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アメリカ滞在も残すところあと2日となりました。ラスベガスから帰ったばかりのMは、新しい仕事の面接へ。私たちが帰国した後、無事に仕事に就いたと知らせを受けました。<br /><br />午後になり、ハリウッドサインを間近で見たいがためにグリフィス・パークへ行きました。以前はハリウッドサインの側まで行けたそうですが、そのサインの上から飛び降り自殺があって以来行くことはできないのだそうです。よく見えるところがあるらしいのだけど、車で上のほうまで上ることができずに断念。しかし、途中で見たL.A.の景色はすごくきれいでした。<br /><br />それから、Mに行きたいとお願いしていた全米日系人博物館(Japanese American National Museum)へ連れて行ってもらいました。中学生の頃にNHKの大河ドラマ『山河燃ゆ』(松本幸四郎主演)を見て興味を持ち、大学生の頃に山崎豊子原作の『二つの祖国』を読んで以来、日系人の歴史はなんとなく自分の中で気になっていたことでした。日系人だけではなくアメリカに移民したベトナム人の友人もいて、彼の話を聴いているうちにアメリカに移民した外国人の歴史にとても興味をもつようになりました。<br /><br />中に入ると広々としていて割りと新しいかったです。職員も日系人ばかりでした。胸につけてある名札の名前でわかります。最初は英語で対応していたけど、私たちが日本から来たとわかると片言の日本語で話し掛けてくれました。若い世代になって日本語を話せなくなる人が多い中、同世代くらいの人が日本語を話しているのを見るとなんだかうれしかったです。<br /><br />ここでは移民の最初の歴史から日系人たちの苦難、成功など歴史を知ることができます。移民してきた時のトランクが山積みになって展示されていたり、移民当時の民家が再現されていました。特に充実してたのは第2次世界大戦中の展示物。収容所に入らなければならなくなるまでの経緯、そこでの生活、没収されたものや生活用品が展示されていました。驚いたのは、日系人を助けようとした白人のアメリカ人の数が少なくないことです。それを見てMは喜んでいました。きっと彼女もその時代に生きていたら、彼らを助けた一人だと思います。<br /><br />ショップで日系人に関する歴史の本を買いたかったので、Mに一緒に見てもらって、読みやすいものを選んでもらいました。Mもとても興味を持って、この博物館へ来てよかったと言いました。<br /><br />夕食はなんだか和食が食べたくなり、リトル・トーキョーにある食堂に入りました。概観も中も、まるで日本の食堂です。ハロウィンの飾り付けになんだか違和感を感じました。英語と日本語でかかれたメニューに、壁には北島三郎のポスター。私はうどんを食べましたが、味は日本のものそのものでした。やっぱり日本食はおいしいです。<br /><br />お店を切り盛りしていた女性はヤスコさんという鹿児島出身の初老の女性でした。この店の本当の持ち主は彼女の姪御さん。私よりも若く、元気な女性でした。ヤスコさんは九州から来たNさんと私、住んでいたMに会って喜んでくれました。Mも覚えている片言の日本語を使って話していました。ヤスコさんはもう日本へ帰らないのでしょうか。L.A.で生きていくのでしょうか。3人で博物館とその食堂の話をしながら帰途についたのでした。<br /><br />全米日系人博物館 Japanese American National Museum<br />www.janm.org

全米日系人博物館

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2003/10/30 - 2003/10/30

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チカコ

チカコさん

アメリカ滞在も残すところあと2日となりました。ラスベガスから帰ったばかりのMは、新しい仕事の面接へ。私たちが帰国した後、無事に仕事に就いたと知らせを受けました。

午後になり、ハリウッドサインを間近で見たいがためにグリフィス・パークへ行きました。以前はハリウッドサインの側まで行けたそうですが、そのサインの上から飛び降り自殺があって以来行くことはできないのだそうです。よく見えるところがあるらしいのだけど、車で上のほうまで上ることができずに断念。しかし、途中で見たL.A.の景色はすごくきれいでした。

それから、Mに行きたいとお願いしていた全米日系人博物館(Japanese American National Museum)へ連れて行ってもらいました。中学生の頃にNHKの大河ドラマ『山河燃ゆ』(松本幸四郎主演)を見て興味を持ち、大学生の頃に山崎豊子原作の『二つの祖国』を読んで以来、日系人の歴史はなんとなく自分の中で気になっていたことでした。日系人だけではなくアメリカに移民したベトナム人の友人もいて、彼の話を聴いているうちにアメリカに移民した外国人の歴史にとても興味をもつようになりました。

中に入ると広々としていて割りと新しいかったです。職員も日系人ばかりでした。胸につけてある名札の名前でわかります。最初は英語で対応していたけど、私たちが日本から来たとわかると片言の日本語で話し掛けてくれました。若い世代になって日本語を話せなくなる人が多い中、同世代くらいの人が日本語を話しているのを見るとなんだかうれしかったです。

ここでは移民の最初の歴史から日系人たちの苦難、成功など歴史を知ることができます。移民してきた時のトランクが山積みになって展示されていたり、移民当時の民家が再現されていました。特に充実してたのは第2次世界大戦中の展示物。収容所に入らなければならなくなるまでの経緯、そこでの生活、没収されたものや生活用品が展示されていました。驚いたのは、日系人を助けようとした白人のアメリカ人の数が少なくないことです。それを見てMは喜んでいました。きっと彼女もその時代に生きていたら、彼らを助けた一人だと思います。

ショップで日系人に関する歴史の本を買いたかったので、Mに一緒に見てもらって、読みやすいものを選んでもらいました。Mもとても興味を持って、この博物館へ来てよかったと言いました。

夕食はなんだか和食が食べたくなり、リトル・トーキョーにある食堂に入りました。概観も中も、まるで日本の食堂です。ハロウィンの飾り付けになんだか違和感を感じました。英語と日本語でかかれたメニューに、壁には北島三郎のポスター。私はうどんを食べましたが、味は日本のものそのものでした。やっぱり日本食はおいしいです。

お店を切り盛りしていた女性はヤスコさんという鹿児島出身の初老の女性でした。この店の本当の持ち主は彼女の姪御さん。私よりも若く、元気な女性でした。ヤスコさんは九州から来たNさんと私、住んでいたMに会って喜んでくれました。Mも覚えている片言の日本語を使って話していました。ヤスコさんはもう日本へ帰らないのでしょうか。L.A.で生きていくのでしょうか。3人で博物館とその食堂の話をしながら帰途についたのでした。

全米日系人博物館 Japanese American National Museum
www.janm.org

  • グリフィス・パークからの眺め。

    グリフィス・パークからの眺め。

  • リトル・トーキョーのシンボル、やぐら。

    リトル・トーキョーのシンボル、やぐら。

  • 日本の食堂にて。

    日本の食堂にて。

  • お店の人もいっしょに。

    お店の人もいっしょに。

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