階段、巡礼者の手にあるお供え物を狙う無数の猿が待ち伏せている。<br />都会から来たらしきインド人家族が猿と格闘している。<br />その隙を足早に通過する。<br />そして先の見えない蛇行道をひたすら登る。<br /><br />女子高生の団体とすれ違った。<br />あたしの顔を見て笑い、お互いの耳にひそひそ話をしている。<br />背中に突き刺さる視線。<br />もしかして背中に何かついてる?猿のしわざ?<br />一人がはにかみながら寄って来る。<br />「一緒に写真撮ってください」<br />OKと言ったとたん、ワッと全員が寄ってきた。<br />(なんだ、写真だったのか)内心ホッとして彼女らに囲まれる。<br /><br />インド人のプライベート写真に納まるのはこれで何回目?<br />通りすがりの外国人を思い出の写真に加えたがる彼ら。<br />現像した写真を故郷の友人に見せて喜んでいる姿が目に浮かぶ。<br /><br />男の子3人組が近道をしようと道を外れて岩を登っていた。<br />頂上まであと少し、彼らについて行く。<br />後ろから疲労困憊したサリー姿のおばちゃんもついてきた。<br />大きな岩をよじ登る。<br />あたしは男の子に手を引いてもらい何とか登ったものの、サリーを着た太ったおばちゃんは大ピンチ。<br />...ところがさすがインドのおばちゃん、たくましい。<br />キラキラのサリーを恥じることなく思いっきりまくりあげた。<br />おばちゃんの後からついて来た体格のいい男の人に自分を持ち上げるように的確に指示を出し、難なく突破した。<br /><br /><br />夕方になり、ヴィシュヌ神の足跡(Har-ki-Pairi)と呼ばれているガートのプージャを見に行く。<br />ガンジス川が神々の棲む山を出て平地に入ってくる門、という聖地。<br />みんな裸足になるので、履物の数を見るだけですでにどれだけの人が来ているのか分かり圧倒される。<br />ガートの水の流れはとても早く、沐浴をする人は設置されたチェーンに掴まって水に入る。<br />とにかくものすごい人、人、人。<br />木の葉で作った灯明を手に持ち、場所取りに必死。<br />インド人の割り込みに勝てる方法はない。<br />おとなしく後ろのほうでプージャを見守る。<br /><br />リシケシュで初めて目にしたプージャ、何度見ても心を洗われる。<br />何百何千という人間の心が一斉にガンガーに向かう。<br />インド各地で行われているのだから、その数は途方もない。<br /><br /><br />翌日、デリーに戻る。<br /><br />久々に帰ってきたパハールガンジ、同じ場所に同じ人がいる。<br />以前と景色は同じでも、気分はまったく違った。<br />以前デリーに居た時のあたしはインド初心者、右も左も分からなかった。<br />今は違う。余裕がある。自分に自信がある。<br />友達Vikの家に行き彼と彼の家族との再会を楽しみ、同時に何だかホッとする。<br />基地に帰ってきた、って感じかな。<br /><br />こうして張り巡らせていた危険察知のアンテナを少し緩めた時、自分から災難を呼び寄せた。<br /><br /><br />メインバザールで買い物をし、ホテルに帰ろうと歩いていたらどこかで見た顔とすれ違った。<br />とはいえ、パハールガンジで見る顔は大体知れている。<br />誰だっけ?と思いながらも気には留めなかった。<br />ホテルの前まで来た時、後ろから肩をたたかれた。<br />振り返るとさっきの男。「久しぶり」...思い出した。<br />アグラで出会った詐欺グループの一人、Babaと呼ばれていた男。<br /><br />とっさにあたしは嫌な顔をしたらしい、彼は流暢な日本語で弁解を始めた。<br />「何も知らなかった。俺はゴアに住んでいて、あの時久々に彼らと再会して、そんなビジネスに手を出していることは隠されてたんだ」<br />確かに彼は当時も&quot;ゴア出身のDJ&quot;だと言っていた。<br />ナマステ・ジャパンというグループにも属しているとか。<br />確かに彼はあたし達と一緒には居たが、肝心のビジネスの話の時にはいつも席をはずしていた。<br /><br />彼らの&quot;おいしいビジネス&quot;というのは、宝石を日本に持って行くというもの。<br />彼らいはく、商用で大量の宝石を日本に持ち込むには関税などで多額の費用がかかるらしい。少しづつに分け、商用ではないとして持ち込むほうが賢いというわけ。<br />そこで彼らは、帰国する日本人に少しづつ分けて宝石を持たせ、日本で待つ仲間に無事渡すことにより報酬を支払うという。<br />その報酬も小額ではない。<br />限られた予算で長く旅をするバックパッカーにとっては大きな金額。<br /><br />ここからが詐欺のトリック。<br />高い宝石を見ず知らずの日本人に渡して、逃げられたくはない。<br />だから、保証金として宝石と引き換えに彼らにお金を預ける。<br />日本の仲間に宝石を届ける際、報償とともに保証金は返ってくる。<br /><br />その保証金もドルやユーロで言う。決して安くはない。<br />でも報酬の大きさに比べたら...<br />と思ってしまうぐらいの、上手く計算された額。<br /><br />彼らが見せてくれたのは日本人のパスポートのコピーが大量に挟まったファイル。彼らのビジネスに協力した人たちの資料だという。<br />それはものすごい数だった。<br /><br />彼らは普段はとても陽気でフレンドリー。<br />一緒にいると、昔からの仲間のようにすぐ打ち解けて仲良くなる。<br />&quot;仲間&quot;という信頼関係を作り上げてから、突然ビジネスの話になる。<br />つい信じてしまう日本人がいても不思議ではない。<br /><br /><br />あたし達は結局その&quot;おいしいビジネス話&quot;に乗らなかった。<br /><br />結果からいうと、彼らの詐欺ビジネスに協力しないあたし達に用はないということで、約束を破られただけ。<br />お金を盗られるとかの被害はなかったし、もう遠い昔のことのように思っていたので彼を責めるつもりはなかった。<br /><br />あたしはBabaの真剣な弁解に説得されていた。<br />「今晩友達とディナーに行くから一緒に来てよ、仲直りしたいんだ」<br />...さすがに断った。<br /><br />しかし翌日、Babaと彼の友達、そしてその友達の彼女だというフランス人の女の子と4人でホテルで食事をした。<br />フランス人の彼女が一緒にいたことで、あたしは安心していた。<br /><br />こうして彼らと過ごす時間は少しづつ増えていった。<br />いつの間にか、次の目的地ゴアには一緒に行こうという話で盛り上がっていた。<br /><br />出発の日、Babaがチケットを買いに駅へ行った。<br />ゴアへ向かう電車&quot;Goa Express&quot;はすでに満席で、予約待ちの数が何百人になっている。このままでは何日かかるか分からない。<br />彼は「アグラでキャンセル待ちをした方が取れる確率が高い」と、代わりにアグラ行きのチケットを取ってきた。<br /><br />アグラ...その地名に少し引っかかるものはあったが、これまで誠実に尽くしてくれた彼を疑う気持ちはほとんど無かった。<br /><br />こうしてまんまと敵地・アグラへ戻ってきた。<br /><br />そして「誠実な彼」に現金を盗まれることになる。<br /><br /><br />あたしは当時、ホテルの別室で彼の友人と一緒に居た。<br />(その友人とは、彼が雇ったインド人だった)<br />チャイをオーダーしに受付に行くと言って出て行ったBaba。<br />戻りが遅く、何かおかしいと思ったあたしは&quot;友人&quot;が止めるにもかかわらず、振り切って自分の部屋まで戻ってみた。<br /><br />...鍵が開かない。内側からロックされている。<br /><br />しつこくドアを叩いていると、中から汗だくのBabaが出てきた。<br />「気分が悪かったから君の部屋で休んでたんだ」<br />...鍵もないのにどうやって入った?<br /><br />とっさにベッドの横に置いた自分のリュックに目がいく。<br />リュックの上にわざと綺麗にたたんで重ねていた衣類が崩れている。<br /><br />全て悟った。<br /><br />何も言わずに部屋に入り、Babaが見ている前でリュックを開け、奥のポケットに入れていた現金が無くなっていることを確認した。<br /><br />「どうしたんだ、何があったんだよ」<br />Babaがわざとらしく心配そうな顔をして聞いてくる。<br />「何でもない。あたしは出て行くわ」<br />リュックを背負い、衣類を手に抱えて部屋を出て行こうとした。<br />この密室で争うのは危険、とりあえずこの場から離れようと思った。<br />「何か無くなったのか?言ってみろよ」<br />部屋を出るとき、あたしはBabaを睨んで言った。<br />「現金が無くなってる。あんたにやられた」<br /><br />Babaは顔色を変え、あたしの肩をつかんで引き戻そうとした。<br />やばい!<br />あたしはBabaにつかまれたままドアの外に出て、階下のレセプションに聞こえるように大声で助けを呼んだ。<br />すぐにマネージャーと従業員がやってきた。<br /><br />レセプション横の客室に案内されたあたしは、ホテルのマネージャーと彼が呼んできた近所の商店の主人に事情を聞かれる。<br /><br />商店の主人は、Babaのポケットに入っていたあたしの現金を取り戻し、Babaを怒鳴りつけた。<br />彼の話によるとBabaはアグラでは有名な犯罪者。何度か刑務所にも入っていたらしい。<br />「インドの男を信用しちゃダメだ」<br />同じインドの男に言われると、少し戸惑います。<br /><br />その夜は無料で泊めてくれたこのホテル。<br />マネージャーは献身的なところを妙にアピールしていたけれど<br />Babaにあたしの部屋の合鍵を渡した人間がいるのは間違いない。<br /><br />...もう誰を信じていいのか分からなくなる。<br />ここに居る全員がグルなんじゃないかとさえ思ってしまう。<br /><br /><br />翌朝早く、ドアをノックする音。<br />用心してドアを小さく開くと、そこにはBabaが立っていた。<br />!!!!<br />ホテルには二度と入れないって言ってたのに何で...?<br />Babaの後ろに「私が見張っていますから」と目で合図するホテルの従業員が立っていた。<br /><br />「二度とあたしの前に現れないでくれる?」<br />Babaは日本語で<br />「ドラッグのせいで気がおかしくなってたんだ、だから...」<br />あたしは彼の言葉に割って入り、見張りの従業員にも分かるように英語で話すように言った。<br /><br />「僕の家族に会って欲しい」<br />...はぁっ!?<br />「あんた自分がしたこと分かってんの?ドラッグで飛んでたか何か知らないけど、これはお金じゃなくて信用の問題。わざわざそんなこと言いによく戻ってきたね」<br />Piss off。ドアを閉めた。<br /><br /><br />チェックアウトの際、マネージャーは「安全の為もう一泊していけ」としつこかったけど、ここに残るほうが危険やわ!<br />Babaに会うんじゃないかと警戒しながらまっすぐ駅に向かう。<br /><br />ゴア行きの電車は数日後のチケットでさえキャンセル待ちが200人を越えている。<br /><br />駅の階段に座り、途方に暮れていた。<br />今すぐにでもアグラを出たいのに、出る方法がない。<br /><br />そこへ、眉毛のつながった男が話しかけてきた。<br /><br />チケットを取ろうと奮闘していたとき、何人もの人に<br />「駅の予約オフィスと旅行会社はつながっている」だの<br />「大きな事故があって電車はしばらく走らない」だの<br />とにかく嘘ばっかり言われたので、完全に他人を無視することにしていた。<br /><br />この眉毛の男にも一切構わなかった。<br />「アグラの人間は誰も信用しないから」<br />一方的に冷たくあしらうあたし。<br />それでも彼は、何も言わず横でただ座っている。<br />何だろうこの人は...<br /><br />そのうち自分のつながった眉毛を見せて笑わせようとしてきた。<br />「さんぺいで〜す」などとだいぶ昔に日本人から教えてもらったらしいギャグを言ってウケを狙う。<br /><br />...久しぶりに笑った気がした。<br /><br />あたしは眉毛に「近くにホテルはない?」と聞いた。<br />タージマハル近くのホテルまでは遠くて行く気がしなかった。<br />チケットが取れるのを待つだけ、駅から近い方が便利だった。<br /><br />眉毛は嬉しそうに笑った。<br />「俺のタクシーで連れてってやる。10ルピーでいいよ!」<br />明らかに安すぎるので警戒したが、<br />「絶対ホテルに直行してよ」と念を押して乗った。<br />車内でも、眉毛は嬉しそうにずっとしゃべりまくっていた。<br /><br />ホテルまではあっという間だった。<br />インド人しか泊まっていない、暗くて無機質な感じのホテル。<br />でも決して不潔な感じはなく、眉毛の言うとおり値段も安い。<br />これで彼がコミッションをもらえるのならいいと思った。<br /><br />結局チケットが取れるまでの二日間、眉毛と行動を共にした。<br /><br />彼と過ごすうちに、人を信じる勇気を取り戻した。<br />最初から敵対心まるだしだったあたしによく親切にしてくれたなと思う。<br />眉毛が床屋に行くのについて行ったり、昼間からビールを飲みに行ったり、彼の友達の警察官と交番で話したり。<br />何をするにも、どこへ行くにも、あたしを連れて行ってくれた。<br /><br />駅で眉毛とご飯を食べていたら、日本人の女の子に会った。<br />彼女もアグラで散々な目にあったらしく、あたしの顔を見るとホッとしたのか泣きだしてしまった。<br /><br />これからネパールに行くと言っていた。<br />親切なネパリー、穏やかな気候、大自然。<br />傷ついた心を癒すにはいい場所だと思う。<br />でも、それでインドを嫌いになってしまってはもったいない。<br /><br />彼女が体力、気力ともにネパールで充電して<br />またインドの地に戻ってくるよう願いつつ、送り出した。<br />(アグラには戻ってこなくていいよ...)<br /><br /><br /><br />ついにあたしもアグラを脱出する時がきた。<br /><br />もう二度と来ないと思っていたのに戻ってきてしまったアグラ。<br />そして町を去るときは毎回心に傷を負っている...<br /><br />でもその傷も、眉毛のおかげでほとんど痛みは消えていた。<br />電車に乗る時も、プラットフォームまで見送りに来てくれた。<br /><br />最後に彼は言った。<br />「そんなに俺の町を嫌いにならないで、また戻って来てね.」<br />あたしは<br />「これからもその眉毛で傷ついた旅行者を助けてあげてね」<br />と言って別れた。<br />思わず涙が出た。<br /><br /><br />電車の旅は二泊三日。<br />40時間かけて広いインドの大陸を南へ走り、ゴアへ到着する。<br /><br />二週間ほどゴアのビーチを点々とする。<br /><br />まずは北から、アランボルビーチ(Arambol)へ行く。<br />スイス人のSimon&その仲間達と開放的な南国ビーチでヒッピー生活を過ごす。<br />さすがゴア、外国人経営のおしゃれなカフェやレストランがある。<br /><br />お気に入りのジャーマンベーカリーでお茶していた時、自称ストリッパーの男前がテーブルに座ってきた。<br />「今日は俺の誕生日なんだ、一緒に祝ってくれないか」<br />...泣いている。<br /><br />彼はヨーロッパ出身だと言ったが、明らかにインドなまりの英語なのでウソ泣きかもしれないと警戒する。<br /><br />このジャーマンベーカリーのオーナーと知り合いだと言う彼。<br />しかし飲み物を頼みにカウンターへ行くのは何故かためらう。<br />お金を渡され、自分の分も買ってきてほしいと言う。<br />ますます怪しい...<br /><br />しぶしぶカウンターへ行くと、オーナーがやってきて<br />「大丈夫か?あいつは店のお客さんにつきまとうから困るんだ。でも楽しいと言う人も居るから下手に文句は言えないし...」<br /><br />確かに、彼のする話はウソ臭くて笑ってしまう人が居るのもうなずける。<br />あたしが好んで彼と話しているわけじゃないと分かると、オーナーは彼に出て行くように促した。<br />「どうせまた戻ってくるけどね」<br />かわいそうに。<br /><br /><br />ゴアで一番きれいなパロレムビーチ(Palolem)は欧米人だらけ。<br />あたしが行ったときは、イスラエリーだらけだった。<br />パーティーならアンジュナビーチ(Anjuna)、もしくはバガ(Baga)。<br />ベナウリム(Benaulim)は騒がしくもなく穴場で、一番長く滞在した。<br /><br />着いてすぐはまだ静かだったゴア。<br />外国人もそんなに多くなくて全体的にのんびりしていたけど、日に日にビーチに集まる人数は増え、ホテルの部屋代も上がる。<br />ゴアのシーズン到来を感じながら南下。<br /><br />ゴアはインド国内でも独特の地域で、インドに居る気がしない。<br />「インドという国は一つの大きな大陸」<br />と表現されるほど、州によって町によって言葉も人間も変わる。<br /><br /><br />あたし達は、バックパッカーとして世界を旅するけれど<br />どの土地を訪れても、その土地のことを知ったことにはならないと思う。<br />あの国はどうだった、とか 人や文化はどうだった、とか<br />あたしの目線で見たことしか言えない。<br />「あそこのラッシー屋は美味しい」「あの村では親切な家族に出会った」<br />せいぜいそんなもの。<br />インドに何回来たって、インドの何も分かっちゃいない。<br /><br />でも知りたいと思う。<br /><br />行ったことのない土地へ行って 文化の違う民族に会って<br />食べたことのないものを食べて 新しい経験をしたいと思う<br /><br />なんでだろう?

    南国パラダイス・Goa

    Rishikesh→Haridwar→Delhi→Agra→Goa

    次回は長期で来ることを誓い、リシケシュを出発。
    居心地のいい土地に落ち着いてしまう「沈没」
    町には顔見知りが増え、自分の好きな場所ができ、日を重ねるごとにどんどん離れられなくなっていく。
    でもまだまだ知らない場所や出会うべき人がいると思うと立ち止まってはいられない。

    デリーに戻る前にハリドワール(Haridwar)を訪ねる。

    小高い山の上にある寺"Mansa Devi Temple"を目指す。
    群がるインド人巡礼者と韓国客で尋常ではない混みかたをしているロープウェー乗り場。横目に通りすぎ、徒歩で登る。
    まず最初の難関、猿。
    逃げ場のない狭い階段、巡礼者の手にあるお供え物を狙う無数の猿が待ち伏せている。
    都会から来たらしきインド人家族が猿と格闘している。
    その隙を足早に通過する。
    そして先の見えない蛇行道をひたすら登る。

    女子高生の団体とすれ違った。
    あたしの顔を見て笑い、お互いの耳にひそひそ話をしている。
    背中に突き刺さる視線。
    もしかして背中に何かついてる?猿のしわざ?
    一人がはにかみながら寄って来る。
    「一緒に写真撮ってください」
    OKと言ったとたん、ワッと全員が寄ってきた。
    (なんだ、写真だったのか)内心ホッとして彼女らに囲まれる。

    インド人のプライベート写真に納まるのはこれで何回目?
    通りすがりの外国人を思い出の写真に加えたがる彼ら。
    現像した写真を故郷の友人に見せて喜んでいる姿が目に浮かぶ。

    男の子3人組が近道をしようと道を外れて岩を登っていた。
    頂上まであと少し、彼らについて行く。
    後ろから疲労困憊したサリー姿のおばちゃんもついてきた。
    大きな岩をよじ登る。
    あたしは男の子に手を引いてもらい何とか登ったものの、サリーを着た太ったおばちゃんは大ピンチ。
    ...ところがさすがインドのおばちゃん、たくましい。
    キラキラのサリーを恥じることなく思いっきりまくりあげた。
    おばちゃんの後からついて来た体格のいい男の人に自分を持ち上げるように的確に指示を出し、難なく突破した。


    夕方になり、ヴィシュヌ神の足跡(Har-ki-Pairi)と呼ばれているガートのプージャを見に行く。
    ガンジス川が神々の棲む山を出て平地に入ってくる門、という聖地。
    みんな裸足になるので、履物の数を見るだけですでにどれだけの人が来ているのか分かり圧倒される。
    ガートの水の流れはとても早く、沐浴をする人は設置されたチェーンに掴まって水に入る。
    とにかくものすごい人、人、人。
    木の葉で作った灯明を手に持ち、場所取りに必死。
    インド人の割り込みに勝てる方法はない。
    おとなしく後ろのほうでプージャを見守る。

    リシケシュで初めて目にしたプージャ、何度見ても心を洗われる。
    何百何千という人間の心が一斉にガンガーに向かう。
    インド各地で行われているのだから、その数は途方もない。


    翌日、デリーに戻る。

    久々に帰ってきたパハールガンジ、同じ場所に同じ人がいる。
    以前と景色は同じでも、気分はまったく違った。
    以前デリーに居た時のあたしはインド初心者、右も左も分からなかった。
    今は違う。余裕がある。自分に自信がある。
    友達Vikの家に行き彼と彼の家族との再会を楽しみ、同時に何だかホッとする。
    基地に帰ってきた、って感じかな。

    こうして張り巡らせていた危険察知のアンテナを少し緩めた時、自分から災難を呼び寄せた。


    メインバザールで買い物をし、ホテルに帰ろうと歩いていたらどこかで見た顔とすれ違った。
    とはいえ、パハールガンジで見る顔は大体知れている。
    誰だっけ?と思いながらも気には留めなかった。
    ホテルの前まで来た時、後ろから肩をたたかれた。
    振り返るとさっきの男。「久しぶり」...思い出した。
    アグラで出会った詐欺グループの一人、Babaと呼ばれていた男。

    とっさにあたしは嫌な顔をしたらしい、彼は流暢な日本語で弁解を始めた。
    「何も知らなかった。俺はゴアに住んでいて、あの時久々に彼らと再会して、そんなビジネスに手を出していることは隠されてたんだ」
    確かに彼は当時も"ゴア出身のDJ"だと言っていた。
    ナマステ・ジャパンというグループにも属しているとか。
    確かに彼はあたし達と一緒には居たが、肝心のビジネスの話の時にはいつも席をはずしていた。

    彼らの"おいしいビジネス"というのは、宝石を日本に持って行くというもの。
    彼らいはく、商用で大量の宝石を日本に持ち込むには関税などで多額の費用がかかるらしい。少しづつに分け、商用ではないとして持ち込むほうが賢いというわけ。
    そこで彼らは、帰国する日本人に少しづつ分けて宝石を持たせ、日本で待つ仲間に無事渡すことにより報酬を支払うという。
    その報酬も小額ではない。
    限られた予算で長く旅をするバックパッカーにとっては大きな金額。

    ここからが詐欺のトリック。
    高い宝石を見ず知らずの日本人に渡して、逃げられたくはない。
    だから、保証金として宝石と引き換えに彼らにお金を預ける。
    日本の仲間に宝石を届ける際、報償とともに保証金は返ってくる。

    その保証金もドルやユーロで言う。決して安くはない。
    でも報酬の大きさに比べたら...
    と思ってしまうぐらいの、上手く計算された額。

    彼らが見せてくれたのは日本人のパスポートのコピーが大量に挟まったファイル。彼らのビジネスに協力した人たちの資料だという。
    それはものすごい数だった。

    彼らは普段はとても陽気でフレンドリー。
    一緒にいると、昔からの仲間のようにすぐ打ち解けて仲良くなる。
    "仲間"という信頼関係を作り上げてから、突然ビジネスの話になる。
    つい信じてしまう日本人がいても不思議ではない。


    あたし達は結局その"おいしいビジネス話"に乗らなかった。

    結果からいうと、彼らの詐欺ビジネスに協力しないあたし達に用はないということで、約束を破られただけ。
    お金を盗られるとかの被害はなかったし、もう遠い昔のことのように思っていたので彼を責めるつもりはなかった。

    あたしはBabaの真剣な弁解に説得されていた。
    「今晩友達とディナーに行くから一緒に来てよ、仲直りしたいんだ」
    ...さすがに断った。

    しかし翌日、Babaと彼の友達、そしてその友達の彼女だというフランス人の女の子と4人でホテルで食事をした。
    フランス人の彼女が一緒にいたことで、あたしは安心していた。

    こうして彼らと過ごす時間は少しづつ増えていった。
    いつの間にか、次の目的地ゴアには一緒に行こうという話で盛り上がっていた。

    出発の日、Babaがチケットを買いに駅へ行った。
    ゴアへ向かう電車"Goa Express"はすでに満席で、予約待ちの数が何百人になっている。このままでは何日かかるか分からない。
    彼は「アグラでキャンセル待ちをした方が取れる確率が高い」と、代わりにアグラ行きのチケットを取ってきた。

    アグラ...その地名に少し引っかかるものはあったが、これまで誠実に尽くしてくれた彼を疑う気持ちはほとんど無かった。

    こうしてまんまと敵地・アグラへ戻ってきた。

    そして「誠実な彼」に現金を盗まれることになる。


    あたしは当時、ホテルの別室で彼の友人と一緒に居た。
    (その友人とは、彼が雇ったインド人だった)
    チャイをオーダーしに受付に行くと言って出て行ったBaba。
    戻りが遅く、何かおかしいと思ったあたしは"友人"が止めるにもかかわらず、振り切って自分の部屋まで戻ってみた。

    ...鍵が開かない。内側からロックされている。

    しつこくドアを叩いていると、中から汗だくのBabaが出てきた。
    「気分が悪かったから君の部屋で休んでたんだ」
    ...鍵もないのにどうやって入った?

    とっさにベッドの横に置いた自分のリュックに目がいく。
    リュックの上にわざと綺麗にたたんで重ねていた衣類が崩れている。

    全て悟った。

    何も言わずに部屋に入り、Babaが見ている前でリュックを開け、奥のポケットに入れていた現金が無くなっていることを確認した。

    「どうしたんだ、何があったんだよ」
    Babaがわざとらしく心配そうな顔をして聞いてくる。
    「何でもない。あたしは出て行くわ」
    リュックを背負い、衣類を手に抱えて部屋を出て行こうとした。
    この密室で争うのは危険、とりあえずこの場から離れようと思った。
    「何か無くなったのか?言ってみろよ」
    部屋を出るとき、あたしはBabaを睨んで言った。
    「現金が無くなってる。あんたにやられた」

    Babaは顔色を変え、あたしの肩をつかんで引き戻そうとした。
    やばい!
    あたしはBabaにつかまれたままドアの外に出て、階下のレセプションに聞こえるように大声で助けを呼んだ。
    すぐにマネージャーと従業員がやってきた。

    レセプション横の客室に案内されたあたしは、ホテルのマネージャーと彼が呼んできた近所の商店の主人に事情を聞かれる。

    商店の主人は、Babaのポケットに入っていたあたしの現金を取り戻し、Babaを怒鳴りつけた。
    彼の話によるとBabaはアグラでは有名な犯罪者。何度か刑務所にも入っていたらしい。
    「インドの男を信用しちゃダメだ」
    同じインドの男に言われると、少し戸惑います。

    その夜は無料で泊めてくれたこのホテル。
    マネージャーは献身的なところを妙にアピールしていたけれど
    Babaにあたしの部屋の合鍵を渡した人間がいるのは間違いない。

    ...もう誰を信じていいのか分からなくなる。
    ここに居る全員がグルなんじゃないかとさえ思ってしまう。


    翌朝早く、ドアをノックする音。
    用心してドアを小さく開くと、そこにはBabaが立っていた。
    !!!!
    ホテルには二度と入れないって言ってたのに何で...?
    Babaの後ろに「私が見張っていますから」と目で合図するホテルの従業員が立っていた。

    「二度とあたしの前に現れないでくれる?」
    Babaは日本語で
    「ドラッグのせいで気がおかしくなってたんだ、だから...」
    あたしは彼の言葉に割って入り、見張りの従業員にも分かるように英語で話すように言った。

    「僕の家族に会って欲しい」
    ...はぁっ!?
    「あんた自分がしたこと分かってんの?ドラッグで飛んでたか何か知らないけど、これはお金じゃなくて信用の問題。わざわざそんなこと言いによく戻ってきたね」
    Piss off。ドアを閉めた。


    チェックアウトの際、マネージャーは「安全の為もう一泊していけ」としつこかったけど、ここに残るほうが危険やわ!
    Babaに会うんじゃないかと警戒しながらまっすぐ駅に向かう。

    ゴア行きの電車は数日後のチケットでさえキャンセル待ちが200人を越えている。

    駅の階段に座り、途方に暮れていた。
    今すぐにでもアグラを出たいのに、出る方法がない。

    そこへ、眉毛のつながった男が話しかけてきた。

    チケットを取ろうと奮闘していたとき、何人もの人に
    「駅の予約オフィスと旅行会社はつながっている」だの
    「大きな事故があって電車はしばらく走らない」だの
    とにかく嘘ばっかり言われたので、完全に他人を無視することにしていた。

    この眉毛の男にも一切構わなかった。
    「アグラの人間は誰も信用しないから」
    一方的に冷たくあしらうあたし。
    それでも彼は、何も言わず横でただ座っている。
    何だろうこの人は...

    そのうち自分のつながった眉毛を見せて笑わせようとしてきた。
    「さんぺいで〜す」などとだいぶ昔に日本人から教えてもらったらしいギャグを言ってウケを狙う。

    ...久しぶりに笑った気がした。

    あたしは眉毛に「近くにホテルはない?」と聞いた。
    タージマハル近くのホテルまでは遠くて行く気がしなかった。
    チケットが取れるのを待つだけ、駅から近い方が便利だった。

    眉毛は嬉しそうに笑った。
    「俺のタクシーで連れてってやる。10ルピーでいいよ!」
    明らかに安すぎるので警戒したが、
    「絶対ホテルに直行してよ」と念を押して乗った。
    車内でも、眉毛は嬉しそうにずっとしゃべりまくっていた。

    ホテルまではあっという間だった。
    インド人しか泊まっていない、暗くて無機質な感じのホテル。
    でも決して不潔な感じはなく、眉毛の言うとおり値段も安い。
    これで彼がコミッションをもらえるのならいいと思った。

    結局チケットが取れるまでの二日間、眉毛と行動を共にした。

    彼と過ごすうちに、人を信じる勇気を取り戻した。
    最初から敵対心まるだしだったあたしによく親切にしてくれたなと思う。
    眉毛が床屋に行くのについて行ったり、昼間からビールを飲みに行ったり、彼の友達の警察官と交番で話したり。
    何をするにも、どこへ行くにも、あたしを連れて行ってくれた。

    駅で眉毛とご飯を食べていたら、日本人の女の子に会った。
    彼女もアグラで散々な目にあったらしく、あたしの顔を見るとホッとしたのか泣きだしてしまった。

    これからネパールに行くと言っていた。
    親切なネパリー、穏やかな気候、大自然。
    傷ついた心を癒すにはいい場所だと思う。
    でも、それでインドを嫌いになってしまってはもったいない。

    彼女が体力、気力ともにネパールで充電して
    またインドの地に戻ってくるよう願いつつ、送り出した。
    (アグラには戻ってこなくていいよ...)



    ついにあたしもアグラを脱出する時がきた。

    もう二度と来ないと思っていたのに戻ってきてしまったアグラ。
    そして町を去るときは毎回心に傷を負っている...

    でもその傷も、眉毛のおかげでほとんど痛みは消えていた。
    電車に乗る時も、プラットフォームまで見送りに来てくれた。

    最後に彼は言った。
    「そんなに俺の町を嫌いにならないで、また戻って来てね.」
    あたしは
    「これからもその眉毛で傷ついた旅行者を助けてあげてね」
    と言って別れた。
    思わず涙が出た。


    電車の旅は二泊三日。
    40時間かけて広いインドの大陸を南へ走り、ゴアへ到着する。

    二週間ほどゴアのビーチを点々とする。

    まずは北から、アランボルビーチ(Arambol)へ行く。
    スイス人のSimon&その仲間達と開放的な南国ビーチでヒッピー生活を過ごす。
    さすがゴア、外国人経営のおしゃれなカフェやレストランがある。

    お気に入りのジャーマンベーカリーでお茶していた時、自称ストリッパーの男前がテーブルに座ってきた。
    「今日は俺の誕生日なんだ、一緒に祝ってくれないか」
    ...泣いている。

    彼はヨーロッパ出身だと言ったが、明らかにインドなまりの英語なのでウソ泣きかもしれないと警戒する。

    このジャーマンベーカリーのオーナーと知り合いだと言う彼。
    しかし飲み物を頼みにカウンターへ行くのは何故かためらう。
    お金を渡され、自分の分も買ってきてほしいと言う。
    ますます怪しい...

    しぶしぶカウンターへ行くと、オーナーがやってきて
    「大丈夫か?あいつは店のお客さんにつきまとうから困るんだ。でも楽しいと言う人も居るから下手に文句は言えないし...」

    確かに、彼のする話はウソ臭くて笑ってしまう人が居るのもうなずける。
    あたしが好んで彼と話しているわけじゃないと分かると、オーナーは彼に出て行くように促した。
    「どうせまた戻ってくるけどね」
    かわいそうに。


    ゴアで一番きれいなパロレムビーチ(Palolem)は欧米人だらけ。
    あたしが行ったときは、イスラエリーだらけだった。
    パーティーならアンジュナビーチ(Anjuna)、もしくはバガ(Baga)。
    ベナウリム(Benaulim)は騒がしくもなく穴場で、一番長く滞在した。

    着いてすぐはまだ静かだったゴア。
    外国人もそんなに多くなくて全体的にのんびりしていたけど、日に日にビーチに集まる人数は増え、ホテルの部屋代も上がる。
    ゴアのシーズン到来を感じながら南下。

    ゴアはインド国内でも独特の地域で、インドに居る気がしない。
    「インドという国は一つの大きな大陸」
    と表現されるほど、州によって町によって言葉も人間も変わる。


    あたし達は、バックパッカーとして世界を旅するけれど
    どの土地を訪れても、その土地のことを知ったことにはならないと思う。
    あの国はどうだった、とか 人や文化はどうだった、とか
    あたしの目線で見たことしか言えない。
    「あそこのラッシー屋は美味しい」「あの村では親切な家族に出会った」
    せいぜいそんなもの。
    インドに何回来たって、インドの何も分かっちゃいない。

    でも知りたいと思う。

    行ったことのない土地へ行って 文化の違う民族に会って
    食べたことのないものを食べて 新しい経験をしたいと思う

    なんでだろう?

  • 出逢いの町・Gokarna<br /><br />Arambol→Anjuna→Panaji→Margao→Benaulim→Gokarna<br /><br />ベナウリムビーチからバスでカルナタカ州(Karnataka)に入る。<br />目指すはゴカルナ(Gokarna)という小さな町。<br /><br />ゴカルナはヒンズー教の聖地でもあり、また美しいビーチに魅せられたヒッピー達の楽園でもある。<br />町の中心には木造の小さな建物が並び、なんとなく「昭和の日本」のようで懐かしい。<br /><br />町の看板の文字もヒンディーとは違い、もっと丸い感じになった。<br />これはカルナタカ州の公用語、カンナダ語の文字らしい。<br />さすがにインドは広い。<br />女性が身につけている衣装もまた違い、南国らしく露出度が高い。<br />サリーのようでサリーでない。<br /><br />町の中心から少し歩くと、ヤシの木や葉で作った家の集落があり、人は裸同然で生活している。<br />外国人が来るところじゃなかったかな、と気まずく思っていると<br />「ナマステ」<br />「ペンちょうだい!」<br />と英語で寄って来る子供達がいるほど、外国人に慣れている。<br />長期滞在のヒッピーが居るんだから納得ではあるけど。<br /><br />ゴカルナにはいくつものヒンズー教寺院がある。<br /><br />町のはずれにあるお寺には湧き水が流れ出ている。<br />インドの旅3カ月目、初めてミネラルウォーターを手放した。<br />お寺は海に突き出た高台にあり、水平線に沈む巨大な夕日が美しい。<br />遠くにイルカが泳いでいる姿も見える時がある。<br />夕日を見るついでに水を汲みに行く、一番お気に入りの場所だった。<br /><br />泊まっていたのは老夫婦の家をゲストハウスにしたもので、アットホームでとても居心地のいい所だった。<br />ジャングルとも言えるような庭には珍しい花や果物の木がいっぱい。<br />老夫婦は庭いじりが好きで、毎日丁寧に手入れをしている。<br />ハンモックでのんびり読書をしている午後...<br />おじいさんに見つかると、片言の英語で<br />「I show, you come」(見せてやるから来い)<br />と半ば強制的に連行される。<br /><br />夫婦共にとてもフレンドリーでいつも笑顔。<br />あたしも将来はあの夫婦のようになっていたいなぁ。<br /><br />5部屋しかないゲストハウス。<br />泊まっていたのはスウェーデン人、イギリス人、アメリカ人。<br />アメリカ人のErickは以前山口県で英語教師として働いていた。<br />あたしが来る前夜、ゲストハウスのみんなはErickの日本の話で盛り上がっていたらしい。<br />そこにふらりと現れたあたし。<br />これは運命だ、とみんなで歓迎してくれたのですぐに仲良くなる。<br /><br />スウェーデン人のEmilはゴカルナで大学の研究課題をしている。<br />滞在期間も長いので町に詳しく、知り合いも多い。<br />宗教を専攻しているので、教わることが山のようにある。<br />それに比べてあたしの知識といったら...自分が情けない。<br /><br />インド英語に侵されていた数ヶ月、彼らと満足に会話ができない自分に気が付く。<br />...このままではいけない。<br />自分を見つめなおすいい機会だ。<br /><br />こうして中継地点のはずだったゴカルナにしばらく滞在する。<br /><br />ここで出会ったイスラエル人のNimo。<br />彼はあたしがゴカルナを離れられなくなった一番の理由。<br /><br />彼はカリブ海の国々を忙しく行き来するエンジニア。<br />休暇でゴカルナに住む姉夫婦に会いに来たと言う。<br /><br />Nimoのお姉さんはイタリア人の夫とゴカルナに家を持っていて<br />半年をインドで、あと半年をイタリアで過ごす生活を続けている。<br />もともとインド旅行で出会ったバックパッカーのカップル。<br /><br />Nimoと仲良くなってからは毎晩のように彼らの家に遊びに行き、夜が明けるまでトランプをしたり庭のハンモックで話したりした。<br />南米旅行の話や世界の歴史、宗教の話などNimoの知識にはただただ驚かされるばかりだった。<br />彼が当時愛読していたのは「禅」に関する分厚い本。<br />あたしの乏しい知識では答えられないような質問をされることもしばしばだった。<br />言葉に詰まりながらも説明すると、いつも「理解してるよ」よいう目で最後まで黙って聞いてくれ、いちいち感心してくれる優しい人。<br /><br />ある日、あたし達4人はインド人の若者からバイクを二台借りてゴカルナの北へツーリングに出かけた。<br />マングローブの生える海辺を走ったり、ボートで川を渡り誰もいないビーチで泳いだり、一日中子供のように遊んで日が落ちる頃家に戻った。<br />NimoとChecco(イタリア人の夫)がバイクを返してきた後、4人で夕食を食べにいつものレストランへ行った。<br />支払いの時、Nimoが出した100ルピー札は受け取れないと言われた。<br />よく見てみると、それは半分に破れた二枚の100ルピー札同士を貼り合わせて作られていた。これでは使えない。<br /><br />Nimoはそれをどこで手に入れたのか思い出していた。<br />「バイク代を支払ったときのおつりだ」<br />500ルピー札で支払い、おつりは100ルピー札4枚。<br />その4枚の中にまぎれていたのがこの不良札だった。<br /><br />あたし達はバイクの若者が働く店に向かった。<br />店が見えてきた時、そこに集まっていた若者達があたし達の顔を見るなりクスクス笑い出した。<br /><br />...わざとやったな<br /><br />Nimoは全く気にする様子もなく、バイクの若者に向かって言った。<br />「この札は使えない。交換してくれないか」<br />若者は顔に微笑を浮かべたまま札を交換した。<br /><br />あたし達がその場を去ろうと背中を向けた時、また周りからクスクスと笑い声が漏れた。<br />あたしとNimoのお姉さんはものすごく腹が立っていた。<br />完全に馬鹿にされているのに、どうして黙っているの?<br /><br />あたし達をなだめるようにNimoは笑って言った。<br />「Interesting!(面白い)」<br />彼は楽しんでいた。<br /><br />「彼らが笑ったのは俺達に対してじゃなく、あの若者に対してだ。結局このゲームに負けたのは彼だからね。これだから人生は面白い」<br /><br />あたしは怒りを忘れ、ただ驚いて何も言えなかった。<br />考え方しだいではこんな風にもとれるのか...<br /><br />お姉さんはそれでも怒りがおさまらないという感じだったが、Nimoが彼女の肩を抱きヘブライ語で何か言うと落ち着いた様だった。<br /><br /><br />Nimoが居るところにはいつも笑顔がある。<br />彼の前向きなエネルギーとユーモアは、周りの人を幸せにする。<br />彼との出会いで学んだことは数えきれない。<br />Nimoのように生きられたら...といつも思う。<br /><br /><br />Nimoがインドを発つ日が近づいた。<br /><br />お土産の石を買いに宝石店へ、4人で一緒に行った。<br /><br />これまで全く興味のなかった宝石。<br />ひとつひとつの石を子供みたいに目を輝かせて覗き込むNimoを見ているうちに不思議と引き込まれた。<br />「ほら、まるで波と空を映しているみたいに見えない?」<br />「これは宇宙に浮かぶ惑星みたいだね」<br />Nimoの目線で見ると、どれもただの石には見えなくなった。<br /><br />喜んだ店主が自慢げに次々と出してくるたくさんの石。<br />Nimoはその中から時間をかけて数個選び、贈り物としてそれぞれを小さな宝石袋に入れた。<br />そして、彼もあたしも見ず知らずの客も全員一致で綺麗だと言った深緑の石を、小さな宝石箱に入れた。<br /><br />その夜、彼らの家でいつものようにトランプをして過ごしていた。<br />そろそろゲストハウスに帰ると言うと、Nimoが何かを出してきた。<br />それは昼間、宝石店で買った宝石袋だった。<br /><br />イスラエルの家族へのお土産と聞いていたあたしは驚いた。<br />「君が人生で初めて気に入った石。だから持っていて欲しい」<br /><br />感動して何も言えなかった。<br />同時にNimoがもうすぐ居なくなることを実感し、悲しくなった。<br /><br />「それとお願いがあるんだけど...」<br /><br />Nimoはあの深緑の石が入った宝石箱を取り出した。<br />「これを日本に住む大切な人に渡して欲しい」<br />てっきり恋人が日本に居るのかな、と思い、日本のどこ?と訊くと<br />「君のところからそんなに遠くないはずだよ」<br />と言う。<br />それならちゃんと手渡しに行く、と約束した。<br />そして、住所を教えてくれるように言うと<br />「これは君のお母さんに渡して欲しい。君という娘を育ててくれた特別な人だから」<br /><br />涙が止まらなかった。<br /><br /><br /><br />Nimoが空港へ向かう朝、顔を見ると絶対に泣いてしまうので、早起きして彼らの家の門柱に手紙と花を置いて来た。<br /><br />朝食を取るためいつもの食堂へ行くと、オーナーのSatishがあたしの顔を見るなり飛んできた。<br />「Nimoが待ってると言ってたよ」<br />さっき会ってきたからいいんだ、と言おうとした時<br />「ほら来たよ」<br />Satishが指差した先には、Nimoが車の窓から顔を出していた。<br /><br />あたしが置いた花と手紙を手に持って、彼は車を降りてきた。<br />「ありがとう」<br /><br />それからは涙でNimoの顔さえよく見えないまま別れた。<br />最後のハグをして車を見送った。<br /><br />車が見えなくなってもまだしゃくりあげながら泣いているあたし。<br />Nimoのお姉さんが優しく抱きしめてくれた。<br />「あなたの弟は特別な人だ」<br />彼女はニッコリ頷いた。<br /><br /><br /><br />翌日、ゴカルナを離れる決心がついた。

    出逢いの町・Gokarna

    Arambol→Anjuna→Panaji→Margao→Benaulim→Gokarna

    ベナウリムビーチからバスでカルナタカ州(Karnataka)に入る。
    目指すはゴカルナ(Gokarna)という小さな町。

    ゴカルナはヒンズー教の聖地でもあり、また美しいビーチに魅せられたヒッピー達の楽園でもある。
    町の中心には木造の小さな建物が並び、なんとなく「昭和の日本」のようで懐かしい。

    町の看板の文字もヒンディーとは違い、もっと丸い感じになった。
    これはカルナタカ州の公用語、カンナダ語の文字らしい。
    さすがにインドは広い。
    女性が身につけている衣装もまた違い、南国らしく露出度が高い。
    サリーのようでサリーでない。

    町の中心から少し歩くと、ヤシの木や葉で作った家の集落があり、人は裸同然で生活している。
    外国人が来るところじゃなかったかな、と気まずく思っていると
    「ナマステ」
    「ペンちょうだい!」
    と英語で寄って来る子供達がいるほど、外国人に慣れている。
    長期滞在のヒッピーが居るんだから納得ではあるけど。

    ゴカルナにはいくつものヒンズー教寺院がある。

    町のはずれにあるお寺には湧き水が流れ出ている。
    インドの旅3カ月目、初めてミネラルウォーターを手放した。
    お寺は海に突き出た高台にあり、水平線に沈む巨大な夕日が美しい。
    遠くにイルカが泳いでいる姿も見える時がある。
    夕日を見るついでに水を汲みに行く、一番お気に入りの場所だった。

    泊まっていたのは老夫婦の家をゲストハウスにしたもので、アットホームでとても居心地のいい所だった。
    ジャングルとも言えるような庭には珍しい花や果物の木がいっぱい。
    老夫婦は庭いじりが好きで、毎日丁寧に手入れをしている。
    ハンモックでのんびり読書をしている午後...
    おじいさんに見つかると、片言の英語で
    「I show, you come」(見せてやるから来い)
    と半ば強制的に連行される。

    夫婦共にとてもフレンドリーでいつも笑顔。
    あたしも将来はあの夫婦のようになっていたいなぁ。

    5部屋しかないゲストハウス。
    泊まっていたのはスウェーデン人、イギリス人、アメリカ人。
    アメリカ人のErickは以前山口県で英語教師として働いていた。
    あたしが来る前夜、ゲストハウスのみんなはErickの日本の話で盛り上がっていたらしい。
    そこにふらりと現れたあたし。
    これは運命だ、とみんなで歓迎してくれたのですぐに仲良くなる。

    スウェーデン人のEmilはゴカルナで大学の研究課題をしている。
    滞在期間も長いので町に詳しく、知り合いも多い。
    宗教を専攻しているので、教わることが山のようにある。
    それに比べてあたしの知識といったら...自分が情けない。

    インド英語に侵されていた数ヶ月、彼らと満足に会話ができない自分に気が付く。
    ...このままではいけない。
    自分を見つめなおすいい機会だ。

    こうして中継地点のはずだったゴカルナにしばらく滞在する。

    ここで出会ったイスラエル人のNimo。
    彼はあたしがゴカルナを離れられなくなった一番の理由。

    彼はカリブ海の国々を忙しく行き来するエンジニア。
    休暇でゴカルナに住む姉夫婦に会いに来たと言う。

    Nimoのお姉さんはイタリア人の夫とゴカルナに家を持っていて
    半年をインドで、あと半年をイタリアで過ごす生活を続けている。
    もともとインド旅行で出会ったバックパッカーのカップル。

    Nimoと仲良くなってからは毎晩のように彼らの家に遊びに行き、夜が明けるまでトランプをしたり庭のハンモックで話したりした。
    南米旅行の話や世界の歴史、宗教の話などNimoの知識にはただただ驚かされるばかりだった。
    彼が当時愛読していたのは「禅」に関する分厚い本。
    あたしの乏しい知識では答えられないような質問をされることもしばしばだった。
    言葉に詰まりながらも説明すると、いつも「理解してるよ」よいう目で最後まで黙って聞いてくれ、いちいち感心してくれる優しい人。

    ある日、あたし達4人はインド人の若者からバイクを二台借りてゴカルナの北へツーリングに出かけた。
    マングローブの生える海辺を走ったり、ボートで川を渡り誰もいないビーチで泳いだり、一日中子供のように遊んで日が落ちる頃家に戻った。
    NimoとChecco(イタリア人の夫)がバイクを返してきた後、4人で夕食を食べにいつものレストランへ行った。
    支払いの時、Nimoが出した100ルピー札は受け取れないと言われた。
    よく見てみると、それは半分に破れた二枚の100ルピー札同士を貼り合わせて作られていた。これでは使えない。

    Nimoはそれをどこで手に入れたのか思い出していた。
    「バイク代を支払ったときのおつりだ」
    500ルピー札で支払い、おつりは100ルピー札4枚。
    その4枚の中にまぎれていたのがこの不良札だった。

    あたし達はバイクの若者が働く店に向かった。
    店が見えてきた時、そこに集まっていた若者達があたし達の顔を見るなりクスクス笑い出した。

    ...わざとやったな

    Nimoは全く気にする様子もなく、バイクの若者に向かって言った。
    「この札は使えない。交換してくれないか」
    若者は顔に微笑を浮かべたまま札を交換した。

    あたし達がその場を去ろうと背中を向けた時、また周りからクスクスと笑い声が漏れた。
    あたしとNimoのお姉さんはものすごく腹が立っていた。
    完全に馬鹿にされているのに、どうして黙っているの?

    あたし達をなだめるようにNimoは笑って言った。
    「Interesting!(面白い)」
    彼は楽しんでいた。

    「彼らが笑ったのは俺達に対してじゃなく、あの若者に対してだ。結局このゲームに負けたのは彼だからね。これだから人生は面白い」

    あたしは怒りを忘れ、ただ驚いて何も言えなかった。
    考え方しだいではこんな風にもとれるのか...

    お姉さんはそれでも怒りがおさまらないという感じだったが、Nimoが彼女の肩を抱きヘブライ語で何か言うと落ち着いた様だった。


    Nimoが居るところにはいつも笑顔がある。
    彼の前向きなエネルギーとユーモアは、周りの人を幸せにする。
    彼との出会いで学んだことは数えきれない。
    Nimoのように生きられたら...といつも思う。


    Nimoがインドを発つ日が近づいた。

    お土産の石を買いに宝石店へ、4人で一緒に行った。

    これまで全く興味のなかった宝石。
    ひとつひとつの石を子供みたいに目を輝かせて覗き込むNimoを見ているうちに不思議と引き込まれた。
    「ほら、まるで波と空を映しているみたいに見えない?」
    「これは宇宙に浮かぶ惑星みたいだね」
    Nimoの目線で見ると、どれもただの石には見えなくなった。

    喜んだ店主が自慢げに次々と出してくるたくさんの石。
    Nimoはその中から時間をかけて数個選び、贈り物としてそれぞれを小さな宝石袋に入れた。
    そして、彼もあたしも見ず知らずの客も全員一致で綺麗だと言った深緑の石を、小さな宝石箱に入れた。

    その夜、彼らの家でいつものようにトランプをして過ごしていた。
    そろそろゲストハウスに帰ると言うと、Nimoが何かを出してきた。
    それは昼間、宝石店で買った宝石袋だった。

    イスラエルの家族へのお土産と聞いていたあたしは驚いた。
    「君が人生で初めて気に入った石。だから持っていて欲しい」

    感動して何も言えなかった。
    同時にNimoがもうすぐ居なくなることを実感し、悲しくなった。

    「それとお願いがあるんだけど...」

    Nimoはあの深緑の石が入った宝石箱を取り出した。
    「これを日本に住む大切な人に渡して欲しい」
    てっきり恋人が日本に居るのかな、と思い、日本のどこ?と訊くと
    「君のところからそんなに遠くないはずだよ」
    と言う。
    それならちゃんと手渡しに行く、と約束した。
    そして、住所を教えてくれるように言うと
    「これは君のお母さんに渡して欲しい。君という娘を育ててくれた特別な人だから」

    涙が止まらなかった。



    Nimoが空港へ向かう朝、顔を見ると絶対に泣いてしまうので、早起きして彼らの家の門柱に手紙と花を置いて来た。

    朝食を取るためいつもの食堂へ行くと、オーナーのSatishがあたしの顔を見るなり飛んできた。
    「Nimoが待ってると言ってたよ」
    さっき会ってきたからいいんだ、と言おうとした時
    「ほら来たよ」
    Satishが指差した先には、Nimoが車の窓から顔を出していた。

    あたしが置いた花と手紙を手に持って、彼は車を降りてきた。
    「ありがとう」

    それからは涙でNimoの顔さえよく見えないまま別れた。
    最後のハグをして車を見送った。

    車が見えなくなってもまだしゃくりあげながら泣いているあたし。
    Nimoのお姉さんが優しく抱きしめてくれた。
    「あなたの弟は特別な人だ」
    彼女はニッコリ頷いた。



    翌日、ゴカルナを離れる決心がついた。

  • Om Beach<br /><br />ゴカルナ周辺にはビーチがたくさんある。<br /><br />町にある砂浜は、どちらかというと犬と牛の溜まり場。<br />漁のあとは魚を干したりするので、泳ぐ人は少ない。<br /><br />町のはずれから岩道を南に20分ほど歩くとクドリービーチ(KudleBeach)に着く。<br />レストランやバンガロー(Hut)が並び、ビーチも比較的きれい。<br /><br />ハンピから戻った時はここにステイした。<br />あたし達のハットは、土とヤシの葉で作った洞窟のような部屋。<br />薄い布団を敷いてあるが、朝には湿って濡れている。<br />シャワーは草むら、ヤシの葉で作った囲いがあるだけ。<br />天井はぽっかり開いている。<br />電気はないので夜はランタンを灯し、満点の星空の下で体を洗う。<br />無人島にでも居る気分。<br /><br />ある夜、洞窟(部屋)の前で椅子に座り日記を書いていた。<br />すると、泳ぎに行っていたEmilがずぶ濡れのまま大急ぎで走ってきた。<br />...どうしたの?<br />「いいから早く!」<br />子供みたいにはしゃいでいる。<br />何が何だかわからないまま、海まで走る。<br /><br />「ほら、見て」<br /><br />...海が光りを放っていた...<br /><br /><br />電気のない月明かりの下 漆黒の闇であるはずの海が<br />無数の&quot;青白い光&quot;を放っている。<br />それは鮮やかなブルーに見えたり 白く光ったり<br /><br />海に入ると、自分のまわりにまとわりつくように光る。<br />まるで体に蛍光塗料を塗っているみたい。<br />水の中で腕を動かすと、まるで翼が生えたように弧を描いて光る。<br /><br /><br />奇跡のような現象に興奮がおさまらない。<br />あたし達は子供のように、時間を忘れてはしゃいでいた。<br />いつのまにか潮が満ち、水際に脱ぎ捨てた服が濡れていた。<br /><br /><br />クドリービーチからさらに岩道を20分ほど歩くとオムビーチ(Om Beach)に出る。<br />名のとおり、マントラの「OM」マークの形になっている。<br /><br />そこからさらに40分ほど歩くとハーフムーンビーチ(Half-moon)、そしてパラダイスビーチ(Paradise Beach)へと続く。<br /><br />歩くとかなりの時間がかかるのでボートで行くことにした。<br />ボートを運転するインド人の青年2人。<br />こんがり日に焼けた肌、ボートの先端に立ち指揮を取る姿はまさに海の男、カッコよかった。<br />沖に出た時、イルカが泳いでいるのが見えた。<br /><br />パラダイスビーチに到着。<br />さすがにここまで離れるとあまり人もいないかも。<br /><br />...とんでもない、知る人ぞ知るヒッピーの穴場になっていた。<br /><br />淡いグリーンの海と白い砂浜。<br />小さなカフェでまどろむヒッピー達。<br />完全に現実からトリップしているようだった。<br /><br />帰りはボートではなく歩いて帰る。<br />木々の間をくぐり 草をかきわけ 水を飛び越え<br />道なき道をひたすら登っては下る。<br />慣れた足取りでどんどん進むEmil達について行くので精一杯。<br /><br /><br />ゴカルナでは大規模なリゾート施設の開発が進んでいる。<br />近い将来、ゴアのようになってしまうのかと思うと残念で仕方ない。<br />せめて町だけは今のまま、静かで素朴なヒンズー教の聖地として残って欲しい。<br /><br />過去に、リゾート気分でやって来た外国人旅行者がビキニ姿のままでお寺に入ろうとしたらしく、それ以降外国人はゴカルナのお寺に入ることは許されていない。<br /><br />町の人はみんな素朴で優しく、いつも笑顔で接してくれる。<br />ゴカルナに外国人が多いのは、町の人々が素直に歓迎してくれているおかげ。<br /><br />リゾート化に伴って節操の無い旅行者が増えたら、と思うと不安になる。

    Om Beach

    ゴカルナ周辺にはビーチがたくさんある。

    町にある砂浜は、どちらかというと犬と牛の溜まり場。
    漁のあとは魚を干したりするので、泳ぐ人は少ない。

    町のはずれから岩道を南に20分ほど歩くとクドリービーチ(KudleBeach)に着く。
    レストランやバンガロー(Hut)が並び、ビーチも比較的きれい。

    ハンピから戻った時はここにステイした。
    あたし達のハットは、土とヤシの葉で作った洞窟のような部屋。
    薄い布団を敷いてあるが、朝には湿って濡れている。
    シャワーは草むら、ヤシの葉で作った囲いがあるだけ。
    天井はぽっかり開いている。
    電気はないので夜はランタンを灯し、満点の星空の下で体を洗う。
    無人島にでも居る気分。

    ある夜、洞窟(部屋)の前で椅子に座り日記を書いていた。
    すると、泳ぎに行っていたEmilがずぶ濡れのまま大急ぎで走ってきた。
    ...どうしたの?
    「いいから早く!」
    子供みたいにはしゃいでいる。
    何が何だかわからないまま、海まで走る。

    「ほら、見て」

    ...海が光りを放っていた...


    電気のない月明かりの下 漆黒の闇であるはずの海が
    無数の"青白い光"を放っている。
    それは鮮やかなブルーに見えたり 白く光ったり

    海に入ると、自分のまわりにまとわりつくように光る。
    まるで体に蛍光塗料を塗っているみたい。
    水の中で腕を動かすと、まるで翼が生えたように弧を描いて光る。


    奇跡のような現象に興奮がおさまらない。
    あたし達は子供のように、時間を忘れてはしゃいでいた。
    いつのまにか潮が満ち、水際に脱ぎ捨てた服が濡れていた。


    クドリービーチからさらに岩道を20分ほど歩くとオムビーチ(Om Beach)に出る。
    名のとおり、マントラの「OM」マークの形になっている。

    そこからさらに40分ほど歩くとハーフムーンビーチ(Half-moon)、そしてパラダイスビーチ(Paradise Beach)へと続く。

    歩くとかなりの時間がかかるのでボートで行くことにした。
    ボートを運転するインド人の青年2人。
    こんがり日に焼けた肌、ボートの先端に立ち指揮を取る姿はまさに海の男、カッコよかった。
    沖に出た時、イルカが泳いでいるのが見えた。

    パラダイスビーチに到着。
    さすがにここまで離れるとあまり人もいないかも。

    ...とんでもない、知る人ぞ知るヒッピーの穴場になっていた。

    淡いグリーンの海と白い砂浜。
    小さなカフェでまどろむヒッピー達。
    完全に現実からトリップしているようだった。

    帰りはボートではなく歩いて帰る。
    木々の間をくぐり 草をかきわけ 水を飛び越え
    道なき道をひたすら登っては下る。
    慣れた足取りでどんどん進むEmil達について行くので精一杯。


    ゴカルナでは大規模なリゾート施設の開発が進んでいる。
    近い将来、ゴアのようになってしまうのかと思うと残念で仕方ない。
    せめて町だけは今のまま、静かで素朴なヒンズー教の聖地として残って欲しい。

    過去に、リゾート気分でやって来た外国人旅行者がビキニ姿のままでお寺に入ろうとしたらしく、それ以降外国人はゴカルナのお寺に入ることは許されていない。

    町の人はみんな素朴で優しく、いつも笑顔で接してくれる。
    ゴカルナに外国人が多いのは、町の人々が素直に歓迎してくれているおかげ。

    リゾート化に伴って節操の無い旅行者が増えたら、と思うと不安になる。

  • Hampi<br /><br />Gokarna→Hampi<br /><br />ゴカルナからバスでハンピ(Hampi)へ。<br /><br />イギリス人の友達Chrisが特に気に入ったという場所、<br />インドに来る前からハンピには行こうと決めていた。<br /><br />Chrisの言っていたとおり、摩訶不思議な場所。<br />巨大な岩石がごろごろ転がっている。<br />乾いた大地にいくつもの遺跡があり、ハンピの町はその隙間に申し訳なさそうに場所を広げている。<br /><br />到着したのはすでに夜だった。<br />バスを降りると同時に寄ってくるホテルの客引き達。<br />何軒か覗いてみるが、どこも気に入るところがない。<br />うろうろしているうち、ロンプラに載っていたホテルがあった。<br />見てすぐに決めた。清潔で感じもいい。<br /><br />レストランで夕食を終え、夜風にあたろうとホテルのベンチで本を読んでいたら日本人の男の子2人組に声をかけられた。<br />彼らはチェンナイから入り、南インドをまわってこれからゴアに入り北インドに行くと言う。<br />南インドの旅ですっかり緩んでしまったという警戒心。<br />「気を引き締めて行かないと、北インドではやばいっすよね」<br /><br />北インドしか知らないあたしは南インドに期待が膨らむ。<br />情報交換をしながら夜遅くまで彼らの部屋で話した。<br /><br />翌日&quot;Mango Tree&quot;というレストランを探して歩く。<br />ゴアで会ったスイス人Simonが入り浸っていた場所。<br />ロンプラの地図をたよりに歩く。方向は合っているはずなのに全然見つからない。<br />彷徨っていると日本人女性に出会った。<br />Mango Treeは行きつけだと言うので場所を教えてもらう。<br /><br />方向は確かに合っていた。<br />これ以上先にレストランがあるはずはない、と見切って引き返した<br />そのバナナ畑こそがレストランへの入り口だった。<br /><br />なんせバナナの高い木に囲まれているのでレストランは見えない。<br />よく見ると木の切れっぱしに&quot;←Mango Tree&quot;と書いた看板らしきものがぶらさがっていた。<br /><br />バナナ畑を抜けるとそこは素敵なレストラン。<br />川に面したオープントップの席、ゴザが敷いてありとても涼しい。<br />インド版、京都の夏の風物詩「床」<br />中央の高い木には長いブランコが吊ってあり、まさにハイジ気分。<br /><br />食事が特に美味しいわけではない。<br />でも、川の流れる音を聞きながらゴザに寝転がって、一日中本を読んだりできる最高のロケーションなので、いつも人が入っている。<br />夜は暗闇の中、水の音とろうそくの明かりがとても心地良い。<br />つい時間を忘れ、閉店で追い出されるまで居座ってしまう。<br /><br />ろうそくに集まってくる虫、気になるのも最初だけ。<br />自分の食事に多少の虫が入ろうとも、暗くて見えないので分からない。<br /><br /><br />Mango Treeで至福の時を過ごし、ホテルの部屋に戻る。<br />誰かがドアをノックする。<br /><br />「ハロー!」<br /><br />そこには、二日前ゴカルナで別れたEmilが立っていた。<br />いたずらっこのような笑顔を浮かべている。<br /><br />「どうしたの?」<br />「会いに来たんだよ」<br /><br />ゴカルナのクドリービーチでは大停電が続き、復旧の見込みもなく<br />何もできないのでハンピまで遊びにきた、と言う。<br /><br /><br />計画していた南の旅はあっという間に変更。<br />ここハンピが今回のインドの旅の最終地になった。<br /><br /><br />ハンピに居る間にインドの光のお祭り&quot;ディワリ(Diwali)&quot;を迎えた。<br /><br />この祭りの起源は色々と説があるらしい。<br />一般に良く聞くのは、ラマ(Rama)という神様とその妻シータ(Sita)がスリランカでのDemonとの戦争に勝ち、凱旋帰国するのを迎える、という話。<br />火を灯すのはその帰り道を明るく照らすためらしい。<br /><br />土地によってお祝いの仕方も違う。<br /><br />ハンピではなぜか男達が一晩中外で賭けトランプをする。<br />普段は禁じられているので、ここぞとばかりに盛り上がる。<br /><br />子供達は大喜び。半狂乱になってあちこちで爆竹を鳴らす。<br />町中で地響きのような爆音が鳴り、すごい煙に覆われる。<br /><br />あたしとEmilも子供達に混じって商店で爆竹を買う。<br />作りが適当な爆竹、火を点けた途端にあたしの手の中で爆発した。<br />ビールで酔っていたのでその時は大爆笑したが、だんだん手がむくんで感覚が麻痺してきた。<br />翌日にはすっかり良くなったので良かった。<br /><br /><br />毎晩Emilと2人、川岸にある廃墟のコンクリート天井に寝転がり、満点の星空を見ながら話をして過ごした。<br /><br />ゴカルナで見る星空も綺麗だったけど、ハンピの星空はそれ以上だった。一晩でいくつもの星が流れていく。<br /><br />もう11月、夜になると肌寒い。<br /><br />冷たいコンクリートに寝そべり、ショールに包まりながら <br />人生について 旅について いろいろ話した。<br /><br /><br /><br />もうすぐあたしの旅も終わり...

    Hampi

    Gokarna→Hampi

    ゴカルナからバスでハンピ(Hampi)へ。

    イギリス人の友達Chrisが特に気に入ったという場所、
    インドに来る前からハンピには行こうと決めていた。

    Chrisの言っていたとおり、摩訶不思議な場所。
    巨大な岩石がごろごろ転がっている。
    乾いた大地にいくつもの遺跡があり、ハンピの町はその隙間に申し訳なさそうに場所を広げている。

    到着したのはすでに夜だった。
    バスを降りると同時に寄ってくるホテルの客引き達。
    何軒か覗いてみるが、どこも気に入るところがない。
    うろうろしているうち、ロンプラに載っていたホテルがあった。
    見てすぐに決めた。清潔で感じもいい。

    レストランで夕食を終え、夜風にあたろうとホテルのベンチで本を読んでいたら日本人の男の子2人組に声をかけられた。
    彼らはチェンナイから入り、南インドをまわってこれからゴアに入り北インドに行くと言う。
    南インドの旅ですっかり緩んでしまったという警戒心。
    「気を引き締めて行かないと、北インドではやばいっすよね」

    北インドしか知らないあたしは南インドに期待が膨らむ。
    情報交換をしながら夜遅くまで彼らの部屋で話した。

    翌日"Mango Tree"というレストランを探して歩く。
    ゴアで会ったスイス人Simonが入り浸っていた場所。
    ロンプラの地図をたよりに歩く。方向は合っているはずなのに全然見つからない。
    彷徨っていると日本人女性に出会った。
    Mango Treeは行きつけだと言うので場所を教えてもらう。

    方向は確かに合っていた。
    これ以上先にレストランがあるはずはない、と見切って引き返した
    そのバナナ畑こそがレストランへの入り口だった。

    なんせバナナの高い木に囲まれているのでレストランは見えない。
    よく見ると木の切れっぱしに"←Mango Tree"と書いた看板らしきものがぶらさがっていた。

    バナナ畑を抜けるとそこは素敵なレストラン。
    川に面したオープントップの席、ゴザが敷いてありとても涼しい。
    インド版、京都の夏の風物詩「床」
    中央の高い木には長いブランコが吊ってあり、まさにハイジ気分。

    食事が特に美味しいわけではない。
    でも、川の流れる音を聞きながらゴザに寝転がって、一日中本を読んだりできる最高のロケーションなので、いつも人が入っている。
    夜は暗闇の中、水の音とろうそくの明かりがとても心地良い。
    つい時間を忘れ、閉店で追い出されるまで居座ってしまう。

    ろうそくに集まってくる虫、気になるのも最初だけ。
    自分の食事に多少の虫が入ろうとも、暗くて見えないので分からない。


    Mango Treeで至福の時を過ごし、ホテルの部屋に戻る。
    誰かがドアをノックする。

    「ハロー!」

    そこには、二日前ゴカルナで別れたEmilが立っていた。
    いたずらっこのような笑顔を浮かべている。

    「どうしたの?」
    「会いに来たんだよ」

    ゴカルナのクドリービーチでは大停電が続き、復旧の見込みもなく
    何もできないのでハンピまで遊びにきた、と言う。


    計画していた南の旅はあっという間に変更。
    ここハンピが今回のインドの旅の最終地になった。


    ハンピに居る間にインドの光のお祭り"ディワリ(Diwali)"を迎えた。

    この祭りの起源は色々と説があるらしい。
    一般に良く聞くのは、ラマ(Rama)という神様とその妻シータ(Sita)がスリランカでのDemonとの戦争に勝ち、凱旋帰国するのを迎える、という話。
    火を灯すのはその帰り道を明るく照らすためらしい。

    土地によってお祝いの仕方も違う。

    ハンピではなぜか男達が一晩中外で賭けトランプをする。
    普段は禁じられているので、ここぞとばかりに盛り上がる。

    子供達は大喜び。半狂乱になってあちこちで爆竹を鳴らす。
    町中で地響きのような爆音が鳴り、すごい煙に覆われる。

    あたしとEmilも子供達に混じって商店で爆竹を買う。
    作りが適当な爆竹、火を点けた途端にあたしの手の中で爆発した。
    ビールで酔っていたのでその時は大爆笑したが、だんだん手がむくんで感覚が麻痺してきた。
    翌日にはすっかり良くなったので良かった。


    毎晩Emilと2人、川岸にある廃墟のコンクリート天井に寝転がり、満点の星空を見ながら話をして過ごした。

    ゴカルナで見る星空も綺麗だったけど、ハンピの星空はそれ以上だった。一晩でいくつもの星が流れていく。

    もう11月、夜になると肌寒い。

    冷たいコンクリートに寝そべり、ショールに包まりながら 
    人生について 旅について いろいろ話した。



    もうすぐあたしの旅も終わり...

  • Monkey Paradise<br /><br />ホテルで自転車をレンタルしてハヌマン寺(Hanuman Temple)へ。<br /><br />自転車と一緒にボートに乗りこみ、川の対岸に渡る。<br />まるで一寸法師のおわんのような丸いボート、座る場所を考えないと上手くバランスが取れない。<br />船頭さんが上手く指示してくれる。<br />おわんの底にはすでに水が溜まっていて、真ん中になってしまうと腰を下ろせず、中腰のまま川を渡るという非常につらい体勢になる。<br />船頭さんは川の流れに逆らい、このおわんを頼りない棒一本で器用に操縦する。<br /><br />対岸に着き、ハヌマン寺まではひたすら炎天下を自転車で走る。<br /><br />寺のふもとに着き、まずは売店に自転車を停めて休憩。<br />バスで来た人々が涼しい顔であたし達を横目に歩いて行く。<br />マンゴージュースで汗だくの体を冷やし、持参したパンを食べてこれからの戦に備える。<br />見上げれば空高く、小さく見える寺らしきもの...<br /><br />寺に行くには岩場に作られた600段もの階段を登る。<br />焼けるように熱い石の階段をハダシになって登る。<br /><br />上の方まで来ると、歓迎してくれたのは猿の軍団。<br />彼らはハヌマンを奉る寺の守衛、寺に来た人々からたっぷりのエサを貰っている。<br />人々が大豆を投げると、猿がいっせいに集まってくる。<br />両手ですばやくかき集めるとひたすら口に詰め込んで去って行く。<br />豆を詰めすぎて変形した口を手で押さえ、それぞれのお気に入りの場所へ行ってゆっくり食事を始める。<br /><br />まだ口にたっぷり大豆をつめたまま、他の客が投げる豆にまで食いついて、口が原型をとどめないほど変形している猿も居た。<br />欲張りすぎ。Emilと2人でお腹を抱えて笑った。<br /><br /><br />自転車で来た道を戻る。<br />おわん舟から降ろしてもらい土手の坂で自転車を押していると、体格のいいインド人青年がさっと手を貸してくれた。<br />「自転車は重いからね」<br />Emilと二人で(珍しいことがあるもんだ)と目で話していたら、去る時に手を出してきた。<br />「ほんの数メートル押しただけで?」 <br />しかも頼んでもいないのに。<br />はっきり嫌だと言うと、あっけなく「OK」と言って去って行った。<br /><br />質問:あなたは「一か八か」で通りすがりの人にお金を要求してみたことがありますか?<br /><br />答え:インドでは日常です。<br /><br /><br />インドを旅していて何度も何度も考えた。<br /><br />赤ん坊を抱いた子供から杖をついたおじいさんまで<br />ありとあらゆる人間が外国人を見るとお金を求めて寄ってくる。<br />あたし達は彼らよりよっぽどお金を持っているのは明らか。<br />でもそれだけの理由で簡単に与えていいものか。<br /><br />小さい子供がよく「チャパティー」と言いながら、お腹が空いたというジェスチャーをして手を出してくる。<br />じゃぁご飯を食べに行こう、と誘うと「NO」と言う。<br />持っていたビスケットを出すと「NO」と言う。<br />「ルピー」<br />お金じゃないとダメだと言う。<br /><br />マザーテレサは、路上に住む子供達を自分の施設に連れてきてお菓子を与える際、そのビスケットをわざと割ってから配ったという。<br />ヒビの入っていないビスケットなら食べずに持ち帰り、売ってしまうからだそうだ。<br /><br />彼らの家族が生活に困っているのは事実。<br />でも、人からお金を恵まれることに頼った生活ではこの先不安。<br />カースト制の名残りが今だに残るインド社会、働きたくても働き口が探せない人達もたくさん居ると思う。<br />でも、あたし達外国人観光客が彼らにお金を与えるということが解決策につながるとはどうしても思えない。<br /><br />自分にまとわりついてくる子供達を追い払うのは心が痛む。<br />だけど、お金を与えて晴れやかな顔になっている外国人を見ると、何か恐怖を感じる。<br /><br /><br />自分にできること と 自分がするべきこと<br />よく考えて行動しないと分からなくなる。<br /><br /><br />この先、何度インドに来てもぶつかる壁だろうな。

    Monkey Paradise

    ホテルで自転車をレンタルしてハヌマン寺(Hanuman Temple)へ。

    自転車と一緒にボートに乗りこみ、川の対岸に渡る。
    まるで一寸法師のおわんのような丸いボート、座る場所を考えないと上手くバランスが取れない。
    船頭さんが上手く指示してくれる。
    おわんの底にはすでに水が溜まっていて、真ん中になってしまうと腰を下ろせず、中腰のまま川を渡るという非常につらい体勢になる。
    船頭さんは川の流れに逆らい、このおわんを頼りない棒一本で器用に操縦する。

    対岸に着き、ハヌマン寺まではひたすら炎天下を自転車で走る。

    寺のふもとに着き、まずは売店に自転車を停めて休憩。
    バスで来た人々が涼しい顔であたし達を横目に歩いて行く。
    マンゴージュースで汗だくの体を冷やし、持参したパンを食べてこれからの戦に備える。
    見上げれば空高く、小さく見える寺らしきもの...

    寺に行くには岩場に作られた600段もの階段を登る。
    焼けるように熱い石の階段をハダシになって登る。

    上の方まで来ると、歓迎してくれたのは猿の軍団。
    彼らはハヌマンを奉る寺の守衛、寺に来た人々からたっぷりのエサを貰っている。
    人々が大豆を投げると、猿がいっせいに集まってくる。
    両手ですばやくかき集めるとひたすら口に詰め込んで去って行く。
    豆を詰めすぎて変形した口を手で押さえ、それぞれのお気に入りの場所へ行ってゆっくり食事を始める。

    まだ口にたっぷり大豆をつめたまま、他の客が投げる豆にまで食いついて、口が原型をとどめないほど変形している猿も居た。
    欲張りすぎ。Emilと2人でお腹を抱えて笑った。


    自転車で来た道を戻る。
    おわん舟から降ろしてもらい土手の坂で自転車を押していると、体格のいいインド人青年がさっと手を貸してくれた。
    「自転車は重いからね」
    Emilと二人で(珍しいことがあるもんだ)と目で話していたら、去る時に手を出してきた。
    「ほんの数メートル押しただけで?」 
    しかも頼んでもいないのに。
    はっきり嫌だと言うと、あっけなく「OK」と言って去って行った。

    質問:あなたは「一か八か」で通りすがりの人にお金を要求してみたことがありますか?

    答え:インドでは日常です。


    インドを旅していて何度も何度も考えた。

    赤ん坊を抱いた子供から杖をついたおじいさんまで
    ありとあらゆる人間が外国人を見るとお金を求めて寄ってくる。
    あたし達は彼らよりよっぽどお金を持っているのは明らか。
    でもそれだけの理由で簡単に与えていいものか。

    小さい子供がよく「チャパティー」と言いながら、お腹が空いたというジェスチャーをして手を出してくる。
    じゃぁご飯を食べに行こう、と誘うと「NO」と言う。
    持っていたビスケットを出すと「NO」と言う。
    「ルピー」
    お金じゃないとダメだと言う。

    マザーテレサは、路上に住む子供達を自分の施設に連れてきてお菓子を与える際、そのビスケットをわざと割ってから配ったという。
    ヒビの入っていないビスケットなら食べずに持ち帰り、売ってしまうからだそうだ。

    彼らの家族が生活に困っているのは事実。
    でも、人からお金を恵まれることに頼った生活ではこの先不安。
    カースト制の名残りが今だに残るインド社会、働きたくても働き口が探せない人達もたくさん居ると思う。
    でも、あたし達外国人観光客が彼らにお金を与えるということが解決策につながるとはどうしても思えない。

    自分にまとわりついてくる子供達を追い払うのは心が痛む。
    だけど、お金を与えて晴れやかな顔になっている外国人を見ると、何か恐怖を感じる。


    自分にできること と 自分がするべきこと
    よく考えて行動しないと分からなくなる。


    この先、何度インドに来てもぶつかる壁だろうな。

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この旅行記へのコメント (2)

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  • makottyanさん 2007/03/12 16:42:15
    うらやましい旅をされてますねー!!
     うらやましい限りです。
     小生も放浪癖があると自分で思ってますが、国内を青春18切符で行き当たりばったりで巡るか、出張で行った海外では休みの日に宿泊先の街中を徒歩・バス・鉄道・地下鉄でウロウロするだけ。
     ロマノ(だった?)と一緒に一年程暮らしたい、或いはサーカス団と一緒に日本を一周したいと思えど、その勇気も時間も無く夢想に終わっておる。

     今日は鬼が居ないので、職場のPCで貴方の旅行記を一気に読ませていただきました。以前、名前は忘れましたが丸顔の小柄な女性がアジア大陸をバスやら何やらで中東まで横断した旅行記を読みましたが、いざとなると女性のほうが度胸が有るのかな?
     貴方はまさかその人では有りませんよね?!文章を書き慣れてるようですし、とても素人の方の寄稿とは思えません。

     それにしてもインドは行ってみたいですねー。昨年定年を迎えながら、働かざるを得ないおじいちゃんには、無理ですかね?

     愚痴ばかりで済みませんでした。又の旅行記を楽しみにしてます。

     職場のPCより、やっかみと羨望と貴方への激励を込めて。

                              以上

    Ritz

    Ritzさん からの返信 2007/03/12 17:53:26
    RE: うらやましい旅をされてますねー!!
    makottyanさん、コメント有難うございます!

    職場のPCで私の旅行記を読んでくださったとのことですが、
    何を隠そう、私も職場のPCで堂々と旅行記を書いております!!(自慢にならない)

    アジア大陸を横断した女性、残念ながら私はその彼女ではありません。
    でも今年中には、船で中国へ渡りインドまで陸路で行く旅をしてみたいと思っています!
    まだ漠然とした希望ですが、実現は自分次第ですから♪

    インド、是非行ってみてください!!
    放浪しがいのある国です。年齢は関係ないですよ〜情熱さえあれば。 
    「計画のない行き当たりばったりの旅」がお好きな方であれば、十分インドの持つ魅力にとりつかれる素質アリ、です。

    私は逆に日本国内を放浪する度胸がないので、18きっぷでふらっとお出かけになるというMakottyanさんを尊敬します。
    仕事をしていると時間もゆとりも無くなって、どうしても旅に出る決心が先延ばしになっちゃうんですよね...痛いほど分かります(涙)
    何かを犠牲にせずに旅はできない、と自分に言い聞かせるようにプロフィールにも書きました。
    なのでmakottyanさんも、その野望をいつか実現させてください!
    その時がきたら...ご報告、楽しみにしています♪

    ではまた!






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